八尺チェーンソー様(2)
「ぽぽぽぽぽ」
八尺様が一歩踏み出した。チェーンソーが届く距離まで、あと三歩。
いいぞ、来るなら来てみろ。間合いに入った瞬間、こっちが先手を取ってやる。
二歩目。そのはずだった。振り上げられたチェーンソーが、既に俺に届く距離まで来ていた。
「ぽっ」
「何ィ!?」
読み違えたか!? 慌ててチェーンソーを構え、振り下ろされた刃を受け流した。
後ろに下がる。二歩くらい。八尺様が追いかけて一歩踏み出す。また、届く。横薙ぎの一撃が襲いかかる。身を屈めて避ける。
歩幅が合わない、と考えて気付いた。普通の人間の間合いで測ってた。俺にとっての三歩は、バカでかい八尺様にとっては二歩にも届かない。『クソデカきさらぎ駅』に追いかけられた時と同じようなものか。
しかもあの丈の長いワンピース。単なるオシャレかと思ってたが、足の動きが見辛い。お陰で余計に目測が狂わされる。
間合いを測れないなら、近付いたほうがいい。斬撃を掻い潜って八尺様へ詰め寄る。だが、あと一歩で刃が届く、という所で八尺様が一歩後ろに下がった。それだけで八尺様が遠のく。
こっちは八尺チェーンソーを必死に防ぎながら、何度も踏み込んで前進してるっていうのに、八尺様はその努力をたった一歩で帳消しにしてしまう。
本当にこう、悔しいけど……動きが上手い! 上手いけどイライラする!
なんとか攻撃を捌いて八尺様に近付いた。今度はこっちが目測を狂わせてやる。
足めがけてチェーンソーを振るう。八尺様は後ろに下がって避けようとする。チェーンソーから左手を放し、右手1本でチェーンソーを支える。更に、大きく前に身を乗り出して腕を伸ばす。逃げようとした左足を刃が捉えた。足を斬られた八尺様は更に下がった。浅いか!
俺はほとんど前に倒れかけた体勢から、地面に左手を付いて両足で前に飛び出した。逃げる八尺様へ追いすがる。懐に飛び込む!
意識が途切れた。
倒れてる、と気付いた途端、顔面に激痛が奔った。手をやると鼻が折れて血が吹き出していた。
思い出す。懐に飛び込んだ瞬間、八尺様が放ったもの。単純な前蹴りだ。それをモロに顔面で受けてしまった。チェーンソーに気を取られて、八尺の巨体から繰り出される体術を完全に見落としていた。
起き上がろうとする。地面が回って、顔にぶつかってくる。違う。脳がやられてる。平衡感覚が死んでる。
八尺様が歩いてくる。そんなに吹っ飛ばされてたか。立たないとまずい。殺される。だけど立てない。
八尺様が立ち止まった。地面に落ちているものを拾い上げる。あれは、俺のスマホだ。ポケットに入れてたのが落ちたのか。
スマホを手にとり、少し眺めた後、八尺様は画面をタッチした。変な所を押したらしく、スピーカーモードで電話が繋がった。
《もしもし。私、メリーさん》
聞き慣れた声が響き渡る。
「今、あなたの後ろにいるの」
八尺様の後方頭上に、チェーンソーを構えたメリーさんが現れた。
「こんのおおおっ!」
メリーさんは落下しながら、八尺様の頭へチェーンソーを振り下ろした。
「ぽっ!?」
八尺様はすぐさま振り返ると、メリーさんのチェーンソーを受け止めた。そして押し返す。メリーさんの軽い体は、あっさりと空中へ舞い上がる。
まずい。完全にパワー負けしてる。
「くそっ……ガ、ハッ! あ゛……っ!」
立ち上がろうとするが、まだ脳が揺れている。体が上手く動かない。口に鼻血が入り込んでむせた。
その間にも八尺様がメリーさんに襲いかかっている。八尺様が次々繰り出す斬撃を、メリーさんは必死に避ける。だけど全く近づけていない。
あれじゃあ、すぐに体力が切れて追い詰められる!
「私、メリーさん! 今、あなたの足元にいるの!」
メリーさんが八尺様の足元にワープした。そして斬撃を放つが、八尺様は飛び退って避けた。
「ぽぽぽぽ……」
更に八尺様はチェーンソーを振り回し、メリーさんの首を斬り飛ばそうとする。
「きゃあっ!?」
チェーンソーを受け止めたメリーさんが吹っ飛ばされた。小さな体がひまわり畑に突っ込む。
そこで、ようやく脳の揺れが収まった。立ち上がる。曲がった鼻を指で無理矢理直す。ゴキッと音がして、溜まってた血が吹き出した。痛え。
チェーンソーを構えて突っ込む。メリーさんに向かっていた八尺様の横を突く。
「やめろおおおっ!」
八尺様は振り向き、俺のチェーンソーを受け止めた。構わねえ。突進の勢いと、踏み込みと、腕力全部。骨が軋むが、構わない。最大出力のチェーンソー発勁を叩き込む!
八尺様の巨体が浮き上がり、吹き飛ばされた。……やれるもんだな!? 自分でもちょっとビックリしたぞ!?
いや、それよりも!
「メリーさん!」
「翡翠!」
折れたひまわりの中からメリーさんが飛び出してきた。チェーンソーを構えて俺の隣に並ぶ。
「ケガしてないか!?」
「大丈夫!」
メリーさんは八尺様を睨みつける。
「あれは何!?」
「八尺様だ!」
「何それ!?」
「俺を狙ってる怪異だ!」
メリーさんは目を見開き、それから俺に向かって声を張り上げた。
「それで電話に出てくれなかったの!?」
「はぁ!?」
「私を巻き込みたくないから、ずっと留守電にしてたんでしょ! ずるい!」
返事ができなかった。その通りだ。図星だ。
「前!」
メリーさんが叫ぶ。慌てて視線を戻すと、八尺様がチェーンソーを振り下ろしているところだった。
「うおっ!?」
俺とメリーさんは反対方向に跳んで避ける。そのまま走って、八尺様の横に回り込む。挟み撃ちの形になった。
一気に八尺様の懐に飛び込む。メリーさんも同時に八尺様の背中に迫る。完璧なタイミングだ。
だが、八尺様がチェーンソーを横薙ぎに振るった。俺の横からチェーンソーが迫る。手にしたチェーンソーで受け止める。早い、重い、受け切れない! 体勢が崩れて膝立ちになる。そこから腕に力を込めて、なんとか八尺チェーンソーを上へと受け流す。
チェーンソーを逸らされた八尺様は、勢いを殺さずそのまま回転。八尺チェーンソーの切っ先は円を描いて、背後のメリーさんに襲いかかる。
意表をついた攻撃を、メリーさんは辛うじてチェーンソーで防いだ。だが、俺でさえ受け切れなかった一撃だ。体の軽いメリーさんは、まるで野球ボールのように吹っ飛ばされた。
「メリーさん!」
メリーさんを追いかけようとした八尺様に、背後から斬りかかる。追撃はさせない。八尺様は振り返ると、俺のチェーンソーを受け止めた。チェーンソー発勁込みの斬撃だっていうのに、八尺様はびくともしない。
「翡翠!」
メリーさんの叫び声が聞こえた。良かった、まだ元気みたいだ。それなら。
「逃げろ、メリーさん!」
「……なんですって!?」
「逃げろ! お前が敵う相手じゃない!」
八尺様の斬撃を避けながら、俺は叫ぶ。
「……ッ! 何それ、ふざけないでよ!?」
「ふざけてられる、かっ!」
胴を狙った斬撃を、八尺様に防がれる。
「俺だってギリギリの……勝てるかどうか……いや、一か八かの相手だ! メリーさんが戦えるわけがない!
だから早く逃げてくれ! これ以上、身内を失いたくはないんだ!」
脳裏に浮かぶのは、八尺様に次々と殺されていった親戚たち。左腕を吹っ飛ばされた親父。宙を舞う爺ちゃんの上半身。
これ以上、そこに誰かを加えたくない。
「ぽぽっ、ぽぽぽぽ」
八尺様はチェーンソーを唸らせ、次々と斬撃を繰り出す。疾い。その上、重い。次々と繰り出される斬撃に、体勢を崩す。そこに更にもう一撃。防ぎきれるか。耳のひとつは覚悟して、チェーンソーを掲げる。
衝撃。八尺チェーンソーが止まる。思ったより、軽い?
「逃げるわけないでしょ。こんな楽しそうな遊びから」
後ろから声。振り返ると、メリーさんが俺と一緒にチェーンソーを受け止めていた。
「バカヤロウ! 早く離れろ!」
「嫌よ! 私も混ぜて! それとも、一番って言ってくれたのは嘘なの!? そっちの大きい方が一番なの!?」
「そんな訳ないだろっ!」
「だったら一緒にいさせて! あなたにとって一番の『メリーさん』! 他は変わっても、そこだけは絶対に変えないんだから!」
メリーさんの腕に力が籠もる。押さえつけた八尺チェーンソーを通して、その様子が俺にも伝わってきた。
「……らあっ!」
大地を踏みしめ、八尺チェーンソーを弾き返す。八尺様は攻め疲れたのか、少し間合いをとって動かなくなった。こっちも一呼吸入れる。
その間に、言っておきたいことがある。
「メリーさん」
「何?」
「そこまで言われたらしょうがないな。腹を括ったぞ、俺は。
この遊びに、付き合ってくれ」
「もちろん!」
並び立ったメリーさんが微笑んだ。俺も、牙を剥き出しにして笑い返した。
「挟み撃ちにする。メリーさん、奴の後ろをとってくれ」
「正面はひとりで大丈夫?」
「任せろ。もう吹っ飛ばされるようなことは、ナシだ!」
俺たちは同時に前へ飛び出した。
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