うさぎ

 アヴァロンへ侵攻した『最後の大隊』は、まずシャルンホルストによる艦砲射撃を実行。その後、『ハウニブ』による近接航空支援を受けながら、聖アンティゴノス第一騎士団が上陸。島を守っていた騎士たちを撃破して橋頭堡を確保した。

 その後、『最後の大隊』大隊長ヴリル・シュヴァルツマンが本隊を引き連れ上陸。島の中心部を目指して進軍を開始した。

 円卓の騎士たちは何度か側面攻撃を仕掛けるものの、撃退するには至らなかった。


 そして『最後の大隊』は、とうとう島の中心部に辿り着いた。


「あの洞窟か?」

「恐らく。手記の記述通りです、はい」


 島の中心部は緩やかな窪地となっており、底には洞窟があった。ヒムラーが日本に隠していた手記によれば、聖杯はあの洞窟の中に眠っているという。

 それを裏付けるかのように、窪地は塀によって囲まれ、近くには詰所も建てられていた。平時はアーサー王の兵士たちが見張りについていたのだろう。守らなければいけない何かが、この下に眠っているのは間違いない。


 聖杯が眠る洞窟を見下ろすのは、ナチスドイツの軍服の上にマントを羽織った金髪の青年。『最後の大隊』大隊長ヴリル・シュヴァルツマンだ。

 そしてその隣にいるのは、白衣と革エプロンを身に着けた金髪の女性。『最後の大隊』技術参謀。ゾンボットたちの生みの親でもある、ヴィクトーリア・フランケンシュタイン3世であった。


「約束通り、我々が先行しましょう。良いですね?」

「構わん」


 ヴリルに話しかけたのは、白いローブの老人だった。

 カロル・イルメア。聖アンティゴノス教会第一騎士団団長である。60を過ぎた老人だが、全身に生気が満ち溢れており、老いを欠片も感じさせない。


 ヴリルが見守る中、騎士たちが窪地を降りていく。逸る心を落ち着かせるために、ヴリルは深呼吸をした。それでも期待感は収まらない。

 もうすぐ聖杯が手に入る。『最後の大隊』が80年間追い求めてきた聖遺物だ。ヴリルが渇望する救いの手だ。今まで積み重ねてきたものが成就するとなれば、平静を保てないのも無理からぬことであった。


 その一方で不安もある。ここまで順調に来たが、いつ邪魔が入るともわからない。

 島を守る騎士たちは撃退したが、全滅させたわけではない。聖杯が隠されている洞窟に辿り着いたと気付けば、死にものぐるいで反撃してくるはずだ。

 なのに、誰も襲いかかってこない。不安なくらい順調だ。何か見落としていないか。


 今一度、ヴリルは辺りを見回す。窪地を囲む壁に違和感を覚えた。傷だらけだ。ヒビが入っているし、引っかかれた痕もある。それだけ見れば野生動物の仕業かと思う程度だが、塀の外側にはあんな傷はついていなかった。ボロボロなのは内側だけだ。

 ――あれだけの傷をつけた何かが、この塀の内側にいる。


「おっと、何かいるぞ?」


 窪地を降りる騎士が声を上げた。洞窟の方を覗き込んでいる。騎士たちが見守る中、洞窟の中から白い影が姿を現した。


「ウサギだ」

「あらかわいい」


 出てきたのは小さなウサギだった。非常に丸っこく、白い毛皮はツヤツヤしている。ペットショップに置いたらその日のうちに買われてしまいそうな可愛さだ。

 ウサギは騎士たちに怯えもせず、ぽてぽてと近付いていく。


「ウサちゃんかわいいねえ」

「誰かニンジン持って――」


 騎士の声が途切れた。同時に兜がずり落ちた。その中にあるはずの頭は消え、首から真っ赤な血が噴水のように噴き出した。


「え?」


 倒れた騎士の死体のすぐそばにウサギがいた。だが、様子がおかしい。2本足で立っている上に、空いた手にはチェーンソーを持っている。


「え?」


 何が起こったか騎士たちが理解する前に、ウサギは隣にいた騎士に飛びかかった。チェーンソーが唸りを上げる。

 不運な騎士は首をはねられた。

 切断面から鮮血が吹き出し、周りにいた騎士たちを赤く染め上げた。


「う、うわあああっ!?」

「怪物だーっ!」


 思わぬ伏兵に驚く騎士たちだったが、第一騎士団を名乗るだけの事はある。すぐに武器と盾を構えて、チェーンソーを持ったウサギを迎え撃った。

 しかしウサギは素早く駆け回り、チェーンソーで騎士たちの足首を次々と薙ぎ払う。隙があれば首へ飛びかかり、一撃で絶命させる。全身鎧や鎖帷子くさりかたびらもお構いなしだ。


 戦列を駆け抜けたウサギは、後方にいた老人、カロルに肉薄した。


「団長!」


 横を抜かれた騎士が叫ぶ。ウサギとカロルの間を阻むものはない。更に言えば、カロルはローブを着ているだけ。鎧も帷子も着けていない。

 白いウサギはチェーンソーを振り上げ、カロルに飛びかかった。


 閃光が迸った。


 カロルの首を狙ったはずのウサギは、チェーンソーもろとも両断されて宙を舞っていた。

 対してカロルは健在、傷一つ負うことなく両足で地面に立っている。その手には、いつの間に抜き放ったのか、両刃の長剣を握っていた。

 刃は淡く光り輝いている。彼の信仰心が可視化されたものだ。人生を信仰に捧げた彼の祈りは、いつしか鉄をも切り裂くほどの力を有するに至っていた。


「申し訳ありません、ご無事ですか!?」

「よい。それよりも、次が来ますよ」


 穏やかに告げるカロル。騎士が振り返れば、洞窟の中から新たな首刈りウサギキラーラビットが姿を現したところだった。それも1匹ではない。数十匹のウサギがチェーンソーを持って、騎士たちに迫ってきている。


「防御陣形。盾と結界で守りを固め、敵の突撃を止めなさい。速さが乗った動物と対抗するのは無謀です。勢いを殺してから反撃しなさい」

「ハッ!」


 冷静なカロルの指示でいくらか立ち直った騎士たちは、首刈りウサギたちと対峙するために戦列を築き始めた。


 その様子を上から見ていたヴリルは、傍らに控えるゾンボットたちに指示を出した。


「3番隊、4番隊、側面から騎士団を援護しろ」


 指示を受けたゾンボットたちが窪地に降りていく。そのままでも騎士たちはウサギに勝てるだろうが、無駄な被害を受けて時間を失う前に助力してしまおうというのが、ヴリルの判断だった。

 しばらく眼下の戦闘を眺めていたヴリルだったが、そこにヴィクトーリアが声を掛けた。


「あー、大隊長殿? 部下の子から報告がありまして、はい。グリムギルドとMI6がアーサー王を連れて円卓の騎士と合流。こちらに向かってきているそうですよ?」


 ヴリルは背後に視線を移した。鬱蒼とした森が広がるばかりだ。その先には海が広がっているはずだが、ここからでは何も見えない。故に、報告を自分の目で確認することもできない。


「本当なのか? どうやって?」

「東の海岸にイギリス沿岸警備隊の船が現れ、そこからボートで上陸してるようです」

「シャルンホルストは何をしている。霧に紛れて上陸した、などとは言わせないぞ」


 海上は巡洋戦艦『シャルンホルスト』が見張っている。イギリスの警備艇ごときが近寄れば、主砲で撃沈されるはずだ。


「それが、応答が無い、と」

「……マズいな」


 状況を概ね把握したヴリルの頭に、ここまでの展開が思い浮かぶ。

 ヴリルたちが安全に上陸するため、シャルンホルストには島への砲撃を中止させていた。その間に、グリムギルドは何らかの手段でシャルンホルストに乗船、制圧した。

 それから警備艇に乗ってこのアヴァロンへ到達。逃げ回っていた円卓の騎士たちと合流し、反撃を始めたのだろう。


 ならば、まず対応しなければならないのは。


「ハウニブを準備しろ。1番隊、私について来い。シャルンホルストを奪還する」

「おや、聖杯は後回しで?」

「この場はヴィクトーリア、貴方に任せる。万が一シャルンホルストの主砲がこちらを向けば、壊滅は必至だ」


 シャルンホルストを実在の戦艦のように人力で動かすのなら、1,600人以上の乗組員が必要だ。いくらグリムギルドとMI6が協力しても、怪異に縁がある人間をそれほど集めることは不可能だ。

 そして、怪異としてのシャルンホルストを何らかの手段で操るにしても、先にこちらで掛けた『ゲシュタルト崩壊』を外す必要がある。グリムギルドには魔女がいるが、彼女でも術式のプロテクトを解除するには時間がかかるだろう。

 逆に言えば、時間がかかればシャルンホルストを奪われる危険があるということだ。


「では、こちらに来ている敵はどうするので?」


 シャルンホルストを優先させるのは正しい。だが、アーサー王もこちらに向かってきている。戦艦を優先させるあまり本隊が壊滅したとなれば本末転倒だ。

 もちろんヴリルには、それを阻止する方法も思い浮かんでいた。


「ネズミが途中にいるだろう。アレに任せろ」

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