ねずみ
警備艇から降りてきた第二陣と合流した雁金たちは、アーサー王と円卓の騎士たちの先導の下、島の中心部を目指していた。
洋上に浮かぶシャルンホルストは沈黙を続けている。翡翠が上手くやっているみたいで、雁金は少し安心した。あの大砲に狙われなければ、円卓の騎士たちも存分に戦えるだろう。
ただ、戦艦を抜きにしても『最後の大隊』は強敵らしい。周りを歩く騎士たちは硬い表情で話し合っている。
その内容でひとつ、雁金には引っかかるものがあった。
「あの、すみません。赤ずきんさん」
「なんだ?」
前を歩く赤ずきんに問いかける。
「さっきから、円卓の人たちがネズミ、ネズミって言ってるんですけど……私の聞き間違いですかね? あるいは、翻訳の薬がおかしくなってるとか?」
さっきから円卓の騎士たちの話の中に、『ネズミ』という単語が頻出していた。
曰く、『ネズミ』を何とかしないといけない。
曰く、『シャルンホルスト』よりも『ネズミ』の方が強いかもしれない。
曰く、『ネズミ』に押し潰された仲間の仇をなんとしてもとらないといけない。
曰く、今ある武器で『ネズミ』を倒せるかどうか。
おおむねそのような内容なのだが、どう考えてもネズミの話をしているようには思えなかった。
「んー……?」
赤ずきんは首を傾げながら、周囲の話し声に聞き耳を立てる。しばらくすると、首がますます傾いた。
「確かに『ネズミ』って言ってるな……」
聞き間違いや、翻薬の間違いではないらしい。ただ、赤ずきんはひとつ付け加えた。
「でもただのネズミじゃねえな。『鉄のネズミ』って言ってる」
「鉄の……?」
雁金がイメージしている、小動物のネズミとは違うらしい。鉄のネズミ、ナチス脅威の技術力で作られたネズミ型ロボットだろうか。人ひとりを押し潰すとなると、そうとうな大きさがありそうだ。
「雁金さん、そういう怪異とか知らないの?」
「怪異、怪異ですか。確かに」
アケミに言われて、怪異の可能性に思い当たる。謎のネズミメカを想像するよりも現実味がある。ただ、ネズミの怪異となるとすぐには思い浮かばない。昔話の登場人物としてのネズミなら、善玉も悪玉も思い浮かぶのだが、妖怪や魔獣として語られる事例となると数は少ない。
「あるとしたら、『
「鉄鼠?」
「まんまじゃねえか」
赤ずきんが言う通り、『鉄のネズミ』という呼び方そのままの名前だ。
「どんな怪異なの?」
「平安時代のお坊さんが、恨みのあまりネズミの怪物に化けたというものですね。体は石、牙は鉄でできていて、8万4千匹もいるとか、大きな寺にあった経典を残らず食い荒らし、本尊の仏像も破壊したとか言われています」
「うわあ……お寺に押し入るなんて、大変な怪異だねー……」
仏の功徳をものともしない鉄鼠の暴れっぷりに畏怖するアケミ。一方、話を聞いていた赤ずきんは疑問の声を上げた。
「いや、それナチスと何の関係があるんだ?」
「特に何も……」
「無いのか……」
「旧日本軍が『最後の大隊』と協力していたとか何とか、そういう話もありましたので、ひょっとしたらそのつながりかもしれませんけど」
ただ、それでも関係は弱いと雁金は考えていた。もっとふさわしい怪異が居そうだ。雁金が知らないドイツの伝説の中に、騎士でも叶わないネズミの怪物の話があるのかもしれない。
もやもやしたものを感じながら、雁金たちは森の中を進む。既に海岸は見えず、島の奥にまで進んでいるようだ。中心部も近いかもしれない。
隊列が止まった。前方が騒がしい。何かあったようだ。
様子を探りに雁金たちが前に出てみると、アーサーとパトリック、それにアネットが何かを相談していた。
「どうしたんですか?」
雁金は近くにいたグルードに話を聞いてみる。
「何か、この先で敵が待ち構えてんだってさ」
「えっ、それじゃあもうすぐ戦闘ですか?」
「そうそう。まだ見つかってないから、こっちから叩いてやろうって話」
どうやら敵は途中の道で守りを固めていたらしい。それを先に見つけたので、奇襲を計画していたようだ。それなら雁金たちが出る幕はない。アネットたちの方針が決まるまで待つのみである。
やがて作戦が決まった。グリムギルドが森を抜けて敵陣を側面から攻撃。混乱している間にアーサー王とMI6が正面から突入して、一気に制圧する。スタンダードな奇襲作戦になった。
雁金たちはグリムギルドと共に奇襲に参加することになった。最後の大隊に気付かれないように、静かに森の中を進む。
しばらくすると、茂みの向こうにゾンボットたちの姿が見えた。急な坂道の前に塹壕を掘って、誰が来ても絶対に通さないという構えを取っている。
見つからないギリギリまで近付くと、指揮を執るアネットがグルードの顔を見て頷いた。グルードは親指を立てると、近くにあった手頃な岩を両手で持ち上げた。
「そぉい!」
そして、投げた。手頃な岩といってもグルード基準の話だ。彼の肩ほどの幅がある大岩は塹壕を飛び越え、敵陣のだいたい真ん中あたりに落下した。落下の勢いで衝撃波が発生し、周りにいたゾンボットたちを吹き飛ばした。
「今だ、撃ちまくれっ!」
「はいっ!」
グルードの砲撃が着弾したのを合図に、オズワルド、ヘンゼル、そして雁金が射撃を始める。銃弾とボウガンの矢が、落石にうろたえるゾンボットたちを次々と打ち倒す。
ゾンボットがいくらか倒れたところで、アネットが号令をかけた。
「
「うおおおおっ!」
グリムギルドの怪異憑きたちが、塹壕を飛び越えて敵陣に肉薄する。奇襲に次ぐ奇襲で対応力を削がれていたゾンボットたちは、陣地の有利を活かせず、白兵戦に持ち込まれる。
「ブッ倒れな!」
赤ずきんのチェーンソーが、ドリルを持ったゾンボットの腹を掻っ捌いた。
次の獲物を探す赤ずきんの目に、奇妙なものが留まった。白い巨大な人型。
「『ニンゲン』が出たぞ!」
雁金が言っていた、南極に住んでいるUMAだ。ニンゲンはゆっくりとこちらへ向かってくる。
すぐさま雁金がニンゲンの顔面へショットガンを放つ。散弾が無数の穴を開けるが、ニンゲンは気にも留めずに前進を続ける。
その足に大穴が空いた。『白雪姫と七人の小人』の一人、バッシュフルによる狙撃だ。足を失ったニンゲンは、足元のゾンボットたちを押し潰しながら倒れた。
「よっしゃあ!」
「やっちゃうよ!」
赤ずきん、更にはアケミが倒れたニンゲンに襲い掛かる。全身をチェーンソーで切り裂かれたニンゲンは動かなくなった。途端に、その全身が腐り始める。
「『白い竜』と同じだな」
「うん。だけど、あれよりも弱いっていうかー……常識的?」
ロンドンに現れた白い竜は切った端から再生したし、ゾンボットを材料に巨大化までしていた。それに比べれば、このニンゲンは巨大だが再生しないし、殺せばなんとかなる。
「まだまだ来るぞー!」
問題は数だ。森の奥から新たなニンゲンがやってきた。その数10体。更に、足元には大量のゾンボットもいる。
「わかってたけど多いですね……!」
敵の強大さに雁金は改めて息を呑む。
不意に、けたたましいラッパの音が鳴り響いた。雁金がそちらを見ると、森の中の道を鎧姿の騎士たちが駆けてくるところだった。
先頭を駆ける金髪の美少女が、剣を高らかに掲げて言い放つ。
「戦士たちよ! 目の前にいるのは神の敵、邪悪なる者たちだ!
恐れず進め! 我らの強さを見せつけるのだ!」
アーサーの号令を受け、騎士たちは鬨の声を上げてニンゲンたちに突進する。先頭を征くのは大剣を携えた金髪の騎士、ガウェインだ。
ニンゲンの1匹がその巨大な腕を振り下ろして、ガウェインを叩き潰そうとする。だが、ガウェインは素早く手綱を操り腕を避けた。更に、地面を叩いた腕に大剣を振り下ろす。
「ぬぅんっ!」
裂帛の気合と共に、ニンゲンの腕が切り落とされた。痛みにのけぞるニンゲンの足元に駆け寄るガウェイン。再び大剣を振るうと、野菜を包丁で斬るかのようにニンゲンの太腿が切断された。バランスを崩して倒れ込むニンゲンの首めがけて、ガウェインは大剣を振り上げる。
「せいやぁっ!」
鍛え上げられた鋼は、ニンゲンの首を斬り飛ばした。頭を失ったニンゲンは即死。死体は急速に腐敗していく。
「あれを一人で……!?」
「さすが、円卓の騎士……!」
アケミも雁金も驚く強さである。
その他の騎士たちも数人がかりでニンゲンやゾンボットに対処している。奇襲の勢いもあり、こちら側が押している。このままいけば陣地を突破できる、雁金がそう思った時だった。
「ネズミが出たぞーっ!」
騎士の1人が叫んだ。陣地を囲む森の一角がガサガサと揺れている。噂のネズミが出てきたらしい。雁金はそちらへ目を向ける。
メキメキと音を立てて、大木が次々と倒れていく。その様子に雁金は目を
息を呑む雁金たちの前に、とうとう森を抜けたネズミが姿を現した。
鋼鉄の家だった。
「は?」
非常識な光景に一瞬固まった雁金だったが、すぐにそれが勘違いだと気付く。家のように巨大だが家ではない。2階部分からは太い砲身が伸びている。ついでによく見ると下部にキャタピラがついていて、それで前に進んでいる。
そうして特徴を見れば、これが何なのか理解できた。戦車だ。
「は?」
再び意味不明になって固まる雁金。なぜ戦車がネズミと呼ばれているのか。更に言えば、普通のドイツ軍の戦車よりも一回り巨大な戦車に、なぜネズミという小さな呼び名がついているのか。
「ちくしょう、ネズミだ!」
「下がれ下がれ、普通の剣じゃ傷一つつかないぞ!」
円卓の騎士たちは当たり前のように戦車をネズミと呼び警戒している。一方、森から出てきた戦車は主砲と機銃を乱射して、円卓の騎士たちを一気に押し返す。ネズミなどとは呼べない。これでは怪獣だ。
「ミス雁金! 塹壕に飛び込め!」
騎士たちと一緒に後退してきたパトリックが雁金に隠れるように促した。その声で我に返った雁金たちは、慌てて近くの塹壕に飛び込む。直後、機銃弾が頭上を飛び越していった。
「ナチスドイツめ……まさかネズミを実戦投入してくるとは……!」
「ま、待ってください! あれのどこがネズミなんですか!?」
パトリックまで戦車をネズミと呼び始め、雁金はますます混乱する。それに対してパトリックは大真面目に言った。
「あれは『
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