円卓の騎士

 どうにかこうにかシャルンホルストの事を説明して、写真も取って送りつけることで急に出てきた女のことを信じてもらえた。

 トゥルーデが言うには、この女は戦艦シャルンホルストの化身というか、船幽霊というか、そんな感じらしい。だから、こいつをどうにかすればシャルンホルストも無力化できるはずだ。

 しかし、どうにかする手段がない。チェーンソーも爆弾も効かない。殴って気絶させる事はできたけど、殺すまでは無理だ。

 話し合った結果、トゥルーデがこっちに来て魔術でなんとかすることになった。


 電話してから30分後、トゥルーデが海の上を飛んでやってきた。箒にまたがって空を飛んでいる。本当に魔女だ。

 その隣には、背中から生えたカラスの羽で飛んでいる『大がらす』のオルトリンデと、コウモリの羽で飛んでいる『オオカミと七匹の子ヤギ』のヤギ女も一緒だ。

 ……いや何でヤギが空を飛んでいるんだ?


「状況は?」


 甲板に降り立ったトゥルーデが、挨拶もなしに聞いてくる。


「いや、あの、ヤギって空飛んだっけ?」

「貴方の話は聞いてません! シャルンホルストが先!」

「……見ての通りだよ。一応、近くにあったワイヤーでグルグル巻きにしてるけど、少しも目を覚まさない」


 甲板に倒れているシャルンホルストを指差す。ワイヤーでグルグル巻きにされたシャルンホルストが、ぐったりと床に横たわっていた。

 トゥルーデはすぐにシャルンホルストに近寄り、様子を見始めた。医者みたいに脈や熱を計った後、頭に手を当てて何かの呪文を呟いたり、バッグから取り出した何らかの粉を振りかけて、色が変わる様を観察したりしている。そしてヤギ女が隣に立って、トゥルーデが調べる様子を興味深げに見守っている。

 何をやっているかさっぱりわからない。多分、プロの仕事なんだろう。口出しせずに大人しく待つことにする。


 しばらく待っていると、トゥルーデはシャルンホルストの周りを囲むように魔法陣を描いた。描き終えた後に何かの呪文を呟くと、魔法陣は淡く輝いた。

 それからトゥルーデは立ち上がり、シャルンホルストから離れてこっちにやってきた。


「貴方、一体何をしたんですか?」

「何をって……えーと、気絶するまで殴った」

「その前です。このシャルンホルストの化身をどうやって作り上げたのか、っていう話」

「作ろうと思って作ったわけじゃないんだよ。このシャルンホルストっていう戦艦を異界に見立てて、邪気払いの足踏みをやったんだ。そしたら、何か知らないけどそいつが出てきた」

「なるほどね……」


 説明できた気がしないんだけど、意外にもトゥルーデは納得してくれたらしい。


「俺、何をやっちまったんだ?」

「自分で言った通り、邪気払いですよ。私たちの魔術体系には無い技だから推測になりますが、"場"に強力に作用するものだったみたいですね。

 さっきまでシャルンホルストという怪異と異界は同一のものでした。ところが異界に貴方の邪気払いが叩き込まれたものだから、まとめてダメージを受ける前に怪異が異界から分離した、ってところでしょうか」


 何言ってるか全然わからない。


「シャルンホルストに取り憑いていた船幽霊が、貴方の儀式で外に出てきた。それくらいの認識でいいですよ」

「ああ……うん、それくらいならわかる。わかる」

「ただそうなると、もう一つの怪異がわからないんですよね」

「もうひとつ?」


 シャルンホルスト1人しかいないぞ?


「この頭の鏡ですよ。これが怪異……というか術式ですね。詳しくはわからないけど、シャルンホルストを操るためのものみたい」

「元々そういう頭じゃないのか?」

「違うみたいなのよね……。鏡を使った洗脳術、ってところかしら。今は殴られて機能停止してますけど」

「殴って大丈夫だったか、それ?」

「殴れること自体が変なのですが……まあ、今回は殴って正解、だったと思います。シャルンホルストは止まりましたし」


 確かに、アヴァロンを砲撃していた大砲は止まっていた。どこにあるのかわからない機関部を爆破するより楽になって良かった。


「それでこいつどうする? パトリックから貰った爆弾が全然効かないんだが。火薬の量、間違ってるんじゃないのか?」

「合ってますよ。あの爆弾は機関部を壊せるだけの威力しかありません。せいぜい、5cm厚の鉄板に穴を開けられるくらいでしょう。

 それに対してこのシャルンホルストは、概念的には戦艦そのもの。30cm厚の装甲と同等の防御力があると考えてください」


 鉄の塊じゃねえかよそんなの。そりゃこんな小さい爆弾じゃ無理だ。


「んじゃどうする。やっぱりエンジンをブッ壊すか?」

「その必要はありません。さっき封印したから。その魔法陣が崩れない限り、この戦艦は動かない。

 それよりもあの洗脳術式を解除して……いや、いっそのことこっちで術式を乗っ取りましょうか。上手くいけば私たちがこの戦艦を乗っ取れます」

「マジか!?」


 そりゃすげえ。この戦艦が味方になれば、ナチスなんて軽々吹っ飛ばせるぞ。

 ところが、話を聞いていたヤギ女が顔をしかめた。


「いやあ、トゥルーデ。あまりそういう品の無い真似をするのは、魔女としてどうかと思うけどねえ」

「何言ってるの。こんな無防備な術式が目の前に転がってるのよ。弄り倒さなきゃ失礼じゃない」

「失礼じゃなくて心配なの。周りで見てる身にもなりなさい」

「……っさいわねえ。黙っててよ、私だってもう大人なんだから!」


 えっ、何これは……?


「あの……どういう関係?」


 隣で羽をパタパタさせてるオルトリンデに聞いてみると、こう帰ってきた。


「エイタン ウント キンド」


 翻薬仕事しろ。


「来た! 来た! 船が来たわ!」


 甲板の縁で海を見ていたメリーさんが叫んだ。振り返ると、水平線の向こうから、雁金たちが乗っているイギリスの警備艇が近付いてくるのが見えた。

 警備艇はこっちが乗ってる戦艦の後ろを横切っていく。その甲板には雁金とアケミがいて、こっちに向かって手を振っていた。俺も振り返す。

 ……こうして見比べてみると、警備艇、小さいな。俺たちが乗ってるシャルンホルストの半分くらいしかない。10倍は盛り過ぎだけど、敵いっこない大きさなのは間違いなかった。


 警備艇はそのまま進み、アヴァロンから少し離れたところで停まった。それから船縁に吊るしたボートに皆が乗り込んで、そいつで改めてアヴァロンを目指し始めた。

 なるほど、もしもシャルンホルストが動いてたら、ここで狙い撃ちにされてたな。こいつを止める必要があったわけだ。

 そして、シャルンホルストが止まったことにナチスが気付かないわけがない。取り返しに来る。そいつを返り討ちにするのが、これからの俺の役割だ。

 さあ、いつでもかかってこい。こっちは準備万端だぞ?



――



 警備艇からボートに乗り移った雁金たちは、ボートのエンジンを唸らせてアヴァロン島へ向かっていた。4隻のボートに6人ずつ乗り込み、合計24人がアヴァロン救援部隊の第一陣だ。


「あの浜辺だ! まっすぐ進め!」


 先頭のボートに乗るアーサーが叫ぶ。勝手知ったる自分の島だ。どこが上陸地点に適しているか、よく知っている。雁金たちは彼女の意見を元にアヴァロンへの上陸ルートを決めていた。


「待ったぁ! 誰かいるぞ!?」


 島を見ていた赤ずきんが叫んだ。浜辺に騎士がいる。それも1人2人ではない。少なくとも30人以上はいる、騎士の群れだ。


「アンティゴノスの連中か!?」

「敵に先回りされてるじゃねえかバカ野郎!」


 ヘンゼルとオズワルドが武器を構えて、浜辺の騎士たちを攻撃しようとする。


「バカモノ! あれは味方だ!」


 だが、アーサーの叫びが攻撃を止めた。


「味方……?」


 彼らが見ている前で、浜辺の騎士たちは整然と整列し、天に向かって武器を掲げた。アーサーたちを迎え入れる姿勢だ。

 騎士たちに迎えられ、ボートは何事もなく浜辺に着いた。最初に上陸したアーサーにひときわ立派な身なりの騎士が近付き、跪く。


「我が王よ、ご帰還、お待ちしておりました」

「うむ。ガウェイン卿よ、大儀であった」


 ガウェイン卿。円卓の騎士たちの中でも1,2を争う強さの騎士である。それだけでなく騎士としての品格も、指揮官としての機転も兼ね備えている。アーサー王の留守を任されるにふさわしい、騎士の中の騎士であった。

 ただ、今のガウェインは酷く落ち込んでいる。ナチスの奇襲を受けて敗走したことを気に病んでいた。


「申し訳ございません。賊の奇襲を許すばかりか、内陸への進撃まで許してしまいました。残った者をまとめて何とかこの上陸地点を確保しましたが、この程度で償える失態ではありません。どうかこの場で刃を賜ってください」

「それには及ばんぞ、ガウェイン卿。聖杯はまだ敵の手に渡っていない。貴公が挽回する余地は十分にある。

 まずは、どのような敵が襲いかかってきたか、今一度教えてくれ。実際に刃を合わせた貴公にしか語れぬことだ。その間に味方の後詰めも揃うだろう。

 そうしたら改めて作戦を立てて、聖杯の下へ向かうぞ」

「いや、あの……ゆっくりしていて大丈夫なんですか? すぐに島の中心へ向かうと思ってたんですけど」


 作戦会議を提案するアーサーに雁金は驚いた。聖杯を敵に取られないように、上陸したら一目散に突撃すると思っていたからだ。


「ガウェインを退けるほどの相手だ。足並みを揃えなければ私でも苦戦するだろう。ここの騎士たちも戦い続きで疲れているだろうしな」


 それからアーサーは島の奥地へと視線を向けた。


「それに……聖杯が隠された洞窟には、恐ろしい怪物が住んでいる。いくらナチスといえども、そう簡単には手を出せないだろう」


 そう語るアーサーは、なぜか遠い目をしていた。

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