地下の井戸
今から数年前の話だ。
俺は花の配達のアルバイトをしてた。まあ、ただの配達じゃなくて、ちょっとワケアリでな。植木鉢1つが3万とか5万とかする。それをいろんな店にいくつも運んで、集金して事務所の人に渡す。1日の売上が100万くらいになることもあった。
で、毎日4時間ぐらい配達して、金を持っていくだけで月20万は貰えた。夏場は林業ができないから、こいつはめっちゃ助かったよ。タクシーよりも実入りが良いし。
まあ、マトモな仕事じゃないのは確かなんだけどさ。具体的にどう、って言われるとそれも説明しづらいんだ。花は普通の花だし、一緒にヤバい薬とか、変なものを運ぶわけでもない。何か悪いことしてるんだろうなー、って予感はしたけど、聞ける訳ないし。
……何、マネーロンダリング? あー、なるほど。
それはともかく、だ。しばらく働いてたら、花以外のものの配達も任されるようになった。いや、何を運んだのかは知らないけどさ。用意されたトラックを言われた場所に持ってくだけ。荷物の積み下ろしはそこにいる人がやってたな。で、それは1回運ぶだけで10万貰えた。
中身は凄い気になったけど、トラックには上司の佐々木さんか桂さんのどっちかが一緒に乗るようになってたから、こっそり確かめることはできなかった。多分、ヤバい積荷だったんだろうなあ。
そんな感じに仕事をやってて、半年ぐらい経ったかな。そろそろ林業の季節になるから、バイトを辞めますって言ったんだ。最初からそうするって話だったから、特にトラブルにはならなかった。ただ、最後にもう1回だけ、特別な配達の仕事をやってほしいって頼まれた。
3日後、呼び出された場所に行ってみると、佐々木さんと桂さんがワゴン車を用意して待っていた。2人とも異様に緊張してイラついてて、明らかに普通じゃない雰囲気。 俺が着いてもボソボソ何か話してた。
「大丈夫なのかアイツは」
「大丈夫ですよ。あの人が紹介してくれたんでしょう?」
「そうだけどなあ……鍵は?」
「あります」
そんな内容だったかな。
結局俺は2人を乗せてワゴン車を運転していく事になった。なんだか嫌な予感がしたけどな。
佐々木さんの案内で車を運転すると、首都高に入った。で、しばらく走ると地下のトンネルに入ったんだ。結構遠くまで来てたな。そしたら佐々木さんが
言ったんだ。
「おい、ここだ。止めろ」
「ここですか?」
って聞き返したよ。料金所でもなければパーキングでもない、普通の道路だったからな。
「右に寄せろ、右に」
しょうがないから、車を右に寄せて止めた。そこは合流地点になってた。
「後ろに中洲みたいになってる所あるだろ。そこにバックで車入れろ」
振り返ると、確かにちょっとしたスペースがある。言われた通りに車を停めて、ライトを消した。
そこは両側が柱になってて、道路からは見えにくい場所だった。走ってる車からじゃわからないんじゃないかな。車の後ろには金網が張ってあって、その先は下り坂の通路になってるみたいだった。
佐々木さんと桂さんは2人で荷物を下ろしてたけど、俺にも手伝えって言ってきた。嫌な予感がした。今までの配達で荷物を下ろせって言われたことはなかったからな。
「よし、降ろすぞ。せーのでいくからな」
「せーのっ」
で、ワゴンの荷台から降ろしたのは……あー、えーと、あれだ。しまったな……。
降ろしたのは……そうだ、クーラーボックスだ。人ひとり入りそうな、デカいやつ。いや、人が入ってたわけじゃないからな? ただ、こんなコッソリやる荷物だから、ろくでもない物じゃないってのはわかった。
クーラーボックスの前を佐々木さんと桂さん、後ろを俺が持って、俺たちは先に進んだ。佐々木さんがポケットから鍵を取り出して、金網の扉の鍵を開けて進むと、5~6メートルで、また扉にぶつかった。そっちは扉っていうより、鉄柵って感じだったかな。
どうするんだろうな、と思ったら、今度は桂さんが鍵を取り出した。こっちは佐々木さんのよりも古い鍵だったな。それで柵を開けた。
更に先はもう真っ暗。佐々木さんがマグライトをつけて先に進んだけど、すぐに鉄扉に当たった。扉にはかすれた文字で『無断立入厳禁 防衛施設庁』って書いてあった。これは不思議だった。だって首都高って道路公団の施設だぞ? 自衛隊は関係ないだろ?
その扉も開けて、俺たちは中に進んだ。中に入るとすぐ階段で、ひたすら下に下りて行った。
佐々木さんも桂さんも、うっすら汗かき始めてて、随分重そうだったけど、足を止めようとしなかった。凄い急いでるように見えた。あるいは、一刻でも早くあの場所を離れたかったのかもしれない。
階段を下りると、ものすごく広い通路が左右に伸びてた。多分幅10mくらいあったと思う。俺たちは左に曲がって進んだ。
通路はひたすら真っ直ぐで、左右の壁に時々鉄の扉がついてた。佐々木さんは扉を1つひとつライトで照らして確かめていたけど、ある扉の前で止まって言った。
「これじゃねえか。これだろ」
そこには『帝國陸軍第拾参号坑道』って書かれていた。信じられる? 旧日本軍だよ、旧日本軍。戦前のトンネルだよ。昔の日本軍が東京の地下に作った防空壕とか、秘密研究施設とか、そういうヤツかって思った。埋蔵金とか、秘密兵器があるんじゃないかって思うと、正直、ちょっとワクワクした。
まあ、実際はそんな楽しいものじゃなかったんだけどさ。
目的の扉は見つけたけど、流石に疲れてたから、俺たちは扉の前でクーラーボックスを降ろしてちょっと休憩した。ここはなんなのか、俺は何を運ばされているのか、いろいろ気になってたけど、佐々木さんにも桂さんにも話しかけられる雰囲気じゃなかった。
しばらくして、佐々木さんが立ち上がった。
「そろそろ行くか」
そう言って、クーラーボックスに手をかけた。俺と桂さんもクーラーボックスを持ち上げようとした。
そしたら、『中身』が突然暴れた。クーラーボックスは地面に落ちて、蓋が空いてしまった。中から出てきたのは……マグロだ。マグロだよ、マグロ。すげえデカいやつだけど、マグロだった。大トロじゃなくて、一尾丸々だよ。
話を戻そう。佐々木さんと桂さんは大慌てだった。
「おい何で目を覚ました!?」
「クスリ打てクスリ!」
「持ってねえよ! 箱に戻せ!」
とか言ってた。その間もマグロは激しく身をよじって暴れてた。
すると佐々木さんが、マグロの腹のあたりを、踏んづけるように蹴った。一瞬動きを止めたマグロは、叫んだ。
「ゴボーッ!?」
……いや、叫んだんだから仕方ないだろ。なんでマグロが叫ぶのかはわからないけど、とにかくすごい唸り声を上げながら、また暴れ出した。
佐々木さんは腹のあたりを、構わず蹴り続けた。それでもマグロは暴れ続けた。やがて桂さんがマグロの頭を蹴り飛ばした。それでようやく、マグロの動きが止まった。
その時、なぜかマグロは頭を振って、俺に気が付いた。それまですごい形相で暴れていたマグロが、急に打ち上げられたマグロめいた虚ろな瞳で俺を見つめた。
佐々木さんと桂さんが2人がかりでマグロをクーラーボックスの中に戻した。今でもその光景は、スローモーションの映像のまま、俺の記憶に残ってる。マグロはクーラーボックスに戻されるまで、ずっと俺を見てた。
桂さんが蓋を閉めたのを確認すると、佐々木さんが言った。
「これくらいかな。殺しちゃまずいからな」
それから佐々木さんは俺を見た。
「お前、こいつの顔を見たか」
「いえ……突然だったんで、何がなんだか……」
うん? マグロの顔の判別がつくのかって? いやつかないし……。
まあとにかくその後、俺たちはクーラーボックスを再び担いで、拾参号坑道ってやつを延々歩いた。今までの広い通路とはうって変わって、幅が3mも無いくらいの狭い通路だった。右はずっと壁だったんだけど、左には時々下り階段があって、ちょっと下に扉がついてた。扉には鍵じゃなくて、
何個目か分かんないけど、佐々木さんがある扉の前で止まった。そこには『帝國陸軍第百弐拾陸号井戸』ってプレートがあった。
井戸? 井戸かよ? これだけ地下に潜ってあるのが井戸? 水汲み大変すぎない? 訳が分からなかった。
佐々木さんと桂さんが2人がかりで閂を取って、俺たちは中に入った。
中は結構広い部屋だった。学校の教室くらいはあったかな。コンクリ打ちっぱなしで、真ん中に井戸があった。でも井戸は蓋されてるんだ。重そうな鉄の蓋。端っこに鎖がついてて、それが天井の滑車を通してハンドルに繋がってた。ハンドルを回すと、蓋についた鎖が徐々に巻き取られて、蓋が開くようになってた。
蓋が開くと佐々木さんと桂さんはクーラーボックスを開けて、2人がかりでマグロを抱え上げた。もう分かったよ。この地底深く、誰も来ない井戸に投げ込んでしまえば、二度と出て来れないし、誰にもバレないもんな。でもひとつだけ分からない事があった。
なんで『生きたまま』投げ込む必要があるんだ?
2人はマグロを井戸に落とした。ドボーン! って水の音がするはずだった。でも聞こえてきたのは、バシャッ、って音。この井戸、水が枯れてるんじゃないの? って音。佐々木さんと桂さんは、神妙な顔で井戸を覗き込んでた。俺も気になって井戸を覗いた。
井戸の中はやっぱり枯れてるみたいで、水はほとんど無かった。マグライトの明かりの真ん中で、マグロがモゾモゾ動いていた。
そしたら、井戸の底から唸り声みたいな音が聞こえてきた。マグロの声じゃない。もっと機械的なやつだ。すぐにわかったよ。エンジン音だって。
マグライトの明かりの中にチェーンソーが現れた。チェーンソーを持っていたのは白い人だった。いや、人だったのかな、あれは。服を着てなくて、ツルッパゲで。そんなのが1匹じゃなくて、何匹も現れた。
そいつらは跳ねるマグロにチェーンソーを突き立てた。マグロが大きく痙攣した。
「アバーッ! アババーッ!」
マグロの悲鳴が響き渡った。白い奴らは返り血も構わず、黙々とマグロを解体していった。で、奴らは捌いた切り身にむしゃぶりついた。マナーも何もない、獣の食事だったよ。マグロが悲鳴を上げる不気味さよりも、白い奴らの陰惨さのほうが上回った。
何だこれ、何だこれ、って混乱してたら、白い奴らの顔がすっと上を向いた。目が無い。空洞とかじゃなくて、鼻の穴みたいな小さい穴がついてるだけ。代わりに口は大きかった。頭の半分ぐらいが口なんじゃないかって思うぐらい。
で、そいつらが叫んだ。
「イ゛」
「イ゛イ゛」
「イ゛ーーーイ゛゛ーーーイ゛ーーー」
「「「「イ゛ーーーイ゛ーーーイ゛ーーー」」」」
叫んだっていうか、鳴き声っていうか。言葉も感情も何もなくて、ただ喉から音を吐き出してるって感じだった。すげえ気持ち悪かったよ。それ以上に、何か、どうしようもなくヤバいって感じがした。
「チクショウ! 蓋閉めろ!」
いきなり佐々木さんが叫んだ。その声で我に返って、ハンドルを回して蓋を締め始めた。桂さんも手伝ってくれた。ちょっとパニックだったかもしれない。
鉄の蓋は閉まったけど、奴らの叫び声は収まらなかった。ガン、ガン、ガン、と、蓋を内側から殴る音も聞こえてくる。おまけに周りの部屋も騒がしくなっていた。嫌な予感もますます強くなってた。
「逃げるぞ! 走れ!」
俺たちは来た道を走って戻った。周りに並んでいた扉が内側から叩かれてた。多分、奴らが井戸から這い上がって、扉を叩いてるんだって確信できた。冗談じゃねえよ本当に。
走って走って、扉をくぐっては閂を掛けて鍵をかけて、階段の所まで戻ってきた。俺たち3人とも体力の限界で立ってられなかった。白い奴らは追ってこなかったけど、まだドアを叩く音が聞こえていた。
「な、なんだったんですか、あれ!?」
息が整った俺は佐々木さんに聞いてみたけど、凄い形相で睨まれた。
「余計な事を考えるんじゃねえ。忘れろ」
そう言われた。確かにそうなんだけど、頭の中がぐるぐるしてた。マグロを生きたまま放り込んだのは、多分あいつらに食わせるためなんだと思った。
きっと凄い昔からやってたんだ。戦争が起こる前からだよ。多分、旧日本軍はあいつらを閉じ込めるために、こんな地下の基地を作ったんだと思う。
それで、俺たちが追われた理由。手が生臭かった。途中で暴れたマグロをクーラーボックスに戻す時についたんだと思う。それを奴らが嗅ぎ取ったんだ。で、まだ獲物がいると思って、井戸から這い上がろうとしてきた。
それ以上は考えたくなかった。俺たちは来た道を戻り、車で走り去った。約束通り給料をもらって、その後すぐバイトを辞めた。
それっきり、佐々木さんと桂さんには会っていない。事務所は次の年には無くなってた。俺にもあの後、あの基地絡みの出来事は何も起こらなかった。
だけど、たまに思うんだ。地下鉄に乗った時とか。東京の地下鉄って、めちゃめちゃたくさんあるだろ? それで、今でも工事してるだろ?
もしも新しいトンネルがあの地下の井戸に繋がったら、あいつらがマグロを求めて這い出してくるんじゃないかって。
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