コトリバコ(1)
あの『千羽神楽』の騒動からひと月が経った。俺と雁金、そしてメリーさんはまたしても千羽町を訪れていた。
きっかけは火熊さんだ。『千羽神楽』とは別口で調べてほしい物があると、雁金に連絡があったらしい。
で、俺とメリーさんも呼ばれていた。いくら見知った仲とはいえ、その筋の人たちの家に雁金をひとりで行かせるのは寝覚めが悪い。謝礼も出るし。
火熊さんの家は、土屋さんの屋敷と違って今風のデザインだった。ただ、デカい。あと周りの塀が普通の家の2倍ぐらい高い。テレビのニュースでたまに見る、強制捜査をかけられる会長宅みたいな感じだ。
強面の人たちに頭を下げられながら庭を進むと、変な声が聞こえてきた。
「ひゃっ! ふんっ! とおおおぉぉぉっ!!」
声というか怪鳥音というか。なんだこれ。
「なんですか、この声」
「お嬢様が道場で稽古してるんです」
「稽古?」
「はい。薙刀です」
変な掛け声を出して薙刀を振り回す、本職のリーダーの娘さんが思い浮かぶ。怖い。だからといって今更帰るわけにもいかない。
リビングに通され、出されたお茶を飲みながら待っていると、火熊さんと鍋島がやってきた。
「おう。久しぶりだな。わざわざ来てもらってすまんな」
「いえいえ。『千羽神楽』以来ですけど、お変わりありませんか?」
雁金と火熊さんが挨拶を交わし、無難な世間話を始める。
今日の火熊さんは割とリラックスしているように見える。この前のスーツ姿ではなく、長袖シャツにスラックスとラフな格好だ。それでも、ガタイがいいのと強面なせいで、普通の人とは程遠いが。
「では、そろそろ蔵を拝見したいのですが、よろしいですか?」
一通りの話を終えると、雁金が切り出した。
「そうだな。ついてきてくれ」
火熊さんと鍋島に案内され、俺たちは庭に出た。広い庭の端っこの方に蔵があった。
すげえ。蔵って聞いてイメージした通りの蔵だ。やっぱ古い金持ちの家ってこういうのがあるんだ。
蔵の中もTHE・蔵って感じだった。埃っぽくて、タンスや箱が並んでて、いかにも高そうな壺や古い人形、あと先祖代々から伝わってそうな本や巻物があった。
「んじゃあ、鍋島」
「はい。すまん、大鋸。手伝ってくれ」
「お、おう」
鍋島と協力して、蔵の奥にあった漆塗りの箱を動かす。すると、床に扉がついていた。それを開けると、地下に続く石の階段があった。凄え、隠し地下室だ!
「おおー……!」
思わず声が出てしまった。鍋島が怪訝な顔で見てきたので、咳払いしてごまかした。
ワクワクしながら階段を降りる。地下はもっとやばかった。着物、日本刀、鎧一式、謎の仏壇、高そうな屏風。文字通りのお宝部屋だ!
「すげー!」
「……勝手に触るんじゃないぞ?」
「な、んなわけねーだろ! 子供じゃあるまいし……」
懐中電灯で照らしながら、俺と鍋島は奥に進む。地下室の一番奥には、小さな神社のような古いお
鍋島は縄をくぐってお社に近付き、扉を開けた。中には正方形の箱が2つあった。1つは20cm四方ぐらいの黒ずんだ箱。もう1つは30cm四方ぐらいの白木の箱だ。
鍋島は白木の箱を敷いてある布ごと抱えると、俺に渡してきた。
「持ってくれ。直接触るなよ?」
「おう」
言われた通り布ごと抱えた。結構重い。仕事で使ってるチェーンソーよりも少し重いか? 何が入ってるんだよ、これ。
鍋島は黒ずんだ箱を布ごと抱えた。あっちは軽そうだ。中身がカサカサ言ってる。ただ、持ってる鍋島は全然楽そうに見えない。
「上がるぞ。絶対に離れるなよ」
「お、おう」
俺は鍋島の後について階段を昇った。上に戻ると、雁金たちが神妙な顔で待っていた。
「あれですか」
「ああ、あれだ。ふたりとも、そこに置いてくれ」
言われた通り、箱を並べて床の上に置く。
「なあ、雁金。なんなんだ、これ?」
気になったので聞いてみると、雁金が答えた。
「黒い方はコトリバコです」
「小鳥?」
随分可愛らしい名前だ。
「鳥かごなのか?」
「違います。"子"どもを"取る"って書いて、子取り箱です」
予想の反対、めちゃめちゃ物騒な名前だった。
「おっかねえな。呪いのアイテムかよ?」
「はい」
即答。しかも、火熊さんまで大真面目に頷いている。マジかよこれ、ヤバい奴?
「コトリバコっていうのは、動物の血と、生まれたばかりの子どもを殺して作った呪いの箱です。
効果は絶大で、呪いたい相手の家に置いておくと、その家の女性と子供は内臓が千切れて死にます。文字通り、家から"子"が"取られ"るんです」
「うっわ……」
えげつない作り方から発動するえげつない呪い。正直ビビる。
「ネットの怪談にもなってますね。明治の初めに作られたコトリバコをたまたま見つけてしまい、大変な目に遭う、という話です」
明治って、江戸の次か。100年以上前だよな。そんな古い箱がまだ呪い持ってるとか、冗談じゃねえよ。
「こんなの出して大丈夫なのか? 下にしまっておいた方がいいんじゃないの?」
「いや、それなら大丈夫だ」
答えたのは火熊さんだった。
「そのチドリバコと一緒にしている限りは、何もできないって言い伝えだ」
「チドリ?」
俺が持ってるこの白い箱のことか。
「えーと、"血"液を"取る"って書いて血取り箱ですか?」
「違う。"千"匹の"鳥"って書いて千鳥箱だ」
急におしゃれな名前になった。
「呪いとは違う系か、雁金?」
「はい。むしろ、コトリバコの呪いを抑えていると考えられます」
雁金はそう言って、持ってきていたノートパソコンを開いた。
「あらかじめ火熊さんからいただいた古文書と、各地の郷土資料を照らし合わせて、このコトリバコとチドリバコの由来を推測しました。
結論から言うと、火熊家の言い伝え通り、チドリバコはコトリバコを抑えるために作られたと考えて良いでしょう。
このコトリバコが造られたのは遅くとも戦国時代。出雲の戦国大名、
ネット怪談で舞台になっているのも隠岐ですから、あの辺りが発祥の呪術なのかもしれませんね」
「おき……?」
「えーっと、今の島根県です」
「しまね……?」
「嘘でしょアンタ、島根もわからないの!?」
メリーさんにツッコまれた。外人の妖怪にツッコまれるとか、日本人としてどうかと思うんだけど、わからないから仕方がない。
「うるせえよ、地理は苦手なんだよ! 悪かったなチクショウ!」
「すいません、先輩は黙っててください! 話がぐっちゃぐちゃになりそうなんで!」
雁金にまで酷いこと言われた。いいよもう、黙るよ。
「……いいですか? 続き、話しますね?」
黙って頷く。
「一時期は中国地方を支配していた尼子氏でしたが、コトリバコを送られた頃から衰退を始めました。内紛が多発し、重臣を粛清してしまうなど、不自然なミスを重ね、隣国の
コトリバコは降伏の混乱の中で持ち出されたようで、
知らない名前がどんどん出てくる。むずかしいはなしだ。でも毛利元就は知ってる。他の名前も多分、戦国時代の偉い人たちなんだろう。呪いはともかく、コトリバコにはめちゃめちゃ歴史があるんだなあ。
「そして、最後の持ち主が
雁金の出した名前に、火熊さんが神妙な面持ちで頷いた。
「誰です?」
「ウチと縁のある大名さんだ。コトリバコをウチに預けたのも、その人だって聞いてる」
「大迷惑じゃないですか」
「違う違う。城には置いておけないから、ウチで預かってくれって頼まれたんだ。代わりに年貢が軽くなった。
預かる時にご先祖様がいくつか注意事項を聞いていてな。暗く湿った場所に置いておくこと、女子供には決して近付けないこと、そして、チドリバコと常に一緒にしておくこと。それを守らないと家が破滅するって言われていたんだ」
ここでもう一つの箱、チドリバコの名前が出てきた。
「その、チドリバコっていうのも、コトリバコみたいな由来はあるのか?」
聞いてみたが、雁金は首を横に振った。
「いえ。少なくとも探した範囲では、チドリバコなんてものは存在しませんでした。ネットの怪談も同様です。多分、立花さんがコトリバコを封じるために、独自に作ったんだと思います」
「封じる、ねえ」
確かに、コトリバコと比べると、チドリバコは見た目が綺麗でそれっぽい。なんだかありがたそうだ。
「チドリバコをどうやって作ったのかはわかりません。ですが、コトリバコのような呪物が効果を発揮しているなら、この家はとっくの昔に断絶しているはずです。家を滅ぼす呪いなんですから。
ですから、チドリバコがある限りは、コトリバコの呪いは問題ないでしょう。火熊さん、娘さんの事も心配ないと思います」
「そうか、そりゃあ良かった……」
火熊さんがホッとした様子で胸を撫で下ろした。続いて、雁金に問う。
「で、コトリバコの呪いを解く方法は、見つかりそうか?」
すると雁金は顔をしかめた。
「残念ながら、まだ何とも。実物がありますから、調べればわかると思いますけど……」
どうやら雁金は火熊さんに頼まれて、コトリバコの呪いを解こうとしているらしい。
ただ、ちょっと気になることがある。
「あのー。今まで何ともなかったら、そのまま放っておけばいいんじゃないですか?」
こういうものは下手に動かすと却って悪化するのがお約束だ。チドリバコというありがたそうな箱もあるし、そのままにしておいた方がいいんじゃないか。
しかし、火熊さんは表情を暗くした。
「確かにそうなんだけどよ。次がまずいんだよ」
「次?」
「ウチを継ぐのが娘なんだ」
家に来た時の奇声を思い出す。あの子か。
「女子供は近付けないって決まりだろう? しかも雁金さんの話を聞いたら、内臓を千切られるなんて話じゃねえか。
だけど娘が当主になったら一度はあの箱のことを教えなくちゃならねえ。その前に箱の呪いを解きたいんだ」
「……ありがたい箱が守ってくれるんじゃないんですか?」
「おい、それで娘に万が一があったらどうしてくれるんだ、おめえよ、オイ? 来年の春から大学生なんだぞ? これから東京に行くってのに、その前に何かあったら……」
「ごめんなさい」
ガチの声だ。本職怖い。
「……あのお寺の人に頼むのはどうかしら」
メリーさんが口を開いた。お寺の人、って寺生まれの高橋さんの事か。確かにあの人なら何とかしてくれるかもしれない。
「高橋か。一応相談はしたんだよ。この前の『千羽神楽』の一件で、この箱の呪いもマジなんじゃねえかって思ってな。
だけど、無理に解くより自然に消えるのを待ったほうが良いって言われた。そんなもん待ってられねえ」
「何年くらいかかるのかしら」
「あと200年だと」
確かにそれは待っていられない。
「娘さんに話して、こういう理由で近づくなって教えればいいんじゃないですか?」
「そんな事したらなあ、絶対確かめるって言って、自分で見に行こうとするぞ。今日の事だって娘には内緒にしてるんだから……」
「なるほど。それで私に隠れてコソコソしているのですね、お父様?」
入り口から女の声がした。振り返ると、高校の制服らしいものを着た少女が立っていた。
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