コトリバコ(2)
「なるほど。それで私に隠れてコソコソしていたのですね、お父様?」
入り口から女の声がした。振り返ると、高校の制服らしいものを着た少女が立っていた。
少女は長い髪をポニーテールにしている。起伏に乏しい体は、細いが貧弱さはなく、よく鍛え上げられて引き締まっている感じがする。
美少女と言っても問題なさそうだが、1点、物騒なところがある。手に持った薙刀だ。スポーツ用の木製のやつじゃなくて、真剣だ。銃刀法違反じゃないのかあれ。
「げえっ、
少女の顔を見た火熊さんがびっくりしている。
「お前、どうしてここに……」
「稽古が終わった後、蔵が開いているのを見つけましたの。曲者かと思い薙刀を手に駆けつけましたが、まさかこんな大事な話を私抜きでしてたなんて!」
「違うんだ。調べ終わったらお前にもちゃんと話そうと思っててな……」
「何をおっしゃいますか! 後で話すとおっしゃって、お父様からちゃんとご説明いただいた事が、今まで一度でもございますか!? どうせこの箱の話も秘密にして、鍋島にこっそり押し付けるつもりだったのでしょう?」
「いや、そんな事は……」
「鍋島。どうなの?」
少女に半目で睨まれる鍋島。しばし固まった後、気まずそうに口を開いた。
「場合によってはそうすると聞いてました」
「鍋島ァ!?」
その筋のふたりが女子高生にタジタジになっている。一体何者なんだ、と様子を窺っていると、俺の視線に気付いた女子高生が気恥ずかしげに咳払いした。
「……失礼致しました。お客様の前でしたわね。
ごきげんよう。私、
優雅に礼をする娘さん。全然似てない親子に内心驚きながら、俺たちは慌てて挨拶し返した。
「あっ、どうも。大鋸です」
「雁金です。はじめまして」
「メリーです」
紫苑は俺たちに向かってにっこり笑った後、火熊さんを睨みつけた。
「ではお父様、その箱のことですが」
「待て。家に戻ろう。女子供は近付くなって言われてるんだ」
「ですが、立花様がお作りになった箱が封じているのでしょう? なら安心ではないですか。
それに、そちらの雁金様とメリー様も女性ですわよ? 私は危ないけど、おふたりならどうなってもいいと言うのですか?」
そういやそうだ。雁金が少しもビビってないし、メリーさんが妖怪だから忘れてたけど、雁金もメリーさんもコトリバコの攻撃対象のはずだ。
「メリーさん、ヤバくないのか、これ?」
「……危ないわね」
メリーさんはコトリバコを睨みつけている。紫苑がそれを聞いてドヤ顔する。しかしメリーさんの言葉はちょっと意味合いが違った。
「紫苑さん。貴方が来てからコトリバコの中身が暴れ出したわ。近付かないほうが良いと思う」
思わずコトリバコを見た。特に変わった所はない。だけど、メリーさんが言うからには本当なんだろう。同じ妖怪だし。
しかし、今日あったばかりの紫苑にそんな事情はわからない。
「なんですの? 幽霊の専門家のおつもりかしら?」
「別に? ただ、それぐらいの気配はわかるの。箱入りのお嬢様とは違ってね」
「あら、小さいのに立派な口を利くのね。アクション映画が好きなのかしら?」
「それほどでも。本気で人と殺り合った事がない一般人よりは場数を踏んでいるだけよ」
なんで喧嘩してんの? コトリバコがヤバくなってんだろ? 早くしまって逃げよう?
「あのー、すみません。コトリバコとチドリバコの写真を撮りたいんですけど。先輩、鍋島さん、手伝ってもらえますか?」
雁金、お前はお前でもっと緊張感を持て。
「それどころじゃないだろ。早く片付けないと」
「ええ。ですから写真だけ撮りたいんですよ。そうすれば蔵に戻した後も研究できますから」
マイペースだなあお前は……。
「いいですか、火熊さん?」
「あ、ああ。早く片付けちまおう」
「じゃあ、外で撮りましょう。ここだと暗いので」
「紫苑、それにメリーさん。そこ通るからどいてくれ」
火熊さんに促されて、睨み合っていたメリーさんと紫苑が蔵の外に出る。続いて火熊さんと、カメラを持った雁金が扉をくぐる。そして鍋島がコトリバコを持って後に続いた。
その瞬間、物凄い音と共に蔵の扉が閉まった。
「……いや、おい!?」
慌てて扉に駆け寄り押すが、びくともしない。逆に引いてみるけどやっぱり動かない。
閉じ込められた!? なんで!?
「おい、なんだ一体!? どうしたんだ!?」
「わからん! 鍵は!?」
鍋島の声。扉を叩いているようだ。そこに不吉な音が混ざる。
唸るエンジン音。回転する刃の音。間違いない。
チェーンソーだ。
――
鍋島が蔵の外に出た瞬間、後ろから轟音が響いた。振り返ると、今し方くぐった扉が閉まっていた。
「何ッ!?」
コトリバコを地面に置いて駆け寄るが、扉はびくともしない。
「おい、なんだ一体!? どうしたんだ!?」
中から大鋸の声が聞こえた。向こうがふざけているわけでは無さそうだ。
「わからん! 鍵は!?」
扉を叩いても動かない。鍵を確かめようとした鍋島だったが、足元から不吉な音が聞こえて動きを止めた。
車のエンジンのような唸り声。聞き覚えがある。以前、大鋸が振り回していたチェーンソーと同じ音だ。
音の方に目をやる。コトリバコがあった。だが、それは既に箱とは言えない形になっていた。
箱を組み立てる木片が組み変わって、脚を作っていた。それが8本。クモのように伸びているが、脚の一部にはチェーンソーのように回転する刃が組み込まれている。脚の先端はヒトのような手がある。それも、短く丸い、赤子のような手だ。
箱本体も形を変え、中からチェーンソーの刃が舌のように飛び出していた。
今やチェーンソーのクモと化したコトリバコは、カサカサと素早い動きで地面を這い進む。その先にいるのは――火熊紫苑!
「お嬢!」
「ヒャアッ!」
紫苑の口から発せられたのは、悲鳴ではなく咆哮だった。薙刀が唸りを上げ、迫るコトリバコに振り下ろされる。コトリバコは大きく横に飛んで刃を避けた。
「なんですのっ!?」
「まずい……動いたっ!」
吐き捨てたメリーさんは、どこからともなくチェーンソーを取り出した。エンジンが重い音を立てて動き始める。
「雁金、下がりなさい! 火熊さん、鍋島さん、銃は持ってる!?」
「無い!」
家宅捜索に備えて、武器の類は別の場所に隠してある。あるのはせいぜい刀と薙刀ぐらいだが、刀は蔵の中だし、薙刀は紫苑が持っている。
「だったら下がって! 素手じゃ無理よ、こいつは!」
コトリバコが再び紫苑に迫る。
「トォォッ!」
今度は掬い上げるような斬撃が放たれる。しかしコトリバコは横に転がって回避。上下逆になって紫苑に襲いかかる!
「たあっ!」
そこにメリーさんが飛びかかった。コトリバコは2本の脚を伸ばしてチェーンソーを防ぐ。回転刃同士が噛み合う凄まじい音が響く。
コトリバコが腕を振り抜き、メリーさんを弾き飛ばした。メリーさんは空中で回転し足から着地。チェーンソーを構えるが、コトリバコはメリーさんには目もくれず、紫苑に突進する。
「紫苑ッ!」
「よろしくてよっ!」
突き出された薙刀がコトリバコを捉えた。けたたましい金属音と共に、コトリバコが突き飛ばされる。傷はついていない。刃で防いだか。更にメリーさんが駆け寄り、チェーンソーを振るう。コトリバコが刃を防ぐ。
鍋島は手近な石を掴んだ。狙いを定め、コトリバコがメリーさんから離れた瞬間を狙って投げつける。石は命中したが、腕の回転刃によってあっさりと砕かれた。
恐ろしい切れ味のチェーンソーだ。人間が触れれば、あっという間に千切れてしまうだろう。そう思った鍋島は、先程の雁金の話を思い出した。
コトリバコに呪われた女子供は、内臓が千切れて死ぬ。それが、呪いではなく物理的なものだったとすれば。
「狙いはお嬢か……!」
鍋島の予想通り、コトリバコはメリーさんではなく紫苑に殺意を向けていた。コトリバコを持つ火熊の家を滅ぼすために、一人娘の紫苑を狙っている。
「ヒョオッ!」
紫苑が薙刀を横薙ぎに振るう。コトリバコは飛び退って避ける。
そこにメリーさんが突進する。コトリバコは腕を掲げて、チェーンソーを防ごうとする。
「私、メリーさん」
メリーさんが消えた。
「今、あなたの後ろにいるの」
そして、コトリバコの後方頭上に現れた。メリーさんの瞬間移動だ。鍋島と雁金は以前見たことがあったが、初めて見る火熊と紫苑は驚愕に目を見開いていた。
メリーさんは完全に死角の位置でチェーンソーを振り上げている。回転刃が確実にコトリバコを断ち割る。誰もがそう確信していた。
黒い電撃がメリーさんを襲った。
「……ッ!?」
コトリバコの体から雷が放たれ、メリーさんに直撃した。メリーさんは声もなく痙攣し、黒焦げになってその場に崩れ落ちた。
動かなくなったメリーさんに、コトリバコが脚を振り上げ襲いかかる!
「どこを見ていますのっ!?」
その背後から、紫苑が薙刀を振り上げて迫った。コトリバコは振り下ろされた刃を避ける。
紫苑は薙刀を構えて、コトリバコとメリーさんの間に立った。
「紫苑……逃げなさい……奴の狙いは、貴方よ……!」
メリーさんがボロボロになりながらも逃げるように促すが、紫苑は動かない。
「その程度、おっしゃらなくても存じておりますわ」
「だったら……!」
「言語道断! 客人を見捨てて逃げ出すなど、末代の恥!
そして、悪鬼羅刹! 客人に刃を振るう輩を見逃すなど、武門の名折れ!」
紫苑は薙刀を大きく振り回し、見得を切った。
「薙刀流派・
コトリバコが脚と胴体のチェーンソーをフル回転させて、紫苑に飛びかかる。
「ふんっ! ハッ! シャオッ!」
紫苑は奇声を発しながら薙刀でコトリバコに反撃する。しかし人間よりもずっと小さくすばしっこいコトリバコに刃を当てられない。
そして、大きな薙刀を振るうのは体力を消耗する。いかに紫苑の運動神経が良く、普段から薙刀の稽古をつけているといっても、体力は無限ではない。
徐々に反応が遅れ始めた。紫苑もそれに気付いているが、打開策が見出だせない。
捨て身で飛び出すか。鍋島が覚悟を決めたその時、背後から異様な音が聞こえた。
蔵の中。閉じられた扉の奥から、鳥の鳴き声がする。それも一匹や二匹ではない。
千匹の鳥が啼いている。
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