Ruler of nine stars(2)
九曜院が運転する車の中で、俺は『不老不死の薬』についての説明を受けた。
「つまり、『かぐや姫』が日本に預けた『不老不死の薬』を取り返しに来て、それを開けようとしてるってことか?」
「そうだ。不老不死の薬を使って何をするかは不明だが、彼女たちは開ける手段を所持している」
「それで神社か」
「ああ。貴船神社だ。ここには京都の水を司る
結構力任せな封印突破方法だった。しかし、預けた薬を今更になって取り返しに来るなんて、かぐや姫はずいぶんとワガママらしい。
「こんな大騒ぎして取り返しにくるくらいなら、最初から他人に渡すんじゃねえよ。かぐや姫ってのはバカなのか?」
「彼女のことを悪く言うんじゃない」
助手席に座ったマチェットの人が睨みつけてくる。どうにも、その態度が引っかかる。
「なあ、アンタ。さっきから妙にかぐや姫の肩を持ってる気がするけど……かぐや姫の敵なんだよな? 知り合いだったりするのか?」
「教える必要は」
「あるぞ。お前、土壇場になって命だけは助けてくれとか言われても聞かないからな。今のまま相手したらそのままブッ殺す」
こういうのは今のうちに詰めておかないといけない。戦ってる最中にそんな事で揉めてたら命取りだ。
「だから、理由は今話せ。じゃなかったら、俺はここで降りるぞ」
「大鋸くん!?」
「こっちは命懸けなんだぞ。しょうもない食い違いで死ぬなんてゴメンだ。そっちに事情があるなら残らず話せ。じゃなかったら俺は
マチェットの人はしばらく考え込んでから、大きく溜息を吐いた。
「わかった、話そう」
「いいのか?」
九曜院がまだグチグチ言ってるけど、マチェットの人はその気になったらしい。
「言われてみればその通りだからな。それに、隠しているわけでもない」
そして、俺の質問に答えた。
「『かぐや姫』は俺の妻だ。俺は妻を止めに来た」
――
むかしむかし、あるところに、旦那さんと奥さんが住んでいました。旦那さんは山で狩りをして、奥さんは家で
ある時、旦那さんが山で狩りをして、奥さんが家で機を織っていると、神様がやってきました。
「こんにちは。旦那さんはいるかい?」
「夫は山で狩りをしています。私は妻です」
「そうか。旦那さんは狩りが凄い上手いから、ご褒美に不老不死の薬をあげようと思う。ここに置いていくから、夫に渡しなさい」
そう言うと、神様は薬を置いて帰りました。
奥さんは、不老不死とはどんなものなんだろうと思って、こっそり飲んでしまいました。すると奥さんの体は月へ昇っていってしまいました。不老不死の薬は神様になる薬だったのです。
狩りから帰ってきた旦那さんは、奥さんがいないことに気付いてビックリしました。
「これは悪い人に連れ去られたに違いない。妻の匂いを追いかけてくれ」
犬は奥さんの匂いを探しました。すると、月から匂いがしたので、月へ向かって駆け上がっていきました。そして月に噛みついて、そのまま丸呑みにしてしまいました。ところが月はとても大きいから、食べきれずに吐き出してしまいました。
それを見て旦那さんは言いました。
「ああ、妻は月の都に行ってしまったのか。それなら仕方がない」
それから旦那さんは、毎晩月を見上げながら、ひとり寂しく暮らしました。特に月が綺麗な夜は、奥さんが好きだったお団子を作って、月が見える場所に置きました。そうすれば、お団子に釣られて奥さんが帰ってくると思ったからです。
これがお月見の始まりだと言われています。
――
「めでたし、めでたし」
「何もめでたくねえよ」
バッドエンドじゃねえか。
「日本の昔話はこの言葉で締めるのが恒例だと聞いたが」
「ハッピーエンドの時だけにしてくれ」
自分の過去を昔話風に語るのといい、ちょっとアホなんじゃないかこの人。
「それで、えーと、不老不死の薬をパクって月に逃げた奥さんが『かぐや姫』だっていうのか?」
「そうだ」
「ってことは、一回月に逃げて、それから京都に島流しにされて、もう一回月に戻って、今度は京都を滅ぼそうとしてる……んだよな?」
ややこしい。そして意味がわからない。行動の間で千年くらい経ってるとはいえ、方向性がバラバラだ。
「本当に同じ人間なのか? 実は別の人、とかそういう話じゃないだろうな?」
「顔が同じだから間違いない」
「そっくりさんとか、クローンの可能性は?」
「……直接話せばわかる」
可能性は残ってるのか。まあ、かぐや姫のクローンってなんだよ、って話になるからありえないけど。
「しかし『かぐや姫』が中国人だったなんてなあ」
今の話を聞いて俺は驚いていた。マチェットの人は中国人で、奥さんも中国人だから、つまり『かぐや姫』は中国人だったってことになる。にわかには信じられない。すると、九曜院が解説してくれた。
「『竹取物語』の成立時期はハッキリとはわかっていないが、遅くとも10世紀前半には作られたと考えている。そしてその頃には既に日本と大陸との間で交流が行われていた。
『竹取物語』の形成において大陸の物語や古典、そしてそれらに基づいた怪異が流入していてもおかしくはない」
何言ってるのかちっともわからないけど、専門家がそう言うならそうなんだろう。
「まあ、私もイーサンから説明を聞かされるまでは思いつきもしなかったが」
「イーサン?」
「俺だ」
マチェットの人が返事をした。イーサンって名前だったのか。中国人なのにアメリカ人みたいな名前だ。
「少し前、妻のチャンがいる月の異界の結界が解けた。この四千年間、結界が解けたことは一度も無かったから、何があったかと思って行ってみたんだ」
「月ってそんな簡単に行けるものなのか?」
「ああ。怪異にとってはそう遠い場所じゃない。世話になっている仙人のファンに案内してもらえば半日で着いた」
そういや怪異かコイツ。四千年生きてる、て言ってるし。普通の中国人の見た目だったから全然そんな感じがしなかった。
「だが月に到着した途端、月人から攻撃された。問答無用だった。他にも月を訪れた怪異が殺された、という話も聞いた。
おかしいと思って調べてみたら、チャンがいる月の異界が崩壊することと、月人が京都を侵略しようとしている話を掴んだ。それを阻止するために九曜院を頼って日本に来たというわけだ」
さっきまで中国の話だったのに、急に教授の名前が出てきたぞ。
「准教授お前、コイツと知り合いだったのか?」
すると、九曜院とイーサンは揃って微妙な顔をした。なんだその反応。
「いや、共通の知り合いがな……」
「共通の知り合い? 誰だ?」
「ラゴだ」
イーサンが言った。
「誰だよ」
「ヤコだ」
今度は九曜院が答えた。ヤコっていうと、九曜院が連れてるあの狐っ子か?
「何でそいつが出てくるんだ、どういう関係?」
「さっき話しただろう。チャンを追って月を飲み込んだ俺の飼い犬が、ラゴだ」
そういやさっきの話に犬がいたな。アイツの事か。いやちょっと待て、おかしい。
「ヤコって狐だろ?」
「俺は犬と聞いていた」
「私は狐と聞いていたんだが……」
イーサンと九曜院で言ってることが食い違ってる。大丈夫? そんな簡単に自己申告を信じていいのか? 二人揃って狐につままれ……つつまれ……だまされてない?
「とにかく九曜院と共に京都に来た俺たちは、まず京都を守る検非違使に会いに行った。そして月人の襲撃計画を伝えたんだが、検非違使は信じなかった。それどころか俺たちを捕まえようとした」
そりゃまあ……と思ったけど、いくら検非違使がお役所だからって、いきなりイーサンたちを捕まえようとするのは急すぎる。
「おかしいと思った俺たちは、検非違使の内情を探った。そしてわかったんだ。検非違使のスポンサーに、月人が入り込んでいたことに」
なるほど、スパイがいたと。……うん、スポンサー?
「それってまさか」
「顔を見た時は驚いたよ。検非違使最大のスポンサー、藤宮グループ会長の一人娘、藤宮瑠那。彼女が『かぐや姫』だ」
あいつか……あいつかぁ……! 確かになんか妙な凄みがあったけど、人間じゃなかったのか……!
「んじゃあの会社と検非違使が全部丸ごと敵、でいいのか?」
「落ち着け。令嬢とその手下だけだ。恐らく子供の頃に本物の娘とすり替わったのだろう。UFOに攫われかけたという噂もあったからな」
なるほど。偉い人の娘と入れ替わっていいように操ってたわけか。なら瑠那だけ殺せば済む話だな。
「検非違使が頼りにならないとわかった俺たちは、次の作戦を立てた。調べてみると瑠那は『不老不死の薬』を手に入れようとしていた。なら、それを先に奪えばいいと思ったんだ。
各地の銀行や会社の金庫を破って、『宇治の宝蔵』を開けるための祭器を手に入れてたが……」
「ちょっと待て」
今なんて言った?
「どうした?」
「銀行強盗とか言わなかったか?」
「……ああ、まあ傍から見たらそうなるか。でも事が終わったらちゃんと全部返すつもりだぞ」
「それはどうでもいい。それよりお前ら、強盗の時に動物のマスクを被らなかったか?」
「ああ。『カマイタチ』が目立たないように、全員マスクを被って変装したが。何故知ってる?」
いた。犯人が。俺たちが濡れ衣を着せられて、訳のわからない話に巻き込まれることになった張本人が。こいつか、こいつらのせいか!
「てめぇふざけんじゃねえぞこの野郎!」
殴りかかろうとしたけど、こいつら運転席と助手席にいるから背もたれが邪魔だ。しょうがないので蹴る。蹴る。ひたすら運転席を蹴る。この野郎、この野郎!
「なっ、やめろ、揺らすな! どうした!?」
「お前らが銀行強盗なんてやるせいでなー! こっちは犯人だと誤解されてホテルに閉じ込められて、何日も家に帰ってないんだよ! お前ーっ! 謝れーっ!」
「えっ……な、なんだかわからないが、すまない……」
「わからないなら謝るんじゃねえ!」
「ええ……?」
気が済むまで座席を蹴ると、少し冷静になった。
「あー、チクショウ……」
「……もういいか? 座席、壊れたりしてないか?」
九曜院が心配そうな声で聞いてくる。壊れてないけど、答える義理はない。代わりに質問する。
「それで『宇治の宝蔵』を襲って『不老不死の薬』を手に入れたら、あの鬼の女に横取りされたってのか?」
「ん、ああ。迂闊だった。『橋姫』と『カマイタチ』、それに『天狗』は強盗をやると決めてから集めたメンバーだったんだが、まさか『橋姫』が月人のスパイだとは思ってなかったんだ」
裏を掻いたつもりが、かぐや姫にまんまと利用されたってわけか。それで俺らが余計な巻き添えを食らって……ホントこの野郎……。
もう一回座席を蹴ってやろうかと思ったら、車が停まった。
「着いたぞ、ここが貴船神社だ」
降りると外は真っ暗だった。見上げると、森が鬱蒼と茂っている。空は満月らしいけど、木の葉のせいでほとんど見えない。
微かな明かりを頼りに目を凝らすと、正面には大きな鳥居と神社があるのがわかった。ここが貴船神社らしい。しかし誰もいない。かぐや姫も、橋姫も。
「奥に行ってみるぞ」
イーサンがマチェット片手に先行する。その後についていく。神社の裏に回ると、建築資材と重機が並んでいた。
「工事現場か?」
「建物を建ててるわけじゃなさそうだが……」
イーサンも九曜院も何の工事現場かわからないらしい。道具を見れば一目瞭然なんだけど、そういや素人にはわからないか。説明しよう。
「森を切り開いてたんだよ。見ろ、あの重機」
ショベルカーのひとつを指差す。先端のアタッチメントは土を掬うバケットじゃなくて、アームやローラー、チェーンソーなどが複雑に組み合わさった機械になっていた。
「何だあれは」
「ハーベスターだ」
「ハーベスター?」
九曜院とイーサンが揃って首を傾げる。そうか、林業やってないと知らないんだな。
「ハーベスターっていうのはショベルカーのアタッチメントの一種で、林業用の高性能作業機械なんだ。これひとつで立ち木の伐採、枝払い、玉切、集積まで全部できる」
「……すまない、素人にもわかるように説明してくれ」
「えーと、この先っちょのアームにチェーンソーが仕込んであって、木を掴んで切って、そのままトラックの荷台に積め込めるようになってる」
「ショベルカーでそんな器用なことができるのか」
「できるんだよなあ」
チェーンソーなら10分以上はかかる仕事も、ハーベスターなら一瞬、本当に一瞬で終わってしまう。木こりなら絶対欲しいスーパーロボットだ。前に仕事で使わせてもらったことがあるけど、初めてコイツで木を切った時は爽快感がありすぎて感動した。問題は、斜面じゃ作業できないことと、お値段がお高いってことだ。俺みたいな個人事業者が持つものじゃない。
「しかしなんでわざわざハーベスターなんだ? 森を切り開くなら、ブルドーザーでがーっとやっちまえばいいのに」
「ここは神社の敷地内、つまりは聖域だからな。そういう乱暴な工事は許可が降りなかったのだろう。見ろ」
九曜院が置いてあった看板を指差す。施工主の所に『京都の水を守る会』と書かれていた。確か、瑠那が会長をやってる利権団体の名前だ。これで瑠那が関わってるのは確定だ。
「で、わざわざ役所に許可取って造ったのが、アレか」
切り開かれた森の奥を見やる。遠くからでよく見えないけど、祭壇っぽいものがある。ちょっと明るくなってるし、人が集まってる気配もある。あそこに『かぐや姫』と『橋姫』、それに『不老不死の薬』もあるはずだ。
しかし、思ってたよりも敵の数が多そうだ。こっちは3人、九曜院があんまりあてにならないから実質2人。ちょっときついかもしれない。
そこで、九曜院とイーサンに呼びかけた。
「なあ。ひとつ作戦があるんだけど、いいか?」
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