Immortal(2)
「『不老不死の薬』と『宝剣』が奪われたのはマズいが、それを奪った連中そのものも厄介だ」
メリーさんたちに今回の事件を説明していた暁久は、大きな溜息をついた。
「『橋姫』、『天狗』、『カマイタチ』。いずれも名だたる大怪異たちだ」
「『橋姫』って、能にもなってるあの鬼女ですか?」
雁金の言葉に暁久は頷く。
平安時代、想い人をとられて嫉妬に狂った女がいた。女は嫉妬のあまり毎晩宇治川で呪詛を行い、終いには鬼と化した。
鬼の女は相手の女を殺し、想い人も殺し、両方の親戚も殺し、遂には誰彼構わず殺す殺人鬼になってしまい、都は恐れおののいた。
高名な武者が鬼を退治するまで、夜に出歩くものは誰もいなかったという。
これが『橋姫』の伝説である。
「『橋姫』は退治された後、平等院近くの神社に封印されて、京都を守る結界の一部になっていた、はずなんだが……」
「元気だったわね」
「そうだねー」
「定期検査では異常は無かったんだぞ、本当に。係員は一体何をチェックしていたんだ……?」
メリーさんとアケミのツッコミに、またしても暁久は頭を抱える。
「ええと、次に行きましょ。『天狗』っていうのは?」
「僧正坊だ。鞍馬天狗と言ったほうが有名かな」
京都の北には鞍馬山という寺院がある。そこに住む天狗は鞍馬天狗、あるいは僧正坊と呼ばれている。
市井の人々に悪さを働くこともあれば、山で迷った人間を助けることもある。牛若丸に兵法を教えたり、剣術家に秘伝を授けたりなど、様々な伝説が残っている。
「味方の時は頼もしいが、敵にすると厄介な御仁だ。ただ、滅多に本気を出さないのが幸いだな。多分今回も、本人はふざけているつもりなんだろう」
「本気を出すとどうなるんですか?」
「鞍馬山にいる全ての天狗が出撃する。それに、知り合いの天狗が全国各地から集まってくる。全部で100体くらいだな」
「わあ……」
天狗が京都の空を埋め尽くす光景を想像して、メリーさんたちは戦慄した。
「それで、最後が『カマイタチ』ですか」
不審な風に切りつけられるという古い怪談、それが『カマイタチ』である。その名の通り、鎌を持ったイタチが目にも留まらぬ早さで人を斬りつけると考えられていた。地方によっては『
「同様の怪異は全国各地で何度も確認されているのだが……君たちが会ったカマイタチは、チェーンソーを使っていたそうだな?」
「はい。鎌みたいなチェーンソーでした」
「だとすると、かなり過激な奴だ。10年ほど前から確認されているが、50人ほどが被害に遭っている。その中には検非違使や、他の地方の退魔師なども含まれている」
「あー、うん。そうだねー。確かに強かった。大鋸くんくらい強くないと勝てないんじゃないかなー」
実際に刃を合わせたアケミが語る。『橋姫』や『天狗』のような歴史はなくとも、戦歴が実力を証明していた。
「これに加えて楓と輝くんが二人がかりでも止められなかった兎マスクの亡霊と、龍神様を叩きのめした狐少女の怪異もいる。こんな奴らに『不老不死の薬』が渡ってしまったんだ。ああ、何が起こるか想像するだけで恐ろしい!
せめて居場所だけでもわからないと、恐ろしくて夜も眠れんぞこれは……!」
暁久がそう呟いた直後、会議室のドアがノックされた。
「失礼します! 『不老不死の薬』を強奪した『橋姫』の居場所がわかりました!」
「わぁーっ!? ちょっと、ちょっと待ってくれ!」
ドアに向かって叫ぶ暁久。
「なんで待つのよ。居場所が知りたいって言ってたばかりじゃない」
「心の準備というものがあるのだよぉ!」
メリーさんが情け容赦ないツッコミを入れるが、暁久は無様な言い訳で避けた。それから何度か深呼吸して精神を落ち着けると、虚勢を身に纏ってドアの外へ呼びかけた。
「よし、いいぞ。入ってくれ」
「失礼します」
若い女性の検非違使がファイルを手に入ってくる。
「橋姫の居場所がわかりました。貴船神社です。市内の探知結界と式神、それに監視カメラにも映っています」
貴船神社。京都の北にある神社である。
「貴船か……確か、すぐ近くが鞍馬山だったな。天狗も側にいるのか?」
「いえ、天狗はいません。ですが藤宮瑠那さんがいました」
「えっ」
「瑠那さんです。『京都の水を守る会』の」
椅子が倒れる音が響き渡った。立ち上がった楓が、報告に来た女性を凝視していた。
「瑠那が……? 一体どういうことだね、君。人質にされたとでもいうのかい!?」
怒鳴りつけながら楓は女性に詰め寄り、肩を押さえつける。
「わ、わかりませんよ! でも捕まってるようには見えませんでした。むしろ……」
「むしろ?」
「仲良く話してたような」
「そんな訳ないだろうっ!」
女性の言葉を楓は声で遮った。もう少し激昂していたら殴りかかっていたかもしれない勢いだ。
「君ィ、瑠那が裏切ったとでも言うつもりか? そんな事はあり得ないぞ。彼女と私は十年来の付き合いだ。そんな事はあり得ないと断言していい。不老不死に踊らされるような人間でもなければ、怪異に操られる事もない。あり得ないぞ」
「おい、落ち着け楓」
言葉がループするほど動揺している楓を輝は落ち着かせようとする。
「私は落ち着いている!」
だが、却って楓を焦らせてしまった。
「君、瑠那は貴船神社にいると言ったな?」
楓は連絡員の女性を指差し、問い詰める。
「は、はい」
「本殿か? 奥殿か?」
「奥殿です!」
「おいよせ!」
輝が止めようとしたが、その前に女性は答えてしまった。
「そうか、奥殿か。わかった」
楓は輝に向き直る。
「ちょっと聞いてくる。待っててくれ」
「待て……!」
そして一歩後ろに下がると、床の隙間に入り込んで消えてしまった。
「楓!」
輝が呼びかけるが返事はない。歯噛みした輝は、連絡員の女性を殴り飛ばした。
「何考えてんだバカヤロウが! 楓に居場所教えたら、すっ飛んでくってわからねえのか!?」
「ちょ、ちょっと!?」
慌てた雁金とアケミが、両側から輝を抑える。殴られた女性は頬を抑えてキョトンとしていた。
「やめなさいよ、女の人の顔を殴るなんて!」
「うっせえ! 女だろうが一発殴らないと気が済まねえ! 楓に余計なこと教えやがって!」
「こういうとこは弟クンなんだね……!」
どうにか落ち着いた輝は、チェーンソーを担ぐと部屋を出ていこうとする。
「ま、待ちたまえ! どうするつもりだ!?」
「貴船に行く!」
そう言うと、輝は部屋を出ていってしまった。一人で楓を助けに行くつもりだろう。気持ちはわかるが、無謀だ。
「ちょ、ちょっとせめて他の人も……!」
「待ちなさいよ弟クン! 私も行くから!」
雁金とアケミも慌てて後を追い、部屋を出ていった。
「ええい、危ないというのに、どいつもこいつも勝手に動きよって……!」
暁久が頭を抱えていると、ちょいちょいと服の裾を引っ張られた。見ると、メリーさんが側に立っている。
「ねえねえ」
「な、何かね」
「電話番号、教えて?」
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