リアル(3)

 火花が散る。刃が回る。力と力がぶつかり合う。

 飛びかかった俺のチェーンソーを、リアルは手にしたチェーンソーで受け止めた。鍔迫り合い。リアルは体勢を立て直して、徐々に押してくる。腕力は向こうの方が上だ。それは認めよう。だが。


「フンッ!」


 上半身を捻り、リアルのチェーンソーを受け流す。リアルはバランスを崩し、俺の方に倒れてきた。

 確かに力は強いが、それだけだ。力任せにチェーンソーを振り回しているだけで、技量も何もあったものじゃない。要するに。


「ド素人がッ!」


 倒れてきたリアルの胴体に蹴りを放つ。だけど、返ってきたのは水の中に足を突き入れたかのような手応えだった。リアルはそのまま俺の体をすり抜けて、地面に倒れる。傷ひとつついていない。

 またか。最初のチェーンソーもそうだったけど、こいつは攻撃をすり抜ける。


現実リアルのくせに虚構ファンタジーみたいなことするんねえっ!」


 立ち上がったリアルがチェーンソーで斬りかかってくる。大振りの斬撃を時には避け、時には受ける。避けたチェーンソーが、側に立っていた桜の木を伐り倒した。地響きが起こる。伐採用重機ハーベスターみたいなパワーだ。

 直撃はマズい。防刃作業服があるから斬られはしないだろうが、あのパワーで殴られたら普通に撲殺される。


 横薙ぎに払われたチェーンソーを潜り抜け、手首に向かって斬撃を放つ。チェーンソーのエンジン部分に刃が当たった。火花が散り、刃が弾かれる。リアルが振り下ろしてきたチェーンソーを、地面を転がって避ける。

 今のはすり抜けなかった。つまり、体はすり抜けてもチェーンソーはそうじゃない。攻める糸口が見つかった。


「行くぞっ!」


 踏み込む。コンパクトな斬撃を繰り返し放つ。リアルは防ごうとしない。刃はリアルの体をすり抜ける。そして反撃が放たれるが、相変わらず読みやすい力任せの斬撃だ。避ける分には問題ない。

 振り切ったチェーンソーに向かって斬撃を放つ。狙いは手。当然、すり抜ける。だが、リアルの手が握っているチェーンソーのハンドルはそうはいかない。鈍い切断音と共に、チェーンソーのハンドルが断ち切られた。

 チェーンソーが落ちる。リアルは斬られたハンドルを手にして、不思議そうに見つめている。


「ボサッとしてんじゃねえぞコラァ!」


 その顔面めがけてチェーンソーを振り下ろした。頭から爪先まで一刀両断。だけどやっぱり手応えがない。構わない。全身くまなく切り刻むくらいの勢いで斬撃を何度も放つ。そしてリアルからは目を離さない。何か少しでも反応があれば、それがこの透明化を破る手段になるはずだ。今ならチェーンソーが壊れているから反撃もない。じっくり観察できる。

 リアルは斬られたハンドルを見つめていたが、やがて攻撃し続ける俺の方へ顔を向けた。そして髪を掻き上げ、顔に貼られた無数の呪符を剥がそうとした。そこにチェーンソーを横薙ぎに振るう。顔はすり抜けたが、貼られていた呪符の何枚かがちぎれて飛んだ。こいつも当たるのか、と思いながらリアルに目を戻す。


 視界がブレた。呪符に隠れていた顔に目を向けたら、目が見えなくなった。


「あ……!?」


 目を逸らすとすぐに視界は回復した。なんだ今のは。

 続いて、首に衝撃。リアルが腕を伸ばして、俺の首を締めていた。


「が、ぐっ……!」


 チェーンソーで手首を斬ろうとするが、やっぱり刃はすり抜ける。なら、たった今俺に触れている手はどうだ。左手で、首を絞めるリアルの手を掴もうとする。すり抜けない。枯れ木のようなリアルの肌の感触が伝わってきた。


「お、お、お……!」

「ドウシテ?」


 リアルが首をかしげる。構わず、俺はリアルの小指を引き剥がして、逆方向にへし折った。


「ギイッ!?」


 悲鳴らしき鳴き声が聞こえた。こいつはいい。チェーンソーは無理でも、手は当たるのか。

 俺は左手でリアルの腕を抑えたまま、右手のチェーンソーを投げ捨て、そのまま拳を放った。狙うは顔面。鼻っ柱をへし折ってやる。


 ところが右手はリアルをすり抜けた。


「あれっ!?」


 手なら当たるんじゃないのかよ!?

 リアルは俺の左手を掴み返し、力任せに投げ飛ばした。背中から地面に落ちる。衝撃。


「げほっ……!」


 背中が痛いが、首絞めからは逃れられた。立ち上がって拳を構える。リアルは動かず、こちらの様子を窺っている。

 チェーンソーはダメ。蹴りもダメ。右手もダメ。左手だけは掴める。どういうことだ。そういえば、最初にとっさに裏拳を放った時も左手だった。左手に何かあったか?

 ……あった。『アケミ』のミサンガ。いやそれよりも、ミサンガを封印してる寺生まれの高橋さんのお守り紐だ。まさか、これのお陰でリアルに触れてるのか?

 寺生まれって凄い。俺は改めてそう思った。


 感心はそこそこに、俺はリアルに向かって踏み込む。左の拳を、立て続けに三発。顎、頬、鼻柱。面白いように当たる。避けるって考えがないらしい。

 更に踏み込み、ボディーブロー。水の入ったビニール袋を殴ったような感触。人間とはぜんぜん違う。だけど確かに効いているようで、リアルは体をくの字に折り曲げた。

 リアルの後頭部を左手で掴み。飛ぶ。落下する。全体重を左手へ。リアルは重みに耐えきれず、地面に頭を突っ込ませた。その背中に馬乗りになる。


「さて」


 左手を握りしめ、うつ伏せに倒れるリアルの頭へ振り下ろした。


「オラァッ!」


 重い衝撃。人を殴るのは慣れてないが、それでもいい一発が入ったのがわかる。


「どうしたぁ! 何がっ! リアルだっ!」


 ひたすら後頭部を殴る。人間じゃないが、人間の形をしている以上、頭を殴られればダメージが入るはずだ。そうじゃないと道理に合わない。

 10発くらい殴って手の痺れを感じ始めた時、異変が起こった。

 リアルがいきなり立ち上がった。


「ッ!?」


 俺の体が当たり前のようにすり抜けられる。その時に凄まじい違和感があった。感じてはいけない感覚を知ってしまったような、そんな感じだ。

 立ち上がったリアルは俺を見下ろして、頭に向かって腕を伸ばしてくる。慌てて前転、腕の届かないところに逃げる。猛烈に嫌な予感がした。コイツは今、何をするつもりだった?


「……チイッ!」


 考えても仕方ない。舌打ちして前に出る。距離を詰め直し、左の拳を放つ。拳が顔面を捉えた。リアルがよろめく。その手が、俺の左腕を掴んだ。次の瞬間、リアルの右手が、ぞぶ、と俺の腕の中へ沈み込んだ。


 激痛。


「ガアアッ!?」


 あまりの痛みに膝から崩れ落ちていた。服も皮も肉も骨も通り抜けて、神経そのものを鷲掴みにされたかのような激痛。いや、神経どころじゃない。魂だ。俺そのものに爪を突き立てられている。そんな風に考えてしまうほど痛い。


「はな、せえっ!」


 膝立ちの状態からリアルの脇腹へ拳を放つ。肝臓打ちリバーブロー。バケモノに肝臓があるかどうかは知らないが、とにかく効いた。怯んだリアルが俺の右腕を手放す。その時も、骨をヤスリがけされるような痛みが奔ったが、なんとか耐えた。

 マズい。なんだかわからないが、リアルに掴まれるのはマズい。ゲームでいうと防御力無視攻撃みたいなやつか? ……いや、そんな生易しいものじゃない。説明できないが、とにかく本能的にヤバい。

 左拳を握りしめる。相手の手を避けながら、コイツで殴る。グロッキーになった所で首を絞める。あるいは首の骨を折る。難しいができなくはない。問題はそれでリアルが死ぬかどうかだが……やるしかない!


 意を決して踏み込む。突き出されたリアルの右手を、サイドステップで避ける。そしてカウンター。いい一撃がリアルの顎に入った。


 足の感覚が消えた。


 一瞬遅れて、さっきの腕と同じ痛みが足を襲った。思わず自分の足を見る。リアルの足が俺の足を踏みつけていた。

 あの、得体の知れない攻撃は腕じゃなくてもできたのか?

 顔を上げる。リアルの右手が目の前にあった。頭。二度の激痛を思い出す。腕であれなら、足でこれなら、頭は、脳はどうなる。

 想像する暇もなく、右腕が頭に触れる。髪、頭皮、頭蓋骨、脳。全て通り抜ける。


 魂に爪を突き立てられた。

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