速報:二条城、包囲

 ゾンビたちが俺に掴みかかろうと押し寄せてきた。

 先頭のゾンビをチェーンソーで一刀両断。次のゾンビにはこちらから踏み込んで、ショルダータックルを叩き込む。3匹目はチェーンソーを斜めに振り上げ、横にぶった斬る。勢いで4匹目も斬れた。そして5匹目には前蹴りを叩き込み、後ろの6匹目、7匹目をまとめて吹っ飛ばす。

 8匹目より先は流石にビビって、足が止まった。


「ビビってんじゃねえぞコラァァァッ!」


 腹の底から雄叫びを上げると、押し寄せるゾンビの津波が止まった。


「シャアアアッ!」

「どしたコラァッ! 掛かってこいッ!」


 隣の輝と原木も一緒に叫ぶと、ゾンビたちは徐々に後退っていく。

 そこに、俺たちの頭上を飛び越して援護射撃が突き刺さった。矢とか銃とか、火の玉とか何かの魔法とか。いろんな攻撃が降り注いで、ゾンビたちが混乱する。


「今だっ! 中に入れ!」


 振り返ると、二条城の城門が少しだけ開いて、中から職員の人が手招きしていた。俺たちは一目散に駆け出し、城内に滑り込んだ。何匹か気合のあるゾンビが一緒に入ってきたけど、中で待ち構えていた検非違使たちに袋叩きにされていた。

 どうにか安全地帯まで逃げ切った。ホッとしたら足がガクガクして、地面に倒れてしまった。


「翡翠!?」

「大鋸くん、大丈夫!?」


 メリーさんとアケミが駆け寄ってきた。


「つ、つかれた……」

「えー」


 えー、じゃないんだよ。本当に疲れたんだから。何しろ1時間ぶっ続けで、飲まず食わずで戦い通しだ。タイマンじゃなくて無限湧きのゾンビが相手だから、体力も気力も必要以上に使う。

 途中で合流した伊東さんたちは、別の門に迫ってたゾンビ新選組に対応するために離脱しちまったし、二条城の前まで辿り着いたら追手が多すぎて城門が開けられないと来た。しょうがないから俺と輝と原木で追手を食い止めて、今ようやく隙を作って逃げ切ったところだ。本当に、疲れた。


「情けねえな、兄貴。これだから……えーと……」

「いやお前も立ててねえだろ。黙って休んどけ」


 輝は木の幹にもたれ掛かって座っている。俺よりマシな姿勢だけど、立てないことには変わりない。隣に寄り添う楓も心配そうだ。

 原木は無言で岩に座っている。ちょっと絵になる姿勢なのが腹立つ。


「おみず!」

「サンキュ」


 メリーさんからペットボトルを受け取る。冷たくて美味い。少し楽になった。


「先に逃げた奴らはどうしてる?」

「おばさんたちは奥に避難してるわ。赤ちゃんも大人しくしてる」


 飴買いの幽霊たちは無事に逃げてこれたらしい。一安心だ。

 突然、バチバチと激しい音がした。何かと思って音がした方を見てみると、首無し巨人が大木で二条城の城壁をぶん殴っているのが見えた。殴る度に二条城の結界が激しく点滅している。あんまり長く保ちそうにない。


「あれ、どうにかできないのかよ?」

「大丈夫、さっき何か、何とかするって」

「どうすんだよ一体」


 アケミの要領を得ない答えに首を傾げていると、答えが建物の方から歩いてきた。弓を手にした、中華風の服を着た男。

 知ってる人間だ。羿イー。前に京都に来た時に出会った銀行強盗の一人だ。そういえば、馬マスクだけじゃなくてこいつも検非違使に捕まってたんだっけ。


「すまない、少々騒がしくする」


 そう言うと、イーは弓を構えて首無し巨人に狙いをつけた。巨人が大木を振り下ろした瞬間、イーの矢が放たれた。すると、大木を握った腕が跳ね上がった。巨人が腕を抑える。よく見ると、腕に矢が突き刺さっていた。

 巨人が矢を引き抜き、もう一度大木を構える。再びイーが矢を放ち、腕を止めた。神業だ。振り回している腕を狙って、正確に矢を放って止めている。


「ぬう……」


 ところがイーは不満げな顔だった。


「どうした?」

「頑丈だ。一矢で爆散させるつもりだったのだが、まるで壊れん」


 イーは矢筒から新しい矢を番えると、両足で地面を強く踏みしめた。


「少し、強く、引くか」

「待て待て待て待て!?」


 喚き声がイーを止めた。割り込んできたのは、馬マスクを被った着物の男、霍桓フォンファンだ。この前、留置所で向かいの牢屋に入ってた銀行強盗のひとりだ。そして、今のゾンビ騒動を引き起こしている青蛾の夫でもある。つまり全ての元凶だ。

 その元凶が、イーに何やら説教している。


「本気は止めろって言っただろ!? 今、地脈がミシって言ったのわかる? わかっててやってるよな!?」

「いや……」

「目を逸らすんじゃないごまかすな! いいか、確かにあの鬼を止めろとは言ったけど、そのためにこの城をぶっ壊したら本末転倒だろ!」

「だが、このままだといつまで経っても終わらないが」

「お前は止めてりゃいいんだよ、終わらせ方はこっちで考える! わかったら作業再開!」


 イーはムスッとしながらも、首無し巨人の妨害を再開した。それを見届けたファンは、俺たちの視線に気付いた。


「あの……えーと、うちの嫁さんが迷惑かけて、すみませんね?」

「ホントだよ。アイツの頭の中どうなってんだよ、メチャクチャだぞ」

「可愛いんだけど箱入り娘の世間知らずなもんで……いやあ、穴があったら入りたい気分だよ」

「よし。アケミ、ちょっと墓穴掘っておいてくれ」


 俺は立ち上がると、チェーンソーのエンジンを掛けた。しかし、先に近付いた輝がファンの胸倉を掴んだ。


「お前、娘娘にゃんにゃんの夫なら、あの鬼の止め方はわかるな?」

「や、その……僵尸キョンシー術は嫁さんの方が上手だから、俺にも止められるかどうか」

「なら、壊し方はどうだ。わかるか?

 娘娘が自分で言ってたのは、地脈を使った超回復と、遺体そのものの生命力を使った二重回復ってのだけど、間違いないか?」

「ああ、それは間違いない! 壊すっていうなら、両方同時に……いや、1秒くらいの猶予はあるかもだが、とにかく同時に術式を破壊しなきゃならん」


 すると輝は、ファンを掴んで二条城の方に引きずっていく。


「お、おい!?」

「ちょっと着いてきてくれ。頼みたいことがある。楓! 『金毘羅』の許可を貰うから、来てくれ!」

「わ、わかった!」


 楓が慌てて輝の後を追いかける。胸倉を掴まれたファンと、輝に取り憑いてる橋姫も一緒に引っ張られていく。3人と1匹は二条城の建物の中に入っていった。

 それを見届けて、俺は体を起こした。


「大鋸くん、もう大丈夫なの?」

「あんまり大丈夫じゃないけど、そのうちもう一戦やりそうだからな。寝てる場合じゃない」


 輝がやる気になってるなら、あの首無し巨人は任せればいい。

 だけど敵は首無し巨人だけじゃない。バカみたいな量のゾンビがいるし、何より青蛾がいる。いくら輝でも全員は相手してられないだろう。

 そいつらを輝に近付けないために、別の誰かが引き受ける必要がある。だったらそれは、身内の役目だ。


 とりあえず、敵の数をもう一度確認しよう。門の横に建っている櫓に登る。


《誰だッ!?》


 物凄い大音量で怒鳴られた。目の前で拡声器を使うんじゃねえよ。


「俺です……」

「オレオレ詐欺……?」


 びっくりして変な返事をしてしまった。相手の人も困っている。


「ごめんなさい。大鋸輝の兄の、大鋸翡翠です」

「あ、ああ、お兄さんか……検非違使衛士長の伊勢だ。先日はどうも」


 拡声器を持った和服の陰陽師、伊勢。前に京都に来た時に、運転するトラックを結界で守ってくれた人だ。輝の上司で、検非違使の実働部隊のリーダーだって聞いている。


「これから輝が何かするみたいなんで、戦況を見に来たんですけど、どうなってます?」

「……まあ、見てみろ」


 伊勢さんに指し示されて、俺は城壁の外を見る。

 うわあ、って感じだった。数えるのも諦めたくなるような数のゾンビに取り囲まれている。さっき城に入る時に、結構な数のゾンビを倒したと思っていたんだけど、その被害は跡形もなかった。

 これがゾンビ映画だったら、クライマックスでこの城は確実に滅びているだろう。それは困る。何とかしないと。


「援軍とか、助けとかは来ないんですか?」

「……京都の各所で、退魔組織たちが戦ってはいる。だが、いずれも自分たちの身を守るのに精一杯で、とても援軍は回せないそうだ。

 『高野山退魔課』と『霊中隊』はこちらへ向かっているらしいが、いつ着くか、そもそもこの城に近付けるかどうかもわからん」


 あれだけいた他の組織も、今はあてにならないらしい。もうちょっと頑張れよ。こういう時は、人類一致団結して脅威に立ち向かうものだろ。

 そこまで考えて思い出した。人類じゃないけど、京都にはまだ味方がいる。


「天狗は?」

「うん?」

「この前戦った時は、天狗がいましたよね。あいつらは来ないんですか?」


 前に月人と戦った時は、天狗が助けに来てくれた。これだけヤバい京都の危機なら、助けに来てくれるはずだ。


「残念だが、来ないぞ」


 ところが伊勢さんは首を横に振った。


「何でぇ!?」

「これくらいの危機では、天狗は動かん」

「これ以上何があるっていうんだよ!? バイオハザードだぞ!? アメリカなら核爆弾落とされてるだろ!」

「見た目の数はともかく、実際には道士1人だけが原因だからな! 奴らの視点で見れば脅威でも何でも無いんだろうよ!」


 伊勢さんもヤケ気味になっている。助けて欲しいんだろうなあ、本当は……。


「……ああ、でも、1匹だけ来ているんだ。天狗」

「マジで!? どこ!?」


 1匹だけでも天狗は天狗だ。空を飛べる味方は頼もしい。

 伊勢さんが城の一角を指差した。そっちを見てみると、何やら白くて丸っこいものが、建物の屋根の上から下にいる人間を見下ろしていた。


「パシャパシャ パシャパシャ」


 カメラを撮っているそれは、天狗というには随分と丸っこいシルエットだった。二足歩行のゆるキャラっぽいぬいぐるみだ。背中に黒い羽が生えているから、天狗と言えば天狗なのかもしれない。

 ……いや天狗じゃねえだろ、いくらなんでも。


「何ですかアレ」

「てんぐるみだ」

「てんぐるみ」

「山の天狗がニュースのネタを撮るために、傀儡術で操っているんだ」

「……戦力としては?」

「他人をおちょくることができる」


 いない方がマシなんじゃないのか、それは。

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