デコ神輿

《1時間経ちましたー! よく頑張ってるわねー! ご褒美に、屍鬼をもう500体追加しちゃいまーす!》


 ゾンビ包囲網の向こう側から、青蛾が拡声器の術で呼びかけてきた。屍鬼が本当に増えたかどうかはわからない。多すぎて数えられないからだ。


 1時間経っても包囲網の厚さは相変わらず。ゾンビ映画のクライマックスみたいな状況がずっと続いている。援軍も来そうにない。

 城の周りをうろついている首無し巨人も元気なままだ。ただ、イーに何度も撃たれたのには懲りたらしく、結界を殴ってくることはなくなった。たまにフェイントは仕掛けてくる。おちょくった動きもしてくるので、生前はお茶目だったのかもしれない。

 逆に包囲網のゾンビたちはやる気満々だ。城門前にいろんな時代の武士ゾンビが勢揃いして、盾や塹壕で陣地を築き、弓鉄砲を用意している。こっちが城門から打って出たら蜂の巣にするつもりなんだろう。


「何でこんなに武士がいるんだよ。平安京って平和の都じゃなかったのか?」

「千年も首都やってると、クーデターも多くなるのだよ。平治の乱に源平合戦、承久の乱、応仁の乱と禁門の変……」

「平安京じゃなくて戦乱京に変えたほうがいいんじゃねえの?」

「普段は平和だから……」


 櫓の上で敵陣を眺めながら伊勢さんと話していると、下からメリーさんが上がってきた。


「翡翠ー、準備できた!」

「よし来た」


 城壁を降りると、完全武装の検非違使の精鋭10人、アケミと原木、それとLEDでギラギラ光る改造神輿が勢揃いしていた。

 そして大トリに立つのが、輝と楓だ。輝はさっきまでとは雰囲気が違う。『金毘羅』とかいうスーパー必殺モードだ。


《改めて作戦を説明する!》


 一緒に降りてきた伊勢が、拡声器で皆に呼びかける。


《本作戦の第一目標は、二条城を攻撃する首無し巨人の討伐だ! 目標は強靭な再生力を持ち、並の攻撃では倒すことができん!

 そこで、大法『金毘羅』による攻撃を実施する! 大法憑依者は大鋸君! 補佐として八雲君がつく!

 我々は陽動のため、私の神輿を先頭に敵陣に突入する。大鋸君が目標に専念できるよう奮闘せよ!》


 1時間守っている間に、こっちは状況を分析し、作戦を立てた。ぶっちゃけて言うと、首無し巨人さえ倒せれば、他のゾンビは二条城の結界を突破できないから大丈夫って話だった。

 俺たちは攻め込まれてる二条城しか見てないからわからないけど、この城の結界は百鬼夜行が突っ込んできても大丈夫なくらい頑丈らしい。物理でしか攻撃できないゾンビなら、1万体集まっても壊せないそうだ。

 だからまず、首無し巨人を倒す。それができるのは輝だけだ。だけど、巨人を倒すために城の外に出れば他のゾンビが群がってくることは間違いない。

 そこで俺たちがゾンビの群れに突っ込んで、派手に暴れて囮になる。その間に輝と首無し巨人を一対一で戦わせよう、っていう筋書きだった。

 だけど、俺たちはただの囮じゃない。


《そして第二目標! 城門から約300m離れた場所で見物している、霍青娥だ!

 彼女は京都の霊魂を屍鬼として蘇らせた張本人だ! 倒せば屍鬼たちも滅するだろう!》


 高みの見物を決め込んでいる青蛾に一泡吹かせる。これが俺たちのもう一つ役目だ。

 たった300mの間にみっちり詰まってるゾンビを掻き分けて、ゾンビの神輿に担がれてる青蛾の所に辿り着き、二千年以上生きている仙人の青蛾を叩きのめす。それだけだ。

 ……途中で無理そうなら帰っていい。だからこその第二目標だ。


《門が開き次第作戦を開始する! 総員、最終確認を怠るな! 以上!》


 伊勢の説明が終わった。話を聞いていた面子が、それぞれの武器や術を確かめる。そんな中、俺は列の最後方、輝の所に近付いた。


「よう。調子はどうだ」


 輝は俺の方をチラッと見ると、黙って頷いた。

 代わりに返事をしたのは楓だ。


「万全。いや、それ以上と言っていいねえ。ファンさんのお陰で、今までになく安定している」


 馬マスクことフォンファンは嫁が迷惑をかけた詫びとか言って、今回の作戦に協力している。輝のパワーアップ形態にも何か工夫をしたみたいだ。信頼してもいいらしい。

 大丈夫そうならいいか、と思って離れようと思ったけど、足が止まった。

 ……ちゃんと、言っといた方がいいよな。


「輝」

「ん」

「悔しいけど、今日の主役は間違いなくお前だ。

 人もゾンビも関係ねえ。ナメてる連中に目にもの見せてやれ」


 左の拳を掲げる。輝はちょっと驚いた後、俺の拳に合わせようと右手を挙げて……あれ、パーだな。グータッチじゃなくてハイタッチ?

 輝は掲げた手をさまよわせてる。どこを叩けばいいのかわからないんだろう。……いや、どうしよう。俺も輝に合わせてパーにすればいいのか? そうか。

 手を開く。同時に輝が拳を握った。


「あっ」

「おっと」


 今度はグーとパーが逆になる。これは……いやどこを触ればいいんだ。輝はグーのまま肘を突き出してくるけど、肘をパーでタッチしたからなんだってんだ。

 いやこれはあれか、肘同士を当てるのか? そんなの見たことないけれど、それっぽい感じがする。それじゃあ俺も肘を上げて……あれ、輝が肘を下げたぞ? どうすりゃいいんだ。


「なんだよ……」


 とうとう輝がそっぽを向いてしまった。ハイタッチ失敗。輝からとぼとぼ距離を取る。

 アケミが隣に来た。


「今の何、大鋸くん?」

「コミュニケーションって、むずかしいなあ……」

「ええ……?」


 兄弟なら言わなくても以心伝心かと思ってたけど、全然そんなことはなかった。むずかしい。


「おーい、チェーンソーの人!」


 呼ばれたので振り返ると、馬が馬を連れてやってきた。正確には、馬マスクを被ったフォンファンが、竹でできた馬を連れてやってきた。


「さっき組み上げたんだ。アンタ、前に乗ってるだろ? 使ってくれ」


 そういや前に京都に来た時、こんな竹の馬に乗ったなあ。コイツが作った馬だったのか。


「そりゃありがたいけど……いいのか、一応、敵はお前の奥さんだぞ?」

「それはそうだけど、ちょっと今日はやり過ぎだから、そろそろ止めて欲しいなーって」


 まあ、いくら何でもこのゾンビ祭りはやりすぎだよなあ……。

 引き取った竹の馬の首元を撫でてやると、本物みたいにブルル、といなないた。前に乗った時も思ったけど、気難しい馬じゃなさそうだ。

 鐙に足を引っ掛けて、またがる。手綱を握って軽く動かすと、馬は素直に動いてくれた。


「どうどう。それじゃ、ちょっと借りてくぞ」

「頼むよー」


 馬を歩かせて、LEDライトでギトギトに飾り付けた伊勢の神輿の後ろにつく。少し待っていると、城門がゆっくりと開いた。


《開門! 開門! これより作戦を開始する!》


 幽霊に担がれた神輿が前進する。俺たちは後に続く。

 当然、待ち構えていた武者ゾンビたちが弓や鉄砲、投石で攻撃してくる。しかし、俺たちに当たる前に見えない壁に弾き返される。


《結界よし! 天照あまてらす大御神おおみかみの御加護は、本日も変わりなし!》


 スメラギの神輿は結界の増幅装置になっている。あの首無し巨人の御神木アタックも何十発かは防げるそうだ。たかがゾンビの手持ち武器じゃ、傷ひとつつかない。


《しからば――突貫!》


 神輿が加速、包囲網の一角に突っ込んだ。トラックに轢かれたみたいに、ゾンビと盾と武器が吹っ飛ぶ。


「行けえええっ!」

「うおおおっ!」


 俺たちも後に続いて敵陣に突っ込む。無敵のバリアを張った神輿を先頭に、青蛾に向かって一直線。行けるところまでぶっこんでやる。


「行かせるなあああっ!」

「殺せぇぇぇっ!」


 これだけ派手に暴れてるから、ゾンビたちは俺たちに向かって殺到してる。そして、伊勢の結界に弾かれ吹っ飛ばされている。

 いい囮だ。輝たちがこっそり首無し巨人に向かってるなんて気付かないだろう。


 ところが、急にゾンビが神輿そのものにぶつかるようになった。


《……あかーん! もう結界が解かれた!》


 結界ってのはリアルな壁じゃない。術だ。そして相手は仙人、術の達人だ。青蛾の手にかかれば、伊勢の結界も簡単に無力化されてしまう。

 バリアが解けたと気付いたゾンビたちが、いきり立って神輿に詰め寄ってくる。


「よくも好き放題やってくれたな! こっからは俺たちの……」

「私、メリーさん」

「はい?」


 先頭にいた武者ゾンビの首が飛んだ。


「今、あなたの後ろにいるの!」


 敵陣にワープして飛び込んだメリーさんが、手当たり次第にゾンビを斬りまくる。それを皮切りに、俺たちもゾンビを攻撃し始めた。


 伊勢の結界が解かれることはとっくに予想済みだ。逆に言えば、これから青蛾は結界を妨害するのに掛かりきりで、俺たちへの攻撃も、輝への妨害もやってる場合じゃなくなる。

 神輿の結界は目眩まし。本命は俺たちの暴力だ。


「結界頼りの雑魚かと思ったか、ボケがっ!」

「こちとら検非違使だぞ、お前ら下級の怪異ごとき、目をつむってでも退治できるわ!」


 特に検非違使の気合の入り方がヤバい。今まで散々、縄張り争いや政治の話でストレスが溜まってたところに、ゾンビの群れなんてわかりやすい敵が出てきたもんだから、凄い勢いで八つ当たりしている。

 こりゃ俺の出る幕はないかな。そう思って、輝の方に視線を向ける。輝はチェーンソーを手に首無し巨人と一騎討ちを始めている。

 ところが、そこに近付くゾンビの一団がいる。浅葱色の陣羽織。新選組のゾンビだ。あいつら、輝の邪魔をするつもりか。

 ここから倒しに行こうにも遠すぎる。となると……そうだ。


「おい、ちょっとそれ貸せ」

《あっ、ちょっ》


 伊勢が持ってた拡声器をぶんどり、新選組に向けた。


《おーい! そこでこそこそ逃げ回ってる新選組の雑魚どもーっ!》


 輝の方に向かっていた新選組ゾンビがビクッとして動きを止めた。


《てめーら小説とか映画とかアニメになってる人気者の癖に、本気の殺し合いになったら逃げ出すとかふざけてんのか腰抜けェ!》


 本当に逃げる気じゃないのはわかってる。だけど、逃げてるように見えて、そこで逃げるのかって挑発されたら誰だって怒るだろう。強くて有名な新選組ならなおさらだ。


《幕末最強ってのは逃げ足の速さのことか? だったら今度のオリンピックに出てみろよ、新選組だけで金メダルが10個はゲットできるぞ!》


 新選組ゾンビたちがこっちを見た。歯ぎしりしてプルプル震えている。効いてる効いてる。


《おう、どうした! ゾンビのくせに顔真っ赤にして怒ってんのか? アホかお前ら、逃げたお前らが悪いんだろうが!》

「そうだそうだ! もっと言ったれ!」

壬生狼みぶろが聞いて呆れるわ! みぶチワワに改名せい! ゆるキャラなら貰い手もつくだろうよ!」


 他の検非違使、それに一部のゾンビまで悪ノリして煽りに加わってきた。戦場の注目が新選組ゾンビに集まっている。


「……ブチ殺せぇぇぇ! あの竹馬野郎を八つ裂きにしろぉぉぉっ!」


 視線に我慢できず、とうとう新選組ゾンビがキレた。輝には目もくれず、こっちに突っ込んでくる。挑発成功だ。


「よし! ありがと、返す!」

《キミねえ……》


 拡声器を返すと、俺は馬を走らせた。伊勢が何か言いたそうだったけど無視だ無視。

 さて、前にはゾンビの群れ、後ろからは新選組ゾンビ。さっきの挑発のお陰で、俺は尋常じゃない量のゾンビに囲まれている。囮としては百点満点だ。

 ここまで来れば後は簡単な話だ。決着がつくまで暴れてやる。雁首並べた死体共に向かって、俺は吠えた。


「行くぞオラァァァッ!」

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