シンデレラ

「うわあ……」


 ネコチャン、ネコチャン、イヌモドキ、ネコチャン、ネコチャン、ネコチャン、騎士、ミイラ男、ネコチャン。外は大体そんな感じだ。

 メリーさんがチェーンソーの猫に電話して、助けに来てもらったらしい。道が埋まるほどの数の猫に襲いかかられて、ホテルを囲む怪異たちは大混乱に陥っている。

 というか、猫が強い。なんやかんやいって野生動物だ。人間には信じられないような動きを平然とやってのける。それがチェーンソーを持ってるんだから手に負えない。

 戦力は申し分ないけど、やっぱり猫だっていうのがふざけてるとしか思えない。


「ワ、ワイルドニャント……?」


 トゥルーデもあんまりな光景にバグってる。なんだ、ワイルドニャントって。野良猫って言いたいのか。


「……想定外ですが、反撃の機会かもしれません」


 ネコチャン総進撃にみんな呆然としていたが、アネットがいち早く立ち直った。


「包囲網は混乱しています。今のうちに敵の司令官、『腕章の少年』を倒せば、イヌモドキは統制を失います」

「だけどどこにいるんだ? ここからじゃわからないぞ」

「あの建物だ」


 俺の横に立った『土饅頭の兵士』オズワルドが、少し離れた公園にある大きな建物を指差した。


「あそこだけ防御が崩れていない」


 言われてみれば、そこにいる敵だけはちゃんと反撃してる。おまけに騎士の数も多い。よく気付くな。


「でも遠いぞ」


 本拠地がわかったのはいいけど、そこまで400mくらいある。混乱しているとはいえ敵の群れを掻き分けて行くのはちょっと無理そうだ。せめて車でもあれば違うんだけど。


「……シンデレラ」

「は、はいっ!?」

「あなたの出番ですよ」


 アネットがシンデレラを呼んだ。返事をしたのは薄汚れた服を着た女だ。さっきの戦いではバリケードの修復やケガ人の手当で頑張っていた。

 だけどそれは戦う力を持たないからだ。このタイミングで呼ばれても、どうしようもないんじゃないか。

 それを裏付けるかのように、シンデレラは顔を引きつらせていた。



――



 それから少し話し合って、作戦が決まった。

 まず、防衛戦を縮小する。エレベーターホール、屋上、非常階段、全部捨てて、スイートルームの入口にバリケードを築いて立て籠もる。

 それから、怪我人とアネットを守るために最小限のメンバーを残して出撃。一階のロビーまで降りたら、シンデレラたちの力を使って包囲網を突破し、敵本陣にいる『腕章の少年』を殺す。

 要するに、出せる全力を突っ込んで一点突破するゴリ押しだ。わかりやすい。


 俺たちはさっさと敵を蹴散らして、ホテルのロビーまで降りてきた。もう猫が何匹かロビーに入り込んできて、イヌモドキや騎士と戦っていたので、スムーズにロビーを制圧することができた。


「で、ここからどうするんだ?」

「トゥルーデさん、お願いします」

「任せなさい」


 シンデレラがトゥルーデに呼びかけると、トゥルーデは一抱えもあるカボチャを取り出し、床に置いた。そして木の杖を持ち、カボチャに向かって振った。杖の先からキラキラと光が降り注ぐ。

 光を受けたカボチャはみるみるうちに巨大化し、車輪と窓がついた箱になった。いや、箱じゃない。カボチャの馬車だ。

 続いてトゥルーデは近くにいた猫に杖を振る。キラキラした光に包まれた猫は巨大化し、立派な馬になった。

 最後にトゥルーデはシンデレラにに向かって杖を振った。光を受けたシンデレラの薄汚れた洋服が、絵本のお姫様が着ているような純白のドレスに変わった。更に履いていた革靴がガラスの靴に変化した。


「ふおお……!」

「凄い……」

「これってアレだよね、『シンデレラ』だよね!」


 メリーさんたちがとても驚いている。アケミが言う通り、これは間違いなく『シンデレラ』だ。魔女の魔法でカボチャの馬車とか立派なドレスをもらう、絵本の筋書きそっくりだ。


「さあ皆さん! 魔法が切れる前にどうぞお乗りください!」


 シンデレラが俺たちに馬車に乗るように促す。なるほど、こいつで強行突破するなら、ナチスが陣取ってる建物まで辿り着けるかもしれない。

 雁金が、アケミが、赤ずきんが、グルードが、トゥルーデが馬車に乗り込む。それに続いて俺も馬車に乗ろうとして。


「……無理じゃねえ?」


 馬車が4人乗りだって事に気付いた。体がデカいグルードが2人分の座席を使い、シンデレラとアケミとトゥルーデが2人分の座席になんとか座り、赤ずきんが床に座っている。

 俺が乗るには赤ずきんにもうちょい詰めてもらって床に……いやダメだ、グルードの足が邪魔だ。そしたら御者台……雁金が乗ってるな。馬車に繋がれた馬には乗れないし。それにメリーさんも乗せなきゃいけないし。どうすんだよこれ。


「やむを得ん。私に乗れ」


 張りのある声に呼びかけられて振り返る。クマがいた。なんだっけ、クマに変身する童話の怪異憑きだ。名前は覚えている。フンベルトだ。


「乗れるのか?」

「人を乗せたことはないが……大丈夫だろう、多分」


 クマの背中は広いけど、馬のように跨りやすい形じゃないし、鞍もついていない。でも、ここまできて置いていかれる訳にはいかないからなあ。役割もあるし。


「んじゃあ、ちょっと試しに」


 フンベルトの背中に跨る。毛皮がゴワゴワする。胴をしっかり足で挟み込むと、意外と安定した。


「どうだ?」

「いけるいける。大丈夫そう、だと思う」


 俺が大丈夫そうなのを見たメリーさんが、後ろに飛び乗ってきた。


「放すなよ。結構揺れるだろうからな」

「うん!」


 メリーさんが腰に両手を回してギュッとしがみついてきた。後は俺が振り落とされないように気をつければ大丈夫だな。


「大鋸さん!」


 馬車の窓からトゥルーデが顔を出した。


「例のもの、持ってますか?」


 ポケットを叩く。膨らんだ感触。うん、ちゃんと入ってるな。トゥルーデに向かって親指を立てる。それでトゥルーデは安心したみたいで、馬車の中に顔を引っ込めた。


「よし、行くぞ。振り落とされるなよ!」


 クマのフンベルトがそう言って、前へ進んだ。ちょっと揺れるけど、振り落とされるほどじゃない。メリーさんもしっかり掴まってるし、大丈夫だな。

 フンベルトが玄関のドアを前脚で吹き飛ばし、俺たちは外に出た。そこら中で猫とイヌモドキ、あと騎士が乱闘を繰り広げている。俺たちに気付いている奴は少ない。敵本陣に突っ込むチャンスだ。


「行くぞ!」

「行け!」


 フンベルトが加速。敵の真っ只中を駆け抜ける。目の前にはイヌモドキがいた。邪魔だ。チェーンソーを構える。


「フンッ!」


 だけど、俺が何かする前に、フンベルトの一撃で吹っ飛んだ。フンベルトはスピードを落とさず前進する。

 今度は複数のイヌモドキが出てきた。今度こそ。チェーンソーを構える。


「フンッ!」


 だけど、俺が何かする前に、フンベルトの一撃で全員吹っ飛んだ。フンベルトはスピードを落とさず前進する。

 今度は騎士が出てきた。槍をこっちに向けてくる。これは俺が何かしないと……。


「フンフンッ!」


 だけど、俺が何かする前に、フンベルトの一撃で槍が叩き折られ、次の一撃で騎士が吹っ飛んだ。フンベルトはスピードを落とさず前進する。


 ……まあ、うん。クマは強い。フンベルトがツキノワグマかヒグマか、それともグリズリーなのかは知らないけど、クマって時点で並の人間じゃ太刀打ちできない。

 俺だって準備無しでクマに出くわしたら逃げるしかない。そんなのが本気で殺しにかかってくるんだから、誰にも止められないのは当たり前か。


 クマに座ってるだけでバカみたいに怪異と人間が吹っ飛んでいく。あまりに非現実的すぎて、逆に楽しくなってきたぞ。そもそもクマに乗るってなんだ。いや、あったなそんな歌。


「まーっさかりかーついだきーんたろーう……」

「くーまにまーたがりおうまのけいこ!」


 後ろのメリーさんが続いてくれる。日本の童謡、『金太郎』だ。


「はーいしどーどーはいどーどー」

「はーいしどーどーはいどーどー!」


 うーん、クマにまたがるなんてもう二度とないだろうからな。貴重なリアル金太郎チャンスだ。担いでるのはまさかりじゃなくてチェーンソーだけど。いや、どっちも木を切る道具だな。

 アリなのか? チェーンソー担いだ金太郎。B級映画感が凄いけど。


 そんなくだらないことを考えていても、俺たちは一切危ない目に遭わない。クマが強すぎる。後ろのカボチャの馬車は、御者台の雁金が銃を撃ちまくっているから、あっちも安全だ。

 このまま余裕で行けるかと思ったけど、上からジェットエンジンの音が聞こえてきた。

 まあ、そりゃあここまで暴れてたら来るよな。わかってる。こいつは俺の仕事だ。


 上空から急降下してくるのは、鉄の翼を背負ったサイボーグの女。フッケバイン。槍を突き出して俺を串刺しにしようとしている。

 こっちも応えてチェーンソーのエンジンを掛ける。刃を回転させるチェンソーが、振り下ろされた槍とぶつかり合う。腕に衝撃。体が浮く。クマに跨ってるだけだから踏ん張りが利かない。


「うおおおっ!?」


 背中にしがみついてるメリーさんが下敷きにならないよう、俺はうつ伏せにアスファルトへ落下した。痛ッてえ……!


「翡翠、大丈夫!?」

「なんとか!」


 メリーさんは無事らしい。俺の背中から降りてチェーンソーを構えている。俺もすぐに立ち上がると、チェーンソーを握り直した。


「また出てきたか、チェーンソー男め」


 少し離れた所にフッケバインが降り立った。右手に槍、左手に拳銃のスタイルだ。

 周りは騎士団とイヌモドキに取り囲まれている。特に、バカでかい剣を構えている奴が目立つ。今までの奴らとは佇まいが違う。リーダー格か。


「何だよ、雁首揃えやがって……」

「なんだ、怖気づいたか?」

「まさか。ビビってるのはお前らの方だろ。たった3人を100匹がかりで袋叩きにする気か?」

「大人げないわね!」


 メリーさんもご立腹だ。言ってやれ言ってやれ。


「愚か者め。我らが『最後の大隊』の怪異を我々の前に連れてくるとは」

「だからどうした。メリーさんはやる気だぞ」

「フン。貴様、まさか我々が無策で怪異を下僕としているとでも思っているのか? 『トゥーレ機関』は怪異を操る手段も編み出しているのだ」


 何だか妙に自信満々だけど、それはお前自身も操られてるって事にならないか。それとも怪異憑きは別なのか?


「さて、屠殺ごっこよ」


 フッケバインが改めてメリーさんに向き直る。


「津波、ホワイトアウト、蜃気楼、写真に撮るとしたらどれだ?」

「……へ?」

「『アルミホイルで包まれた心臓は六角電波の影響を受けない』というフレーズを知っているか?」

「いや、あの」

「螺旋アダムスキー脊髄受信体という言葉に聞き覚えはあるか?」


 なんか、急に変な事を口走り始めたぞ。隣のメリーさんの様子を見るけど、特に操られそうな気配はない。自信満々に変な呪文を言い続けるフッケバインを見て、ぽかーんとしている。

 やがて、フッケバインも何かがおかしいことに気付いたようだ。眉根を寄せて呟いた。


「マンテル、チャイルズ、ウィッティド、その次……?」


 誰かの名前を呟くフッケバイン。その名前には聞き覚えがあった。

 メリーさんを急に襲ってきた奴らで、タワマンが異界化した時にメリーさんの部屋の前で襲いかかってきた、黒い三連星とその次だ。


「そいつらなら、だいぶ前に殺したけど」

「……は?」


 フッケバインがメリーさんと俺の顔を見比べる。

 ……ひょっとして、あいつらがメリーさんを操る、なんか重要な存在だったのか? じゃああれか、メリーさんはとっくの昔に『最後の大隊』の洗脳から逃れてたってわけだ。


「な、なんてことをしてくれたんだお前はっ!?」

「うるせえ。洗脳なんかに頼るほうが悪い。ここは戦場だぞ」


 相手を言いなりにするとか、そんな上手い話があるわけがない。お互いに武器を構えて相対しているのなら、そんな小細工は通じない。

 今、必要なのはただひとつ。暴力だ。

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