くねくね
初めにおかしいって思ったのは、アパートの駐車場を降りた時だった。車を降りた途端、生暖かい風が吹き付けてきたんだ。いや、夏の暑さとかじゃなくてさ、こう嫌な気分になる風っていうのか? そういうのだったんだ。
何だろうな、って思いながら、車から仕事道具を出して、アパートへ歩いていった。すると、道のずっと先に真っ白な服を着た人影が見えた。夜中だってのにハッキリ見えたよ。
その時間、アパートの周りを歩いてるのは残業上がりのサラリーマンぐらいだから、何者なのか凄い気になった。
そうしたら、その白いのがくねくねと動き始めた。踊ってんのか? って思ったけど、良く見ると関節も何もかも無視してくねくねと動いていた。鉛筆とかシャーペンを手で持って上下に動かすとくねくね曲がって見えるってやつあるだろ? あんな感じだった。
何だよあれ、気持ち悪いなとか思ってたら、そのくねくねした白いやつが、くねくねしながらどんどんこっちに向かってきた。で、割と近付いた所で、本気でビビったよ。
ハッキリ見えるぐらい近くに来たのに、何だかわからねえんだ。こう、手を掲げた白い人型だってのはわかるけど、どこもかしこもくねくねしてて何が何だかわからないんだよ。
ああ、でもハッキリわかるものが1つだけあった。チェーンソーだ。頭の上にくねくねしたチェーンソーを掲げてた。それを持ってたから、そこが手だってわかったんだな。
……いや、逆立ちしてて、足で持ってたかもしれない……。
とにかく、よくわかんねえくねくねした奴がチェーンソーを持って迫ってきていた。ヤバい、って思ってこっちもチェーンソーを構えたんだ。
あん? 何でチェーンソーを持ってたかって? さっき言っただろ、仕事道具を車から出したって。それがチェーンソーだよ。わかったか? よし、続けるぞ。
チェーンソーを構えたのはいいけど、どこを斬ればいいかわからなかった。ちょっと考えてから、足元……っていうか、くねくねしたやつと地面が接してるあたりにチェーンソーを振り下ろした。頭上にチェーンソーを構えてたから、下段攻撃が通ると思ったんだ。
だけどチェーンソーは当たらなかった。くねくねの足がくねんっ、って曲がって避けられたんだ。いや流石にビビったよ。そんな動き見たことなかったからな。
俺は雄叫びを上げながら、何度もくねくねに斬りかかった。だけど、いくらチェーンソーを振り回しても、くねんっ、くねんっ、って避けられてかすりもしなかった。
逆にくねくねが斬りかかってきた時は大変だった。曲がるんだよ、チェーンソーが。蛇みたいに。避けた所に刃先が曲がってくるんだよ。太刀筋自体は甘いから何とか防げたけど、生きた心地がしなかった。
「うおあああああっ!?」
そんな情けない叫び声をあげながら、無我夢中でチェーンソーを振り回してたと思う。お互い、決定打を与えられることもなく、10分以上は戦っていた。
「おいこらー! やめなさい! 危ないから止まりなさい!」
怒鳴り声で我に返った。辺りを見回すと、赤いランプがグルグルと回っていた。パトカーが何台も停まって、俺の周りを囲んでいる。
そんでもって、何十人もの警官がさすまたや警棒を持って俺を取り囲んでいた。
通報されたんだよ。まあ、道のど真ん中で大声出してチェーンソーを振り回してれば、そりゃあな……。
「おい、危ないからそれ置きなさい!」
「いや、でもこいつが……」
って言おうとして、気付いた。いつの間にかあのくねくねした奴がいなくなっていた。
結局、何でくねくね避けられたのか、チェーンソーがくねくねしてたのか、そもそもアイツは何なのか、何もかもわからずじまいだった。
でも、それで良いと思った。わかったらわかったで、何か大切な何かを失ってしまいそうだったから。
身震いしてたら、警官の1人が聞いてきた。
「一体何があったんですか?」
そう言われたらさあ、こう答えるしかないだろ?
「わからない方がいい……」
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