古本の書き込み
古本屋にやってきた。神保町とかにある古書店じゃなくて、本を売るならなんでも買い取ってくれる黄色いチェーン店だ。ただ、今日は本を売るわけでも、買うわけでもない。
まずは入り口すぐ横、中古ゲームのコーナーを見て回る。最近発売されたゲーム機が高価買取中になっている。めちゃめちゃ人気なんだよな、これ。気になってるんだけど、品薄でまだ手に入らない。
それから店内全体をグルっと見て回る。現役ソフトだけじゃなくて、レトロゲームコーナーも見て回る。
……うわっ、これもうレトロゲーム扱いなのか。考えてみたら10年経ってるからなあ。初めて見た時はフル3Dのゲームってことでめちゃくちゃ興奮したんだけど。今見ると、カックカクのポリゴンでなんでこんなのに盛り上がってたのかさっぱりわからない。時間の流れって残酷だなあ……。いつリメイクするんだろ。
苦行付きのサントラもあるぞ。クソゲーハンターが買い漁るもんだから変なプレミアがついてる。誰が買うんだよこれ。
そんな感じでしばらくうろついてから、次のコーナーへ行く。DVDコーナーだ。洋画や邦画、ドラマ、コンサートなど、いろんなDVDが棚いっぱいに並んでいる。
……無い。前来た時に見かけた『発狂頭巾’86 発狂神輿大激突!!』が無い。クソッ、雁金に発狂頭巾の存在を認めさせる証拠になると思ったのに。誰が買ったんだ!?
探していると異様なコーナーを見つけた。『最高に涼しめ! 海×ホラー×スプラッタ』と題されている。並んでいるソフトは『サメ転生』、『サメ転生2』、『スター・ジョーズ エピソード3 スシの復讐』……おいこれサメ映画特集じゃねえかよ!? 誰が買うんだ!?
頭痛くなってきた。さっさと用事を終わらせよう。
移動すると、周りの本棚に本が並ぶようになった。立ち読みしている客の後ろをそっと通り抜け、棚の整理をしている店員とすれ違う。店員が近付いてくるのに気付いた立ち読み客が、本を本棚に戻してそそくさと離れていった。買え。
更に棚の間を進む。途端に人がいなくなる。超常現象とか、音楽とか、画集とか、立ち読み客も近付かない雑多なジャンルのコーナーだ。
こういうところは本の大きさもまちまちだから、本棚が物凄い散らかってるように見える。実際、店員はほとんどこっちに来ないから、整頓されてないのかもしれない。
目を凝らして棚の中を探す。しかし、目当ての本が見当たらない。どこ行った。ここにあるはずなんだが。
よく見てみると、背表紙が反対向きになってる本があった。逆方向に突っ込んだな? マナーがなってない。
そいつを手に取り、題名を確認する。『落語を楽しもう』というタイトルだった。横書きのタイトルの下に、子供向けのイラストが書かれている。間違いない。これだ。
ページをパラパラめくる。『じゅげむ』や『饅頭こわい』、『死神』なんかの有名どころの落語が、面白い挿し絵と一緒に紹介されている。
その中に『じごくのそうべえ』があった。『じごくのそうべえ』というのは主人公のそうべえが、同じく地獄行きになった歯医者・医者・山伏とつるんで、鬼や閻魔大王相手に面白おかしい大立ち回りを繰り広げる落語だ。コメディはコメディなんだけど、地獄の風景や鬼のイラストが中々迫力がある。
本の余白に走り書きがある。
「こわい」
それだけ。前の持ち主が子供心に怖がった、そんな風に見える落書きだ。
ページをめくる。次のページの余白にまた文字が書いてある。
「困っています。よろしくお願いします」
赤いペンで書かれていて、文中の「じごく」に丸がついていた。
その下に掠れた黒い文字がある。
「リョウカイ」
「オワリ」
更にその下に赤い文字。
「ありがとうございます」
確認して、ページをめくる。また、同じ言葉がある。
「お願いします」
「じごく」に丸。
「リョウカイ」
「オワリ」
「感謝致しますお世話になりました」
次のページにも。
「頼みます」
「じごく」に丸。
「リョウカイ」
「オワリ」
「有難うございます」
今度は蛍光ペンで。
「どうか宜しくお願いします」
「じごく」に丸。
「リョウカイ」
「オワリ」
「どうも有難うございました」
鉛筆で、マジックで、ミミズのような文字で、達筆で、きれいな線で、震える線で、赤い文字が書かれていた。
それに対して黒い文字は、いつも同じ筆跡だ。
『じごくのそうべえ』の最後のページに辿り着く。紙が一枚挟まっている。
新聞記事を拡大したらしく、荒い画質で、スーツ姿の男が写っていた。その下にはかすれた活字で、男の名前も載っている。
本の余白には走り書き。
「お願いします」
文中の「じごく」に丸。
その下には何も書かれていない。
俺は写真を抜き取ってポケットにしまうと、黒いボールペンを取り出した。周りを見て、誰もこっちを見ていないことを確認すると、丸がついた「じごく」の横に「リョウカイ」と書き込んだ。
それから本を棚に戻すと、黙って店を出た。
――
数日後。
俺はもう一度古本屋にやってきた。店内を少し見て回ってから、雑多なジャンルのコーナーへ向かう。
『落語を楽しもう』の本は、今度はちゃんと背表紙を手前にして棚に収まっていた。
俺はそいつを手に取ると、ページを開いてボールペンでこう書き込んだ。
「オワリ」
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