げに恐ろしきは女の怨念 前編
この前な、夜間警備員の臨時バイトをしてたんだ。なんでも、担当がひとり急に音信不通になったらしい。やることは時間ごとに見回りをして、後は警備室でモニターを見てるだけだ。その割に給料が良かったから行くことにした。
行った先は7階建ての貸しビルだった。警備室は1階の正面玄関脇にあって、各階のエレベーター前に監視カメラがついていた。非常階段は夜には鍵をかけるから、見回りはエレベーターに乗ってやる。それぞれの階には店とか事務所が入ってるけど、鍵が掛かってるから中を見る必要はない。廊下を端から端まで歩くだけだ。
そういう説明を、その日一緒に仕事する警備員の小高さんから聞いた。30代後半くらいの男だったな。ちょっと痩せてて背の高い、それなりに顔が整ってる人だった。結婚してるって言ってたな。
そういう自己紹介をした後に仕事が始まった。まあ、当たり前だけど、何も起きない。どこにでもあるオフィスビルだ、泥棒なんか入ってくるわけがない。金目のものなんてないんだし。せいぜい、1階の工具店くらいだったか、売れるものがありそうなのは。要するに暇な仕事だ。1時間ごとの見回りをサボらなきゃ、スマホで動画を見ててもいいくらいだった。
そうして何度か見回りをして……夜の1時ごろだったかな。俺が見回りし終わって警備室に戻ると、小高さんがモニターを見ながら言ったんだ。
「4階のモニターが真っ暗なんだよね。電気切れてた?」
見ると、確かにその階のモニターだけ真っ暗になってた。さっきその階に行ったけど明るかったはずだ。
「あれ? いや、全部ついてましたけど……」
「ふーん。俺、ちょっと見てくるわ」
そう言って、小高さんは警備室を出ていった。
変だなーって思ってモニターをよーく見てみると、暗くて見えないんじゃなくて、黒い紙を貼ったみたいに真っ黒になってた。
それでピンと来たんだ。泥棒が入ってて、カメラを潰すために紙を貼ったんじゃないかって。ほら、ルパンがよくやってるやつ。
そしたらさ、小高さんがヤバいだろ? だから俺はロッカーからチェーンソーを引っ張り出して警備室を出た。
え、なんでチェーンソーがあるんだって? 持ってきてたんだよ。なんでって……いや、そのバイトの日が修理に出してたチェーンソーが戻ってくる日でさ。物を受け取って、帰らないでそのままバイトに行ったんだよ。
だからってチェーンソーを持ち出す必要はない? だって泥棒かもしれないんだぞ? なんかヤバいのが来たらヤバいだろ? 刃物持った男がひとりくらいなら素手でもなんとかなるけど、集団で襲われたら俺だってキツいよ。
まあ、それはいいか。話を戻すぞ。
エレベーターのボタンを押すと、7階からエレベーターが降りてきた。それに乗って4階に行った。降りてみると、やっぱりエレベーター前の照明はついてた。でも、小高さんも泥棒もいなかった。小高さんを呼びながら廊下を探してみたけど、やっぱり誰もいない。
変だなって思いながら、俺はカメラをチェックした。特におかしなところは何もなかった。壊れてるわけでも、紙が貼ってあるわけでもなかった。
しょうがないから警備室に戻ると、小高さんが先に戻ってた。
「お前どこ行ってたんだ?」
「いや、カメラに紙が貼ってあると思って見に行ったんですけど……」
「なんだそりゃ。電気つけたから、普通に映ってるぞ」
小高さんの言うとおり、カメラは元通りになってた。4階の廊下が映ってたな。
不思議に思ったけど、考えてもどうしてそうなったのかわからない。結局、モニターをチラ見しながらVtuber彦鶴ヒメのアーカイブを見る作業に戻った。
そうしていると、不意に小高さんが話し始めた。
「そういやさあ、このビルで自殺があったの、知ってるか?」
「なんですか急に」
「暇なんだよ」
俺は興味なかったんだけど、小高さんは勝手にその事件のことを話し始めた。
前にこのビルに入っていた会社に勤めていた事務員の女が非常階段から飛び降りて、2階の張り出しに落ちて死んだらしい。ちょうど、警備室を出たすぐそこの入り口の真上だ。そのせいで非常階段は基本的に鍵をかけることになったそうだ。
会社がブラックだったのかなあ、と思ってると小高さんは妙なことを言い始めた。
「ただ、実は殺人なんじゃないかって言われてたんだよ」
「え?」
どういうことだ、と思ってると小高さんが続きを話し始めた。
なんでもその事務員は、妻子持ちの社員の男と不倫関係にあったらしい。昼ドラかよ。
しかも社員は事務員に、妻と別れるとか言ってたとか。昼ドラかよ。
ところが社員はクズだったので、やっぱり不倫相手を捨てようとした。キレた事務員は今までのことをバラすと言い、焦った社員が事務員を非常階段から突き落とした。
「って噂があったのさ」
「ドラマですか?」
本当だとしたら、崖に追い詰められるか、窓際部署の刑事に問い詰められそうな事件だ。
「噂は噂だから警察は動かなかったけど、社員の奥さんは病死、会社も倒産、浮気をしていたらしい社員もそれっきり行方知れずになってな。殺された事務員の恨みなんじゃないかって話も流れてたそうだ」
奥さんと会社はともかく、社員が行方不明になったのは、殺しがバレて捕まるのを避けたからじゃないのか、って思ったよ。
ともかくそんな昔話をされたせいで、警備室の空気は最悪になった。小高さんはヘラヘラ笑ってるけど、聞かされたこっちはたまったもんじゃない。うんざりしながらモニターに視線を移すと、また4階の監視カメラが真っ黒になっていた。
「またかよ。故障ですかね、これ」
「だったら、業者に修理依頼出すのに監視カメラの型式番号いるな。ちょっと見てきてくれ」
「はいはい」
警備室から出ていけるならいいやって思って、脚立を持ってエレベーターに乗り込んだ。それから4階で降りて、脚立を使って監視カメラの番号を確認した。廊下の電気は普通についてたし、そこでは特に何も起こらなかったな。
事件が起きたのは、警備室に戻ってからだった。
まず、さっきまでいたはずの小高さんがいなくなっていた。今度はどこに行きやがったんだ、って思ったら、ふと気付いたんだよ。さっき、小高さんを探しに4階に行った時に、なんで途中で会わなかったんだって。
エレベーターは1台しか無いし、非常階段は閉めてるから、4階から警備室に戻るには、エレベーターで上がってきた俺と絶対出くわすはずなんだ。
首をひねってると、警備室の外から足音が聞こえてきた。戻ってきたのか、と思ったけどどうにもおかしい。歩幅が一定してないし、普通の人間にしちゃゆっくりしすぎてる。
嫌な予感がして鍵を閉めた。もし小高さんなら、警備室の鍵を持ってるから、普通に開けて入ってくるはずだ。
だけど、やっぱりドアの向こうの相手は鍵を開けずに、ドアノブをガチャガチャやって、ドンドン叩き始めた。
「すいませーん! 小高さんですか!?」
一応呼びかけてみるけど、まったく反応がない。相変わらず鍵のかかったドアを開けようとしている。
それどころか、ドアを叩く音がどんどん強くなって、しまいにはドアが歪み始めた。信じられるか、金属製のドアだぞ? クマが扉の向こうにいるんじゃないかと思ったよ。
何がいるんだ、って思ってモニターを見た。警備室のカメラを見れば、ドアの前に何がいるか見えるはずだった。ところが、4階と同じように、1階のモニターも真っ黒になってた。ついでに7階もだ。
こいつはヤバい、と思ったところで、急にドアを叩くのが止まった。諦めたのか、と思ったら、ドアの向こうから今度はモーター音が、更に金属同士が擦れ合う甲高い音が響いてきた。
一体なんだと思う? わかんない? まあ、俺もそれが出てくるまでわからなかったからな。しょうがねえよ。何が出てきたのかって?
チップソーカッターだ。……あー、わかりやすく言うと、金属加工用の丸ノコだな。それが火花を散らしながら警備室のドアを斬り裂き始めた。ヤバいと思って、俺もチェーンソーを取り出した。
そういやあの時の小高さん、俺がチェーンソーを持って警備室に戻っても何も言わなかったな。やっぱあの時おかしかったのかもしれない。
どういうことだって? そいつはこれからわかるから、まあ黙って聞いててくれ。
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