電撃戦(2)

 ヴリルが動いた。小手狙いの突き。腕を引いて避ければ、更に細かい突きを繰り返してくる。よくできたコンビネーションだ。きちんとした槍術を学んでいるんだろう。

 そいつらを避けて、どうにもならない一撃だけをチェーンソーで弾く。穂先が大きく逸れた。こっちが反撃する前に、ヴリルは下がって間合いから逃れた。

 腕力はそれほどでもないか。さっきの特注ゾンボットの方が強い。

 しかし。


「霜よ。大地を眠らせ、万物を凍てつかせるものよ。我が敵を戒めよ!」


 間合いを詰めようとした俺の足が氷に包まれた。冷たい。動かない。魔法だ。こんな近距離でも使えるものなのか。

 チェーンソーで氷を斬れば……いや、ヴリルが槍を振り下ろしてきた! 慌ててチェーンソーで受け止める。同時に足に力を込め、その力を腕へと伝えてヴリルを吹き飛ばす。チェーンソー発勁!


「ぬうっ!?」


 ヴリルの体が後ろへ吹っ飛んだ。それと、今の発勁の衝撃で氷が緩んだ。もう一発、強く踏み込むと氷は砕け散った。よし、これで動ける。

 ヴリルに視線を戻す。奴は離れた間合いを詰めずに、懐から何かを取り出した。黒光りする細長い筒。


「やべっ」


 とっさに腕とチェーンソーで顔を覆った。

 直後、火薬の破裂音が何発も響く。同時にハンマーでぶん殴られたような衝撃が体を襲う。拳銃だ。痛え。貫通はしないけど、傷に響く。

 銃撃が止んだ。恐る恐る腕を下げる。ヴリルは銃を手にしたまま、顔を僅かに引き攣らせていた。


「本当に人間か?」

「人間だよ。ワープはしないし、腕も2本しかないぞ」


 銃に耐えられたのは防刃作業服のお陰だ。これがなければ、あるいは作業服に守られていない場所に弾が当たっていたら、めちゃくちゃ痛かっただろう。

 というか今でも十分痛い。ちょっと休ませてほしい。こっちから話を振ろう。


「だいたいそれを言うならな、お前の方が人間離れしてるだろ。魔法に、槍に、銃? 何でもできんのかお前」


 槍の腕前はウチの村でも通用するレベルだ。魔法と銃も、わからないけど多分一流なんだろう。何やっても上手くできる天才なのか?


「当然だ。世界を支配すべきアーリア人たるもの、何においても劣等人種に後れを取る訳にはいかんからな」


 自信満々に答えるヴリル。話にノッてきたな。少し休ませてもらおう。


「前から思ってたんだけど、そのアーリア人っていうのはなんだ。雁金に聞いたけどインド人らしいじゃないか。

 なんでインドがドイツになるんだ?」

「今のドイツ人の祖先がかつて世界を征服した頂点種族、アーリア人なのだ。そして、現代において唯一アーリア人の遺伝子が覚醒したのがこの私、ヴリル・シュヴァルツマンだ」

「世界征服とかお前、そんな話聞いたことねえぞ」

「聞いたことがないのも仕方あるまい。本来の歴史は卑劣なユダヤ人によって闇に葬られてしまったからな。

 奴らユダヤ人はアーリア人の完璧なる帝国を陰謀によって崩壊させ、かの帝国で広まっていたキリスト教を乗っ取り、金の力で世界を裏から支配しているのだ!」


 声を張り上げ、大げさな身振り手振りでヴリルは語る。


「取り返さねばならん! 正されなければならん! その思いを抱いた総統は70年前、ベルリンに散った!

 ならば現代に蘇ったアーリア人として、彼の遺志を継ぎ、正統な帝国を復活させなければならん!

 それこそが我々の、『最後の大隊』の存在意義だ!」


 どうだ、と言わんばかりにヴリルは俺に視線を投げかける。

 正直言って何の話だかさっぱりわからない。俺はインドの話をしてるのに、アーリアってどこだよ。それにキリスト教はどこから来たんだよ。イエスはインド人だったのか?


 ただ、それらよりももっと根本的な問題がある。


「お前、その話、本気で信じてるのか?」


 少し、間があった。


「当然だ!」


 自分に言い聞かせるように、ヴリルは声を張り上げた。


「……まあ、それならそれでいいんだけどな」


 これから殺す相手にいちいちツッコミを入れる義理はない。

 それに、御大層な理由があるから何だっていうんだ。


「お前が何を考えてようと、俺に暴力を向けた。殺す理由はそれだけで十分だ」


 十分休んだ。チェーンソーを構える。第2ラウンドの始まりだ。

 ヴリルは銃をしまって両手で槍を構え、深々と腰を落とした。その武器のチョイスは正しい。銃弾は防げるけど、ロンギヌスの槍は防げない。


 僅かに間合いを詰める。ヴリルが反応した。槍を跳ね上げ、喉を狙った突き。屈んで避ける。

 槍の下を潜り抜けて、ヴリルとの間合いを詰める。槍がしなり、柄が側頭部に襲い掛かる。チェーンソーを掲げて防ぎ、そのまま前へ。チェーンソーは火花を散らしながらヴリルへ迫る。

 突然、腹に何かがぶつかった。ブーツだ。野郎、ここで蹴りか!

 一瞬止められたが、強引に前に出る。体の大きさはこっちが上だ。このまま押し切る!


「雷よ!」


 視界が爆ぜた。

 気付いたら後ろに吹き飛んでいた。慌てて立ち上がる。ヴリルも離れたところで起き上がろうとしているところだった。

 手足が軽く痺れている。さっきの閃光と爆音、雷か? 自爆覚悟でぶっ放したか。


 先に立ち上がろうと気合を入れるが、俺たちの間をトゥルーデが、そしてUFOが猛スピードで通り抜けた。


「ぬうっ!?」

「うわぁっ!?」


 強風で2人まとめて吹き飛ばされ、甲板を転がる。俺が転がった先では、メリーさんが特注ゾンボットたちと戦っていた。


「翡翠、大丈夫!?」

「なんとか……」


 返事をしながら、メリーさんの様子を見る。ドレスが少し破れているが、ケガはしてなさそうだ。

 メリーさんと戦っていた特注ゾンボットが、転んでいる俺に向かって槍を突き出してきた。甲板を転がって避けるが、2体目が待ち構えている。膝立ちで受けられるか? やるしかない。

 ところが、空から降ってきたガラスの破片が特注ゾンボットの肩を貫いた。見上げると、黒いカラスの翼を生やした女。オルトリンデの援護射撃だ。助かった!

 ガラスが刺さって体勢が大きく崩れたゾンボットの懐に飛び込み、チェーンソーを振り上げる。回転刃はゾンボットの上半身を真っ二つに斬り裂いた。

 間髪入れずに振り返り、もう一体のゾンボットの槍を受け止める。弾き返そうと思えばできるが、しない。


「私、メリーさん」


 真後ろにメリーさんがいたからだ。


「今、あなたの後ろにいるの」


 メリーさんのチェーンソーが特注ゾンボットの首を跳ね飛ばした。断面から血を噴き上げながら、死体がゆっくりと倒れようとする。そいつを掴んで引き起こし、メリーさんの前に立つ。

 銃声。ヴリルの銃がメリーさんを狙っていた。ゾンボットの死体を盾にして銃弾を防ぐ。


「痛ってぇ!」


 一発貫通した。肩に当たる。もうちょっと頑丈に作れ!

 銃撃が止んだ。弾切れだ。死体を投げ捨てて叫ぶ。


「オルトリンデ! ヤギ女を援護してやってくれ!」


 ヤギ女は1人で2体を相手にしてしんどそうだ。倒されてゾンボットがこっちに来ると困る。

 上にいたオルトリンデは親指を立てると、ヤギ女の方へ飛んでいった。

 UFOは……トゥルーデと戦ってるな。こっちに来なけりゃそれでいい。ヴリルひとりに集中だ。


「メリーさん。あいつは槍と銃の他に魔法も使う。蹴ったり殴ったりもしてくる。隠し玉もあるかもしれない」

「何が出てくるかわからない、ってことね……」


 メリーさんは表情を引き締める。だけど、そんなに心配することはない。


「大丈夫だ、斬れば死ぬ」

「……うん!」


 当てればいい。チェーンソーの刃を弾くような化け物連中に比べたら、攻撃を防いでいるヴリルは常識的だ。

 そして、俺とメリーさんが組めば、当てられない相手はいない。そいつを今ここで、ヴリルの奴に思い知らせてやる。

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