電撃戦(3)
「行くわよっ!」
最初に動いたのはメリーさんだった。チェーンソーを眼前に構えて、ヴリルへと駆け寄る。
「炎よ。闇を祓い、穢れを燃やす神聖なるものよ。我が呼びかけに応え、敵を打ち払え!」
突っ込んでいくメリーさんに対してヴリルは魔法の火の玉を撃った。メリーさんは火の玉を掻い潜って避ける。そこへヴリルは槍を突き出した。
「私、メリーさん」
だが、槍の穂先が届く前に、メリーさんの姿が消える。
「今、あなたの後ろにいるの」
メリーさんがヴリルの真後ろに現れ、チェーンソーを振り下ろした。ヴリルは横に飛んでチェーンソーを避ける。
「オラァッ!」
そこに俺が斬りかかる。タイミングを合わせた挟み撃ちだ。ヴリルは槍を使って斬撃を逸らした。普通なら反撃のチャンスだけど、メリーさんが横に回り込んでいるから、ヴリルはそっちに対応するしかない。
「風よ。木々を薙ぎ倒し、瘴気を吹き飛ばすものよ……」
ヴリルがまた呪文を唱え始めた。そうはさせない。突かれるのを承知で深く踏み込み、ヴリルを斬りつけようとする。
だけどヴリルは呪文を唱えながら槍を器用に捌き、俺とメリーさんを牽制し続ける。
「我が眼前の敵を圧倒せよ!」
呪文が終わった。途端に、目を開けてられないほどの猛烈な風が正面から吹き付ける。風の魔法か。
だけど、
「っだ、ゴラアアアッ!」
甲板を踏み締め、その衝撃を足から体へ、腕へ、そしてチェーンソーへ。チェーンソー発勁。腕力と脚力、人と地の気が合わさった力を、魔に操られた天にぶつける!
振り上げたチェーンソーが魔法ごと風を斬り裂いた。爆風が真っ二つになり、場が嘘のように静まり返る。
その風の隙間を縫って、ヴリルがロンギヌスの槍を突き出してきた。狙いは俺の体の中心。縦にも横にも避けられない。
「せいっ!」
そこで体を回転させ、チェーンソーの反対側から生えたもう一本の刃で槍の穂先を打ち払った。
「何ィッ!?」
ヴリルは本気で驚いた顔を見せて、後ろに大きく下がった。
だろうな。いきなりチェーンソーがダブルチェーンソーになったんだから。
「行くぞ、メリーさん」
《目にもの見せてあげましょ!》
メリーさんの声が頭の中に響く。いつの間にか難しい言葉も使うようになったんだなあ。
《余計なこと考えない!》
はいはい。
一步踏み出す。気を取り直したヴリルが呪文を唱えようとするが、遅い。その前に顔面めがけてチェーンソーを振り下ろす。
ヴリルは斬撃を受け流し、すぐさま槍で足を狙ってきた。そいつをチェーンソーのもう一本の刃で防ぐ。さっきまでなら通ってた攻撃だが、今の俺たちはダブルチェーンソーだ。
「っ、だらぁっ!」
槍を防いだ反動を利用して体を回転させ、その勢いでチェーンソーを振り回す。ヴリルは防ごうとしたが、腕力に加えて遠心力も乗った一撃だ。防御をこじ開けて、肩口に斬撃が入った!
ヴリルの顔が苦痛に歪む。肩の傷から赤い血が流れ出す。血が流れなかったり、傷が勝手に塞がる様子は無い。普通の人間と同じだ。
「チィッ……!」
舌打ちしたヴリルは槍を繰り出してこっちを牽制してくる。少し動きは鈍ったが、まだまだ動けるらしい。さっきの一撃は浅かったか。
牽制を掻い潜って一歩踏み込む。次から次へと突き出される槍の穂先をダブルチェーンソーで弾きつつ前へ。頭上でチェーンソーを回転させ、袈裟懸けに振り下ろす。ヴリルは後ろに大きく飛んで避けたが、こっちはまだ終わっちゃいない。
甲板を蹴って前へ。チェーンソーを空振った勢いをつけて、空中で回転しつつヴリルに迫る。下がり続けたヴリルは甲板の縁だ。それ以上後ろに行けば海に落ちる。逃げ場はない。獲った!
だけど、チェーンソーはまたしても空振った。ヴリルが更に後ろに下がったからだ。
当然、ヴリルの体は海へと落ちて見えなくなった。
「ハァ!?」
自殺か? まさか後ろが海だって気付いてなかったのか? 慌てて甲板の縁から下を覗き込む。
巨大な白い手が目の前いっぱいに広がった。
「うおおっ!?」
慌てて飛び退く。甲板の縁に手を掛けて上ってきたのは、のっぺりとした白い巨人。ニンゲンだ。反対側の手にはヴリルが乗っている。そんなのアリか!?
ニンゲンが俺を睨みながら腕を振り上げた。叩き潰すつもりか。後ろに下がって避けて、反撃で手首を切り落としてやる。
「我が敵を戒めよ!」
足が氷に覆われて動けなくなった。また魔法か! ふざけんな! いやそれどころじゃない避けられない!
ふと、後ろにメリーさんの気配を感じた。気配に押されるがままに、体を、いや、意識を前に投げ出す。一瞬、視界が暗くなる。次の瞬間、俺の体はニンゲンの手に乗るヴリルの真上へワープしていた。
「何っ!?」
「うおおっ!?」
いきなりワープして驚いたけど、とにかく真下のヴリルへチェーンソーを振り下ろす。だけどヴリルは斬られる前にニンゲンの掌から飛び降りた。空振ったチェーンソーはニンゲンの掌を真っ二つに切り裂いた。クジラの鳴き声のような悲鳴が海に響き渡る。
ヴリルの後を追って、俺も落下する。下はギリギリ甲板だ。2人揃って鉄の地面に叩きつけられた。体を回転させて少しでも勢いを殺してみるけど、痛いものは痛い。だけどそれはヴリルの方も同じだ。
お互いよろめきながら武器を構えて立ち上がる。向こうの方が立ち上がるのが早かった。まずいな。ダメージは向こうの方が軽いか? でも足元がふらついてるし、構えも崩れている。体力が残ってなさそうだ。
こっちは……全身が痛い。落ちた痛みだけじゃない。ロンギヌスの槍で散々斬られた痛みがぶり返してきてる。傷を受けすぎてありがたい水でもごまかせなくなったか?
少し、時間がほしい。……試してみるか。
「お前、聖杯を手に入れたら何するつもりだ?」
さっきとは逆に、俺の方から話しかけてみる。すると、ヴリルの動きが止まった。
「……何?」
「聖杯をどう使うか聞いてるんだよ。俺みたいに怪我を治すのか? 不死身にでもなってみるつもりか? それとも世界征服でも願うのか?
まさか棚に飾ってコレクションにする、ってわけじゃあないだろう」
深いことは考えずに、思いついた言葉をズラズラと並べる。何でもいいんだ、話は。とにかく時間を稼いで、少しでも体力を回復させられればいい。
ヴリルは困惑している。俺が話しかけた理由を考えているのか、それとも質問の答えを考えているのか。そのまま攻めれば良かったものを、真面目さが仇になったな。
少し考えた後、ヴリルは口を開いた。
「赦されたいとは思わないのか?」
「あ?」
赦される? 何が、何に? まさか俺の方まで困惑させられるとは思わなかった。
ヴリルは語る。
「聖杯を手に入れた者はあらゆる罪が赦され、天国へと招かれる。
チェーンソーのプロが何なのかはわからないが、相当な数の罪を重ねてきたのは間違いないだろう。その罪がお前を地獄へ引きずり込む前に、天に召されたいとは思わないのか?」
あー……ちょっと思った以上に真面目な答えが返ってきちゃったぞ。そうなると、こっちも真面目に返すしかなくなる。
「いや、それこそそんなウマい話あるわけないだろ。俺の地獄行きが、コップ1つ手に入れただけでチャラになるって? そんな裏技みたいな方法で天国に行けちゃいけないだろ」
というか、なんだ。そんなに真面目に天国について話してるってことは。
「お前、まさか天国に行きたくて聖杯を探してるのか?」
そう思ったんだけど、ヴリルは首を横に振った。
「私はいい。天国などふさわしくない。だが、せめてあの人を……母を天国へと送りたいのだ」
「母ぁ?」
自分じゃなくて母親のためか。……いや、誰だよ。お前の母親なんて知らねえよ俺は。
「そのためならば、命を捨てても構わない。今までもそうしてきた。これからも」
ヴリルは再び槍を構えた。やる気になっちまったか。こっちもダブルチェーンソーを構える。
十分に休んだ。もう少しやれる。それに嬉しい誤算がひとつ。ヴリルの槍の穂先が揺れている。涼しい顔をしていたから騙されていたが、あっちも俺と同じくらいしんどい思いをしているようだ。
これなら、勝てるか?
「……認めよう。尋常な手段では貴様には勝てん。故に、我が生命を燃やし尽くそう」
そう言ったヴリルの体が、紫色の光に包まれた。
「雷よ。我が体を動かし、天の摂理を司るものよ」
「……ちぃっ!」
魔法だ。何が起こるかわからないけど、碌でもないものなのは確かだ。呪文を唱え終わる前に止めたほうがいい。
前に出てヴリルに斬りかかる。しかしヴリルは槍を操って斬撃を防ぐ。反撃はしてこない。防御に集中するつもりか。槍の間合いを最大限に使われると、ダブルチェーンソーでも攻めきれない。
「我が命数を対価とする。今、この瞬間のみ、神の視座を我に与えよ」
紫色の光が強くなる。それだけじゃない。ヴリルの体から稲妻が迸っている。さっきみたいな電撃を叩き込むつもりか。止めたいところだが、防御が分厚い。何度斬りかかっても防がれる。
攻めあぐねているうちに、魔法が完成した。
「
ヴリルを覆っていた紫色の光と稲妻が一層強くなった。こっちに電撃を放っては来ない。だけど何かが起こっている。何が起こっているかわからないけど、攻めるしかない。体を回転させて、足元から斜めに掬い上げるような斬撃を放つ。
そいつが、完璧に受け流された。
「――ッ!?」
まるで手応えがなかった。槍の柄で軌道を変えられたのに、空を切ったかのようだった。ありえない。さっきよりも技量が上がっている?
空振ってガラ空きになった俺の脇腹めがけて、槍が繰り出される。体を倒して強引に避けようとしたが、槍の穂先が体の動きについてくる。読まれてる!
視界が瞬いた。気付くと俺はヴリルから離れたところで倒れていた。すまん、メリーさん。助かった!
ヴリルはもう走ってきている。反応が早いし、足も速い。突き出された穂先をチェーンソーで弾こうとするが、俺の動きに合わせて突きの軌道が変化する。見えてるのか、この一瞬の動きが?
何とか刃をぶつける。重い。弾ききれない。ロンギヌスの槍が頬をかすめた。痛がってる暇もない。ヴリルは次々と攻撃を繰り出してくる。防ぐので精一杯だ。
速い。重い。細かい。どれをとっても、さっきまでとは別人だ。このままだと押し切られる、かもしれない。
だけどヴリルは必死の形相だった。向こうが有利なのに、今にも死にそうなくらい切羽詰まっている。その顔が、俺の見ている前で雷によって焼け爛れていく。
……よくわからないけど、時間制限付きのパワーアップだな? 命を賭けるとかさっき言ってたな、そういや。
よしわかった。ここが踏ん張りどころだ。余計なこと考えずに集中。俺が死ぬかヴリルが死ぬか、2つに1つだ!
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