リゾートバイト(1)

 3日目は『千羽神楽』の練習どころじゃなかった。


「ひっでえな、これ」


 そう呟いたのは、千羽町で一番大きい寺の僧侶、高橋さんだった。昨日、怪談騒ぎがあったので急遽駆けつけてきてくれたらしい。

 高橋さんの見た目は僧侶っぽくない。背丈は170cmよりちょっと上だが、意外と筋肉はついている。着ている服はTシャツにジーンズと、ごく普通の出で立ち。驚くのは頭髪で、坊主なのに坊主じゃない。角刈りだ。総合すると、寺よりも工事現場で働いていそうな見た目だ。

 それでも高橋さんは寺の跡取り息子で、『千羽神楽』の"萩"の役を任されるぐらいには信頼されている。


「ぐっちゃぐちゃじゃねえかよ」

「わかるんですか?」

「緑色の子供のバラバラ死体だ。人じゃないとはいっても、流石に気の毒だな」


 高橋さんは"何もない植え込み"を見つめて顔をしかめている。そこは昨日、緑色の子供のバラバラ死体が転がっていた場所だった。

 朝になると子供の死体は見えなくなっていた。宇宙人やチンピラたちの死体もなくなっていて、救急車を呼んだミサキが怒られそうになった。鍋島が火熊さんの名前を出したので穏便に済んだが。

 ただ、妖怪たちの死体は俺達の目に見えなくなっただけで、依然としてそこに在るらしい。実際、メリーさんには相変わらず見えていると言っていた。そして高橋さんも言い当てているので、本当らしい。


 見えない死体に合掌した高橋さんは2階を見上げた。昨日、べっとりと血がついていた壁の辺りだ。今は白い壁だけど、高橋さんには何かが見えているんだろう。険しい顔で俺たちに言った。


「あんたら全員、荷物をまとめてここを出な。ここは危険だ、ウチの寺に来てくれ」


 高橋さんの提案に反対する人はいなかった。俺たちはすぐに宿を出る準備を始めた。

 部屋で荷物を纏めていると、ドアがノックされた。出てみると、ミサキがいた。


「どうした?」

「あの、もう行っちゃうんですよね?」

「ああ」


 俺が答えると、ミサキはアルミホイルの包みを差し出してきた。


「これ、お母さんと一緒におにぎり作ったんです。良かったら、皆で食べてください」

「お前……いや、すまない。本当にありがとう」


 自分だって昨日、怖い思いをしているのに、他人を気遣う余裕があるなんて。大した奴だ。

 俺は礼を言っておにぎりを受け取った。ずっしり重い。何個作ったんだこれ。


 荷物を纏め終わると、俺達は早々に宿を出た。迎えの車が宿の前に来ていたので、雁金とメリーさん、それに高橋さんと一緒に乗り込んだ。鍋島たちは別の車だ。

 車が走り出す。宿の方を見ると、ミサキが2階の窓から手を振っていた。車は角を曲がり、すぐに見えなくなった。


「さて、大鋸さん」


 高橋さんが口を開いた。


「何だ?」

「あんた、呪われてるぜ」

「……マジ?」

「マジなんだよなあ」

「えー……そっかあ……」


 でも考えてみたら呪われてない方がおかしいよなあ。


「……意外と驚かないんだな?」

「いや、まあ色々あったし、心当たりが多すぎて……」

「違う違う。今だ」

「今?」

「あの旅館だよ! 女将さんに呪われてんだよ!」


 旅館。女将さん。今出てきたところか。


「ハァ!?」


 ハァ!?


「なんで!? 俺何かした!? っていうか女将さんなんで!? 普通の人だよねあの人!? 妖怪とかじゃないよね!?」

「人間でも人は呪えるんだよ! ……いや、呪いっていうのはちょっと違うか?」

「だよな? 俺、女将さんに恨まれるようなことしてないし」

「ああ、恨みとかそういうのじゃない。えーと、アレだ。アンタ、女将さんに儀式の生け贄にされてる」

「生け贄ェ!?」


 物騒レベルがアップしてる。っていうかそう言われると急に怖くなってきた。妖怪や幽霊ならまだしも、人間に生け贄にされるとか訳わかんねえぞオイ!?


「ど、どうすりゃいいんだよ、俺……!?」

「大丈夫だ」


 高橋さんは俺を見て、力強く言った。


「俺がついてる」


 そう言われてもなあ……と思っているうちに、車は山の方に登っていた。だんだん家が少なくなって、代わりに木が多くなってきた。そろそろ山の中に入っちゃうんじゃないのか、と思ったところで、道路の先に門が見えた。車はその前で止まった。


「着いたぜ」


 そう言って高橋さんは車から降りた。俺たちも後に続いて降りる。鍋島たちはもう車を降りて門をくぐっていた。

 俺たちも後に続こうとする。だけど、前を進むメリーさんが足を止めた。


「どうした?」

「私、ここに入っていいのかしら?」


 そういえば、メリーさんはバリバリの妖怪だった。外国人の妖怪とお寺の相性はわからないけど、質問してくるってことはあんまりよろしくないんだろう。


「あん? ……おーう、マジかよ」


 高橋さんはメリーさんをじっと見て、正体に気付いたようだ。


「あんたら、わかってて連れてきたのか? いや、絶対そうだな? "山姫"だもんな!」

「いや、まあ……」

「あはは……」


 俺も雁金も、そう言われると目を逸らすしかない。本当にすみません。でも悪い子じゃないんですよ。


「ダメなら、落ち着くまで外で待ってるけど」

「いや、アンタも泊まってたしな。それはそれでマズイか……しょうがねえ」


 高橋さんはポケットから数珠を取り出し、メリーさんに持たせた。


「それを持ってれば結界をくぐれる。ただ、帰る時には返してくれ。あと、親父には内緒にしてくれよ?」

「……わかったわ。ありがと」


 そういう訳で、俺たちは無事に門を潜ることができた。

 寺の中はごく普通の造りで、大小様々なお堂と、高橋さんが住んでいるであろう大きめの屋敷もあった。

 俺たちは屋敷に荷物を預けると、一人ひとり大きなお堂に通され、そこで高橋さんと面接することになった。


「誰がどれくらい呪われているか確かめるんだ。親父がいたら楽なんだけど、明日の『千羽神楽』の準備で忙しいからな」


 俺の面接の番になって、高橋さんはそう説明した。


「『千羽神楽』、やるんですか、この状況で」

「ああ。やるっていうか、やらなくちゃいけないんだよ。あれは鎮魂の儀式でもあるんだ。最後にやってから100年、結界や追儺でごまかすことはできるけど、ちゃんとしたやり方ができるならそっちの方がずっといい」

「……この町、呪われてるんですか?」

「まあ、な。海にも山にも変なのがいる。アンタも昨日会ったんだろう?」


 高橋さんの問いに頷く。

 昨日会った宇宙人の群れを思い出す。『千羽神楽』をやれば、ああいうのを抑えることができるのだろうか。


「だけどまあ、今は目の前の呪いが先だな。これ、飲んでみてくれ」


 高橋さんは手元のひょうたんから水をお椀に注ぎ、俺に差し出してきた。

 飲もうと口を近付けたら、物凄い臭いがして顔を離した。学校のトイレや、腐った肉だってここまで酷くない。


「……いや、いいや。返してくれ」


 高橋さんがそう言うので、俺はお椀を返した。なんか嫌な予感がする。

 今度は、薄い金属の札を差し出された。


「これを持ってみてくれ」


 恐る恐る触ってみる。熱い。持てそうにない。


「どうだ?」

「熱いんですけど」

「……わかった」


 高橋さんは札を戻した。これはダメっぽいな。


「何か変なものが見えるとか、変な音が聞こえるとか、そういうのはないか?」


 周りに気を配ってみる。


「いや……そういうのはないですね」

「えっ? ……うーん、そうか」


 だいぶ驚いている。高橋さんは少し考え込んだ後、俺に告げた。


「いや、どうなってんだこれ……?」

「どうしたんですか?」

「……正直に言おう。アンタが一番強く呪われてる」


 まあ、そんな気はしてた。今の高橋さんの反応を見ていたら、なんとなくわかる。

 だけど、高橋さんは続いて思わぬことを言った。


「だけど、"アンタが一番安全だ"」

「……は?」


 意味がわからない。一番呪われてるのに一番安全? どういうことだ?


「女将さんがやってることは、アンタを生け贄にして怪異を呼び寄せる儀式だ。最終的にアンタに怪異が流れ込んで乗っ取られるはずなんだが……アンタに怪異が近付けてないんだ」

「なんでですか?」

「わからないが……多分、アンタに憑いてる守護霊が守ってくれてるんだと思う。でもここまで強く呪われても平気ってのは、とんでもない守護霊、いや神様かもしれないぞ?

 アンタ、ひょっとしてでっかい神社の生まれか?」

「いや、別に」

「そうか。そういう事もあるのかねえ……」


 高橋さんは不思議がっている。俺も不思議だ。そんな守護霊がいるなら、今まで襲いかかってきた妖怪たちも防いでほしかった。


「でも俺が平気ってことは、呪いは失敗してるんじゃないんですか?」

「いや、そうでもない。アンタが呪われない分、周りの方に被害が行っちまってる。

 鍋島さんたちは"聞こえる"段階まで来てるし、メリーさんも気配は感じてるらしい」

「雁金は?」

「あの子は今の所ノーダメージだ。ただ、アンタと長く付き合ってたら影響されるかもな」


 流れ弾が周りに行ってるのか。俺が平気なのはいいけど、周りが迷惑しているのはちょっと嫌だ。雁金も今は平気らしいが、そのうち何かが起こるとなったら余計にしんどい。


「……なんとかなりませんか」

「ああ、大丈夫だ。やり方はわかる。今夜はウチに泊まってけ。詳しいやり方は、その時に教えるよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る