猛スピード(2)

 全裸でガリガリに痩せた子供みたいな奴が、満面の笑みを浮かべながらチェーンソーを振りつつ、猛スピードで走ってきていた。


「うおあああああ!?」

「大鋸さん!?」


 ミサキが驚いているが、気にしてる場合じゃない!


「なっ、なっ、なんで!?」


 何でアイツがここにいるんだよ!? 前に俺のアパートの部屋に押し入ってきた妖怪じゃねえか!?

 しかもなんか、前と違って緑色になってるし!


「アンーーーーミョーーーージーーー」


 緑の子供はお経のような声を出しながら、猛ダッシュで坂を上ってくる。ヤバいどうしようマジでヤバいことになっちゃったよ!


「ヤバい! あいつはヤバい! 逃げるぞ!」

「こいつらだってヤバいだろうが!」


 鍋島は周りの宇宙人たちを指差す。

 だが宇宙人たちは、走ってくるくる緑の子供を見て固まっていた。


「「「アーーー!? アーーーー!?」」」


 そして、宇宙人たちがパニックに陥った。腰を抜かす者。逃げ出すもの。めちゃくちゃにチェーンソーを振り回して、周りに当てる者。訳のわからない事を口走る者。

 その混乱の中に、緑の子供が叫びながら飛び込んだ。


「ジョーーーーー!! ミーーーーー!! シンーーーーーー!!」


 チェーンソーが唸りを上げる。宇宙人の頭が2つとチンピラの頭が1つ、同時に夜空を舞う。血しぶきが降り注ぐ。

 緑の子供は、宇宙人たちを手当たり次第に殺していた。狙いも作戦も無く、近くにいるから殺す、それを延々と繰り返しているようだった。

 相変わらず技も何もない力任せのチェーンソーだけど、俺の部屋の時とは違い、戦場が広い。緑の子供はそのスピードを最大限に生かして、包囲網の一角を破ろうとしている。


「バケモンかよ!?」

「バケモンだよ!!」


 鍋島の叫びに答える。頭にチェーンソーを叩き込んでも死なない化物だ。

 とにかく逃げないといけない。包囲網に崩れているところはないか、辺りを見回す。すると、チンピラたちが乗っていたバイクが目に入った。2台倒れている。


「お前ら! ついてこい!」


 チェーンソーを振りかざして、バイクへ突撃する。宇宙人たちは突撃してきた子供に右往左往していて、こっちに注意が向いていない。


「めっちゃ小さい全部緑の子供が走ってきたんや!」

「うっせえ!」


 喚いている少年を斬り飛ばし、バイクを引き起こす。


「鍋島、バイクは運転できるか!?」

「……最近は乗ってない!」

「十分だ! ミサキを頼む!」


 走ってきた宇宙人を蹴り飛ばし、もう一台のバイクに跨る。すると、後ろにミサキが跨って、腰に抱きついてきた。


「おいっ!? あっちに乗れ!」


 これから危ないことするんだよこっちは!


「で、でもぉ……!」


 涙声で反抗するミサキ。


「電気ついてるの見られたら、もう……」


 喋り続けていた少年の声が、唸る刃に両断されたのが聞こえた。あのガリガリに痩せた子供みたいな奴はすぐそこまで迫ってきている。揉めてる場合じゃない。


「……いいか、頭下げてろ! 絶対に上げるんじゃないぞ! 危ないからな!」

「はいっ!」


 鍋島はもう走り出す準備ができている。俺もエンジンを全開にして、猛スピードでバイクを発進させた。当然、前には宇宙人たちがいるが。


「どけえええっ!!」


 そのままバイクで轢き飛ばした。下げた頭のすぐ上を、宇宙人が錐揉み回転して飛んでいった。

 次の宇宙人がチェーンソーを振りかぶった。俺はバイクの前輪を引き起こしウィリーする。横薙ぎに払われたチェーンソーを、バイクの胴体部分で受け止める。そのままバイクの前輪を戻し、宇宙人の頭に叩きつける。高速回転するゴムタイヤが、宇宙人の頭を叩き潰す。

 そのまま、宇宙人を踏み台にしてバイクは走る。スピードが乗ってきた。進路上の宇宙人たちが反応する前に、次々とバイクで轢殺する。そして、とうとう包囲を抜けた。


 振り返る。ミサキは無事だ。鍋島も猛スピードでついてきている。更に全裸でガリガリに痩せた子供みたいな奴が、満面の笑みを浮かべながらチェーンソーを振りつつ、猛スピードで走ってきている。


「うわああああ!?」


 宇宙人どもはほとんど死んでんじゃねえか、化物かよアイツ!?

 アクセルを握り締める。超猛スピードで坂を上る。猛スピードの子供が離れていく。


「大鋸さん! うち、うち!」

「えっ、あっ!」


 すぐそこに旅館があった。ハンドルを切りつつ急ブレーキ。なんとか通りすぎずに到着できた。鍋島もすぐ側にやってくる。

 あの子供は……ヤバい、坂の下から上ってきてる!


「中に入れ!」


 玄関に上がると、お膳を持った女将さんと出くわした。


「あら、出掛けてたの?」

「話は後! 女将さん、窓もドアも全部閉めて!」

「え?」

「急いでお母さん!」


 チェーンソーのエンジン音はどんどん近付いてきている。


 ミサキが玄関の鍵を閉める。俺たちは靴を脱ぎ捨てると、奥へ走った。


「大鋸、雁金さんたちを!」

「応!」


 雁金とメリーさんがいる客間のドアを叩く。


「お前ら、いるか!?」

「はいはーい?」


 呑気な声がしてドアが開いた。雁金もメリーさんもいる。


「化物が来る!  窓の鍵を閉めろ! メリーさん、チェーンソーを準備してくれ!」


 通りのすぐそこから、チェーンソーの唸り声が聞こえてきた。雁金とメリーさんの表情が引き締まる。


「大鋸! 宴会場に来い!」


 銃を持った鍋島が廊下から叫んだ。その後ろで、その筋の人たちがドスを手に廊下を走っている。

 俺も雁金とメリーさんを連れて宴会場に向かった。ここは窓がない。籠城するには丁度いい。

 その後すぐに女将さんとミサキが入ってきた。


「一体何が……」


 女将さんが言いかけた時、ドアがダンダンダンダンダン!! って叩かれた。

 あいつが来た。チャイムをピンポンピンポン!ピポポン!ピポン!! と鳴らしてくる。


「ウッ、ンーッ!ウッ、ンーッ!」


 って感じで、チェーンソーのうめき声も聴こえる。俺の心臓が一瞬止まって、物凄い勢いで脈打ち始めた。

 あいつは民宿の周りをグルグル回って、壁や窓をガンガン叩いていた。鍵、全部閉めたよな? ドア、全部閉めたよな? クソッ、不安だ。


 宴会場の壁が叩かれた。まるで車が激突してるみたいな轟音だ。壁が破れるんじゃないか、って思ったくらいだ。

 メリーさんはチェーンソーを起動させてるし、鍋島は銃を構えている。本職の人たちも臨戦態勢だ。

 俺と雁金は女将さんとミサキの壁になるしかない。チェーンソーはバイクに乗る時に投げ捨てちまった。


 殴打音は宴会場から離れていった。皆の緊張が少し緩む。だけどあいつが簡単に諦めるとは思えなかった。

 案の定、上の方から壁を殴る音が聞こえてきた。2階に上がったか。


「女将さん、2階の窓とか大丈夫ですか!?」

「いえ、2階は……」


 女将さんの返答は、金属が擦れ合う音で掻き消された。


「何だァ!?」


 鍋島たちが驚いて上を見る。俺とメリーさんは顔を見合わせた。この音を知っている。

 これは、チェーンソー同士がぶつかりあった時の音だ!


「アンーーーーミョ」


 お経のような声が響いたかと思うと、唐突にぷっつりと途切れた。そして辺りは静かになった。

 さっきまでの騒々しさが嘘のように静まり返っていた。遠くからセミの声が聞こえる。お経のような声も、チェーンソーのエンジン音も聞こえない。


「……どうなったんですか?」


 雁金が呟いた。わからない。確かめるしかない。


「鍋島、メリーさん、ついてきてくれ」


 頷いた2人を連れて、俺は外に出た。誰もいない。辺りに目を配りながら、俺たちは民宿の周りを探す。そして、見つけた。


「うわっ……!」

「ちょっと……!?」

「こいつは……!」


 緑と赤のまだらの生首が転がっていた。

 それだけじゃない。腕、足、何らかの内臓、胴体、チェーンソーもある。

 あの、全裸でガリガリに痩せた緑色の子供みたいな奴が、数十個のパーツにされてバラバラになっていた。

 もちろん、動き出す気配はない。完全に死んでいる。それは見ればわかる。

 だけど、誰がやったんだ? 頭にチェーンソーを叩き込んだぐらいじゃ死なない化物を、どうやって殺したんだ?


 視線を感じた。上。民宿の2階。窓は全部閉まっている。

 だけど壁には、夥しい量の血がべっとりとついていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る