須磨海岸にて(2)
7対1。素人同士の戦いなら絶望的な戦力差だ。俺みたいに体格差があったとしても、素手じゃ絶望的。しかも鍋島は鍛えているかもだけど、体格そのものは並ってところだ。
いくら本職でもヤバいんじゃないか、と思っていたら、鍋島が先制攻撃を放った。一番近くのチンピラへ踏み込み、右ストレートを放つ。顎に拳がきれいに入り、チンピラは地面に崩れ落ちた。
そこに別のチンピラが殴りかかる。鍋島は身を屈めて回避。立ち上がりながらアッパーを放つ。砕けた歯が宙を舞う。ボクシングだ。それも、すごくキレがいい。
次々と襲いかかる不良たちを、鍋島は苦もなく捌き、次々と叩きのめしている。めっちゃ強い。警察と救急車が来るまでの時間稼ぎかと思ったら、あの人、全員倒すつもりだ。
「ざけんなオメー!」
「調子乗ってんじゃねえぞゴラァ!」
不良たちは倒されてもすぐに立ち上がり、鍋島に襲いかかっていく。
……変だ。誰もビビってない。普通、仲間がやられたのを見たら、1人ぐらいは腰が引けるものだ。だけどこのチンピラたちは殴られても蹴られても、ゾンビみたいに立ち上がる。鼻血を流しても、歯が折れても気にも留めない。
「マジでクスリでもやってんじゃねえだろうな……」
そうなると厄介だ、と思っていると、不良たちのうちの3人ぐらいが、俺たちに気付いた。
「何見てんだコラァ!」
「見せモンちゃうでー!」
「殺しちゃいましょー!」
不良たちは問答無用で襲いかかってくる。野次馬にまで襲いかかってくるとか普通じゃない。どうなってんだ千羽町の治安。
「ミサキ、下がってろ」
「は、はいっ」
俺は前に出る。あいにく、鍋島のようなカッコイイ格闘技は知らないが、ミサキにケガをさせるわけにはいかない。
「ダンクや!」
先頭のチンピラは間合いに入るなり、俺の顔面にジャンプパンチを放ってきた。腕を掲げてガードする。不良は更に回し蹴りを放つ。腰を落として腕で受ける。
後ろの2人が追いついてきた。3人がかりで俺に殴る蹴るの暴行を加えてくる。笑ってやがる。キレて周りが見えなくなってる訳じゃなくて、暴力を振るうのが本当に楽しいらしい。
うん、しかしこれは、あれだ。
「オッケートドメ!」
動きの止まった俺に、チンピラが前蹴りを放った。靴の底が腹に突き刺さる。
多分、チンピラにとっては必殺の一撃だったんだろう。トドメとも言ってたし。
でもな、それ、切った木が倒れてきた時に比べたら、痛くも何ともないんだわ。
「あれっ」
倒れないことに驚いたチンピラの足を抱え込む。
鍋島のようなカッコイイ格闘技は知らない。だけど、人を壊すことはできる。
「せーのっ」
俺は気合を入れると、チンピラの足を抱えてバットのように振り回した。せいぜい50kg、丸太に比べたら、これぐらい余裕だ。
不良は空中を横に一回転――する前に、ガードレールに頭から突っ込んだ。物凄い音とともに、金属板が凹む。不良は頭から血を流して昏倒した。動かない。脳震盪で気絶したか、それとも死んだか。どっちにしろこれでひとり。
呆然とする残りふたりに対して、俺は言った。
「どうした。ヒヨってんのか?」
不良たちは一瞬驚いたようだが、すぐに殴りかかってきた。
「調子乗ってんじゃねえぞコラァーッ!」
飛んでくる拳を、両腕を掲げてガードする。そしてそのまま前に突進した。肩から不良にタックルする。何の変哲もない体当たりだが、身長186cm、体重86kgの山男がぶつかっていくのはそれだけで暴力だ。
不良が吹っ飛ばされる。タックルの勢いをそのまま乗せて、倒れた不良の顔面をサッカーボールキックで蹴り飛ばす。頬骨が砕ける感触が爪先に伝わってきた。二人目。
「エエ加減にせえよ、ああ!?」
最後の1人がナイフを抜いた。……おう、そうか。刃物相手じゃなー、素手はキツいんだよなー。
「よいしょっと」
そういう訳で、足元に転がってる不良を持ち上げる。で、ナイフを持った不良に投げつける。
「ほい」
「おわっ!?」
不良は仲間を受け止めきれず、仰向けに倒れた。もがく不良の顔面を、思いっきり踏みつける。2,3回踏みつけると、不良はぐったりと動かなくなった。これで全滅だ。
他のチンピラはまだ残ってるのかな、と思って顔を上げると、残りのクソザコイキリチンピラたちは既に鍋島の手でノックアウトされていた。
……こっちの倍はいたよな? ヤベえよあれ、どうなってんの。ああいう人たち、ドスとかチャカとか持ち出すから強いと思ってたんだけど、あれ素手だよ?
「こんなモンかい。おい、お前らのケツモチは誰だ?」
鍋島が倒れたヤンキーに尋問を始めた。あれは本職に任せておこう。
俺はミサキと一緒に自転車の少年たちの様子を見に行った。酷くケガしているが、救急車が来れば大丈夫だろう。
「お前ら、大丈夫か? 救急車呼んだからな」
「おい、徳井さん!」
少年はガードレールにぶつけられた男子に呼びかけている。自分も酷い目に遭っているのに、大した奴だ。
「動いちゃダメだ。お前だってボロボロだろ?」
「ほんまですよ、今日もこれから飯食い終わったら警察いかなあきませんからね」
その言い方に疑念を抱いた。まるで世間話でもするかのようなトーンだ。あれだけの目に遭った人間の声じゃない。
「警察にもなに話しても通じてるやら通じてないやらぬかにくぎですわ、まさに」
「何言ってるの?」
ミサキも気付いたらしく、引き気味に問いかける。
「僕は北条伸一なんですけど、あっちは意識してくれますかね、そこんとこがねえ、いやらしい話ですけど。伸一をどうしますか」
ケガで意識が朦朧としてる、って感じじゃない。口調ははっきりしている。だけど、言ってることがめちゃくちゃだ。
訝しんでいると、鍋島が突然怒鳴り声を上げた。
「デタラメ抜かしてんじゃねえぞコラァ! クスリでもやってんのか!?」
振り返ると、鍋島が不良のひとりを引きずり起こし、胸倉を掴んでいた。
「赤星さんや! 千羽海岸の王様のおでましや!」
「ざけんじゃねえぞコラ! 赤星はこの前、車ごと海に落ちて死んでんだよ!」
更に、目の前の少年まで異様な調子で叫び始めた。
「しっえますかね、真夜中の沖の海は、まぶしいんですよ、夜光虫とか烏賊とかとびうおとかが、沖の夜中はものすごい光るんですけど、もうすごいですよ!!! 星空みたいですよ」
異様な早口で、しかし全くの無表情。おかしい。尋常の状態じゃない。まさか。
「で、宇宙人が海から来るのも納得できるじゃないですか」
辺りを見回すと、道路の向こう側の電灯の下に、人間らしきものがいた。顔は卵に黒いガラスのレンズを嵌め込んだかのようで、古い映画に出てくる宇宙人のようだった。
そいつらが手にチェーンソーを持って、ずらりと屯していた。そして、一斉に叫んだ。
「 「 「 「 「アーーーアーーーーアーーー!!!」 」 」 」 」
「アーーー!」
「ゆうきーーーーーー!!」
とんでもない大声に、俺たちは肩を震わせた。
だが、チンピラたちはまるで聞こえていないかのようにヘラヘラしっぱなしだし、少年たちもブツブツと喋り続けている。その様子を見て、ようやくわかった。
こいつら全員グルだ。チンピラも少年も宇宙人も、まとめて妖怪の一種だったんだ。
「アーーーアーーーーアーーー!!!」
「アーーー!」
「ゆうきーーーーーー!!」
宇宙人たちは泣きわめきながら、チェーンソーを持って俺たちの方に歩いてくる。周りを見ると、坂の上や下、路地からも同じような宇宙人が押し寄せてきている。いつの間にか、チンピラや少年たちも立ち上がり、チェーンソーを手にしていた。
完全に囲まれている。
「何だこいつら……!?」
「妖怪だ。……ちょっと下がってろ」
肩を回して、チェーンソーを持った少年に近付く。『徳井さん』と呼ばれていた奴だ。頭から血を流しながら、チェーンソーを揺らしている。
それに、問う。
「おい、お前ら。最初からこういう怪談だったのか?」
「なんなんですか!? 俺、関係ないやないですか!」
言葉に反して『徳井さん』はニヤニヤ笑っている。多分、肯定なんだろう。
「そうか。これで怪談のつもりか。んじゃあ、言っておく」
そう言うと、俺は足元に落ちていたものを持ち上げた。
『徳井さん』が乗っていた自転車だ。事故でぐちゃぐちゃになっていて、今では重さ約20kgの金属スクラップになっていた。
それを、『徳井さん』の頭に振り下ろした。
「これは胸糞悪い話だッ!」
鈍い音と共に、相手がアスファルトに打ち倒された。更にもう一発。『徳井さん』がチェーンソーを手放す。それを拾い上げる。
「ジョーーーミーーーシ」
「やかましいわっ!」
叫び始めた宇宙人の首をチェーンソーで斬り飛ばす。たくさんいるが、とにかく手当たり次第に斬りまくる。
「あのなぁ! 先に暴力が来たら、後から慌てて怪奇現象付け足しても手遅れなんだよ! こんなん雁金に話したら溜息ついてボツにされるわ!
おまけになんだこの宇宙人は! ただのガヤじゃねえか! 宇宙人のくせにUFOのひとつも用意してねえのかよ? 殺人ビームぐらい持ってこい!」
「窓という窓はもう、新聞で塞いでますわ!!!」
叫んでいた少年がチェーンソーで斬りかかってくる。その刃を受け止め、チェーンソーごと少年を地面に叩き伏せる。倒れた少年の顔にチェーンソーを突き入れ、粉々にする。
これで……10人くらいか? 周りの連中の動きは止まっている。ビビッてんのか? この人数の、怪談で?
「どうしたぁ! チェーンソー持ってない時の方が威勢がいいぞお前らぁ!?」
叫んでも反応がない。囲みの外側がザワザワしている。なんだ、何が起こってる?
訝しむ俺の回りで囲みが動いた。来るか、と思ったが、周りの不良や宇宙人は俺を無視して坂の上の方へ走り始めた。
何かと思って、坂の下の方へ目を凝らす。誰かがこっちに走って向かってくる。その姿を見て、背筋がゾッとした。
全裸でガリガリに痩せた子供みたいな奴が、満面の笑みを浮かべながらチェーンソーを振りつつ、猛スピードで走ってきていた。
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