一区切り
石を置いた。山で拾った、一抱え分の大きさがある石だ。ここまで運んでくるのは大変だけど、そうしなくちゃならなかった。
石の前に花を置く。そして、呼びかける。
「よう、メリーさん」
――
悪いな、遅くなって。入院したり、いろいろゴタゴタしてたら遅くなっちまった。そもそも墓石、ここに置いたらいいのかもわからないけど……勘弁してくれ。
あの後、あのひまわり畑からどうやって出たかは覚えてないんだ。気がついたらこの山の、この場所に戻ってた。ひまわり畑も、八尺様も……お前も消えちまった。
必死に探したんだけど見つからなくってな。そのうちに、血が足りなくなってぶっ倒れた。で、目を覚ましたら病院だった。心配になったアケミが来て、倒れてた俺を見つけて救急車を呼んだらしい。それで、この前退院したばっかりの病院にとんぼ返りってわけだ。医者はなんでコイツまたケガしてるんだ、って顔してた。
それと雁金には怒られた。めちゃめちゃ怒られた。アイツまだ入院してたんだよ。俺がボロボロになってるのに怒ってて、八尺様と戦ったのにも怒ってて、メリーさんがいなくなった事には……泣いてた。凄い、怒られた。どうして巻き込んだんだって。俺だって巻き込みたくなかったけど……こうなっちまったら言い訳にしかならないよな。
……悪い。1本吸うわ。
……で、その後だな。今度は母さんから電話があった。なんでも、村の方で八尺様が倒されたのがわかったらしい。御神体がぶった切られたんだって。大騒ぎだよ。あれ、一応ウチの村の神様だったからな。
まあこれで俺みたいに八尺様に襲われるような人は出なくなるからいいと思うんだけど……どうなんだろうなあ。神社の人とか、仕事がなくなるかもしれない。その辺は今度、村に帰ったら聞いてみるよ。
いいとこなんだぞ、ウチの村は。山がとにかくいっぱいあってな。山で遊んでたらあっという間に日が暮れる。メリーさんにも一度紹介してみたかったよ。
……なあ、メリーさん。
楽しかったか?
チェーンソー1本でいろんな妖怪とか化物と遊んできたよな。きさらぎ駅とか、平家の落人とか、コトリバコとか、オオオカタダタカとか。うんざりするほど沢山出てきたよなあ。
メリーさんの事は横で見てたけど、本当に楽しそうだった。正直、妖怪連中に絡まれるのはあんまり好きじゃなかったんだが……メリーさんといる時だけは、まあいいか、って思えたよ。
最後の八尺様との戦いは楽しかったか? そうだったら、俺も少しは気が楽だ。あれは、メリーさんがいなかったら間違いなく負けてたからな。勝ったのはメリーさんのお陰だ。本気だぞ。
でもなあ。チェーンソー振り回してなくても、一緒にいるのは楽しかったぞ?
買い物につきあわされたり、遊園地に行ったり、映画を見たり……最初は、なんだそれ、って思ったけど、そのうち楽しくなってきた。チェーンソー振り回すのと同じぐらい……いや、今考えたら、それよりも楽しかったかもしれない。
メリーさんはどうだった? あの時、楽しかったか? そう思ってくれたんなら、俺もホッとする。
……なあ、冗談だったら、早く出てきてくれよ。しんどいんだよ、もう。
あれだけ一緒にバカ騒ぎして、肩を並べて戦ったんだ。もうそれが当たり前で慣れちまったんだ。それなのになあ、いきなりいなくなるなんて、酷すぎるだろ。
いいか、死んだなんて思ってないぞ。どうせどっかにいるんだろう? 初めて会った時もそうだった。足を斬って怪我してたのに、次に会った時はきれいに治ってたじゃないか。
いるんだろ、どっかに。なあ、今どこにいるんだ?
いるなら早く出てきてくれ。八尺様に勝っても、お前がいないんじゃ、ちっとも面白くない。
頼む。早く出てきてくれ。お願いだから。……なあ。
――
「……はあ」
顔を上げる。滲んだ視界を腕で拭う。
地面に落ちたタバコの吸殻をつまんで携帯灰皿の中にしまう。タバコの火はとっくに燃え尽きていた。
もう一度、目の前の墓石を見やる。こうして見ればただの石だ。だけど俺にとっては、かけがえのない最後の思い出だ。
じっと見つめる。それで何かが変わるわけでもない。だけど、なんだか心に区切りがついた。
「じゃあ、そろそろ行くよ」
立ち上がる。いつまでも座り込んでいるわけにはいかない。ここで野垂れ死ぬために八尺様を倒したわけじゃないんだ。八尺様とのケジメはつけた。これからは、明日のことを考えて生きないと。
携帯が鳴った。新しい仕事か。木こりの仕事か、それともチェーンソーのプロの仕事か。どっちにしろ引き受ける。生きるためだ。
「もしもし」
「もしもし。私、メリーさん」
聞こえたのは、少女の声。
「今、あなたの後ろにいるの」
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