シーズン4

帰ってきたメリーさん

「私、メリーさん。今、あなたの後ろにいるの」


 振り返る。石を積み上げたささやかな墓。その前に、ひとりの少女が立っていた。

 ふわっとした金色の長髪、宝石のように輝く青い目。紺色の絹のドレスと真っ白な帽子でおしゃれして、チェーンソーを携えた外国人の少女。間違いない。メリーさんだ。


「メ、メリーさん……?」

「ええ、メリーさん」

「本当にメリーさんか!?」

「ほんとにメリーさん!」

「うおお……うおー……!」


 言葉が出ない。死んだかと思ってた。いや、死体を担いだから、間違いなく死んでたはずだ。


「生き返ったのか!?」

「うん!」

「どうやって!?」


 すると、メリーさんは小首を傾げて考え込み、説明を始めた。


「あのね、あのねっ。八尺様に殺された後、昔みたいに眠るかと思ってたの。でもね、死んだ後も翡翠と一緒にいた。そんな感じがしたの。すぐに薄くなっちゃったけど、その感じがずーっと続いてたから、私は私のまま戻ってこれた! なんでこうなったのかわかんないけど、ありがとう、翡翠!」

「お、おう」


 なんか説明してくれたけど、何言ってるかさっぱりわからん。


「まあ、メリーさんが帰ってきたなら、それでいいか」


 わかることだけ見たらそういうことだから、もうそれでいいや。帰ってきたメリーさん、それでいいじゃないか。


「よし、それじゃメリーさん、屋敷に帰るぞ」

「お仕事はいいの?」

「今日は休みだ。仕事道具も持ってきてないし」


 そういうわけで、山を降りて麓の屋敷に向かうことになった。

 メリーさんはひょいひょい山道を下っている。病み上がり、もとい死に上がりのはずなんだけど、元気そうだ。

 しばらく歩いていると、ひとつ聞きたいことがあった。


「なあ、メリーさん」

「なあに?」

「メリーさんのチェーンソーなんだけどさ」

「うん」

「なんか俺のチェーンソーと合体したんだけど、あんな機能あったの?」


 八尺様との戦いの最後の方で、俺とメリーさんのチェーンソーは合体してハイパワーダブルチェーンソーになった。凄い強かったし、なんか瞬間移動もできた。ヒマワリ畑を出て、メリーさんが消えると同時にチェーンソーも元に戻ったけど、あれがなんだったのか気になってた。

 ところが質問されたメリーさんは答えてくれない。振り返ると、帽子のつばを引き下げて、顔を隠そうとしていた。でも隠れきれてなくて、真っ赤になってる顔が見えた。


「メリーさん?」

「……知らない」

「え」

「知らないもん! ダブルチェーンソーなんて知らないもん!」


 ダブルとは一言も言ってないんだけどなあ。こりゃ覚えてるけど話してくれなさそうだ。

 でもなんで恥ずかしがってるんだろう。妖怪にとっては恥ずかしいことなんだろうか。感覚がわからない。まあ、無理に聞き出すつもりはないから別にいいや。


 そうこうしているうちに屋敷に着いた。


「ねえ、翡翠」

「うん?」

「私の部屋、もう片付けちゃった?」

「……いや」


 心の整理がついてなかったからそのままだ。結果的に正解だったな。

 メリーさんは俺の返事にニッコリ笑うと、屋敷のドアを開けた。


「ただいまー!」


 元気な声でただいまの挨拶をするメリーさん。もちろん、返事があるはずが……。


「えっ、ええっ!?」


 あっ。

 しまった……。


「え?」


 思わぬ返事にぽかーんとするメリーさんの前に、声の主が姿を現した。


「嘘、メリーさん!? なんでー!?」


 エプロンをしたアケミだった。料理中だったのか、包丁を持っている。


「はあ? ……えっ、あなた、あの時の!?」


 メリーさんも相手が誰だがすぐに気付いて、どこからともなく取り出したチェーンソーを構えた。


「なんであなたが私のお家にいるの!?」

「あなたのお家じゃないでしょ! 大鋸くんの家よー!」

「翡翠が私にくれたんだもん! 出てって!」

「出てくわけないでしょ! 大鋸くんが住んでいいって言ったんだから!」


 アケミの答えに、メリーさんが俺をキッと睨みつけてきた。


「ほんとに?」

「あ、うん」


 いやだって……メリーさん死んだと思ってたし……。

 それにアケミが、家がないから俺のアパートに住むとか言い始めたんだよ。あんな狭いアパートにふたりも住めないから、こっちの屋敷で大人しくしててくれって頼んだんだ。


「バカ! バカ! ひどい!」

「大鋸くんをバカって言わないでよー!」

「バーカ!」

「だからって私に言わないでよ! 大体、メリーさんは死んだんだから、その後に住んでもいいでしょ!?」

「死んでないもん! 生きてるもん!」

「怪異じゃない!」

「あなただって怪異じゃない!」

「私は守護霊だから! メリーさんと違って、むやみやたらに人は殺さないんですー!」

「翡翠は殺そうとしたのに?」

「忘れてる大鋸くんの方が悪いもん!」


 口を挟む隙間が無い。


「いいから出てってよ! せっかく帰ってきたのに、あなたがいるなんて嫌!」

「いーや! 私は大鋸くんにここに住めって言われてるんだから! 絶対に出ていかないわよ!」

「なら……」


 メリーさんが急にこっちを見た。


「私が翡翠のアパートに住む」

「ハァ!?」

「こいつが出ていかないんだったら、私が翡翠のアパートに住む!」

「やめろ! 人生終わる!」


 それがダメだからこっちの屋敷に置いたんだろうが!


「やっ、ちょっ、ばっ、はああああ!? 大鋸くんと!? メリーさんが!? ふざけるのもいい加減にして!」


 アケミはアケミで顔を真っ赤にして手をぶんぶん振り回している。包丁を持ったままだ。危ない!


「私だって大鋸くんと一緒に暮らしたいのを我慢してるんだから! メリーさんが同棲できるわけないじゃない!」

「どー……? とにかく私は翡翠の一番だもん!」

「一番だからなんなの!?」

「一番は一番だもん! 翡翠なら、私のお願いを叶えてくれるもん!」

「だからって大鋸くんとメリーさんが一緒に暮らしたら犯罪だよ!? 我慢しなさい!」


 ダメだ、いつまで経っても口喧嘩が終わらない。こうなったら無理矢理にでも終わらせるしかない!


「いい加減にしろ! 部屋は余ってるだろ? ふたりで一緒に住めばいいじゃないか!」


 ワンルームじゃないんだし、好きな部屋に住めばいいと思ったんだけど、なぜかふたりとも不機嫌になった。


「子供の面倒を見るために住んでるんじゃないんだから」

「こいつと一緒に住むのイヤ!」

「そこをなんとか頼む、アケミ」


 もうこうなると頼み込むしかない。


「メリーさんは根性ひん曲がった腰抜けのせいで家がダメになっちゃったからさ、住めるのがここくらいしかないんだよ。だからさ、頼む」

「……私よりメリーさんの方が大事なの?」

「大事っていうか、ほっとけないだろ。こんな年がら年中わちゃわちゃしてる子供が、家もなくてそこら辺うろついてたら、何が起こるかわからないだろ?」

「確かに……」

「それにメリーさんが急におかしくなって襲いかかってきたら、いきなり家に瞬間移動してくるんだぞ。下手すると、風呂入ってる時とか、寝てる時に。

 だったら見えるところにいてもらったほうがいいだろ?」


 メリーさんはよくわからない発作を抱えてる。時々遊んでやれば落ち着くらしいけど、家がないとそれもできない。だから、外に放り出すのは危ない。メリーさんは一番だから、面倒見てやらないと。


「そうかな……」

「頼む。アケミが俺の味方になってくれるなら、凄い嬉しいから」

「そ、そうかも……? えへへ……」

「ちょっと、翡翠!」


 今度はメリーさんが詰め寄ってくる。


「さっきからなんで私が悪者なのよ!? こいつ、前に襲ってきた奴でしょ!? 悪いのはこっちじゃない! 危ないわよ!」


 俺らみんな悪者なんだけど、それはおいといて。


「その時はメリーさん、頼む」

「へ?」

「だってほら、アケミもいつ気が変わって殺しに来るかわからないだろ? 料理に毒を盛られたり、車に細工されたらどうしようもないからな。

 でもメリーさんが見張っててくれれば、そんな心配しなくて済むんだ。だから頼む、メリーさん」

「……追い出せばいいんじゃないの?」

「前みたいに、旅館でいきなり襲いかかってくるとかもう嫌だから……」


 アケミもアケミで、目を離したらやらかすタイプだ。放ってはおけない。放ってはおけないもの同士で見張ってくれるなら、こんなに嬉しいことはない。


「いろいろ買ってやるし、連れてってやるから。頼む、メリーさん」

「それでも嫌だって言ったら?」

「うん、私も。ふたりとも嫌って言ったらどうするのかなー?」


 なぜかメリーさんもアケミも不機嫌になってる。


「そしたらなあ……」


 考えてみるけど、ダメだ。そうなるとこれしかない。


「ふたりとも閉じ込めるしかないか」

「えっ」

「とりあえずは足を切り落として首を鎖で繋いどくとか、そういう感じになるけどいいか?」

「えっ?」


 手元にチェーンソーはないから、メリーさんのチェーンソーを奪う形になるか。ふたりとも興奮してるけど、戦闘態勢にまでは入ってないから先手は取れる。手首を踵で蹴り潰して、落としたチェーンソーを拾ってアケミの包丁を防ぐ。そこまでやればどうにでもなる。


「お、大鋸くん? 目が怖いんだけど?」

「マジだからな」

「こ、殺される……?」

「いや身内にそんなことはしないぞ。でも、人間じゃないから少し無茶しても大丈夫だろ?」


 さて動こうか、と思ったらメリーさんとアケミがほぼ同時に後ろに下がった。距離ができた上に固まってる。下手に前に出たら2対1になるか。

 どうしたものかと考えていると、メリーさんとアケミが何やら小声で話している。どうしよう。作戦でも考えているんだろうか。それだったら今のうちに無理にでも殴りかかったほうがいいのか。それとも一旦物置まで走って、自分のチェーンソーを取りに行ったほうがいいのか。


「翡翠!」


 迷っていると、メリーさんが左手を開いてこっちに向けてきた。待てのポーズだ。


「なんだ?」

「……我慢する!」

「何を?」

「こいつと一緒に暮らすの!」


 アケミをびしっと指差すメリーさん。


「……ほんとに? 我慢できるのか?」


 そんな急に心変わりするもんかな、って思ったけど、メリーさんは極めて真剣な表情で頷いた。


「するもん……!」

「アケミ、メリーさんはこう言ってるけど、お前はどうなんだ?」


 メリーさんがその気になっても、アケミが断ったら意味がない。あいつはめちゃくちゃ頑固だから、ダメなんじゃないかな、と思ったけど。


「……私も、いいよ」


 意外にもオッケーが出た。マジか。いや、それならそれでいいんだけど……。


「どうした急に? さっきまで絶対イヤって感じだったのに」


 するとアケミが答えた。


「だって大鋸くんをほっといたら、何するかわからないじゃない!」

「失礼な」

「鏡見なさい!」

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