ワイルドハント

 ホテルでの騒動が一段落つくと、俺を含めたグリムギルドの負傷者は全員病院に放り込まれた。もちろん俺もだ。河童の薬で傷は塞いだはずだったんだけど、集中治療室ICUに送り込まれた。思ってた以上にやばかったらしい。

 ケガをしていない奴らは別のホテルに移って、警察から事情聴取を受けていた。あれだけの騒動を起こしたら、お咎めなしって訳にはいかないよな。

 まあ、アネットたちは被害者だから、早々に自由になったらしい。


 代わりに入院している俺が大麦に散々グチられた。怪異が絡んでいるのは抜きにしても、外国のテロ組織が引き起こした事件が起きたせいで、警視庁が上へ下への大騒ぎになっているらしい。特にそういうのを担当している外事課ってところがマジギレしているそうだ。大変だな、警察も。


 それから少し後、グリムギルドの入院患者が半分くらいになったころ、アネットたちが病院にやってきた。大事な話があるそうなので、メリーさんたちも病室に集まっている。

 病院の周りはネコに囲まれているから、この前みたいにナチスや騎士団に襲われる心配はない。


 そういやホテルに助けに来た猫たちにはお礼として、野良猫の保護活動に寄付したり、高級缶詰をプレゼントしたり、アネットがいろいろとやったそうだ。

 あと、なぜか来ていた忍者もお礼にいろいろもらったらしい。休日にご苦労さまだよ。家族サービスしとけ。


 それはともかく、アネットの話だ。


「あの日、言い損ねていた事をお伝えします」

「……なんだっけ」

「なぜ『最後の大隊』がメリーさんを狙うのか、という話です」


 そうだった。それを聞こうとしたらナチスが襲ってきたんだった。時間が経ちすぎて忘れてた。


「オーケー、思い出した。どうして狙われたんだ?」

「『メリーさん』は『ワイルドハント』なのです」

「『ワイルドハント』?」

「ヨーロッパに古くから伝わる伝説です。神罰を受けて天国にも地獄にも行けず、現世を永遠に彷徨う亡者の群れです。生者が出会ってしまえば狩りの獲物のように追い立てられ、捕らえられれば群れの一員にされてしまいます」


 どうやらワイルドハントは百鬼夜行みたいなものらしい。ただ、百鬼夜行なら出くわしても殺されるだけで済むけど、ワイルドハントは永遠に仲間入りだから、タチの悪さはこっちの方が上だ。


「ワイルドハントはひとつではありません。様々な伝説や怪異に率いられています。オーディン、アーサー王、ハーン・ザ・ハンター……。

 そのうちのひとりが、"ナハト・メリー"」


 びっくりしてメリーさんの顔を見た。メリーさんもびっくりしている。自分でも知らなかったんだな……。


「狩りが趣味のナハト・メリーが、『狩りが無いなら天国なんていかなくていいわ』と言ってしまったばかりに天罰を受け、最後の審判までワイルドハントとして現世を彷徨う羽目になったという伝説です。

 彼女のワイルドハントは神出鬼没。襲われた人々は、それこそ狩りの獲物のように屠殺され、ワイルドハントに組み込まれてしまいます。

 この伝説がドイツの人々の間で語り継がれるうちに怪異として力を持ちました。そして私の先祖のグリム兄弟は、この物語を編纂して『屠殺ごっこをした子供たち』という名前をつけてしまったのです」

「覚えてる?」

「覚えてなーい……」


 メリーさんに聞いてみるけど、全然覚えてないらしい。ただ、ちょっと嫌そうな顔はしている。覚えてなくてもなんとなく嫌な感じはするらしい。


「そして『最後の大隊』は『神出鬼没のワイルドハント』という力に目をつけたのです。好きなところにワープできる怪異の大集団。軍事的にこれほどの脅威はありません」


 確かに、いきなり家に怪異の群れが突っ込んできたら大変だ。というか、メリーさんのワープ能力って、ひょっとしてそれが元なのか? 最近できた都市伝説の力かと思ったら、結構由緒正しいワープなんだな。


「そうして『屠殺ごっこ』は『最後の大隊』の一員となり、ベルリン攻防戦に投入される予定だったのですが……」

「逃げ出したんだっけ」


 アネットが頷く。ナチスの怪異軍団のリーダーが土壇場で日和って、メリーさんを連れて逃げ出したらしい。多分、メリーさんのワープを使って逃げたんだろうな。


「逃げたリーダーはどうしたんだろうな。メリーさん、知ってる?」

「んー……よく覚えてないけど、日本ではずっとひとりで遊んでたから、どっか行ったと思う」

「普通に死んでるかもしれませんね。身を隠しているとしても、逃げるのに便利なメリーさんを手放すとは思えません」


 メリーさんを返せって襲ってくる奴も今までいなかった……いや、怪異にはたくさん襲われたからその中に混じってたかも? まあ、それならそれで死んでるか。


「とにかく『ワイルドハント』は脅威です。『最後の大隊』も『ワイルドハント』を確保できれば戦力を強化できると思い、仕掛けてきたのでしょう」

「そうはいうけどなあ。メリーさん、あいつらと一緒に遊びたいか?」

「や!」


 メリーさんは座っている俺の膝にしがみついた。


「翡翠と一緒じゃなきゃ、いや!」

「ほら。こんなんで協力するわけないとおもうんだけど」

「ナチスとてそれくらいは考えています。彼らは怪異を洗脳する手段を開発したのです。『アルミホイルで包まれた心臓は六角電波の影響を受けない』というフレーズで動かすようですが……」


 この前フッケバインが言ってたな。でもあれは……。


「効かなかったぞ」

「はい?」

「それは言われたけど、メリーさんには効かなかった」

「……何故です?」

「さあ。でもあれ、前にも聞いたことがあるんだよな。あの黒い三連星……チャイルズと、誰だっけ」

「誰だっけ……」


 メリーさんと一緒に首を傾げる。迷彩柄の軍人3人と、女子高生が1人、合計4人いたのは覚えてるけど、名前は最初の一人しか思い出せなかった。


「……もしかして、洗脳を司っている怪異を倒してしまったのでは?」

「まあ皆殺しにしたけど、え、洗脳って物理で解けるものなの?」

「いや、そういうものでは無いと思いますが……一体何をしたらそんなことになるんですか?」


 何をって言われてもなあ。


「チェーンソー……?」

「ふざけてます?」

「いや真面目に。大体の怪異はチェーンソーでぶった切ってるぞ。その黒い三連星もそうだったし。最初に1人殺して、残りはメリーさんが住んでたタワマンで皆殺しにしたな」

「メリーさんが住んでたタワマン!?」


 そんなに驚かなくても。


「ああ。物凄い数の怪異がいて、その中にそいつらも混じってたんだ」


 そう言うと、アネットは頭を抱えた。変なこと言ったか、俺?


「恐らくそれが『ワイルドハント』です」

「えっ」

「『屠殺ごっこ』の犠牲者たちで、ワイルドハントが自在に呼び出せる眷属たちです。我が先祖グリム兄弟が戦った時は、『屠殺ごっこ』に殺され取り込まれた怪異が100体一斉に襲いかかってきたのですよ」

「あれ、メリーさんの仲間だったのか……悪い事したな」

「待っ、待って。何をしたんです?」

「皆殺しに……いや違う。なんか勝手に同士討ちしてた。俺が殺したのは20体くらいだけだぞ」


 そう言うと、アネットは小声で、うっわ、と言った。20体くらいでドン引きされるのっておかしくない? この前の防衛戦で、お前ら全員それくらいのイヌモドキを倒してるだろ?


「あのメリーさん。今、ワイルドハントの仲間を呼び出せます?」

「んー」


 アネットに聞かれたメリーさんは、少しの間目を瞑って唸った後、不意に右手をぴしっと上げた。すると、どこからともなく数匹の猫がニャーニャーと集まってきて、メリーさんにひっついた。


「こんな感じ」

「ニャ、ニャイルドハント……」

「ワイルドニャントでは……?」

「おおー。カワイイ、カワイイネ」


 アネットとトゥルーデが何かよくわからないことを言っている。グルードは素直に猫の可愛さを楽しんでいる。こういう時は難しいことを考えられない方が有利だ。

 俺もグルードに習って、無心で寄ってきた猫を撫でる。猫は俺のふとももを熱心にこねていた。


「ワイルドハントの隊列が……入れ替わった……?」


 どうやらメリーさんの昔の犠牲者はすっかり無くなって、代わりに猫が盛り沢山になっていたらしい。メリーさんが屋敷で猫と遊んでいるのは知ってたけど、いつの間にか仲間というか手下というか、なんかそんな感じの関係になっていたようだ。

 考えてみたら、メリーさんがホテルに猫のチェーンソーの援軍を呼べたのも、ワイルドハントの力のお陰か。助かった。


 一方アネットは警戒すべき怪異が猫のリーダーになってしまった現実を、なんとか飲み込もうとしていた。


「その……なんというか……こうなるともう『ワイルドハント』でも『屠殺ごっこ』でもありませんね……。『チェーンソーの猫娘』とでも呼べばいいんでしょうか?」

「私、メリーさん」


 アネットが変な名前をつけようとしたのを、メリーさんがすかさず止めた。メリーさんはメリーさんだからな。猫娘はまた別の妖怪だ。

 とりあえず、メリーさんが危険じゃなくなって安心したらしい。深くため息をついたアネットがメリーさんを見る目からは、それまで残っていた警戒心が消えていた。


「まあ……『ワイルドハント』が消滅して、『屠殺ごっこ』をするつもりもなく、『最後の大隊』の言いなりにならないのでしたら、もう『メリーさん』でいいでしょう。私の知ってる屠殺ごっことは完全に別物ですから」

「なら、もうメリーさんをどうこうするつもりは?」

「ええ。完全に無くなりました。ナチスも同じでしょう。洗脳が使えなければ、メリーさんを操ることはできませんから」

「おう、ありがとうな。じゃあ、ここからはこっちがやり返す番だ」


 そう問いかけると、アネットは驚いた顔で俺達を見つめた。


「……まだ、協力していただけるのですか?」

「当たり前だ。ロンギヌスの槍で刺されてるし、屋敷は襲われるし、バカみたいな量の怪異を押し付けてくるし、何より俺の身内に手を出しやがった。いい加減やり返さないと気が済まないんだよ」


 特にロンギヌスの槍の傷が酷い。痛みがずっと残っている。

 トゥルーデとヤギ女が言うには、命に別状はないらしい。槍が偽物だったから、傷が塞がらない呪いも不完全で、河童の薬や魔女の薬といった怪異に絡んだ薬品なら見かけ上は治せるそうだ。だから、俺も大がらすも、傷が塞がらなくて失血死、っていうことは避けられた。


 だけど痛みは残ったままだ。寝ても覚めてもズキズキする。というか満足に眠れない。とてもイライラする。

 これを治すために必要な本物のロンギヌスの槍と聖杯を探しているけど、どうせどっちもナチスが持っているんだろう。だったら襲って奪うまでだ。先に手を出したのは向こうだから、遠慮する必要もない。


「だから、できるだけ早く、あいつらがどこにいるか、何をやらかそうとするのか調べて、教えてくれ。

 見つかったらこっちから乗り込んで、全員まとめて叩きのめしてやる」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る