かんひも
この前、長野の山奥の村に行ったんだよ。山の手入れをしてくれって話だった。
それでまあ、その村に行ったんだけど、まあ何もない村だったんだよな。山の中に田んぼと畑があって、家がいくつかあって、後は1日2回しかバスが来ない。そういういかにも田舎、って村だった。
同じ長野の山奥でも、俺の田舎とは大違いだよ。まあ、ウチの田舎は政治家に手を回して、道路工事とか電車とか引っ張ってきてるから、普通とは違うんだけどさ。
それで山に行ったんだけど、思ってた以上にデカい山だった。おまけにロクに手入れしてないから、藪が生え放題で、崖崩れが起きてる場所もある危ない山だった。
もちろんそんな所を1日で終わらせるのは無理だから、麓のホテルを取って1週間くらいかけて山の手入れをすることになったんだよ。
手入れを初めて最初の日に、藪をチェーンソーで刈ってたら石碑を見つけた。いや、文字は書かれてなかった。手足がぐにゃぐにゃな人が4人、立ったまま絡み合ってる姿が彫られてたんだ。顔が苦しんでるように見えたから不気味だったな。石碑、っていうよりも石像だったかもしれない。
その石碑が何だかはわからなかったけど、放っておくのはマズいと思ってな。タバコを一箱お供えして手を合わせた。何がいるかは知らないけど、『ヤマノケ』みたいな神様だったら無視するのは失礼だからな。
そのお陰か、仕事をしている間は妙なことは起こらなかった。
それで、仕事を初めて3日目に事件が起きた。俺が仕事してる山に男の子が入ってきたんだ。
ちょうどその頃、山の持ち主の子供の一家が遊びに来ててな。父親と母親と、あと小学校3,4年生くらいの男の子の3人家族。その男の子だよ。遊ぶところが無いから暇で、俺の仕事を見に来たんだと。
もちろん、すぐに追い出したよ。山仕事って危ないんだぞ。倒れた木の下敷きになったら大人でも余裕で死ぬからな。それに、下草を刈ってる時に、チェーンソーの前に出てこられてもダメだ。子供が側でチョロチョロしてたら絶対に危ない。
その後も問題なく仕事をしてたんだけど、日が落ちるちょっと前くらいかな。「クケェーッ!」って、鳥だか猿だかわからない声がしたんだ。いよいよ何か出てきたか、と思ったけど、それっきり何も出てこなかった。
そのうち日が暮れてきたから、仕事を終えて山を降りた。その途中で、例の石碑の前を通りかかったんだ。そしたらさ、倒れてるんだよ。石碑が。
そりゃまずいだろって思って起こしたら、石碑の根本が掘り起こされてるのを見つけた。
横には土まみれの小さな木箱があった。全体的に腐ってボロボロで、中には何も入ってなかった。木箱には布のようなものが巻かれていて、全部漢字だった。なんて書いてあるのかはわからなかった。昔の字だから読めなかったんだよ。
よくわからないけど絶対にろくでもないものが入ってたんだろうなあ、って思ったよ。それで、気持ち悪いから箱には触らないで、石碑だけ元に戻して山を降りた。
それから山の持ち主の家に作業報告に行ったんだ。話をしてしばらく経ったら、部屋のドアがノックも無しに開いた。入ってきたのは、遊びに来た一家の父親だった。顔色は真っ青で、何かあったみたいだった。
「親父、大変だ!
それを聞いた時は、腕でも怪我したのかって思った。だけどそれにしちゃ焦りすぎだった。おまけに父親の話を聞いた爺さんも、赤ら顔が一瞬で青ざめた。いや、可愛い孫が怪我したってなったら、そうなるのかもしれないけどな?
とにかく2人して部屋を飛び出していったもんだから、俺はひとりで取り残された。どうしようかと思ったけど、人の家を勝手にうろつくのは良くないし、まだ仕事の報告も終わってなかったから、そのまま部屋にいた。
で、まあ、別の部屋で大騒ぎしてるのが聞こえるんだよ。どうも、子供に何かあったみたいで、爺さんが子供に対して何か色々聞いてるみたいな感じだった。
「公輝! おま、今日、どこぞ行きおった!? 裏、行きおったんか!? 山、登りよったんか!?」
「だって、登っちゃいけないなんて言われなかったから……」
「バカモン! どうしてあの山に……!」
そんなにヤバい山だったの? そんな所で仕事させられてたの? っていうかそれ子供にも教えとけよ。
「ああ……まさか……『かんひも』が……」
「……かもしれん」
「迷信じゃなかったの……?」
「公輝、しっかりしろ公輝!」
爺さんの声に加えて、婆さんの声に母親の声。父親も加えて、一家全員揃っているらしかった。
「ええい、クソッ! こうなったら……!」
爺さんが毒づいて、部屋を飛び出す音が聞こえた。それからしばらくすると、ガソリンエンジンが唸る音と共に、足音が家の中に入ってくるのが聞こえた。多分、チェーンソーだと思った。
流石に放っておいたらヤバいと思って、俺も一家が揃ってる部屋に向かった。
部屋の中に入ると、田舎特有の10人くらい座れるデカいテーブルがあった。そしてその横に、床に寝かされてる子供と、周りを囲む大人たちがいた。
「誰ですか!?」
「裏の山で仕事してる、大鋸です!」
母親が聞いてきたから頭を下げた。すぐにわかってくれたらしい。母親は会釈すると、すぐに息子に視線を戻した。俺もそっちを見た。
子供の右腕に黒い腕輪が巻き付いていた。腕輪は紐をより合わせてできているみたいで、そこから解けた紐が子供の腕に突き刺さった。しかも、虫みたいにうねうね蠢いてるんだよ。
父親が腕輪に手を掛けて引き剥がそうとしてたけど、びくともしなかった。おかしなことに、腕にいろいろ刺さってるのに、肝心の子供は全然痛がってなかったんだよ。きょとんとした顔で自分の腕を見てた。
どうなってんだと思っていると、後ろからチェーンソーのエンジン音が近付いてきた。慌ててその場を動くと、血走った目の爺さんがチェーンソーを持って部屋に入ってきた。
「何するんですか!?」
止めようとする両親を振り払って、爺さんは婆さんに叫んだ。
「腕はもうダメじゃ! まだ『かんひも』は頭まではいっちょらん!」
婆さんは泣きながら頷いた。爺さんは少し躊躇した後、チェーンソーを子供の腕に振り下ろした。
「うわぁ!?」
「公輝!」
俺と両親は悲鳴を上げたけど、肝心の子供はほとんど反応しなかった。ちょっとびっくりした、って感じで全然痛がってなさそうだった。
腕は半分くらい斬られたけど、血は一滴も流れなかった。代わりに、腕の中で無数の髪の毛がぞわぞわと虫みたいに蠢いていた。あれは気持ち悪かったなあ。
爺さんはその髪に向かって何度もチェーンソーを突き立てたけど、中々切り落とせなかった。髪に引っかかってたのか、子供の腕の骨が硬かったのか、爺さんの腕の力が足りなかったのか……まあ、全部だろうな。
「ええいっ、貸せ!」
とにかく見てられなかったから、俺は爺さんの手からチェーンソーを引ったくった。そして、腕の中で蠢いている髪の毛に向かって振り下ろした。
普通の腕と比べたら別物の硬さだったけど、それでもチェーンソーを押し込んでむりやり断ち切ったよ。
途端に子供は火がついたように泣き始めた。そしたら、斬り飛ばされた腕がひとりでに動きだしたんだよ。5本の指を足みたいに動かして這い回り始めたんだ。腕の断面からは黒い髪が延びていて、蛇の胴体みたいだった。
「『かんひも』じゃあ!」
かんひもは、腰を抜かしてる婆さんに飛びかかった。
「っぶねえ!」
とっさにチェーンソーを突き出して、かんひもを弾き返した。
かんひもは手から着地すると、しゅるしゅると蛇みたいに蛇行してこっちに迫ってきた。俺はチェーンソーでかんひもを斬ろうとしたけど、かんひもは器用に避けて俺の足に絡み付いてきた。
そしたら、足にかんひもから伸びた髪が突き刺さった。作業服を着てたんだけど、その繊維の隙間から髪を挿し込まれたんだ。めっちゃ痛かったよ。
「何すんだコラァ!」
だから、足をデカいテーブルに叩きつけた。俺の足とテーブルに挟まれて、かんひもが動かしてる子供の手が、ぐちゃっ、て潰れた。それが効いて、かんひもは俺の足から離れた。だけど、骨が砕けたのにかんひもはまだ動いていた。
どうやったら死ぬんだこいつ、って思ってたら、婆さんが叫んだ。
「手首じゃ! 手首の『かんひも』を狙いんさい!」
言われてみれば、手首には例の黒い腕輪があった。よくよく見たら、腕輪は髪の毛でできてたんだよ。こいつが本体だと思ってチェーンソーを突き出したけど、かんひもはちょろちょろ動いて避けた。狙いづらい奴だったよ。
そこで俺はテーブルの上に飛び乗って膝立ちになった。かんひもが追いかけてテーブルに這い登ってくる。その手の甲に、テーブルの上に置いてあったナイフを突き刺した。爺さんたち、夕飯を食べるつもりだったんだろうな。もうグッチャグチャだったけど。
それはともかく、ナイフでテーブルに縫い付けられたかんひもは身動きが取れなくなった。こうなったらもうこっちのもんだ。俺はチェーンソーを握りしめると、手首の縄目掛けて一息に振り下ろした。
かんひもは胴体の髪を寄せ集めて防ごうとしたけど、無駄だった。何しろチェーンソーだからな。削り取って真っ二つだよ。そしたら手首も髪もだらんと垂れ下がって、動かなくなった。
その後は、まあ……大変だったな……。子供は腕を斬られてるから両親が車で病院に連れて行った。その後に近くのお寺の住職さんもやってきた。
それで問い詰めたら、あの爺さん、『かんひも』を俺に取り憑かせようとしていたらしい。山に埋まっていて危ないものだとは知っていたけど、呪いを解く方法がなかったから、俺を犠牲にしようとしてたんだとか。
それなのに子供が先に『かんひも』を掘り出しちまったから、こんな事になったそうだ。
そりゃ、俺は怒ったよ。住職さんも人の道に反してるって怒ってた。だけど一番怒ったのは、子供の親父さんでな……爺さんがヘマやらかしたせいで、自分の子供が腕を斬られる羽目になったって、爺さんと揉み合いになった。
そしたら爺さんが例のデカいテーブルに頭をぶつけちまってな。気を失ってもう一回病院だ。なんとか一命は取り留めたけど、一生寝たきりだろうって話だった。いやまあ、俺は一歩間違えたら死んでたから、お気の毒とも思わないけどな?
ただひとつだけ気になったのは、頭を打った爺さんの脳に、「髪の細さほどの無数の穴」が開いてたってことだ。CT撮った医者がそう言ってた。
ひょっとしてあの爺さん、っていうかあの一族、とっくの昔から呪われてたんじゃないかな……。
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