最後の大隊
『聖アンティゴノス教会』。イギリスの隣の国にあるっていう、なんか昔から怪異退治をやっている連中だ。
この前京都に行った時は、輝たち『検非違使』を京都から追い出して、怪異退治の仕事を独占しようとしていた。ただ、京都の揉め事がいい感じに収まったから、今は大人しくしているって話だ。
俺が知っている教会についての話はそんなところだ。それをアネットに伝えると、少し苦い顔をしていた。
「隣の国、ではなくアイルランドです」
「そこは大事なのか?」
「大事です。イギリスとアイルランドの国境問題が、今回の一件に絡んでいるのですから」
「そうなのか?」
「ええ。イギリスとアイルランドは隣り合った島に存在しているのですが、元々はひとつの国でした。
とはいってもその実態はイギリス側がアイルランドを征服したようなもので、反発したアイルランド側は何度も反乱を起こし、1920年にとうとう独立しました。ですがその時、アイルランド島の北側だけは独立せずにイギリス側に残ったのです」
島ひとつがそっくりそのまま独立するんじゃなくて、一部に別の国が残っちゃったわけか。
「それって、凄いモメないか?」
「もう100年経ちますが、まだ解決していませんよ」
アネットのげっそりとした顔で大体察した。ロクでもない事になったんだろう。
「その問題のひとつが、キリスト教の宗派対立です。イギリスの宗派はキリスト教国教会なのですが、アイルランドの宗派はカトリックなのです。
『聖アンティゴノス教会』はカトリック教会の一派で、北アイルランドを異端のイギリスから取り返し、その地のカトリック教徒を解放するべきだと主張していました。
わかりやすくいえば、北アイルランドに攻め込んで取り返しましょう、というものですね」
「できるのか、そんなこと? 相手はイギリスだろ?」
そんな事したら戦争になると思うんだけど、イギリスって結構すごい国……だよな? 勝てるとは思えない。
「不可能です。今よりも国家として強大な、第二次世界大戦前のイギリスですから。
ですが彼らは『トゥーレ機関』に協力を仰ぎました」
「また知らない名前だ……今度は誰だ?」
「ナチスドイツです」
「えっ」
「……まさか、知らないのですか? ナチス」
「いや、知ってる。知ってるからびっくりしてるんだよ」
いくらなんでもナチスくらいは知ってる。第二次世界大戦中のドイツを支配してて、世界大戦を起こしてめちゃくちゃ人を殺しまくった悪い奴らだ。
「ナチスドイツは自分たちドイツ人を、超古代に世界を支配していたアーリア人の末裔と主張していました。その証拠を集める……いえ、捏造するための研究機関を作ったほどでした。
彼らの活動はオカルトじみていました。ドイツの古文書から魔術を復元したり、チベットに発掘に行ったり、ロンギヌスの槍を回収したり、聖杯を探したり……。創立者は古代の霊の予言を聞いた、などと言っていました」
「そんなバカなことやってて大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃないから戦争に負けたんですよ」
それもそうか。
「ナチスの研究機関の中には、怪異を扱う部門もありました。それが『トゥーレ機関』。親衛隊全国指導者ハインリヒ・ヒムラーの直属部門で、ごく一部の人間しか知らない秘密部門です。
彼らはドイツの怪異だけでなく、世界各地の怪異を追い求めていました。そこで『聖アンティゴノス教会』に接触し、怪異についての知識を得る見返りとして、北アイルランド解放運動に協力していたのです」
『聖アンティゴノス教会』は昔から怪異を退治しているから怪異に詳しい。『トゥーレ機関』はナチスの組織だから強い。お互いに足りない所を補える、最悪のコンビの誕生だ。とっとと滅べ。……いや、あれ?
「でも、ナチスってもう滅びてるよな? だったら教会も諦めるものじゃないか?」
第二次世界大戦でナチスが滅びたなら、協力も何も無い。今の教会は孤立していて、イギリスに攻め込むなんてことはできないはずだ。
俺の疑問に対して、アネットは重々しく口を開いた。
「確かにナチスは滅びました。ですが『トゥーレ機関』はその前に、ひとつの成果を残していたのです。
それこそが『
また知らない名前が……いや、ちょっと待て。聞いたことあるぞ。
「なあ、それって日本のマンガの……」
「吸血鬼ではないです。いや確かに面白いマンガでしたけれども、アレは一旦置いてください」
読んだんだ。っていうかドイツで売れたんだ、あれ。
「敗戦前、『トゥーレ機関』は掻き集めた怪異の知識を総動員させて、『
彼らが十全に運用されれば、第二次世界大戦はナチスドイツの逆転勝利という悪夢で終わっていたでしょう」
「でもそうならなかった、ですよね?」
雁金の問いかけに、アネットは大きく頷いた。
「土壇場で『トゥーレ機関』のトップ、ヒムラーが逃げ出したのです。イギリス軍に投降した後に自殺した、というのが公式記録ですが、あれは捏造だそうで。怪異を使って南米に逃げたとか、日本に逃げたとか、噂こそありますがハッキリとした消息は不明です。
とにかくヒムラーの逃亡で『最後の大隊』は出撃できなくなりました。現世との縁はヒムラーを通して繋がっていましたから、彼が逃げたことで『最期の大隊』は現世に干渉できなくなったのです」
ここまで語らせておいて、肩透かしみたいな終わり方だった。秘密兵器が秘密のままで終わるとか、笑い話にもならない。
「そしたら『最後の大隊』もいなくなって、結局『聖アンティゴノス教会』はひとりぼっちか?」
「本来なら、そのまま忘れ去られて消えていたでしょう。怪異憑きもいたとはいえ、基本は怪異ですから。指揮官を失い、現世との縁も切れた怪異ができることはないはずです。ただ……」
そこで言葉を切って、アネットは俺達の顔を見回した。
「この中で、インディ・ジョーンズを知ってる方はいらっしゃいますか?」
急にどうした?
「映画の話だよな?」
「映画の話です」
だったら知ってる。手を上げる。帽子を被ってムチを持った外人が、お宝を探してあちこちを旅する映画だったはず。
周りを見ると、メリーさんたちも手を上げていた。テレビでもやってるからな、そりゃみんな観たことくらいはあるだろ。
「はい、そうですね、ええ。皆さん知ってますね」
アネットは深々とため息をついた。
「あの映画にナチスが出てくるのはご存知ですか?」
「そういやいたような。なんか、悪の軍人が……」
「ええ。
インディ・ジョーンズだけでなく、さまざまな映画やエンターテイメントでナチスドイツが悪役として扱われました。
その結果、『ナチスのオカルト研究』という物語が全世界に広まり、『最後の大隊』が現世に出てくるための力になってしまったんですよ……」
「わあ……」
そうだな、うん。さっきも吸血鬼のマンガの話をしてたくらいだしな。他にもFPSとか、悪魔合体ゲームとか、低予算映画とか、MAD素材とか、いろんなところで出てくるもんな。
そいつらがリアルで怪しげな研究をしていて、フィクションでも怪しげな研究をしているなら、怪異として成立する余地は十分ある。
「復活した『最後の大隊』は、支配種族アーリア人による世界征服というお題目を掲げて世界各地で暗躍しました。各地の紛争やテロ活動に介入したり、怪異に関する遺物を集めて戦力の強化を図ったり、世界各地の対怪異組織を襲撃したりもしました。
我々グリムギルドも襲撃を受け、先代の会長……私の
そして『最後の大隊』の動向を追っていたら、『聖アンティゴノス教会』の騎士団と共に、メリーさんを確保するために日本へ向かっているとの情報を先日得たのです。だから、グルードとトゥルーデを現地に向かわせたのです」
なるほど。要は騎士団の連中はオマケみたいなもので、ナチスとグリムギルドの戦いに俺たちが巻き込まれ……巻き込まれ……あれ?
「今の話、俺たちは何も関係なくないか?」
俺の言葉を聞いて、雁金たちが揃って頷いた。
だって俺たちは日本生まれの日本人。ナチスなんて教科書と映画でしか見たことない。つまり接点が、縁が無い。屋敷をいきなり囲まれて襲われるなんて理不尽だ。
「いいえ。メリーさんが……『屠殺ごっこ』がいます」
メリーさんの顔を見る。口を真一文字に引き結んで、俯いている。
そういやそうだ。あいつらは俺たちを襲いに来たんじゃなくて、メリーさんを攫いに来たんだ。『最後の大隊』がナチスの怪異軍団なら。
「まさか、メリーさんは……」
答えを出す前に、パラパラと火薬が破裂する音が響いた。銃声だ。下の階から聞こえてくる。
「なんだ、どうしたどうした!?」
グルードが窓際に駆け寄る。俺もその隣に並んで、地上を見下ろした。
「こいつは……!」
さっきまで何もいなかったはずのホテル前に、無数の人影がうごめいていた。だけどそいつはヒトじゃない。裸の人間をむりやり四足歩行させてるような怪物。ついこの間、屋敷の前で襲いかかってきたイヌモドキだ。
更に、全身鎧に身を包んだ騎士や豪華な装飾を施した杖を持った僧侶が、徒党を組んで立っている。『聖アンティゴノス教会』の連中だろう。
いつの間にか、俺たちがいるホテルは完全に包囲されていた。
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