革命前夜

 雁金たちが怪異を食い止めている間、刑事たちはひたすら証拠品を車に積み込んでいた。怪異たちがこっちに来る前にさっさと車を出して、全員轢き飛ばしながら逃げる作戦だ。そのために、陶の会社から防弾ワゴンを借りてきている。


「やめろ! それは私の会議録だ! やめろ!」

「あーはいはい、後で返すから。大人しくしてろって」


 そして俺は、刑事たちの邪魔にならないようひたすら住人の爺さんを食い止めていた。殴った方が早いんだけど、大麦が許してくれない。警官の目の前で無断の暴力を振るったら言い逃れできないから、我慢するしかない。


「貴様ら、こんな事をしてただで済むと思ってるのか!? ワシに手を出したら同志たちが黙っていないぞ!」

「おう、さっさと呼んでくれ」

「……は?」

「こっちは最初から全員ブチ殺すつもりで来てるんだよ。何もしてないのにいきなり撃ってきやがって、黙ってないのはむしろこっちなんだからな?」


 そもそも俺が警察に付き合ってるのは、俺をハメた連中に一人残らず仕返しをするためだ。向こうから来てくれるなら、まどろっこしい事をすっ飛ばして皆殺しにできる。その方がいい。


「……な、何を言っているんだ君は。ここは日本だぞ?」

「気にすんな。お互い手を出してるんだし、法律とかもう関係ないから。じゃんじゃん呼んでくれ」

「ひ、一人二人じゃないんだぞ! 貴様一人が粋がったところでなあ、我々が結束すれば……」

「いいよ、50人でも100人でも。まとめて来てくれた方が早くケリつけられるだろ」


 こっちは丸々2ヶ月以上警察に追われっぱなし、しかも筋肉の神にボコボコにされて全身ボロボロにされている。一刻も早くやり返したくてイライラしてるのに、濡れ衣だの陰謀だの、回りくどい真似ばかりされてちっとも反撃できない。

 いい加減我慢の限界なんだ。さっさと暴力で解決させてくれ。


「っていうか一番偉い奴呼んでくれよ。爺さんも偉い人なんだろ? 一声かけたら部下がわーっと来て、リーダーも心配して来てくれるんじゃないのか?

 とりあえず今、呼べるだけ呼んでくれよ。携帯なら貸すから」

「ふ、ぐ、うう……!」


 なんか爺さんが顔を真っ赤にしてる。どうした?


「大鋸くん、その辺りにしておいた方がいいかと」

「ハァ?」


 大麦警部に怒られた。俺、何か悪いことした?


「彼は単にアジトの管理をしているだけの構成員です。部下もいないし、上司は彼の名前すら知らないでしょう。

 さっきの言葉はただの脅しですから、本気になっても何もできませんし、誰も助けに来ませんよ」

「えっ、でも60年もやってれば、仲間とか身内とか、少しはいるもんじゃないの? 今までの人生で何してたんだ爺さん、引きこもって競馬やってただけ?」

「ワァ……ァ……」

「泣いちゃった」

「おやおや」


 なんかよくわからないけど……いや本当によくわからん。ひょっとして今回の事件には全然関係ない、ただの留守番の人だったのかな。

 まあいいや、爺さんが大人しくなったからこれで荷物運びがはかどるだろう。


 一息つくとタバコが恋しくなった。病院だといろいろうるさいから、気軽に吸えないんだよな。1本吸っとこ。

 タバコを咥え、ライターを取り出す。シュボッという渋い音を立てて、炎が吹き上がった。

 同時に、アジトの2階からも炎が吹き上がった。


「……は?」


 口からタバコが落ちた。

 更に炎が上がる。2階の屋根からだ。


「おい燃えてるぞ!」

「出ろ! 逃げろ!」


 中にいた刑事たちが大慌てで飛び出してきた。

 何かが飛んできて2階の窓に突っ込んだ。パリン、という音がして、同時に爆発みたいな火柱が上がった。


「爆弾!?」

「どこから!?」


 周りを見る。いた。近くのアパートの上。赤い着物を着た女が、火炎瓶を持っていた。


「いた! あいつだ!」

「そこのキミ! 降りてきなさい!」


 大麦が呼びかけるが、着物の女は無視してどこかへ行ってしまった。

 そんなことしてる間に、炎は物凄い勢いで燃え広がっていた。もう1階まで燃えてる。ヤバいヤバい。大火事だ。


「消防車呼べ、消防車!」

「全員いるか!?」

「はい! ですが証拠品がまだ……」

「いいんだよンなもんは! 命が大事!」


 中にいた刑事たちは全員脱出できたらしい。とりあえず一安心か?


「離せ! 離せぇぇぇ!」

「おいやめ、危なッ!」


 わめき声。見ると、住んでた爺さんが燃えている家に戻ろうとしていた。刑事の一人が必死に抑えている。


「俺の、俺の家だ! 俺のものだぞ!

 60年間守り続けた、俺の家だ! 壬午苑さんに守れって言われたんだ!

 これしか無いんだ! ここを守るのが俺の人生なんだ! 離せ、官憲ども!」


 めちゃくちゃに暴れた爺さんの頭が、羽交い締めにする刑事の鼻に当たった。刑事が怯む。その隙をついて、爺さんは刑事を引き剥がすと、燃える家の中に飛び込んでしまった。

 ヤバい、と思う間もなく、アジトは音を立てて崩れてしまった。60年くらい建ってたらしいアジトは、タバコ1本燃え尽きる前に崩れて無くなってしまった。



――



「アジトは焼けたで。ただ、資料のいくらかは持ってかれたみたいや」


 大阪、重欧寺ビル。豪奢な会長室では、石黄と壬午苑が向かい合って座っていた。


「やむを得まい。今回は先手を取られたのだ。資料が全て相手に渡らなかっただけよしとしよう」


 苦々しげな石黄に対し、壬午苑は平静そのものであった。


「せやけど、あのアジトを見張っとった……あの、アンタの部下も焼け死んだそうや」

「そうか。彼が死んだか」


 壬午苑は立ち上がり、ワインクーラーから瓶を1本取り出した。車が買える程の値段がついたワインだ。それを手元のグラスに注ぎ、高々と掲げる。


「彼は革命の当初から共に歩んできた、得難い同志であった。最後の闘争のための礎となった彼に、今、この盃を捧げよう」


 壬午苑はグラスの中の赤いワインを一息に飲み干した。空になったグラスを置くと、もうそれには見向きもせずに、壬午苑は石黄と話し始めた。


「それで、何故警察があのアジトを捜索したか、わかったか?」

「どうやら曜んとこの息子が、あのアジトに行ったとか言い始めたらしい。一応聞いとくけど、そんな事あらへんやろ?」

「当然だ。同志でもない人間をあそこに近付けることなどありえん。恐らく警察がむりやりに供述させたのだろう。

 輪堂君に敵対する者たちが警察の中にいると聞いている。彼らが卑劣な取引を用いて偽証させたに違いない」

「ってことは、今回の捜査は輪堂を追い落とすため、って事か……。

 ヤバいんとちゃうか。アイツが今まで隠してきた事件を掘り返されたら、ウチらの事もバレてまうかもしれへん」


 壬午苑たちがこれまで自由に動けていたのは、輪堂が睨みを利かせていた所が大きい。その輪堂が失脚すれば、動きが制限されるどころか、革命の計画が発覚しかねない。


「仕方ない。彼にはこれまでの記録を破却した上で、身を隠してもらおう」

「ええんか? 自分が悪いって認めるようなもんやで? もう警察は使えなくなる」

「承知の上だ。既に計画は最終段階に入っている。工事を進め、爆薬を設置するだけだ。

 今までは輪堂君の力で隠蔽しつつ、慎重に進めていたが、ここからは速さを優先しよう」


 警察に阻止される前に工事を進め、東京を爆破する。賭けではあるが、分は悪くない。

 何しろ警察は爆破テロが計画されていること自体を知らない。輪堂が行方不明になっても、せいぜい汚職に関わっていたくらいにしか思わないだろう。

 更に、計画に辿り着くための手がかりは、アジトから押収された資料の一部のみ。完全に揃っていたとしても、要となる現場の位置は秘匿されている。


 計画が発覚し、捜査が行われ、現場に突入される。その時間が来る前に、工事を終えて革命を達成する余裕は十分にあった。それでも食らいついてくるならば、切り札を切ればいい。


「怪異どもは必要になるまで待機させよう。警察はこれを怪異案件だと判断している。ならば、怪異が出てこなければ混乱するだろう」

「工事は河童どもやのうて、人間に頼まなアカンか。弱みを握っとるゼネコンを動かしたるさかい、存分に使っとくれ」


 革命は最終局面に入った。壬午苑と石黄は、最後の詰めを確認し、密談を進めていく。

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