幕間

ロンギヌスの竹串

 さて、今日も元気に働くか!


「休みなさい!」

「大鋸くん、休んで」

「えー」


 チェーンソーを持って屋敷を出ようとしたら、メリーさんとアケミに止められた。

 病院からやっと退院して、ようやく山に入れるっていうのにまだ休めなんて、いくらなんでも酷くないか。


「昨日退院したばっかりでしょ? まだ休んでた方がいいよ」

「あそんで!」

「しかしな、山の……ほら、いろいろ片付けとか手入れがあるし」

「それは万次郎さんたちがやってくれたって」


 そういやそうだ。草刈りや木の乾燥はもとより、山小屋に隠してある死体の処理なんかも村のプロたちが全部やってくれたらしい。

 ありがたいにはありがたいけど、俺の仕事がない。


「そしたら、一応確認だけでも……」

「だーめ。今日はお家でゆっくりしよ?」

「たこ焼きパーティーの準備をしてるわよ!」


 押し通ろうとするけど、アケミに肩を抑えられて動けない。


「それとも、私たちと一緒にいるのがそんなに嫌、なのかなー?」


 手に力を入れるな。痛い痛い。パワーはお前の方が上なんだから。

 しかし参った。家から出られないのは辛い。


「嫌じゃないんだけどさ」

「うんうん」

「じっとしてると、どうしても傷の痛みが気になって……」

「あー……」


 こうしてる間も、ロンギヌスの槍の傷がズキズキするんだ。



――



 結局屋敷からは出してもらえなかった。退院したばかりじゃまだ調子が戻ってないから、山に行ったらケガをするって言われたらしょうがない。

 しかしそうなると、やる事がない。せっかくだし使ってない部屋の掃除とか修理とかをしようと思ったけど、万次郎さんたちが全部やっていたらしい。家の中がピカピカだ。

 家事をしようにもアケミが手伝わせてくれない。そこは手伝った方が早いだろ、と思ったけど手を出すと怒られる。

 不思議に思ってテレワークしてる雁金に聞いてみると、そっけない返事が帰ってきた。


「アピールタイムでしょ」


 なんだそりゃ。


 ちなみに雁金はまだ屋敷にいる。ナチスの連中はもう来ないと思うんだけど、念には念を入れて、ってことらしい。

 確かにアパートに戻るよりも、この屋敷に残ったほうが安心だ。何しろチェーンソーの猫に守られている。安心の猫セキュリティ。ネコム……?


 仕事がないならバイクや車やチェーンソーをいじるか、と思ったんだけど、ここで槍の呪いが邪魔をしてくる。痛くてとにかく集中できない。

 痛いのが苦手って訳じゃないんだけど、ちっとも痛みが引かないとなるとしんどい。夜寝る時までこんなんだから、中々寝付けないし眠りが浅い。

 ナチスの連中、本当にろくでもないものを使いやがって。見つけたら全員山に埋めてやるからな。


 結局、チェーンソーをちょっとメンテナンスするだけで集中力が切れた。かといって何もしないと、それはそれで痛みが気になる。

 サブスクで配信している映画やマンガでも見ようかな、と思ったけど、見たいものを探している間に体がズキズキ痛んで見る気が失せる。

 だから働きに出たかったんだ。体を動かしている間はある程度痛みが紛れるから、昼間だけでもごまかしておきたかったんだよ。入院で体力が落ちてるのは確かだから、メリーさんたちが心配するのもわかるけど……。


 考えてたらまた傷が痛んできた。ポケットからタバコを取り出し、火を付ける。煙を吸い込むと、少しだけ痛みが紛れた。あと、頭もぼんやりするから痛みをごまかすにはうってつけだ。

 おかげでついつい吸ってしまう。いつもの2倍のペースだ。昨日まで入院してて中々吸えなかったから、余計に煙を美味く感じる。体に悪いとわかっちゃいるけどやめられない。


 タバコの煙をくゆらせていると、パタパタと足音が近付いてきた。多分、メリーさんだ。


「ひすいー」


 ガレージにやってきたメリーさんは俺の名前を呼んだけど、それからピタリと固まった。


「どうした?」


 振り返る。メリーさんはドアを開けた姿勢のまま、口をへの字に曲げて、眉間にシワを寄せている。

 なんだろう、と思っていたらボソッと呟いた。


「……くちゃい」


 そして、そのままトコトコと走り去っていった。


 ……タバコだよな。タバコだよな!?



――



「くちゃい」

「けむい」

「変な臭い」


 夕飯の準備ができたっていうからリビングに戻ったら、3人揃ってこの言い草。俺は泣く泣く風呂場へ逃げるしかなかった。

 この屋敷で4人で暮らし始めてから、どうにも立場が悪い。家にいるのに身だしなみに気を使わなくちゃならないし、そんなすぐにやらなくてもいい家事の手伝いをさせられるし、女の子のプライベートエリアだとか言って家のあちこちを出入り禁止にされている。

 部屋にノック無しで押し入るような真似はマナー違反だとわかるとして、洗面所に出入りできる時間が決められてるってどういうことだ?


 ともかく風呂に入る。タバコの臭いがわからないよう、念入りに体を洗っておいた。

 ……槍の傷がしみないのは助かった。物理的には塞がってるから、これ以上痛くはならない。これで風呂に入れなかったらいよいよ限界だ。


 パジャマに着替えてリビングに戻ると、テーブルの上に見慣れない器具が置いてあった。ホットプレートみたいだけど、乗っている鉄板には丸いへこみが何十個もついている。たこ焼き器だ。

 こんなものを買った覚えはない。ひとり暮らしでたこ焼きパーティーは寂しすぎる。この屋敷に置いてあったとも考えにくい。


「誰が買ったんだ?」

「私!」


 メリーさんが勢いよく手を上げた。通販か……。


「こんなの買ってどうするんだよ。飽きたら邪魔になるだけだぞ」

「それがね、これ、たこ焼き部分を外して普通のホットプレートにも使えるし、底が深いからお鍋にも使えるの。すき焼きだって作れるんだよ?」

「高性能!」


 アケミもノリノリだった。メリーさんは得意げだ。まあ、俺が金を出したわけじゃないし、使い道があるなら別にいいけどさあ……。


「早く座って! たこ焼き作ろ、たこ焼き!」


 メリーさんがはしゃぎまくっているので、さっさと座る。するとメリーさんは、割り箸を突き刺したてるてる坊主を取り出し、たこ焼きプレートの凹みをつつき始めた。


「……何してんだ?」

「油!」


 ああ、プレートに油を塗ってるのか。この形じゃフライパンみたいに垂らして引いたりできないからな。割り箸をぶっ刺したてるてる坊主を使うのもおかしくない。

 こういうのってプロの店だと年季の入った綿とか使ってたっけ。見てるはずなんだけど思い出せないな。


 油を塗ったたこ焼きプレートに、アケミが生地を流し込む。そして雁金が刻んだ具材をへこみに入れていく。


「先輩、タコを!」

「タコ?」


 見ると、一口サイズに切られたタコが皿の上に乗っていた。これを入れるのか。っていうか、雁金が持ってる具材の中に入ってるんじゃなかったのか。

 とにかくタコを箸でつまんで、どんどん入れていく。全部のへこみにタコが行き渡ったところで、アケミが生地を更に流し込む。


 後はひっくり返して丸めるだけだ。それは誰がやるのか、と思っていたら、全員に竹串が配られた。セルフでやるんだな。


「こっからここまで、4等分だからね」


 メリーさんが竹串でそれぞれのたこ焼きエリアを指し示す。自分の分は誰にもひっくり返させない、というこだわりを感じる。ここが一番楽しみだったんだろうな。見るからにワクワクしている。

 まあ、邪魔するつもりはない。俺は俺のたこ焼きをひっくり返すだけだ。


 ところでいつごろひっくり返せばいいんだ、と思っていたらメリーさんが動いた。竹串をへこみの端に突き入れ、たこ焼きを丸く整えようとする。

 もういいのか、と思ったらアケミが叫んだ。


「メリーさん、まだ早い!」

「あっ」


 アケミが言った通り、たこ焼きをひっくり返すには早かった。メリーさんが手を出したたこ焼きは、途中で崩れてぐちゃぐちゃになってしまった。


「溢れた生地が固まってから、って言ったじゃない」

「むー!」


 どうやら我慢できずに手を出してしまったらしい。つられなくてよかった。

 それから少し待っていると、溢れた生地を竹串でつついたアケミが言った。


「うん。これならもうひっくり返して良さそうだねー」

「よし来た」


 みんな一斉に竹串でたこ焼きをひっくり返し始めた。俺の華麗なたこ焼きテクニックを見せてやる。いや、初めてだけど、多分大丈夫だろう。

 竹串をたこ焼きと鉄板の間に刺して……いやここはまだ柔らかいな。だったらこっちの方を、あっ、くっついた。うーん、たこ焼きが崩れないように、そーっと、そーっと……うぐ、ロンギヌスの槍の呪いが、あっ、手元が!


「あーあーあー」


 たこ焼きが崩れた。雁金が、何やってるんですか、という顔でこっちを見てくる。


「違うんだ。ロンギヌスの竹串が悪い」

「は?」


 更に何言ってんだ、って顔をされた。確かに意味不明だけど、頭の中で混ざったんだよ。わかれ。


 その後も頑張ってたこ焼きをひっくり返そうとしたけど、中々上手くいかなかった。油が足りなかったのが原因だ。あと、いいところで体が痛むものだから手元が狂う。キリストはたこ焼きが嫌いなのか?

 しかし、俺よりも酷かったのがメリーさんだ。半分以上のたこ焼きが残骸になっている。向こうは単純に不器用だ。最後の方は自分の分をさっさと終わらせた雁金にやってもらっていた。

 そして、アケミ。


「こっちは別の意味で酷い」

「なんでえ……?」


 形はちゃんとしていたけど、焦げてる。早くひっくり返せって何度も言ったのに、もう少し火を通したほうがいいとか言ってたこ焼きプレートから下ろさなかった結果がこれだ。何でそんな慎重になっちゃったんだよ。


 結局、マトモなたこ焼きができたのは、得意げな顔で青のりとかつおぶしを振りかける雁金だけだった。

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