リアル(1)
雁金に電話してから3日が経った。あれっきり返事はない。だけど、アイツが何かをしているって予感だけはある。
実際、陶からも文句を言われた。九段下さんの占いの結果がメチャクチャになって、俺が何かやらかしたことがわかったらしい。雁金に自分から電話したと伝えたら、物凄い怒られた。ホントごめん。
今日は自分の山の木を切っている。木をチェーンソーで切って、倒れた木を重機で麓まで運ぶ。そして切り株を重機で引っこ抜く。何年も続けている作業だ。プロのチェーンソーとしての仕事はいろいろあるけれど、基本的にはこれが本業だ。
いつも通りの生活をして心を落ち着ける。そうして雁金を待ち構える。多分、正面から雁金を受け止めるならこれが一番いい。
しばらく仕事をしていると、森の向こうに人影が見えた。誰かいる。困ったな。ここは私有地だ。山の持ち主からは、人が入ってきたら追い出せと言われている。実際、山菜採りのお婆ちゃんや、産廃の不法投棄に来た業者なんかが来て、お引取り願ったことはある。
俺は溜息をついて、チェーンソーを手にとって人影の方へと歩いていった。人影は立ったまま動かない。逃げようともしないし、近付いてくる様子もない。
妙だな。不法侵入者は大抵逃げようとするか、こっちに声をかけてくる。何もしないで待っているっていうのは初めて見る反応だ。俺に気付いていないのだろうか。いや、顔はこっちに向けてる。あの顔は。
くせっ毛の女。度の強い眼鏡をかけていて、レンズの向こうのタレ目が大きく見える。緑色のフード付きジャケットに、同じ色のズボン。見間違えるはずがない。雁金だった。
俺が雁金の顔を認識したのと同時に、あいつは手に持っていたショットガンを俺の方に向けてきた。
「なっ!?」
とっさに横の茂みへダイブする。銃声が響いた。さっきまで立っていた所を散弾が通り過ぎて、近くの木に無数の散弾が突き刺さった。
嘘だろあいつ、撃ってきやがった!?
雁金の足音が近付いてくる。慌てて立ち上がり、身を低くしてその場から離れる。逃げる俺に対して、雁金は更に散弾を撃ってきた。
「待て、雁金! 俺だ! 大鋸だ!」
走りながら後ろに向かって呼びかける。返事は銃声。聞こえてないはずがない。あいつ、俺だってわかって撃ってきてる!
チクショウ、ミスった! まさかいきなり撃ってくるなんて思わなかった! せめて声をかけてくるとか、それくらいはやると思ってたんだけど……そこまで本気だったのか!?
上り坂を走って逃げていると、いきなり体に何かが絡まり、足を止められた。
「なん……だっ!?」
見ると、木と木の間に有刺鉄線が張り巡らされていた。それが俺の全身に絡みついている。雁金の罠だ。あいつ、ここに俺を誘い込んで、ってことは……。
振り返ると、銃を構えた雁金がそこにいた。ゾッとするほどの無表情――いや、無関心だった。
とっさに、両腕で顔を覆ってガードした。
銃声。衝撃。体が有刺鉄線に押し付けられ、跳ね返されて地面にうつ伏せに倒れた。
足音が近づいてくる。雁金に違いない。ショットガンのポンプがガシャン、と音を立てた。
その音を合図に俺は動いた。四肢に力を込めて、ほとんど四足歩行で這うように雁金へ突進する。
銃声。散弾が背中をかすめた。何発か当たったかもしれないが、服は抜かれていない。さっきの銃撃も同じだ。両腕と胴体に散弾を浴びせられたが、傷は負っていない。
この防刃作業着はチェーンソーのプロ御用達の特別製だ。拳銃弾ぐらいなら食い止める。弾が貫通しないってだけで、衝撃と痛みはモロに受けるんだが、我慢すればいい。
雁金が次弾を放つ前に、俺は雁金の懐に飛び込んだ。勢いのまま体当たりし、そのまま地面に押し倒す。ショットガンは雁金の手から離れて、地面に転がった。雁金に向かって俺は叫ぶ。
「待て! 雁金、何考えてんだお前!?」
「がっ! ぐうぅ! はな、せぇ!」
雁金は本気で抵抗してくる。腰からピッケルを引き抜いて、俺の脇腹を刺そうとしてきた。手首を抑えてそれを止める。雁金はなおも暴れて止まらない。やむを得ず、俺は左腕で雁金の喉を抑えた。
「ぐえっ!?」
「雁金! 正気に戻れ! でないとこのまま殺すぞ!?」
「ぐ、ふっ……!? げほっ……!」
人殺しは今に始まったことじゃない。慣れてる。もし、このまま雁金が死んでも、いつも通りバラして、乾かして、埋めるだけだ。だけど、できることならそうしたくはない。
雁金は俺の腕を引き剥がそうとするが、体格差は覆せない。だんだん動きが鈍くなってきた。
「嫌ぁ……死にたく、ない……!」
雁金は絞り出すような悲鳴を上げる。
「だったら大人しくしろ! どうしたんだお前!?」
「怖い! 怖い! 助けてください、先輩! 怖いのが来るんです! どうして、私が、私だけ!? どうして!? どうし――」
悲鳴が止まった。意識が落ちたのかと思ったが、雁金はまだ起きている。目を見開いて震えている。
固まった視線は俺ではなく、俺の後ろ、中空を見て――。
「ドウシテ?」
背筋が泡立った。背中に誰かが、いや、何かが覆いかぶさっている。
気付いた時にはもう手が出ていた。左手で放った裏拳は、後ろにいる何かの顔面にめり込んで、吹き飛ばした。
起き上がり、チェーンソーを構える。それから初めて、そいつの姿を確かめた。
ドロドロに汚れた白装束を着て、ボサボサの髪を腰まで伸ばし放題にしている。顔は見えない。長く伸びた髪で隠れているし、辛うじて見える部分にも御札が貼り付けられている。
両腕は枯れ木のように細く、死体のように白い。そして右手にはチェーンソーを持っている。
人間じゃないのは一目でわかった。バケモノだ。
「てめえ……」
チェーンソーのエンジンを掛ける。
「どこから出てきやがった!?」
チェーンソーを振り上げ、バケモノに飛びかかる。唸る回転刃が化物の頭に振り下ろされる。
だが、チェーンソーの刃はバケモノの体を通り抜けた。斬ったわけじゃない。手応えがない。まるでそこに何もないかのようだった。
そしてバケモンが反撃のチェーンソーを放つ。右から無造作な斬撃を1発。
「おうっ!?」
重い一撃。後少しでチェーンソーを弾き飛ばされるところだった。只者じゃない。大体、こっちのチェーンソーは当たらないのに向こうのは普通に当たるって、なんだそれ。理不尽だ。
「なんだお前は!?」
「『
雁金の声。振り返る前に、撃たれた。
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