リアル(2)

 左半身を金槌で殴られたような衝撃。遅れて激痛がやってくる。気が付くと地面に倒れていた。痛すぎて意識が飛んだか。

 目を開ける。顔を札で覆ったバケモノが、チェーンソーを振りかざしている。


「おおおあああっ!?」


 悲鳴混じりの咆哮をあげる。転がってチェーンソーを避ける。立ち上がり、雁金とバケモノに背を向けて走る。

 銃声とエンジン音が追いかけてくる。木々の間をジグザグに走り抜ける。時折、近くの木が散弾を受けて破片を撒き散らす。

 体が痛い。走りながら確かめる。太ももから脇腹にかけてズキズキする。弾は防刃作業服を貫通しなかったけど、衝撃でどこかの骨にヒビが入ったかもしれない。しんどい。

 振り返る。雁金と化物は並んで追いかけてきている。あの『リアル』とかいうバケモノは雁金を襲うつもりはないみたいだ。

 雁金に取り憑いてるのか? ……ああ、そうか。あれが例の、雁金に取り憑いてる神様か! ふざけやがって!

 怒ってはみたものの、正直マジでヤバい。雁金は銃を持ってるし、リアルは馬鹿力でチェーンソーを振り回してくる。おまけにリアルにチェーンソーが効いてない。『とーきのぼー』みたいだ。このままじゃどうしようもない。


 どうする、と焦っていると、不意に周りの様子が変わった。背の高いアカマツの林から、背の低い桜の林になっていた。桜はどれも満開で、花びらが風に吹かれている。

 ここは、どこだ。俺の山は松林だ。桜なんて知らない。

 ……いや、あった。桜がある場所が。だけど、ここがそうだとすると、今度はこの光景に説明がつかない。あの桜は一度も咲いたことがないはずだ。

 しかし、ここがあの場所なら。勝ち目ができた、かもしれない。


 後ろからエンジン音が近付いてきた。俺は桜林の中に逃げ込んだ。立ち並ぶ桜の木の1本に身を隠す。チェーンソーのエンジンを切って、首にかけてたタオルで口元を覆った。少しでも呼吸を抑えるためだ。

 雁金と化物が桜林に踏み込んできた。雁金は銃を構えて慎重に、化物はチェーンソーをぶら下げて、ゆらりゆらりと進んでいる。


「雁金ェ! 聞こえるか!?」


 叫ぶ。声が桜林に木霊する。雁金は銃を構えるが、俺がどこにいるのか見つけられていない。そりゃそうだ。隣のリアルのチェーンソーがうるさくて、聞き耳を立てられないからだ。


「なんですかぁ!?」


 雁金が返事をしてきた。どうやら、取り憑かれていても会話はできるらしい。なら、できるだけ喋ってもらう。


「そいつはなんだ!?」

「だから『リアル』ですって!」

「『リアル』ってなんだ!?」

「本物ですよ! 本物の幽霊です! 綺麗にオチがついた都市伝説や怪談なんかじゃない、現実の幽霊です!」


 なんだそれ。


「……怖いのか?」

「当たり前でしょう! 怖いですよ! すっごく怖いんですよ!? ちょっとでも怖い思いをしたら、どこにでもやってきて、怖がってる私をジロジロみてニヤニヤ笑ってる!

 それに、誰も敵わないんです! いろんな神社やお寺に行きましたけど、気付きもしませんでしたから! 気付いた人もいましたけど、何にもできずにバラバラになっちゃいました!

 これが『リアル』なんですよ! 凄い霊能者も、家族の絆も、愛も、なぁんにも役に立たない! 一度取り憑かれたら死ぬまで一生そのまま! ね、恐怖リアルでしょう!?」


 肺の空気を絞り出すかのように、一気に喋り倒す雁金。その声は狂気的で、そして震えていた。

 いつもの雁金じゃなかった。いつもなら、その話は知ってるだの、銃で撃てば死にそうだのと言って、どんな怪談を聞かせても平然としているはずだ。そんなあいつが、ここまで追い詰められていたなんて、想像もできなかった。


「初めて見るよ、お前がそんな風にビビってるの」

「そうでしょうね! あなた、先輩じゃありませんものね!」


 俺の言葉に雁金は怒鳴り返した。


「偽物なんでしょう、あなたも!? 今までもいっぱいいましたからね! みんなバラバラになっちゃいましたけど!

 返してくださいよ、先輩を! 私には先輩が必要なんです! 先輩はね、とっても優しい人なんですよ! こんな私にも大丈夫、きっと助けるって言ってくれました! 先輩さえいれば、『リアル』だって怖くないんです!

 だから、返し、ゲホッ、返してくださいよ!」


 雁金の呼吸が乱れ始めた。もう少しだ。もう少しなんだが……それどころじゃなくなった。


「なあ、雁金。話は変わるんだが」

「なんですか!?」

「桜の下に死体が埋まってる怪談って、知ってるか?」

「は?」


 俺の目の前の地面から、腐った腕が突き出している。そいつは、何かを手探るように動いている。

 更に土が盛り上がり、中から腐った死体が現れる。それも1体じゃない。見える範囲に何十体もいる。どう見ても生きていないそれらが、立ち上がり、両手を突き出して俺に向かってくる。まるでゾンビだ。いや、まるでじゃない。完全にゾンビだ。


「え、やだっ、ちょっと、これなんですか!?」


 雁金と『リアル』の周りにも、同じようなゾンビが現れている。あっちの方がずっと多い。


「だから、『桜の下に死体が埋まってる』怪談だよ。あるだろ、そういうの?」

「確かに聞いたことありますけど……ここはあなたの山でしょう!? あなたが埋めたって言うんですか!?」

「ああ」


 そうだ。雁金には話してなかったけど、この山は材木用の松林であると同時に。


「ここは死体の最終処分場だ」


 ゾンビたちが襲いかかってきた。チェーンソーのエンジンを掛けて迎え撃つ。先頭のゾンビに回転刃を振り下ろすと、ゾンビはあっさりと真っ二つになった。腐ってるだけあって脆い。チェーンソーをブンブン振り回すと、面白いぐらいにゾンビたちが細切れになっていく。

 銃声が連続して鳴り響いた。ショットガンがゾンビたちを次々に吹き飛ばしている。だが、ゾンビたちは物量に任せて雁金に殺到する。

 それらを纏めて挽き肉に変えるのが、『リアル』のチェーンソーだ。恐ろしいパワーとスピードで、ゾンビたちを元のバラバラ死体に変えていく。


「どうだ? こいつも怖いか、雁金!?」

「怖いっていうか……ゲホッ、なんですかこれ!? どれだけ死体があるんですか!? 多すぎますよ! 全部あなたが埋めたんですか!?」

「全部じゃない。俺の前の管理人と、その前と、更にその前と……とにかくずっと昔から埋め続けてきてる」

「ハァ!?」

「あんまり大声じゃ言えないけどな。チェーンソーのプロっていうのはそういう仕事なんだよ。いや、林業もちゃんとやってるぞ? それ以外の仕事として、だ。

 いつの時代も人を殺すと大騒ぎになるだろう? だから死体を持ってきて、ここに埋めて行方不明扱いにしてるんだよ」


 チェーンソーが唸る。銃声が轟く。殺されて埋められたゾンビたちは、刻一刻とその数を減らす。


「多分、そこの幽霊が来たせいで、これも怪談話になったんだろうな。いつもは咲かない枯れ桜が、死体が蘇る時だけは満開になる。怪談にはおあつらえのシチュエーションじゃないか?」


 雁金からの返事はない。銃声も止んだ。


「で、こっからは怪談じゃなくて現実の話だ。 死体って要するに肉だからさ。乾燥させて粉々にしても、腐ったヤツから危ない菌とかガスが湧くんだよ。

 お陰でこの辺りの草は全部枯れちまってな。見ての通り、枯れた桜とヤバいガスしかない不毛の地になっちまった」


 雁金の方へ向き直る。大勢いたゾンビは全員倒れている。その中心で、雁音が膝をついて座っていた。青い顔をして口元を抑えている。


「そんな所で大声で叫んで、一暴れしたら、毒が回ってそうなるよな」

「ゲホッ……最低、です……!」


 狙い通りだ。多分、今の雁金の視界はメチャクチャになってて、銃の狙いなんてつけられないだろう。俺も初めてここの瘴気にあてられた時はそうだった。

 毒が回る早さには個人差がある。『殺生石』の毒ガス地帯で戦った時、雁金はあっさり倒れたけど、俺はしばらく持ち堪えた。それに俺はここの毒ガスに慣れてるから、雁金の方が早く倒れると予想していた。

 これで雁音は無力化できた。


「……さて」


 俺は雁金の隣に目を向ける。『リアル』はそこに立っている。妖怪だ。毒が効かないのも当然だな。それにゾンビたちの攻撃で傷付いた様子もない。さっきすり抜けたチェーンソーといい、何かからくりがありそうだ。


「おい雁金。ひとつ質問だ」

「なん、ですか……?」

「そいつと俺、どっちが強い?」

「は?」


 雁金は、ぽかんと口を開けている。


「どっちが強いかって聞いてんだよ、答えろ」

「こ……こっちに決まってます!」

「なんでだ」

「なんでって……決まってるじゃないですか! 恐怖リアルですよ、恐怖リアル! 最後には丸く収まるお話なんかじゃないんです!

 誰も敵わなかったんですよ!? 先生だって、先輩だって、林さんだって、みんな、みぃんなバラバラにされちゃったんです! あなたなんかが敵うわけないじゃないですか!?」


 なるほど。それなりに場数は踏んでいるらしい。ただ気になることがひとつある。


「そいつらはチェーンソーを持ってたか?」

「は?」


 また雁音が固まった。毒が回ってるからか、返事が遅い。少し間があって答えが帰ってきた。


「持ってません、でしたけど……」

「なるほど。なら試してみるか」


 物理チェーンソーのエンジンを掛けて、構える。


「お前の恐怖リアルと俺の物理リアル、どっちが強いかなぁ!」

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