雁金朱音(4)

 私がお寺を出てから3ヶ月後、先生は他界されてしまいました。

 本当に優しくて、いろんな事を教えてくれた人でした。できれば、幽霊の話抜きでお会いして、いろいろ教えてもらいたかったです。

 冬休みになったらお墓参りに行こう。そう思っているうちに2ヶ月が経ちました。

 ある日、私の家に手紙が届きました。先生のお寺からでした。四十九日を過ぎたら私に届くようになってたんです。

 中にはこう書いてありました。



――



 朱音ちゃんへ

 この手紙を読んでいるということは、私はもうこの世にはいないでしょう。

 悲しんでくれたかしら? それとも、そんなに気にしていないかしら? どちらでも大丈夫です。私は朱音ちゃんが怖い思いをしていなければ、それで構いません。

 でも、この手紙は読んでほしいと思っています。何故なら、私は朱音ちゃんに謝らなくてはいけないからです。


 あの日、朱音ちゃんがお寺に来た時、実は私、とても怖かったの。

 だって朱音ちゃんについてきたものは、とてもじゃないけど私の手に負えるものじゃなかったから。

 だけど朱音ちゃん、怯えてたでしょう? だから私も怖がっちゃいけないって、そう思ったから頑張ったの。


 もう心配いらないって言ったのは嘘じゃないわ。本当に、あなたの側にあの怪異の気配は無くなったから。

 でも、もし……もしもまた辛い思いをしたり、怖い目に遭ったら、すぐに霊場に行きなさい。あそこなら、いくらあの怪異でもそう簡単に手出しできないはずだから。

 あの霊場はね、私よりも力の強い人たちでもどうにもならない人たちのための最後の場所なの。朱音ちゃんもお会いしたでしょう? 子供の頃からずっとあの霊場にいる人や、沢山のお墓、それに怪異たち……。


 朱音ちゃん、初めてお寺に来た時に言ったこと、覚えてる?

 『あの幽霊はチラチラ出てきて、私のことを見てる。そんな気がします』って。

 その通りなの。本当に悪いモノはね、ゆっくり時間をかけて苦しめるの。決して終わらせない。ヒトが苦しんでいる姿を見て、ニンマリとほくそ笑みたいのよ。

 悔しいけど、そういうものに先生たちの力は及ばないことも多くて。目の前で苦しんでいても、何もしてあげられない事もあったわ。

 朱音ちゃんはなんとかして助けたかったから、頑張ったわ。でもね、どうしても祓えたって自信がないの。気配は感じないし、視えなくなったと思うけど、まだ安心しちゃダメ。安心して気を緩めるのを待っているかも知れないから。


 あの怪異は恐怖を縁にしてあなたを苦しめている。あなたが怖がれば怖がるほど怪異は力を増して、あなたと周りの人たちを苦しめる。そして恐怖というもののは、安心した時に与えるのが一番効果的なの。

 いい? 朱音ちゃん。決して安心しきっては駄目よ。でも怖がるのもダメ。怖いって感情に付け入ってくるから。いつでも胸を張って、怖いものなんてないって強気でいられる子になりなさい。

 先生を信じて。ね?


 最後に、ちゃんと教えておくわ。

 もしも、どうしても駄目になったら。あまりにも辛かったら、仏様に身を委ねなさい。

 朱音ちゃんを死なせたい訳じゃないの。でもね、もしもまだ終わっていないとしたら、朱音ちゃんにとっては辛い時間が終らないって事なの。


 嘘ばかりついてごめんなさい。

 信じてって言うのはムシが良すぎることはわかっています。

 それでも、仏様に、最後まで朱音ちゃんの事をお願いしていたのは信じてね。

 朱音ちゃんが毎日を健やかに過ごせるよう、いつも祈ってます。



――



 読み終わった時、手紙を取り落しました。手がブルブルと震えて、止まりませんでした。

 終わったって言ったのに。もう大丈夫だって言ったのに。

 気持ち悪い。汗が酷い。心臓がバクバクしてる。怖い。

 そう思った途端、あの幽霊の気配を感じました。あれが、どこか遠い所から近付いてくる気配が。

 なんにも終わってないって、理解しました。浄化されたなんて嘘っぱちだったって。ただ単に、今まで幽霊を怖がっていなかったから、存在が遠ざかってただけだって。


 理不尽でした。あの儀式をやった子はいっぱいいたのに、どうして私だけ?

 霊場であんなに頑張ったのに、どうして私は救われないんですか?

 挙句の果てに、私のせいで先生まで巻き込んでしまって。

 これが現実なんですか? 何かに取り憑かれたり、狙われたり、付きまとわれたりしたら、いつまで経っても終わらないんですか? どうにもならないっていうのがリアルなんですか?


 そんな事、信じたくありませんでした。

 だから、


 ええ。このとっても不幸なお話の主役は"Aさん"。私じゃなくて、ネットの向こうのどこかの誰かなんです。それに、語り部はAさんじゃなくて、Aさんに儀式を教えた"○○さん"にしました。だって私とは関係ないんですから。

 それで、そのお話をネットに書き込みました。いい感じに話題になったところで、自作自演で巨大掲示板やmixiにも拡散させました。その頃のネットは今よりもずっと猥雑で、下品で、怖いお話を面白がって拡散する人ばかりでした。ですから、とっても流行りましたよ? 今でも怖い話のまとめサイトに載ってます。


 でも、酷い人ですよね、この○○さん。Aさんの事を気遣ってるように見えますけど、Aさんの事を狭量で人の優しさに気付けない酷い人だって書いてますもん。そもそも、Aさんの心の中を勝手に決めつけて、それを怪談話の種にしておいて、「今更悔やんでも悔やみきれない」だなんて、ねえ? 謝罪してる自分に酔ってません?


 それに比べたら、私の先輩はいい人ですよ。私を危ない時に駆けつけて守ってくれて、私の幽霊の話を真面目に聞いてくれて。とっても優しくて素敵な方でした。

 幽霊が一番酷かった時、それでもなんとか生きていられたのは先輩のおかげでした。先輩と話している時は、幽霊も怖くありませんでしたから。その時だけは、恐怖リアルを忘れていられたんです。


 だから、お礼を言おうと思って、探しました。友達に片っ端から電話して、知ってる子を見つけたら、先輩が働いている会社を教えてくれました。それで会社の出入り口で待ち伏せて、先輩を見つけたんです。


 でも、その人は先輩じゃありませんでした。


 びっくりさせようと会社から後をつけて、帰り道で声をかけたら、やっぱり驚いてくれました。久しぶりに会って話して、嬉しくって嬉しくって。

 でもね、その人は私を見てすっごい怯えてたんです。「どうして?」って聞いたら、なんでまた俺の前に現れたんだって言ったんです。

 その人が言うには、私は悪霊に取り憑かれて死ねば良かったって。高校の時は箔付けのために付き合ってたけど、幽霊に取り憑かれたとか言って気持ち悪かったって言うんですよ。

 そんな訳ないでしょう? 先輩は私のために何度も電話してくれて、気を遣ってくれる優しい人です。

 あなたは先輩じゃない。どうしてあなたが先輩になりすましてるんですかって問い詰めようとしたけど、その人はバラバラになってたから、それ以上話は聞けませんでした。


 それで次は、林さんに会いに行くことにしました。あの人なら何か知ってると思ったんです。

 連絡先を知らなかったから、先輩のお友達に聞いたらわかるかなって思ったけど、中々見つかりませんでした。

 どうしようかなって考えてると、ある日、林さんの方から事務所に招待してくれたんです。夜道で急に車に連れ込まれたから、ちょっとびっくりしましたけど。

 林さん、社長さんになってたみたいです。部下の人が何人もいました。

 それで、どうして林さんを探してるのか訊かれたから、先輩を探してるって言ったんです。そうしたら、この前バラバラになった人が先輩だって言いました。その人は違いますよって答えたら、林さん、とっても驚いてました。

 林さんが言うには、先輩は私を林さんに売ったんですって。気持ち悪い彼女がいるから何とかしたいって話を聞いて、写真を見たら可愛かったから10万円で買い取ったって。

 それで、霊能者の真似事をして私を騙そうとしたら、ホンモノが出てきて酷い目に遭ったって。それで二度と近寄らないようにしてたのに、先輩を殺した上に自分を探してるって聞いて、慌てて私を捕まえに来たそうです。

 おかしな話ですよね。先輩が私を売るわけないじゃないですか。だからやっぱり林さんが嘘をついて、先輩をどこかに隠してるんですよ。どこにいるのか聞こうとしたけど、林さんも部下の皆さんもいつの間にかバラバラになってました。


 手がかりが無くなっちゃって、途方に暮れてました。でも1年後、本当に偶然、先輩に会ったんです。なんと、私が頑張って入学した大学に、先輩がいらっしゃったんです! 友だちに誘われて行った飲み会でお会いしました。これはもう奇跡ですよ!

 でも、その人も実は先輩じゃなかったんですよね。私と高校が違うとか言い始めて。幽霊とか気持ち悪いとか言うし。おかしいなって思ってたら、バラバラになって何も喋らなくなっちゃいました。きっと、この人も偽物だったんですね。

 そういう人が4人もいました。大学で2人、会社に入ってから2人。世の中、偽物が多すぎますよ。


 そして5人目、大鋸おおが翡翠ひすい先輩です。今度は本物だなって思いましたよ。幽霊が平気ですし、私のために怖い話をしてくれますし。それにとっても強いんですよ。クソデカきさらぎ駅でも、沢山の怪異から私を守ってくれました。

 ……でも、やっぱり偽物でした。私たちが通っていた高校を知らないって言ったんです。長野県出身だって。

 それじゃあ私の先輩はどこにいるんですか? やめてくださいよ、先輩がいなかったなんて。誰が私を守ってくれるんですか? お母さんもお父さんも、お寺の人も神社の人も、林さんもS先生も、誰もあの幽霊には手も足も出なかったんですよ。先輩だけです。先輩が居ないと、あの幽霊が来ちゃう!

 だから、次の先輩を探さないと。そのためには今の先輩を殺さないと。先輩は完璧じゃなきゃいけないんです。偽物なんていちゃいけないんです。完璧な先輩だけが私を守ってくれるんです。


 だから死んでください。大鋸さん。

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