シーズン8
ザ・ファブル
「しばらく仕事はとらん――。今年はアカン――。休業して1年ほどもぐる――」
「何その喋り方」
珍しく万次郎さんが屋敷にやってきた。相談事があるって言うから屋敷に顔を出したら、妙な喋り方で切り出された。
「そもそも仕事ってどれのことだ?」
「チェーンソーのプロの仕事や――。それ以外に何がある――?」
「林業」
「それも仕事ってちゃんと認識してたのね」
あ、喋り方が戻った。
「でも、それを言うためだけにわざわざ屋敷に? しかもメリーさんとアケミだけじゃなくて、雁金まで予定を合わせたのか?」
屋敷のリビングには、俺と万次郎さんだけじゃなくて、屋敷に住んでるメリーさんとアケミ、それに普段は仕事で区内にいる雁金までいた。
だから大事な話だと思ってたんだけど……休業のお知らせなら、電話で済むんじゃないのか。
「直接言わな……ちゅーより、今の状況だと、ちょっと電話を使いたくないんよ。あと、キミの今後に関わる話やから、保護者のコたちにも立ち会ってもらわなアカン」
「保護者ってそんな、子供じゃあるまいし」
メリーさんたちの方を見ると、全員ジト目で睨み返してきた。そんなに信用無いの、俺?
「……どうも翡翠クンは状況がわかっとらんようやから、まずそっから説明するわ。
この前の『全日本赤外套革命戦線』のテロ未遂事件で、ボクの親父が"行方不明"になったことは知っとるな?」
そりゃあもちろん。
「そして、『戦線』に協力してた官僚とか政治家は左遷された。その中には公安部長もおったし、検察官や裁判官もおった。
……で、困ったことに、この人たちがチェーンソーのプロの証拠隠滅に協力してたんや」
「あー」
チェーンソーのプロの仕事は、なるべく痕跡を残さないようにやってるけど、人が死んだり死にかけたりするからどうしても警察に目をつけられる。そういう時は、万次郎さんたち"政治"のグループが裏工作をやってごまかしている。
俺がチェーンソーで騒ぎを起こして警察に捕まっても不起訴で済むのは、この裏工作のお陰だ。
「じゃあ、今、先輩が警察に捕まったら……」
「そのまま刑務所行きやな」
実刑は困る。せめて執行猶予が欲しい。
「もちろん、ウチの村のシステムはチェーンソーのプロありきで出来上がっとる。いつまでも"暴力"無しじゃ"金"も"政治"も回らん。
せやからこれからしばらくは、政府内の工作ルートの組み直しに専念する。
だからその間はチェーンソーのプロの仕事はお休みやで、っていう連絡や」
「だったら電話でもいいだろ、やっぱり」
「……なー、翡翠クン。キミ、警察にマークされとるって気付いてる?」
「え、なんで?」
俺が警察に目をつけられてるって、どういう事だ。そんな悪いことは……いやしてるけど。マークされるような失敗はしてないぞ。
「ほら、この前の事件で警察に追っかけられたやろ。それのせいや」
「え、あれ? だって、あれは冤罪だって。もう警察もわかってんだろ?」
例の爆弾テロ未遂に関連して、俺はやった覚えのないヤクザ殺しや強盗の罪を着せられて、警察に追いかけられる羽目になった。それについては途中で警察の方が人違いって気付いて、濡れ衣は晴れたはずなんだが。
「ちゃうねん。濡れ衣以前に単純に危険人物やって思われとんねん」
「俺が何したって言うんだよ。法律に触れるようなことは……えっと、やってるけど、警察に見つからないようにやってるんだぞ」
「道路でチェーンソー振り回したり、コンビニでチェーンソー振り回したり、アパートでバルサン炊いたり、ここで不法侵入のおっさんを殴り倒したり、工事現場の違法建築を無断でぶっ壊したりしたのも、警察に見つからなかったって?」
「それは俺も被害者だよ!?」
いや、確かに警察のお世話になったけどさ……あれは相手が強盗とか、おっさんとか、怪異だったからしょうがなかったんだよ。
「そういう、ボクらの力でむりやり不起訴にした事件が、この前の冤罪事件で掘り起こされてもうた。それで警察は未だに翡翠クンをマークしとる。今も多分この家を見張ってるし、電話にも聞き耳を立てとる。せやからこうして直接会って話しとるんや」
確かにこの話を聞かれたら、警察どころか機動隊が突っ込んできそうだ。会って話さなきゃいけないってのはしょうがないかもしれない。
「そういう訳で、チェーンソーのプロはしばら休業。警察に疑われるようなことも禁止。ええな?」
「はいはい」
「それと、雁金さん。アケミちゃん。あとメリーちゃん。翡翠クンの事、しっかり見張っといてな」
「もちろん」
「任せてください」
「うん!」
「いや、見張るって、そんな子供じゃないんだし」
張り切る必要は無いだろ、と思ったら、全員にキッと睨まれた。
「それじゃあお聞きしますけど、先輩。これからしばらく人を殺さないって約束できますか?」
「ああ。警察には見つからないようにする」
「見つからなくても殺人は殺人なんですよ! わかってませんよね!?」
雁金にめちゃくちゃ怒られた。いや、なんで。見つからないならセーフだろ?
「ねえ大鋸くん。これから怪異に襲われたらどうする?」
「
「そうやって今まで何度警察に怒られたと思ってるのかな?」
アケミにも怒られる。
「じゃあ怪異が襲ってきたら黙って殺されろって言うのか」
「だ・か・ら。私が守ってあげるの。四六時中365日、いつでも側にいてあげる。近寄ってくる怪異は全部、大鋸くんの代わりにチェーンソーで真っ二つだよ」
それはそれで怖い。
「翡翠ー」
不機嫌そうなメリーさんが背中におぶさってくる。
「茨城の工場で、どうして鬼になったの?」
「ん? あれか……なんでだろうな」
警察に追いかけられて茨城の工場に追い詰められた時、頭に血が昇って大暴れした事がある。どうもその時、俺は怪異になりかけていたらしい。それも、『チェーンソーの鬼』とかいう、聞いたこともない奴に。
吉田が何か色々条件を言っていたけど、結局の所なんであんな事になったのかはわからない。業が深すぎて人間辞めそうになってるんじゃないか、とか言われたけど、人殺しくらいしかやってないのにそんな深刻な事になるのはちょっと考えづらい。
「じゃあダメ。鬼にならないってハッキリわかるまで、暴力禁止」
「大丈夫だって、そんな心配しないでも」
「鬼の翡翠は嫌い!」
……グサッと来た。メリーさんに嫌いって言われたの、これが初めてかもしれない。そう考えたら余計にキツい。
「わかったわかった! しばらくチェーンソーも暴力も禁止だ! それでいいんだろ!?」
「出かける時は3人の誰かを連れていくんやで。大丈夫、って思ってる時に怪異は襲ってくるもんやからな」
「あいつら家にも押しかけてくるんだけど」
「……しばらくここに住め。アケミちゃんとメリーちゃんがおるし、山も近いから安心やで」
それなら、と一瞬考えて、警察がマークしてる事を思い出した。
「万次郎さん。ここに住んだら、俺とアケミが外国人少女の誘拐犯って思われて、捕まる……」
「せやな――」
それ伸ばし棒にもなるんだ。
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