メリーさんは電気羊の夢を見るか?

「廃車」

「ヤダーッ!」


 東京郊外にある自動車工場を訪れた俺は、社長から死の宣告をもらった。


「まだ5万キロも走ってないんだぞ! ローンも残ってるんだぞ!? たかだか横転しただけで廃車とか、そんな酷いことある!?」

「それ以外にも銃で撃たれたり、何十人も人を轢いたり、無茶な運転したり、メチャクチャなこといろいろやってんだろうが! 諦めろ!」


 この前の事件で、俺の愛車の4WDは酷い目にあった。銃弾を撃ち込まれたとか、幽霊を何十匹も轢いたとかいろいろあるけど、一番の致命傷は筋肉の神に力づくで横転させられたことだ。運転席側の車体が酷いことになってる。

 それで修理に出そうとしたんだけど、車を見た瞬間突っ返されたり、警察に通報されたり、ブラックジャックで殴りかかられて見積もりすら出してもらえなかった。


 最後の手段で、この自動車工場にやってきた。ここは紫苑と沙也加の誘拐事件の時に壊れた車を直してもらったところだ。

 腕は良いし、その筋の人たちとも付き合いがあるので、変な壊れ方をしてても黙ってくれる。値段が高いだけのことはある、ありがたい工場のはずだった。


「廃車はないだろ、廃車は! 金ならいくらでも払うから直してくれ!」

「金があっても無理なものは無理だっての! これ間違いなくボンネットの中身がいろいろ歪んでるぞ!? 直してエンジンかけた瞬間、爆発してもおかしくねえ! っていうかそんなに金があるなら新車を買え!」

「ローンが残ってるのに捨てるなんてもったいないだろ! それにこのモデル生産終了してるし……」


 今の4WDは2世代前、平成の初めに売り出されたモデルだ。現行モデルはなんか、こう、丸っこくて好きじゃない。というか最近の車が全体的に丸っこい。やっぱ車は角ばってたほうが好きだ。


「やるならそれこそオーバーホールして、部品を精密検査して、在庫を問い合わせて……あーだめだ。考えただけでめんどくせえや。スクラップにしとけ」

「ぶっとばすぞお前」

「……真面目な話、2,3週間で終わる仕事じゃねえ。2ヶ月、いや3ヶ月はかかる。それに部品が揃わなかったらそこを改造しなくちゃならないし、それに合わせて他のパーツも調整しなくちゃならねえ。修理の範疇を超えた仕事だ。金も時間もかかるが、それでいいのか?」

「もちろんだ」


 しばらく車で出かける予定は無いし、どうしても車が必要なら、木材運びに使ってる軽トラを走らせればいい。


「しょうがねえ……見積もり出してくるから、ちょっと待っててくれ」


 そう言って、社長はカウンターの向こうに引っ込み、パソコンを操作し始めた。時間がかかりそうだ。


 残りのお茶をちびちび飲みつつ、ボーッと事務所の中を眺める。

 カウンターと接客用のスペースと、あとはよくわからない雑誌が置いてある棚くらいしかない、小さな事務所だ。

 カウンターの向こうはそのまま事務スペースになっていて、従業員の数だけ机とパソコンが置いてある。社長室すらない。本当に零細企業だ。

 事務所の外には作業場と車庫があって、そこで車の修理をしている。来る度に作業員が車を何かしてるから、それなりに仕事はあるらしい。作業員が3人しかいないから、対応できる数が凄く少ないけど。


 車をいじってる様子をボーッと見てると、違和感を感じた。見えてるものはおかしくない。何が変なんだろう、とちょっと考えて気付いた。音だ。

 工場の機械が動く音に混じって、何かの音楽が流れている。それも古い機械のピコピコ音で作ったメロディーだ。


 何の曲だっけ、と考える前に、ドアの外に動くものが現れた。羊にまたがった女の子だ。いや違う。羊型のオモチャの車にまたがったメリーさんだ。ピコピコのメロディーはオモチャの車から流れているらしい。

 そこでようやく、何の曲だか思い出した。『メリーさんのひつじ』だ。


 あれだ、遊園地に置いてある、100円入れたら音楽が流れて走り出すパンダカー。あのオモチャっていうか、アトラクションっていうか、遊具って感じの、アレだ。

 メリーさんがそれのひつじバージョンに乗って遊んでいる。何やってんの、ここ工場だよ?

 ポカーンとしてると、パンダカー改めひつじカーに乗ったメリーさんはドアの前を通り過ぎて見えなくなった。後を追って慌てて外に飛び出す。


「メリーさん何やってんだ?」


 声をかけると、メリーさんが振り返った。


「ひつじ!」

「どっから持ってきたんだそれ」

「裏にあった!」


 ひつじカーが『メリーさんのひつじ』を流しながら角を曲がり、建物の影に隠れて見えなくなった。追いかける。そんなに速くないから、歩いて追いつける。


「裏にあったって、まさか盗んだんじゃないだろうな?」

「盗んでないもん。ちゃんと貸してって聞いたから」

「誰に?」

「工場の人!」


 作業員は何やってんだよ。そもそもなんで、自動車工場にひつじカーが置いてあるんだ。

 そんな事を思いながらメリーさんの後を追いかけていると、作業場の裏に着いたところでひつじカーは止まった。100円だけでも結構走るんだな。

 ひつじカーから降りたメリーさんは、作業員のひとりにとことこ寄っていき、お礼を言った。


「ありがとう、楽しかった!」

「はいよ」


 あの人に借りたのか。俺もお礼を言いに行こう。


「なんかすいません、うちの子が変なこと言ったみたいで……」

「いいですよ別に。結局使わないで置いてある奴ですし」

「使わないの? じゃあ、ウチに持って帰ってもいい?」

「ダメだろそりゃ」


 あんなもん持って帰っても邪魔なだけだし、そもそも人のものを持ってっちゃいけません。


「あー……社長がOKって言うなら」

「いやいや」


 会社のものをそんないい加減に扱うなよ、と思ってたら、そこに社長がやってきた。


「あー、いたいた。見積もり出たぞ」

「どうも」

「しゃちょー! あのひつじちょうだい!」


 メリーさん、やめろよホントに。


「羊? ああ、あれか……タダは困るけど」

「いくら?」

「5万」


 安い。


「いやちょっと待ってくれよ。理由があって引き取ったやつだろあれ。そんな簡単に人に売っていいものなのか?

 なんかいわくつきとかじゃねえだろうな? まさか事故車か?」

「あんな遅い車で事故を起こせるわけねーだろうがよ。あれは練習台になると思って引き取ったけど、見込み違いだったんだ」

「練習台?」


 なんだそりゃ。


「ほら、これから電気自動車の時代になるだろ? こんな田舎の工場だけど、それでも持ち込まれると思うんだ。その時に、全然詳しくないから直せません、なんて事は言えないだろ。

 だから練習台として、閉園した遊園地からひつじカーを買い取ったんだけど、いろいろと中身が違いすぎた」

「買う前に気付けよ。未来の車がひつじカーと同じな訳ないだろ」

「いや駆動系は近かった。だが電子制御の部分が全然別物だった。あれじゃあ足回りの修理の練習しかできん」


 一部は同じなのかよ……ひつじカーと、電気自動車が……。


「捨てるにも金がかかるし面倒だからほっといたんだよな。貰ってくれるならありがてえ」

「じゃあ欲しい! 買う! お金ならあるもん!」


 何がそんなに気に入ったんだろう。ひつじか、ひつじなのか。メリーさんだけに。まあ5万くらいなら俺でもメリーさんでも払えるけど。


「それでねそれでね、改造してほしいの! まず色は真っ白に塗り直すでしょ。乗っててガタガタだから、タイヤとかも変えてほしいわ。それにスピードを出したいからシートベルトも……」


 おいこらメリーさん、勝手な注文をするんじゃない。



――



 工場に修理を頼んでから3週間くらいしたら、納車のお知らせが来た。2ヶ月とか3ヶ月とかかかるって言ってたけど、思ったより早く終わったらしい。大げさに言いやがって。

 俺は早速メリーさんと一緒に工場へ向かった。


「ご注文のお車です」


 技師の兄ちゃんが出してきたのは、真っ白に塗り直され、ナンバープレートがついたひつじカーだった。


「おい待て、俺の車は?」

「あれはまだまだかかりますよ。2,3ヶ月かかるって教えたでしょう?」

「そりゃそうだけど……いや、これを納車するのに3週間もかかったのか? 何したんだ一体」

「まあ足回りから塗装までいろいろですね。予算は青天井って言われたので、みんなで好き勝手いじくり回しました」


 金に糸目をつけないのはひつじカーじゃなくて、俺の車の方なんだけど。


「わーい! できたできた、ひつじができた!」


 そんな俺の心配をよそに、メリーさんはひつじカーによじ登ると、スイッチを入れた。『メリーさんのひつじ』の曲が流れ始める。そして横のレバーを倒すと、ひつじカーは走り始めた。

 時速40kmくらいで。


「ええ……?」


 いや速い速い。まだ加速してる。普通の車と同じくらいのスピードが出てるじゃねえか。


「何だよあれ」

「ご注文通り、公道を走れるレベルに改造しました。タイヤも国産の物を使って、吸い付くような足回りを実現しています。

 ギアは電気自動車の優位を生かした連続可変トランスミッション。停止状態から最高速度の時速80kmに僅か12秒で到達します。

 搭載楽曲は『メリーさんのひつじ』の他に『かごめかごめ』『通りゃんせ』『シャボン玉』など全10曲。更に『メリーさんのひつじ』についてはピアノアレンジ、ユーロビートアレンジ、メタルアレンジ、オーケストラアレンジなど8パターン用意してあります」

「注文通りか? 本当に注文通りか? 金はいくらでも出すからって、好き勝手に魔改造したんじゃないだろうな?」


 俺の質問には答えないで、技師の兄ちゃんは領収書を差し出してきた。

 ……やっぱり桁がひとつ増えてる! 好き勝手しやがったな!?

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