シーズン7
メリーさんが羊
床に毛玉が転がっている。
「何だこれ」
「私、メリーさん」
毛玉が喋った。
「は?」
毛玉が起き上がる。二足歩行の後ろ姿。振り向くと、顔の部分だけはメリーさんだった。それ以外は白いもこもこに覆われている。頭ももこもこのフードで覆われていて、なんか細い布がぴょこんと飛び出していて、耳みたいだ。
つまりアレだ。メリーさんがフード付きのもこもこした服を着て、こっちを見上げている。
「どこで買ったんだその服」
「アマゾン」
「ええ……?」
メリーさんは頬を膨らませて、階段を上って行ってしまった。多分、自分の部屋に戻ったんだと思う。
「あっ、おかえりー、大鋸くん」
代わりにアケミがキッチンから顔を出した。
「ああ……ただいま……」
正確にはここは俺の家じゃなくて、万次郎さんから預かってる屋敷なんだけど、おかえりと言われたらただいまと返すしかない。
いやそんな事はどうでもいいんだ。それよりも今の毛玉メリーさんが気になる。何だったのあれ?
「どうしたのー?」
「いや……なんか毛玉が、な……?」
階段を指差す。それでアケミは察してくれた。
「ああ、メリーさんの新しいパジャマ?」
「パジャマなんだ」
着ぐるみかと思った。
「そう。パジャマ。羊のパジャマなんだよねー」
「ひつじ」
めえ、って鳴くあの羊か。言われてみればもこもこだったし、耳も生えていた。羊と言えば羊には見えるが、それにしてはなんかこう、毛玉だ。
「この前テレビでやってたの。羊のパジャマ。それがすっごく可愛くてね、メリーさんが気に入って、欲しいって」
「それでアマゾンか」
欲しくなってワンクリック。便利な時代になったもんだ。
だけど、気になることがある。
「あんまり嬉しそうじゃなかったけど、どうなんだ?」
毛玉モードから二足歩行モードになった時のメリーさんは不機嫌そうだった。何なら、階段を上ってどっか行くまで不機嫌だった。
嬉しい時のメリーさんはぴょこぴょこ飛び跳ねたり、どたばた駆け回ったり、とにかく騒がしい。そうじゃないって事は、あのパジャマがあまり気に入らなかったってことだ。ワンクリックで欲しがったのに。
「それがねー」
アケミが困ったように笑った。
「買った時はね、ワクワクしてたの。本当だよー? だって本当にかわいかったもん。あの白いもこもこしたのを着た子が、ぱぱぱぱーっ、って走り回るんだもん」
「おう」
それがかわいいって感覚がわからないけど、とりあえず相槌を打っておく。
「それで通販で注文して、さっき届いて。着るっていうから早めにお風呂に入らせて。
で、着たらテレビ通りのもこもこだよ。メリーさんは大喜びだったし、かわいかった」
「そうか」
「本当にわかいかったんだから。あのもこもこしたのがぱたぱた走り回ってるんだよー。メリーさんもぴょんぴょんしてたし。
それにね、あのパジャマ、本当にふかふかで柔らかいんだよ。抱きしめるとあの感触がもう、ねー。そのままゴロゴロ転がりたかったけど、メリーさんが着てるから我慢したよー。
あーもー、思い出したらますますかわいくなってきた」
「おちつけ」
もこもことかわいいしかわからん。
「だから、そんなにかわいいんだったら、なんでメリーさんは不機嫌なんだ」
今のアケミの説明だと、メリーさんはあの羊のパジャマを気に入ってるはずだ。かわいいんだから。
「えっとねえ……」
少し考えてから、アケミは答えた。
「自分がかわいい格好してても見えない、って気付いたんだと思う」
「あー」
そりゃそうだ。服を着たらどう見えるかなんて、自分じゃわからない。いや、体部分はわかるけと、見え方が違うし。そもそも顔が見えない。それでも見たいっていうのなら鏡を見ればいいんだけど、この屋敷に全身が映るようなデカい鏡はない。
かわいいはずのメリーさんはかわいさを確かめられなくて、ふてくされる毛玉になっていたというわけだ。
「まあ毛玉がメリーさんならいいや別に」
「何だと思ったの?」
「毛玉の妖怪」
「何それ」
「何か、いなかったっけそんなの? マンガであったと思うんだが」
「いたかなあ……」
いたと思うんだよな、白い毛玉の妖怪。
「んー。ところで大鋸くん。夕飯食べてく?」
「ん? あー、そうだな……食べてくか」
仕事道具を置いたらアパートに帰ろうと思っていたけど、もこもこのメリーさんを見たせいで気が抜けて、何だか帰る気が無くなった。
「オッケー。準備するから、ちょっと待っててね」
そう言うとアケミはキッチンに入っていった。
仕事道具を倉庫にしまって、庭先にいた猫を構って、リビングに戻るとアケミが夕飯の準備をしていた。
「手伝うか?」
「メリーさん呼んできて」
アケミに頼まれ、2階に上がってメリーさんの部屋のドアをノックする。
「メリーさん、ご飯だぞー」
「ぬ゛ー」
何かあんまり聞かないタイプのうめき声が聞こえてきた。
「おーい、大丈夫か?」
「うー……」
あんまり大丈夫じゃなさそうな声がする。ヤバいんじゃないか。
「本当に大丈夫か? 入るぞ? いいか? 警察とか呼ぶんじゃないぞ?」
とうとう返事までなくなった。こりゃ本当にヤバそうだ。
そーっとドアを開けると、もこもこの毛玉がベッドの上で寝ていた。うつ伏せのメリーさんだ。いや本当に毛玉にしか見えない。びっくりさせないように、静かに声を掛けてみる。
「おーい……? 大丈夫かー?」
すると、メリーさんはちょっとだけ顔を上げて、小さな声で言った。
「あつい」
「ああ、そういう……」
風呂上がりにそんなもっこもこの服を着てたらな……そうなるよな……。
俺は水を取りに階段を降りていった。
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