シーズン9

メリーさんとネコ

「わたし、メリーさん」


 メリーさんがいる。


「俺は大鋸おおが翡翠ひすいだ」


 俺もいる。


「ネコです」


 そしてネコがいる。


「……いや、いやいや。やっぱおかしいだろうよこれは」


 だめだ我慢できない。自己紹介が終わるなり、俺はすぐにツッコミを入れた。


「何がおかしいんですか」

「いやさあ……」


 俺はネコに視線を向けた。


「ヒトじゃん」


 ネコと名乗るヒトは、全身を包帯でグルグル巻きにしていた。ネコ耳が生えているわけじゃない。尻尾も生えていない。ただのミイラ男だ。


「ネコです」

「だからさあ」


 なのにネコと言い張っている。自分をネコと思い込んでいる不審者かな。


 こんな訳の分からない事態になってる理由は……いや、理由は全然わからない。メリーさんから屋敷に変な人がいるって電話がかかってきて、慌てて駆けつけたら、野良猫に囲まれて途方に暮れている自称ネコがいた。

 野良猫自体は変なものじゃない。チェーンソーの猫なんだけど、なんだかメリーさんに懐いているらしく、たまに屋敷に遊びに来ては飯をたかっていったり、メリーさんの遊び相手になったりしている。だからまあ、わざわざ追い払うものじゃない。

 ただ、ネコを名乗る不審なミイラ男は知らない。本当に誰だこいつ。


「ヒトがネコな訳ないんだよ。何者だよお前」

「ネコです。エジプトのファラオです。よろしくお願いします」

「え?」


 エジプトってあれだよな。ピラミッドがある。そこの王様? いやそれ以前に。


「ネコって名前だったのか!?」

「そうです」


 足元の猫たちもそうだそうだと頷いている。つまりあれだ、種族名じゃなくて人名をずっと名乗っていた訳か。俺の勘違いだ。


「すまん、ちゃんと名乗ってたのに勘違いして……」

「何と勘違いしていたのですか」

「それ」


 足元の猫を指差す。


「これ?」

「それ。日本語だと猫って言うんだよ」

「人が猫なわけないでしょう。畏れ多い」

「畏れ多いって……なにそれ、ネコって偉いの?」

ファラオです」


 ちょっとよくわからなくなってきたな。ファラオってあれだよな、昔のエジプトの王様の。でもエジプトって今そんな国じゃないよな……? ちゃんと近代化してるよな?


「えっと、何年前の話だ、それ?」


 するとネコは困った顔をした。足元の猫たちも釣られて困った顔をした。


「ついこの間まで死んでたからわからないですね」

「おい怪異かよ」


 まさか怪異だとは思わなかった。敵意も無いし、チェーンソーも持ってないし。ミイラ男のコスプレかと……。


「メリーさん知ってた?」

「知らない」


 メリーさんは首をブンブン横に振る。これはメリーさんも無罪だな。

 何の理由もなく怪異が湧くって一体どういうことだよ……と思ったけど、そもそも怪異は何の理由もなしに襲いかかってくるような連中だった。理由があったとしても、ちょっと縄張りを通りかかったとか、妙なおまじないが気に触ったとか、チンピラみたいな因縁をつけてくる奴らばっかりだ。こういうネコみたいに急に出てくる奴らの方が普通だった。

 ただ、いきなり襲いかかってこない怪異ってのは珍しい。何か用事でもあるんだろうか。


「一体何しに来たんだよ。ケンカなら返り討ちにしてやるけど、そうじゃないとこっちも困るぞ」

「わからないですね」


 ネコは困っている。いぬのおまわりさんじゃないんだからさ。泣きたいのはこっちだよ。


「わからないならどうしてこんな所にいるんだよ……」


 ネコは少し考えてからしみじみと答えた。


「多分……猫に連れてこられたんじゃないですかね?」

「いや無理があるだろ」


 いくらチェーンソーの猫だからって、どこからともなくミイラ男の怪異を呼び寄せられる訳がない。そう思っていたら、ネコは妙な事を言い出した。


「でもほら、猫ってバステト神の使いですから。不思議なことがあってもおかしくありませんよ」

「な、何神の使いだって?」

「バステト神。ブバスティスの女主ですよ」

「ブバ……ちょっと待った、どこの国の話?」

「エジプトですが」

「エジプトかあ……」


 エジプト凄いな。猫が神の使いをやってるのか。その神の使いは足元で腹を見せてゴロゴロしてるんだけど、それはいいんだろうか。

 あっ、チラッと見た。そして特に反応せずに視線を戻した。いいんだ。


 不意に、ゴロゴロしていた猫たちが起き上がり、みゃあみゃあと鳴き始めた。なんだ一体。


「翡翠、あれ!」


 メリーさんが指差した先には、猫に追い立てられてオロオロしながら歩いてくるミイラ男がいた。変なのが増えた。


「今度は誰だよ」


 敵意は無さそうだったので、近付いてきたミイラ男2世に聞いてみた。


「ネコです」


 えっ。


「ネコの孫です」

「私、孫がいたんですか……!?」


 孫を名乗るミイラ男の登場に、ネコが驚いている。


「自分の家族くらい把握しとけよ」

「それがその、子供が大きくなる前に討ち死にしたので……」

「……すいません」


 ネコは戦争に負けた王様だったのか。まさか古代エジプトでそういう事があったなんて思わなかったから、失礼なことを聞いてしまった。

 それはともかく、新しいネコに聞きたいことがある。


「ええと、ネコさん」

「はい」

「はい」


 しまった。同じ名前だからどっちも反応しやがる。


「違う。爺さんの方のネコじゃなくて、孫のネコ……ネコ2世? あれ、孫だから3世か?」

「父はプサメティクなので2世です」

「子はプサメティクなので2世です」


 2人のネコが同時に答えた。なんで間に普通のエジプトっぽい名前が入るんだ。そいつだけ正気だったのか?


「いや、いいや。それよりネコ2世。一体何しにここに来たんだ?」

「わからないですね。多分、猫に呼ばれて来たんじゃないでしょうか」


 お前もなんで出てきたのかわかってないのかよ……。

 本当に猫が呼んだんじゃないかと思って、足元の猫たちを見てみるけど、どいつもこいつも毛づくろいをしたりゴロゴロしたり、自由気ままにやってやがる。ミイラ男を呼んだ理由を話す気はこれっぽっちも感じられない。どうすりゃいいんだ。


「ねえ、翡翠」


 途方に暮れているとメリーさんがズボンの裾を引っ張ってきた。


「なんだ?」


 メリーさんは黙って遠くを指差す。そこには、猫に囲まれてオロオロしている3体目のミイラ男がいた。


「指差しちゃいけません」

「だって」

「見ちゃいけません。っていうか感づかれるな。これ以上ミイラ男が増えたらどうすりゃいいかわからなくなる」


 ほら、ネコ1世とネコ2世もあんま関わり合いたくない感じで目を逸らしてる。皆いっぱいいっぱいなのに、これ以上訳わからないのが増えたら困るんだよ。


 俺たちは気付かれないように必死で気配を殺していた。だってのに、あのミイラ男は猫に釣られてこっちに向かってきやがった。なるべく目を合わせないようにしてたけど、ダメだあの野郎、猫を抱いて嬉々としてこっちにスキップしてきやがる。


「こんにちは! ここどこですか!? ネコチャンがこんなにいるってことは天国ですか!?」

「その前にお前誰だよぉ!? ネコ3世か!?」

「パミです!」


 あれっ、ネコじゃないぞ!? よかった話がわかる奴かもしれない! と思ったらネコ1世とネコ2世が凄い微妙な顔をした。


「おいどうした」

「パミっていうのは」

「ネコです」

「は?」


 3人目のミイラ男を見る。二本足で立っている、どこからどう見てもヒトだ。


「ヒトじゃん」

「いえ、『パミ』というのはエジプトの言葉で」

「ネコです」


 ……こいつが本当の、自分をネコだと思いこんでいる不審者か!

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