恋のスクエア(2)

 母さんとアケミが台所から戻ってきた。洗い物が終わったらしい。なんだかアケミがギクシャクしてるけど、何かあったのか。

 その後すぐに、雁金と万次郎さんも戻ってきた。これでリビングに全員集まったことになる。

 しかし、誰も喋らない。テレビに夢中になってるのかと思ったけど、やっているのは警察24時、千葉の酔っぱらいが警官相手に愚痴っているシーンだ。面白いものじゃない。なんで誰も喋らないんだ……?


「なあ、翡翠クン」


 CMに入ったところで万次郎さんが話しかけてきた。


「なんですか」

「今更聞くのもアレなんやけど、この3人ってなんなん?」


 メリーさんたちのことか。


「何、って言われても……雁金は取材で、メリーさんとアケミはついてきたんですよ」

「あー、そーなん。じゃあ本当なら雁金さんだけが来る予定だったんやな。他の2人はおまけ、と」

「ちょっと万次郎さん。そんな言い方はないんじゃないんですか?」


 万次郎さんの言葉に、母さんが反応した。


「言い方言われてもなあ。実際そうやろ?」

「アケミちゃんはねえ、翡翠が心配でここまでついてきてくれたんですから。そうでしょう?」

「え、ええ。はい、そうです!」

「四六時中ベタベタされても嬉しいとは限らんで。男の子は独り立ちしてナンボや。そういう点じゃ、雁金さんはようわかっとる」


 そして万次郎さんは俺に質問した。


「なあ翡翠クン。雁金さんみたいな付き合い方と、アケミちゃんみたいな付き合い方、どっちが好きや?」

「え、ええ……?」


 なんだ。なんかおかしいぞ。ただの質問のはずなのに、剣呑な迫力がある。例えるなら、喉元にチェーンソーを突きつけられたかのような感じだ。しかも母さんからも圧を感じる。なんだ、俺がいない間にケンカでもしてたのかこの2人は。


「どっちって……どっちでもいいっていうか、どっちもどっちっていうか……」


 四六時中ベタベタされるのはうっとおしいと思う時はあるけど、いつでも側にいる安心感っていうものもある。逆もそうだ。側に誰も居てほしくない、あるいは一人で黙々と作業したい時だってある。どっちかなんて決められない。

 そういうつもりで言ったのに、母さんは怒った。


「翡翠。ちょっと待ちなさい。アンタ、いくらなんでもそれはアケミちゃんが可哀想よ?」

「か、かわいそう?」

「家の事とかいろいろやってもらってるんでしょう? それなのにそんな言い方なんて酷いわよ」


 いや、家の事はアケミが勝手に上がり込んでやってるだけなんだけど……。

 アケミに説明するように視線で促すけど、アケミは俯いて目を合わせてくれない。なんでだ。顔が赤いし。何を恥ずかしがってるんだ。


「とにかくここでハッキリ決めなさい。アケミちゃんがいいか、雁金さんがいいか」

「決めるったって……」

「や゛た゛」


 涙声。

 見ると、メリーさんが顔をグシャグシャにして、俺のズボンの裾をぎゅっと握りしめていた。


「どうした?」

「い゛ち゛は゛ん゛か゛い゛い゛」

「は?」

「わ゛た゛し゛か゛い゛ち゛は゛ん゛」


 あー、はいはい。いつもの発作ね。

 メリーさんの体をひょいと抱え上げて、膝の上に乗せる。


「はいはい。メリーさんが一番だからなー。安心していいぞー」

「ぶええ……」


 声をかけてやるとメリーさんの声が少し落ち着いた。よし、しばらくこうしておけばいいだろう。

 俺は母さんたちに向き直る。


「それで、雁金がいいかアケミがいいかって話だけど……」

「待てや!?」


 万次郎さんに遮られた。今日は随分とうるさいな?


「キミ、一体何を……!?」

「何って……メリーさんをあやしているだけですけど」

「今の話の流れでそれできる!?」

「できるって……子供あやすのに、できるできないの問題は……」

「びゃあああああ!」


 うわっ、メリーさんが騒ぎ始めた。どうしたどうした何だってんだ一体。


「翡翠! あのねえ、年の差ってものがあるでしょう!?」

「えっ?」


 ちょっと本当にみんな落ち着いてくれ。あ、親父は落ち着いてる。


「親父、なんかよくわかんないけど、どうなってんのこれ?」

「いや……その。誰を身内にするか選べ、ということではないのか?」

「なんで?」

「何故……って、いや、え?」

「メリーさんも雁金もアケミも身内だぞ。何を選べっていうんだ」


 沈黙。


「いや……浮気やないかい!?」

「浮気?」


 変なことを言うなあ、万次郎さん。


「浮気ってあれだろ? 結婚相手以外と付き合うってことだろ? 俺は結婚してないから浮気にならないだろ。

 仮に結婚してたとしても……いや、メリーさんとアケミは怪異だから結婚できないよな。戸籍がない。結婚できるのは雁金だけだ。そうだとしてもメリーさんもアケミも人間じゃないから浮気にはならないだろ、法律的に考えたら。

 第一、3人とも知り合い同士なんだから、一緒に居ても別におかしくないだろ?」


 再び、沈黙。


「集合」


 親父の掛け声で、全員が俺から少し離れた部屋の隅に集まった。メリーさんも俺の膝の上から這い出して集まっていった。

 なんだか深刻な顔でひそひそ話をしている。時々こっちを睨みつけてくる。俺か、俺のせいか?

 変なことは言ってない。浮気の解釈だって、さっきの俺の言葉で正しいはずだ。法律に引っかかってないんだから。文句を言われることはしてないはずだ。


「チェーンソーのプロって倫理とか常識とかどうなってるんですか?」

「違う。誤解しないでくれ。晴斗だけだ」

「どう育てたらあんなことに?」

「生まれつきなのよ……法律は守るようにって教えるのがやっとだったわ」

「人の心とか無いんか?」

「無いかも……」


 そんな感じで6人はしばらく話し合っていたけど、最後には全員こっちの方を向いた。なぜか皆スリッパを手にしている。


「先輩! 今から質問しますから、正直に答えてください!」

「お、おう」


 いつにない迫力で雁金が聞いてくる。気圧されて思わず頷いてしまった。


「先輩にとって、私はなんなんですか!?」


 少し考えてから答える。


「後輩だな」


 いやまあ、正確には後輩でもなんでもないんだけど。長い間先輩後輩でやってたのを今更変えるつもりにはならない。

 次にメリーさんが聞いてきた。


「それじゃあ私は!?」

「一番だな」


 メリーさんは一番、ってのは何度もしてる話だ。今更改めて話すことじゃない。

 最後はアケミだ。


「私はー?」

「同級生」


 正確には同級生の亡霊なんだけど、まあ先輩後輩に比べたら誤差みたいなもんだ。

 そしたら母さんが言った。


「それじゃあ誰が身内なの?」

「だから、全員身内だって言ってるだろ!」


 俺の答えを聞いた親父が、深い溜め息をついてから言い放った。


「斉射!」

「えっ」


 掛け声とともに、全員がスリッパを投げつけてきた。俺は身構える間もなく、全身にスリッパの一斉射撃を受けた。

 どうして……?

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