今度は落とさないでね
「もしもし。私、メリーさん。この前の埋め合わせをお願いするわ。今度の土曜朝10時に立川駅の北口に来なさい。
何するのかって? 買い物に決まってるじゃない。お金? それは大丈夫。カードがあるわ。
なるべく清潔感があって高い服を着てきなさい。ああ、でもフォーマルなのはダメよ。カジュアルなので」
――
そんな訳で、俺とメリーさんは立川の百貨店にやってきたのであった。
……いや、どういう訳だよ。この前、知らないオッサンが俺の家に入り込んだ事件の埋め合わせって言われたけど、俺、不法侵入の被害者だよ?
しかも白昼堂々、妖怪が買い物とか……瞬間移動もあるし、欲しい物なら盗めるだろって言ったら、物が欲しいんじゃなくて買い物を楽しみたいらしい。
だったらひとりで行けよって思ったけど、子供ひとりだと怪しまれ買い物ができないそうだ。だから俺を叔父って事にして、買い物を楽しむんだとか。
「それでは今日一日、よろしくお願いいたしますわね、叔父様?」
「……ねえ、これ、俺、捕まらない?」
「大丈夫よ。今日の貴方は
今日は両親揃って仕事だから、叔父の貴方が私の面倒を見ることになってるの。だから捕まるような事なんてこれっぽっちもないのよ?」
「いや、設定じゃなくて、見た目だよ」
小柄な金髪白人少女と、大柄な日本人男性。組み合わせがミスマッチすぎて注目度がヤバい。通行人の視線がメリーさんに行って、それから俺に来て、怪訝な顔をするってパターンがさっきから何度も繰り返されてる。交番の前とか通ったら一発で職質されそうだ。
「大丈夫でしょう、別に? さ、早く買い物を始めましょう?」
メリーさんは周囲の視線を気にすることなく、俺の手を引いて百貨店に入っていった。
――
さて、百貨店に入ったはいいが。
雰囲気の"圧"が凄い。
実は俺、百貨店に入るのって初めてなんだよな。立川にあるってのは知ってて、でもショッピングモールの値段が高いバージョンぐらいに思ってたんだ。
違う。まず建物の清潔感が違う。オシャレ。オッシャレ。シャレオツ。ショッピングモールの乱雑さは一切なくて、売り場同士でホールの統一感を出すように連携している。
そして店員も違う。何かもう、立ち姿がピシッとしてるし、商品を眺めていると、自然と横に立ってオススメの品を紹介してくる。凄い。
更には客だって違う。建物の中が静かだ。子供がたまにはしゃいでるけどそれぐらいで、店内放送も品のあるBGMが流れてる。
これが、高級店……山の男には居心地悪い。
「なあに、怖気づいたのかしら、叔父様?」
メリーさんは余裕綽々だ。
「慣れてるのか、こういう店?」
「いいえ? 初めてだけど」
「えっ」
「さ、お洋服、買いに行きましょ?」
戸惑っているうちに、あっという間にエスカレーターで洋服売り場に連れて行かれた。
メリーさんは俺の手を引いて中に入り、売り物の服を眺めている。そして、気に入った服を俺に持たせてくる。
「後で試着するから、持ってて」
「お、おう」
メリーさんは実にご機嫌だ。こうして見ると本当に普通の子供にしか見えない。実際にはどこからともなくチェーンソーを取り出して、人間の背後に瞬間移動して殺そうとする物騒な妖怪なんだが。
「これもー」
「はいはい」
ニコニコ笑顔で服を渡してくる。どれだけ買うつもりなんだ、と思いながらも受け取る。親戚の子供が本当にいたら、こんな気分なのかなあ。
ふと、抱えている紺色のワンピースの値札が目に入った。普通に思い浮かぶ服の値段の倍額が書かれている。百貨店って言う割には安いな?
……いや、桁が1つ違うわ……ひええ……。
「お客様」
「はァい!?」
いきなり真横から声をかけられた。
「こちらのお洋服はいかがでしょうか?」
見ると、店員がワンピースを持っていた。今、見てたやつと似たような色だ。だけどお値段はずっとリーズナブルになっている。いや、服としてはまだ高いと思うけどさ……。
「メリー?」
「はーい?」
戻ってきたメリーさんに、店員のオススメを見せる。
「こういうのもあったんだが」
「へー! いいじゃない! そっちにする! そっちは戻しといて!」
メリーさんはあっさりと安い方に鞍替えした。
服をラックに戻そうとすると、店員が手を差し出してきた。
「お戻しいたします」
「あ、どうも」
店員に服を返す。受け取った店員は一礼すると、するすると別の客へと近付いていった。
マジで気配が感じ取れない。あれが百貨店のプロの店員か……。
――
百貨店で服を買い、最上階のレストランで昼食を食べて今度は別の店で買い物をする。貴重な体験だ。しかもこれが他人の金だから凄い。
支払いは全て、メリーさんに渡されたクレジットカードを使っている。俺が演じている大岡という人物のものらしい。思いっきりアウトなんだけど、立て替える金も無いので使っている。バレませんように。
そして、百貨店での買い物を終えると、俺たちは外に繰り出した。庶民の空間だ。雑踏のざわめきが心地良い。
時刻は3時ちょっと前。帰るにはちょっと微妙な時間だ。どうしたもんかな。
「ねえ、叔父様」
メリーさんが手を引っ張ってきた。
「私、あれが食べたい」
メリーさんが指差した先には、アイスクリーム屋があった。なるほど、おやつの時間か。
小銭を受け取り、列に並んでアイスを買う。俺はチョコミントを、メリーさんはストロベリーチーズケーキとチョコチップのダブルを買った。
あとは食べるだけだが、辺りは意外と混んでいる。どこか座れる場所はないか探していると、向こうから子供が走ってきた。ぶつかるコースだ、当たる前に一歩下がって避ける。子供は俺の前で急停止した。
「こら、走らない! すみません……」
「いえいえ」
母親らしい人に会釈する。彼女はそのまま子供を連れて去っていった。ぶつかって大声を出されなくて良かった。
……何か足が冷たい。見ると、ズボンにアイスがついている。嫌な予感がして振り返ると、メリーさんが空のコーンを持って立ち尽くしていた。
ああ……さっき後ろに下がった時に……やっちまったか……。
メリーさんはふるふる震えて、今にも泣き出しそうだ。あー、まずい。しょうがないなこれは……。
ポケットから財布を取り出し、小銭を幾らか取り出す。そしてメリーさんに握らせる。
「悪いな。俺のズボンがアイス食っちまった。次ァ5段を買うといい」
メリーさんはぽかんとして、俺の顔と小銭を交互に見比べていたが、やがて小銭をぎゅっと握りしめると――。
俺の顔に、アイスのコーンを押し付けた。
「冷たァい!?」
「私のお金でカッコつけないでよ!」
そうでした。
――
5段アイスは無かったけれど、無事にアイスは買い直せた。
「今度は落とさないでね?」
「うん」
メリーさんはアイスを両手でしっかり持っている。絶対に落とさない、落としてなるものかという気概を感じる。
幸い、空いているベンチがなんとか見つかったので、そこに座って食べることになった。
メリーさんはすぐさまアイスを食べ始める。俺も自分のアイスをひとかじり。メリーさんが買い直す分を待っていたから、ちょっと溶けてる。
「んー、おいしー」
メリーさんはアイスのおいしさに頬を緩めている。
「エンジョイしてるなあ」
「……何よ、悪い?」
「いや、全然いい。こういうの、好きなのか?」
するとメリーさんは、少し考えてから答えた。
「好き、かもしれないわね」
「何その曖昧な言い方」
「だって初めてなんだもの。こうして他人と出掛けるなんて」
「そうなのか? めっちゃ慣れてると思ったんだが」
「だって私は『メリーさん』よ? 他人と会う時なんて、その人を殺す時ぐらいしか無かったんだから」
そういや妖怪だったよこの子。普通に休日をエンジョイしてたからすっかり忘れてた。
「じゃあ、どうだった? 初めてのホリデーショッピングの感想」
「何で英語なのよ」
「なんとなく」
「はあ……まあ、楽しいわね。チェーンソーで戦うのも楽しいけど、こういうのもアリかな、って感じ」
「チェーンソーで戦うのが楽しいのか?」
「ええ、そうよ? 楽しいごっこ遊び」
何ごっこだよ。木こりごっこか? 地味すぎる。
「貴方だって、楽しいからチェーンソーを使ってるんじゃないの?」
「俺は仕事だからなあ」
チェーンソーはあくまでも仕事道具だから、そんなに楽しいと思ったことはない。車やバイクを乗り回してる時の方が楽しい。
「あ」
「うん?」
「溶けてる」
見ると、持ってたアイスが溶けて手の方に垂れてきていた。おっとっと。
横からかじりつく。美味いから溶かすのはもったいない。メリーさんも自分のアイスに齧りつき、俺たちは黙々とアイスを食べた。
先に俺の方が食べ終わり、それからメリーさんが食べ終わった。
が、立つ気になれない。半日歩き回ったから、結構疲れていた。山を歩くのよりもずっと楽なはずなんだけど、メリーさんに振り回されていたからか?
「まだ、どこか行きたい所はあるか?」
一応、今日の主役のメリーさんに聞いてみる。メリーさんは少し考えた後、首を横に振った。
「無いわね」
「じゃあ、帰るか?」
「そうしましょう。荷物の配達、お願いね」
「……俺が持ってくの?」
「当たり前でしょう?」
まさか家まで付き合わされることになるとは思わなかった。
「っていうか、どこに住んでるんだ?」
「府中」
「近い!?」
電車ですぐじゃん、と考えて思い出す。そういえば府中には多磨霊園がある。あそこは幽霊もいるから、うってつけの場所だ。
「なるほど、妖怪だから墓場に住んでるって訳か」
「墓場? そんな訳ないじゃない」
「え?」
「府中のタワマンよ」
「近代的ぃ!?」
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