ドルイド信仰 前編

 あけましておめでとう。

 ……つってもまあ2週間経ってるけどな。ま、顔合わせるのは初めてだから、それでいいか。

 何飲む? いつもの? わかった。すいませーん。注文お願いしまーす。


 ……おう、そうだな。今年初の怪談か。いいぞ。ちょうど、去年の暮れの話がある。


 仕事で他の県に行くことになった。北関東、車で4時間ぐらいのところだったな。

 泊まりの仕事だったんだが、俺を雇った高柳さんが、別荘が近くにあるからそこに泊まっていいって話になった。高柳さんは東京に住んでるんだけど、夏休みになるとそこで避暑していたらしい。そんな所を気前よく貸してくれるなんて、いい人だなあと思ったよ。

 今思うと、いい人でも何でもなかったんだが。


 別荘は山の麓にある、木造のこぢんまりとした建物だった。ぶっちゃけると小屋だ。でも一通りの家具は揃ってたな。暖炉とベッド、ストーブ、水回り、冷蔵庫、テレビ、こたつと、まあそんな感じか。電気と水道も通ってた。いたれりつくせりだったよ。

 ただ、妙なことがひとつあった。小屋の外側にかんぬきがついてたんだ。あの、時代劇とかで門についてるやつ。それに窓には雨戸があって、それにも外側からかんぬきがかけられるようになってた。その気になれば中の人間を閉じ込められるな、って思ったよ。


 とりあえず荷物を小屋に置いて、ささっと一仕事終わらせた。仕事から帰ってきたら夜になってたな。空に三日月が昇ってた。

 で、小屋に入ろうとしたんだけど、その時に妙なものを見つけたんだ。

 小屋が見えるくらいの距離の、少しだけ森の深い所にクヌギがあった。1本だけな。周りはアカマツばかりなのにそれだけクヌギだったから、人の手で植えたのかなって思ったよ。それに、クヌギの上にヤドリギが巻き付いていた。

 ヤドリギってわかるか? こう、丸くてポンポンした葉っぱの塊が木の上からぶら下がってるんだよ。わかんない? だよなあ……日本の山だと珍しいんだよ。


 とにかくそんな変なクヌギがあったから、気になって近くで見てみたら、木の幹に傷がついてた。自然についたものじゃなくて、ナイフか何かで削ったみたいな感じだった。よくわからないけど、記念か何かかな? って思ってそっとしておいた。


 その後は小屋に入って、シャワー浴びたりメシ食ったりして、そろそろ寝るかーって電気消して、スマホを見てたら通知が来た。『彦鶴ヒメ』がゲームの配信を始めたんだ。それでベッドの中で配信を見てたんだ。

 そうしていると、外から砂利を踏む音が聞こえた。誰か来たのか、って思ってたら、ドアからガコン、って音がした。

 あれ、かんぬき掛けられた? って思ってると、今度は雨戸が閉まって、それもかんぬきを掛けられた。家の中に閉じ込められたわけだ。

 流石におかしいって思ってな。ドアを開けようとしたけど、やっぱり開かない。俺はドアを叩きながら、外に向かって呼びかけた。


「あのー、すいません、開けてもらえますか?」


 返事はなかったけど、動揺した足音が聞こえてきた。誰だか知らんし、何考えてんだ、って思ってると、妙な臭いが鼻を突いた。

 何の臭いだ、って思って、気付いたらゾッとしたよ。


 灯油だ。


 密室、灯油、木造の小屋。まあ、嫌な予感がした。


「おいコラァ! 何してんだコラァ! 開けろこの野郎!」


 びっくりして、あとちょっとキレながら、俺は玄関のドアを何度も蹴った。かんぬきがガチャガチャ音を立てるけど、開く気配はない。

 だから、仕事道具のチェーンソーを持ち出した。


「テメェそこ動くんじゃねえぞ! この野郎! 今ブチ破るからなぁオイ!?」


 チェーンソーは唸りを上げてかんぬきごとドアを叩き切った。俺はドアを蹴破ると、悪態をつきながら放火魔を探した。すぐに見つかった。雇い主の高柳さんが腰を抜かしてへたり込んでいたんだ。


「高柳さん! ……え、高柳さん!? 何してんすか、オイ!?」


 ここにいるはずがないんだよ。高柳さんは東京のマンションに住んでるんだから。なのに、いた。ちょっとびっくりして敬語が変になったよ。

 高柳さんは、チェーンソーを持った俺に怒鳴りつけられて、驚愕の表情でしどろもどろだった。


「いや、その……大丈夫かなと……」

「何が大丈夫なんすか! その缶はなんですかオイ? 灯油の缶じゃないんですか!?」

「い……いや……ストーブの灯油を、切らしちゃいかんと思ってね……」

「だったら外に撒いてんじゃねえよ!? 危ねえだろうが!」

「いや……転んでしまって、うん……」


 嘘が下手すぎるおっさんだったよ。


「そしたらさぁ、何でかんぬきを掛けたんですか? 俺を閉じ込める必要はないでしょう?」

「かんぬき? いや、ハハハ……」

「……まさか俺を焼き殺して、口封じついでに代金も踏み倒そうとしてんじゃないでしょうね?」


 たまにいるんだよ、そういう人。


「違う、違う! そういうのじゃないんだ!」

「だったらなんですか」


 そしたら高柳さんは黙っちまった。しょうがないから俺はチェーンソーを構えて言った。


「そっちがその気なら、こっちにも手段はありますけど」

「待った、ちょっと待った! それは勘弁してくれ……」

「だったら正直に話してもらえませんかね。何をしようとしてたのかを」


 とうとう観念して、高柳さんは全てを話し始めた。

 だけど、この話がまたクセモノだったんだ。


 高柳さんとこの夫婦には、重い病気の息子がいた。今の医療じゃ完治は難しくて、強い副作用のある薬で進行を遅らせるしかないって病気だった。

 高柳さんたちはあらゆる方法を試したが、病気はちっともよくならず、一向に癒える気配は無かった。

 そんなある時の事。高柳さんが仕事で訪れたイギリスのある村で、ドルイドっていう人に出会ったらしい。


 ……何、ドルイドは人じゃない? 妖怪か? 職業? ドルイドって、名前じゃなくて職業なのか。神主さんとか、お坊さんとか、アレ系の人たち。はー、なるほど。


 まあ、そのドルイドがな。息子さんの病気を治す秘術を教えてくれたそうだ。

 秘術っていうのは手順があって、まずドルイド特製のクヌギの木の苗を植える。そして、三日月の晩になる度に、ドルイド特製の白い衣装を身に付けクヌギの木に登り、ドルイド印の鎌でクヌギに寄生しているヤドリギの枝を切り取る。

 そして、クヌギの木に生贄を捧げて、ドルイドが書いた呪文書を読み上げる。こうすれば息子さんの病気は治る、って言われたそうだ。

 ちなみに木の苗、衣装、鎌の3点セットで14万8,900円。更に呪文書が9,800円。どう考えても詐欺だよな。


 でも高柳さんは藁にもすがる思いで、その儀式を試してみたらしい。

 クヌギの苗を植えて……入管とかどうやってぶっちぎったんだろうな……いや、いいか。三日月の晩になる度に、儀式をやって生贄を捧げた。

 最初は小動物とかだったらしい。ハムスターとか、鳥とか、金魚とかな。殺してクヌギの木の根元に埋めたそうだ。そしたら、少しずつ息子の病気が良くなっている様な気がしたそうだ。

 実際にはどうなんだろうな。本当に儀式が効いてたのかもしれないし、他にも試していた治療法が効いてただけかもしれない。


 でもとにかく効果があるように見えちまったから、高柳さんたちは儀式を続けた。それで、まあ、エスカレートしたんだな。ドルイドの呪文書は中級編とか上級編もあって、大きい動物だと効果が高くなる代わりに儀式も複雑になる、ってあったそうだ。

 それで中級編。犬とか、野良猫とか、山の罠にかかったタヌキとか。そういうのを捧げていくと、息子の様子も目に見えて良くなっていったそうだ。それで、とうとう上級編に手を出しちまった。その最初の生贄が俺だった、ってオチだよ。

 上級編はただ殺して埋めるだけじゃなくて、呪文を唱えながら、生きたまま丸焼きにするっていうやつだったらしい。そのために小屋を改造して閉じ込められるようにしたんだな。

 でもまあ、相手を選べって話だよ。俺ならいなくなってもごまかせるって思ってたんだろうけど、そもそもチェーンソー持ってるんだから、閉じ込められないだろ。


 ……何、ウィッカーマン? 何だそれ。人を人形に詰め込んで生きたまま丸焼きにして生け贄にするドルイドの儀式……え、マジであるやつなの?

 ほう、ほうほう、ウィキペディア……見せてくれ。うわー、本当だ。え、めっちゃ詰め込んでるじゃんこれ。おっかねえ。

 でも、俺ひとりじゃ足りなくない? あ、いやでも……いや、やっぱ足りないか。 ん? いや、他の肉もあったからさ、それも生け贄判定入るのかな、って思って。無いよなー。


 で、まあ、一通り話は聞いて事情はわかったけど、こっちは殺されかけたからな。報酬割増、クヌギと小屋は処分するって話でまとまったよ。

 とにかく警察沙汰にはならず一件落着、泣くのはドルイドに騙された高柳さんだけ……と思ってた。

 ところが。あのクヌギは"本物"だったんだよ。

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