Steel savior
世間のイメージだと、重機を動かすのはレバーとペダルによる職人芸らしい。
確かに数十年前はそうだったんだろうけど、現代ではそんなことはない。道路工事に使うショベルカーくらいならまだしも、本格的な工事に使うアタッチメントはコンピューターで管理されている。そういう重機は運転席にタッチパネルが据え付けられていて、操作方法さえ間違えなければ、職人技なんて抜きに100%の性能を引き出せる。
例えば、このハーベスターによる伐採。アームをレバーで操作して木に近付けたら、タッチパネルの『伐採』ボタンを押す。
するとコンピューターがアームを動かし、木を掴んで内蔵チェーンソーで切断、伐採した木を倒さずそのまま保持してくれる。
それから『枝払い』ボタンを押せば、ローラーとカッターが高速回転して、切った木の枝をヤスリがけするように整えてくれる。
最後に『玉切』ボタンを押せば、決まった長さに自動でカットしてくれる。
「すごい」
後ろの九曜院が呆然と呟いた。
「今の林業はこんなにハイテクなのか」
「そうだぞ。大手じゃパワードスーツを使ってるなんて話も聞いたことがある」
いつまでも斧やチェーンソーで仕事してるわけじゃない。木こりだって現代化してるんだ。まあ重機が入っていける山って少ないから、チェーンソーを使うこともまだまだ多いけど。
さて、いい感じの丸太を切り出したところで、そいつをもう一度アームで挟み込む。ここからは職人技……じゃなくて、裏技、でもなくて……なんだろう、バグ技? とにかく、普通じゃないやり方だ。
タッチパネルを操作して、掴んでいる丸太の長さを入力する。ただし長さは入力できる最大値に。枝払いスピードは最速にする。後は『枝払い』ボタンを押すだけ。ここまで設定したら、アームを動かすレバーに手をかける。
「んじゃあ教授、しっかり掴まってろよ」
アームを動かし、向こうにある祭壇とは反対方向を向かせる。さながら、ボールを投げるために振りかぶったピッチャーのように。そしてタッチパネルの『枝払い』ボタンを押すと同時に、アームを祭壇に向かって思いっきり回転させる。
するとどうなるか。
コンピューターは命令どおりに『枝払い』を行う。ただし、実際に掴んでいるよりも長い木を、できるだけ早く整形しようとする。現実の丸太はそんなに長くないから、丸太はピッチングマシンから発射されるボールのようにすっぽ抜ける。同時に、アームを祭壇に向かって回転させているから、その分の勢いも乗る。
つまり、丸太が物凄い勢いで射出される。
丸太は一直線に飛んでいき、祭壇に命中した。原木から切り分けられた丸太とはいえ、その重さは1トンに迫る。そんなものをぶつけられた祭壇はひとたまりもなく、一発で崩壊してしまった。
「うわあ……」
九曜院がドン引きしている。正直言うと俺もドン引きしている。まさかここまで酷いことになるとは思わなかった。昔、現場でハーベスターの操作をミスって丸太が飛んでいったのを見て、じゃあそれに合わせてアームで投げたら飛距離が伸びるだろうと思ってたのを実際にやってみただけなんだけど、いやほんと、なんでこんな酷いことに。
ふたりして呆然としていると、月人たちがこっちに向かってきた。ヤバい。祭壇はぶっ壊したけど、取り巻きはまだまだ残ってる。ぼーっとしてる場合じゃない。
「よおーし」
気合を入れ直し、近くにあった丸太をハーベスターのアームで保持。そしてハーベスターの車体を回転させ、真横に振り回す!
「おらっしゃあああっ!」
大剣のように振り回された丸太は群がる月人たちを吹き飛ばした。打ち倒す、なんて生易しいものじゃなく、マジで吹き飛ばしている。人体が野球ボールみたいにホームランされる現実離れした光景だ。
「よぉーし、よしよしよし行ける行けるぞこれ!」
よし行ける。勝てる。月人は不死身だけど、丸太でぶん殴られて全身の骨を砕かれれば再生までには時間がかかる。
「九曜院! しっかり掴まってろよ!」
「もう掴まってる!」
ペダルを踏み込む。ディーゼルエンジンが唸りを上げ、キャタピラが地面を噛み、丸太を構えた
「うははははは!」
ヤバい。楽しい。こんだけ数が多いのに、相手は手も足も出ない。ぶっちぎりの無双モードだ。しかもこっちは普段は触れない重機を自由に動かしてる。例えるなら、巨大ロボットに乗って数だけ多い雑魚宇宙人をボコボコにしてる気分だ。いや例えじゃなくてそのまんまだ! こりゃ楽しくないわけがない!
「っしゃあー! 行け行けー!」
盾を並べた月人の群れに突っ込む。月人が盾ごとキャタピラに踏み潰される。そんなもんで止められるか!
「スーパーロボッ! スーパーロボッ!」」
ノリノリで運転していると、突然、ハーベスターに何かがぶつかってきた。衝突音がコクピットの中に響き渡る。なんだ、と思って周りを見てみたら、月人の一段がこっちに向かって弓を構えていた。
「危ない、伏せろ!」
「ビビることはねえ!」
九曜院が屈んでるけど、その必要はない。林業用の重機は安全面にも配慮している。コクピットを覆っているのは強化プラスチックだ。作業中に物や木が飛んできても中の人はしっかり守られる。ましてや矢なんて弾き返すに決まってる。
俺はアームを操作して、丸太を弓隊に向かって投げつける。圧倒的質量を叩きつけられて、弓を持った月人たちは残らず薙ぎ倒された。ストライク!
さて、武器が無くなった。補充しないといけない。性懲りもなく群がってくる月人たちをキャタピラで轢き殺しながら、近くの木を一本伐採。そいつを整形して新しい丸太にした。
「よし」
「いいのか……?」
いいんだよ、細けぇ事は。
ペダルを踏み込み前進する。次に出てきたのは、黒い長髪の女だ。こっちに右掌を向けている。何をする気だ、と思ったら手が光ってビームを撃ってきた。
「うおっ!?」
ヤバいと思って顔を背ける。たけど、熱も衝撃も感じなかった。恐る恐る顔を上げると、再び放たれたビームが強化プラスチック窓に弾かれるところだった。窓には傷一つついてない。ノーダメージだ。
ビームを撃った女はびっくりしている。俺もびっくりだ。あれ、よく見たら瑠那じゃねえか。あいつ、ビーム撃てたのか。二度びっくりだ。
「ビームってこんなに弱いのか?」
丸太で瑠那をホームランしながら、思わずそう呟いてしまった。すると、質問したわけじゃないのに九曜院が答えた。
「いわゆる光線というものは、大気中ではエネルギーが急速に減衰する。宇宙空間ならともかく、地上で破壊力を得るためには相当なエネルギーが必要だ。それでも、窓に当たった衝撃から推察すると、人体くらいなら破壊できそうな威力はありそうだが」
難しい話になると急に冷静になるなお前。まあ防げるってわかったならそれでオーケーだ。
こんな感じで無双し続けて、いよいよ祭壇の前まで来た。丸太が突っ込んだせいで崩れている。
「これ、薬も潰れてダメになってるんじゃないのか?」
「封印されているから無事だと思うが……」
瓦礫に埋もれてるよなあ。探すのが大変そうだ。
降りて確かめてみないと、と思った瞬間、横から痛烈な光が当たった。何かと思ってそっちを見ると、ライトをつけた重機が突っ込んできた。凄まじい衝撃がコクピットを襲う。まるで交通事故……いや、文字通り交通事故だ。
突っ込んできたのは、こっちと同じショベルカー。だけど先端のアタッチメントはローラーとチェーンソーじゃなくて、無骨な鉄の杭がついている。
「あいつは……!」
相手のショベルカーがアームを振り回して、コクピットめがけて杭を突き出してくる。そいつをバックで避ける。鉄の杭は目の前を通り過ぎて祭壇の残骸に突き刺さった。油圧の力が杭を深々と撃ち込み、残骸を粉々に粉砕する。
「なんだあれは!?」
「油圧ブレーカーだ!」
コンクリの壁やアスファルトを粉砕する、解体用のアタッチメント。それが油圧ブレーカーだ。パイルバンカーみたいなものだと言っていい。
こんな労災そのものの攻撃をしてきたのはどこのどいつだ。ブレーカーの運転席を見る。
「これが私の! 丑の刻参りだぁぁぁ!」
緑色の目の鬼の女が運転席に座っていた。橋姫!
「上等だこの野郎!」
突き出された杭に丸太を振り下ろす。丸太は粉砕されるが、衝撃が杭の軌道を反らした。
攻撃が外れた橋姫はすぐにブレーカーのアームを引き戻し、横に払う一撃を放ってくる。こっちもハーベスターのアームを操作して、横に振り回す。
「うああっ!」
「おらぁっ!」
金属音が鳴り響き、凄まじい衝撃が運転席にまで伝わってきた。お互いの機体が大きく揺れるけど倒れない。互角。
アタッチメントは違うけど、重量やエンジンなんかの本体性能は同じだ。だったら勝負は腕で決まる! アツくなってきた。これは、あれだ!
「スーパーロボット大戦だぁぁぁ!」
「重機だろ!?」
後ろの九曜院の叫びは無視して、俺はハーベスターのアームを振り上げた。
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