ナール、ナーシュ

 前に話した『渦人形』を一緒にボコボコにした、すえ浩太郎こうたろうって奴。覚えてるか?

 この前、アイツと仕事先で偶然再開してな。これはその時の話だ。


 庭の手入れの仕事で神奈川に行った。雑草を刈って枝を払うだけなんだけど、豪邸だから庭が広くて、結構時間が掛かる仕事だった。秋になったってのに暑い日で、防刃作業服が蒸れてしんどかったのを覚えてる。

 庭の真ん中には10m以上ありそうな大きな木があった。それを剪定をしようとしたんだけど、その根本に色黒な子供が2,3人いたんだ。

 俺は雇い主の社長の子供かその友達と思って声をかけた。


「おーい、これから仕事するから、どいてくれないか?」


 チェーンソーや芝刈り機を使う時に近くにいられたら危ないからな。

 ところが子供たちは、じっと俺を見つめるばっかりで、動きもしないし返事もしない。


「ごめんなー。お父さんに頼まれてる仕事だからさ、別のところで遊んでくれないか?」


 すると子供たちは俺を指差してこう言った。


「ナール、ナーシュ」


 そんな感じだったな。日本語じゃなかったと思う。なんかのおまじないなのか、それとも単にバカにしてんのか、って思ったよ。

 とにかくこれじゃあ仕事ができない。そこで俺は社長にお願いすることにした。それで玄関に行ったらさ、陶と会ったんだ。


「ありゃ……お前、大鋸かァ?」


 俺に気付いた陶が声をかけてきた。


「うん?」

「俺だよ、俺! 陶だよ! 同じ大学の!」

「……あー! 陶か! 久しぶりだなオイ!?」


 久しぶりに会った陶は黒いスーツに身を固めて、顎髭なんか生やしてバッチリ決めていた。


「お前、なんでここにいるんだァ?」

「ここの社長さんから庭の手入れを頼まれてたんだよ。お前は? 仕事か?」

「ああ。今度、ここの社長さんの身辺警護をすることになって、その先行調査でな」

「ふーん。あれか、SPってやつか。ドラマの」

「そうそう」


 そんな風に玄関先で話していると、社長さんが玄関にやってきた。


「お待たせしました……おや、大鋸さん。どうしました?」

「すいません、庭の木の下でお子さんが遊んでるんで、どいてもらうように言ってくれませんか? 話を聞いてくれないんですよ」


 すると社長さんは困った顔をした。


「子供?」

「ええ。お子さんと、お友達が……あ、ひょっとしてお孫さんですか?」

「いえ、子供も孫も、今日はウチに来ていませんが」

「えっ」


 じゃあ近所の子供が勝手に入り込んでるのか? と思ったら、陶が口を開いた。


「すみません。先にこちらの話をいいですか? 例の石の件で、奥さんに伺いたいことがあるのですが」


 陶の言葉に社長さんは背筋を伸ばした。


「わかった。上がってくれ」

「お邪魔します。大鋸ァ。一応、お前も来い」

「お、おう」


 俺は関係ないはずなんだけど、なんか真面目な雰囲気だったから、何も言わずに陶と社長さんの後ろについていった。

 案内された部屋には、右目に眼帯をした奥さんがいた。


「どちら様ですか?」


 奥さんが俺たちに声をかけると、陶が礼をした。


「はじめまして。アカツキセキュリティ警備部四号四班所属、陶浩太郎と申します。

この度は井上様の身辺警備の件について、事前調査に参りました。つきましては、最近奥様の身の回りで起こっている出来事について、いくつかご質問させていただいてもよろしいでしょうか?」


 急に陶の喋り方が流暢になった。仕事モードか?

 社長さんの奥さんはボーッとしていたけど、少しするとゆっくりと頷いた。


「どうぞ」

「ありがとうございます。まずは……失礼ですが、その右目、いかがされたのでしょうか?」

「この目は……ちょっと充血が酷くて。医者に診てもらったのですが、特に異常は無いと言っていました」

「なるほど。そうなったのは、いつ頃からですか?」

「先週からです」

「ふむ。井上様には、奥様の目がこうなるのはこれが初めてではないと伺っております。最初にそうなったのはいつ頃ですか?」

「……2ヶ月ぐらい前ですね」

「ありがとうございます。では、次の質問ですが……その、テーブルに置かれている石は?」


 陶が指したのは、テーブルに置かれた黒い卵型の石だった。野球ボールと同じぐらいの大きさで、ピカピカに磨かれていた。


「これは……パワーストーンですよ」

「そちらはいつ頃手に入れましたか?」

「……2ヶ月ぐらい前です」


 陶は難しい顔をして考え込む。


「他に、その石を手に入れてから変なことが起こったりしませんでしたか?」

「……い、いえ。特に何も」

「おい待て、妙な夢を毎晩見てるって言ってただろう?」


 社長さんが奥さんに反論する。奥さんが嘘をついているっていうのは、無関係の俺でもわかった。でもなんでだ。そんなに大事なのか、あの石。


「夢は夢でしょう? 目の病気だってたまたまですし……」

「その石はどうやって手に入れましたか?」

「ネットオークションで売っていました。きれいな石だったので、手元に置いておきたくなって」

「……産地はわかりますか?」

「いえ。海外だと思いますけど……」

「それは危ないかもしれません」


 海外の石って危ないのか? と俺が思っていると、陶が答えた。


「石にも病原菌がつく場合があるんです。ひょっとしたらその石が奥さんの目の病気の原因かもしれません」

「……考えすぎですよ」

「ええ。ですが、はっきりさせるために、一度弊社で調査させていただいてもよろしいでしょうか?」

「ッ! やめてください!」


 陶がかすかに手を動かすと、奥さんは慌ててパワーストーンを胸元に引き寄せた。ちょっと反応がオーバー過ぎる気がした。だって石だぞ? 宝石ならともかく、ちょっときれいな石にそこまでムキになるか普通?

 とにかくこれは話が長くなりそうだな、と思っていると背中に硬いものが当たった。


「おっと?」


 振り返ると、さっき木の下で遊んでいた子供がいた。子供はチェーンソーを持っていて、刃には防刃繊維が絡まって止まっていた。多分、あのチェーンソーで俺の背中を刺したんだと思う。

 ちなみに刺された場所は背中の左だった。作業服を着てなかったら心臓をやられてたな。


「何っ!?」

「だ、誰だ!?」


 陶と社長さんが驚く声が後ろから聞こえてきた。俺はそれを気にせず、子供に向かって話しかけた。


「……おい。殺す気か?」


 子供は答えずに、俺の喉に向けてチェーンソーを突き出してきた。それを避けて、逆に子供の首を掴んだ。で、頭の上まで持ち上げて、振り下ろすようにぶん投げた。

 ちょうど、そこに小さいサイドテーブルがあってな。上に乗ってた花瓶ごとバラバラになった。子供は首が変な方向に曲がってたな。人間だったら死んでたと思う。

 ところが子供は首がねじ曲がったまま立ち上がると、俺を指差して言ったんだ。


「ナーシュ」


 言い終わると同時に、俺の前蹴りが子供を吹き飛ばした。部屋の外まで飛んでって、廊下の壁に叩きつけられた。普通なら死んでるんだけど、子供は平然と立ち上がって廊下の向こうへ逃げていった。

 俺は追いかけようとしたんだけど、後ろから悲鳴が聞こえてきて止まった。


「キャアアアアッ!?」


 振り返ると、奥さんが窓の方へ引きずられていた。奥さんの体に巨大な蛇の尻尾が巻き付いていて、それは窓から部屋の中に入り込んでいた。


「やべぇっ!」


 陶が手を伸ばしたけど、その前に奥さんは窓の外へ引きずり出されて見えなくなった。


「なんだ今のは!?」

「クソッタレがァ! やっぱりあの石が元凶かァ!」


 そう言うと、陶は玄関に向かって走った。俺も後を追いかけながら質問する。


「さっきの蛇はなんだ!?」

「東南アジアの神様……いや、悪霊って言った方がいいか? とにかくバケモンだよ! 奥さんが持ってた石に取り憑いてたんだ!」

「じゃあ奥さんの目調子が悪かったのは、あの石の悪霊のせいか?」

「そうだ! 今度、この家を警備することになって、怪しい気配があるから調査に来たんだが……いきなり当たりを引くとは思わなかったなァ!」


 玄関で靴を履いて、俺たちは外に飛び出した。得体の知れない子供たちが庭に向かって走っていったのが見えた。


「あの子供は!?」


 陶に訊くと、あいつは驚いた顔をした。


「子供!? アレが!?」

「子供だろ?」

「いや……え、お前、あれが子供に見え……え、子供にさっきのアレやったの?」

「……とにかく追うぞ!」


 なんか質問が何言ってるかわからなかったからスルーした。

 ……え、いやだって、俺のこと殺そうとしてたんだぞ、あの子供は? 反撃しただけだぞ?


 まあいいや。話を戻すぞ。子供を追いかけたら奥さんが見つかった。

 奥さんは、さっき俺が剪定しようとしていた木に括り付けられていた。その周りには、チェーンソーを持った浅黒い肌の子供が10人くらいいる。そして、木の上の方にバカでかい青白い蛇が巻き付いていた。

 胴体が丸太よりも太くて、口を開けたら人間なんて丸呑みにできそうな大きさだった。左目は真っ黒で、右目は無かった。

 とにかく一目でヤバいことになってるってのが丸わかりだった。ゲームでもあそこまでキマった構図は中々見られないと思う。

 陶は両手に嵌めていた手袋を脱ぎ捨てながら、言った。


「……大鋸ァ。お前は社長さんと一緒に逃げろ」

「あ?」

「ああいう手合いは俺の専門だ。ここは俺に任せろ」

「……ナメんなよ」


 俺は庭に置いていたチェーンソーを拾い上げると、スターターを引いた。慣れ親しんだエンジンの駆動音が響いた。


「幽霊とか妖怪とか、あの手のバケモノの仲間だろ? だったら平気だ。今まで何十匹もチェーンソーでぶった斬ってる」

「……マジで?」

「マジで」

「……じゃあ、お前は子供を頼む。俺はその隙に蛇を仕留めて、奥さんを助ける」

「オーケー。しくじるなよ」


 陶と視線を交わすと、俺は前に出た。浮き足立つ子供たちに、チェーンソーの切っ先を突きつけた。


「遊んでやるよ、クソガキども」


 子供たちが一斉に飛びかかってきて、戦端が開かれた。

 ハッキリ言わせてもらえば、子供一人ひとりは大した強さじゃなかった。こっちは完全装備だし、チェーンソーの技量も大したことはない。繰り出される刃を避けて、カウンターで斬撃を繰り出したら、あっさり1人の首が飛んだ。

 問題はそれが10人もいたことだ。俺を二重に取り囲んで、1人に手を出せば4人が援護する、ってフォーメーションを組んできた。お陰で中々攻め手が見出だせなかった。作業服を着てたから多少斬られても問題ないけど、限度ってものがあるからな。


 俺が子供を引き付けている間に、陶が奥さんのところへ辿り着いた。そしたら木の上から大蛇が降りてきて、陶に襲いかかった。

 陶は大蛇の牙を屈んで避けると、大蛇の腹に向かって正拳突きを放った。


「せいっ!」


 ハンマーで生き物を殴ったみたいな、重い音が庭に響いた。大蛇は見るからに痛そうにのたうち回ってたな。

 ……まあ確かに、陶は空手をやってるって聞いたことはあるぞ? だけどあんな、丸太みたいな蛇にダメージを与えられるほど強いとは思わなかったよ。

 怯んだ蛇に対して、陶は次々と連打を打ち込んでいく。大蛇が噛みつこうとするけど、陶は素早く動いて避け、鼻先にカウンターの肘をブチ当てた。蛇が大きくのけぞった。そこに陶が踏み込み、左腕の手刀を突き入れた。


タマァ、抜いてやる!」


 凄かったよ、あれは。まるでナイフで刺したみたいに、陶の腕が蛇の体の中にズブって入ってったんだ。肘まで埋まってた。

 で、陶が腕を引き抜くと、ぶっとい血管がその手に握られていた。陶が左手を握りしめると、血管は千切れて噴水みたいに血を吹き出した。大蛇は大きな悲鳴を上げ、しばらくのたうち回っていたけど、やがてぐったりして動かなくなった。

 大蛇が動かなくなったのと同時に、俺を取り囲んでいた子供たちもバタバタと倒れて動かなくなった。

 それで、俺と陶はふたりがかりで奥さんを木から下ろしたってわけだ。奥さんは気絶してたけど怪我はなくて、一件落着だったよ。


 陶に後から聞いた話なんだけど、あいつらは東南アジアの神様とその使いだったそうだ。奥さんが持ってたパワーストーンが御神体だとか。そのパワーストーンは盗まれたもので、ネットで販売されていたらしい。

 なんでそんなことがわかったかっていうと、陶がパワーストーンを預かって会社に持って帰ったら、大蛇と子供が会社に襲いかかってきたそうなんだ。それをあいつの部署総出でボコボコにして縛り上げて、インタビューしたんだとか。

 ……いや、俺も初めて聞いた時はびっくりしたけどな。アイツが勤めてる部署、そういう幽霊とか妖怪相手に護衛やる所らしい。なんでも、そういうのに顧客をやられると、警察は当てにならないのに会社の評判は落ちるクソ案件になるから、素質のある人間を集めて返り討ちにしてるんだとか。

 で、大蛇が言った通り、村にパワーストーンを持って帰って、この話は一件落着ってわけだ。


 いやあ、久々に大学の友達と会ったけど、波乱万丈な奴だったなあ。化物退治を仕事にしてるなんて。

 ……え、何、陶の連絡先が知りたい? 何する気だお前。

 取材。ほう。

 あのな、向こうは仕事でやってんだぞ。俺みたいに巻き込まれて酒の肴に話してるようなのじゃなくて、真面目にお仕事でやってるんだから。邪魔をするんじゃない。

 おいやめろ、会社に直接連絡しようとするな。わかった、わかったから! 俺の方から連絡するから、お前はじっとしてろ! いいな!?

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