きさらぎ駅 上り線
もしもし? 俺だ、
ああ、ちょっとお前好みの事件に巻き込まれたみたいでな。電話したほうが良いと思ったんだ。うん。そう。
えーとだな、簡単に言うと、知らない駅にいる。
いや、乗り過ごしたんじゃないんだよ。確かに電車に乗るのは久しぶりだけどさ。ちゃんと起きてた。
だけどな、1時間経っても駅に着かなかったんだよ。ひょっとしたら特急か何かに乗っちまったかと思って、止まった駅で降りたんだ。
そしたらさ、駅の名前が『きさらぎ駅』だったんだよ。
あー、やっぱ知ってるか。携帯で検索したら怪談しか出てこなかったからな。
うん? ああ、ネットも電話も繋がるんだよ。Googleマップ? わかった、ちょっと待ってろ。
……駄目だな、新宿駅にいることになってる。新宿駅のどの辺かって? わかんね。中央線に乗ったから、多分中央線のホームだろ。階段上がってすぐのところ。
どうやったら出られるんだ、これ? わからない? 怪談でもそうだったのか。マジかよ勘弁してくれ……。
何、迎えに行けるかもしれない? どういう事だ? 実験? お前ちょっと面白がってるだろ? おう、ごまかすなごまかすな。
で、どうするんだ? うん。うんうん。なるほど、わかった。やってみるよ。それじゃ一旦切るぞ。じゃあなー。
……出ねえな。
もしもし? 俺だ、大鋸だ。メリーさん、出ないぞ。
いや、電話は繋がった。寝てるんだと思う。だって夜の11時だぞ?
そりゃ、妖怪だって寝るだろ。
次はどうするんだ? 行ってみる? ここに? え、新宿駅? Googleマップで俺がいる所に? あー、確かに何かあるかもなあ……。
あ、待て待て電話入った……メリーさんだ。起きたなあいつ。じゃあ出るわ。そっちも頼むぜ。そんじゃ。
――
後輩との電話を切った俺は、メリーさんからの電話に出た。
「もしもし、メリーさん? 今どこ?」
「貴方の後ろにいるの!」
背中に衝撃。振り返る間もなく蹴っ飛ばされた。駅の壁にぶつかる。痛い。
「あのねえ、こんな時間に呼び出すってどういう事!? 信じられない!」
振り返ると、メリーさんが立っていた。いつもの紺色のドレスとチェーンソーの出で立ちだ。
「いや、本当にすまん。寝てたか?」
「当然! で、何の用かしら? 今から決闘って言うなら帰るわよ。別の日にして」
「それなんだよ。メリーさん、ここから帰れるか?」
「は?」
俺の問いに、メリーさんは状況を理解したようだ。
「……ちょっと。どこよ、ここ」
「きさらぎ駅」
メリーさんが顔を引きつらせる。
「ちょっと……!? 私、メリーさん! 今おうちにいるの!」
メリーさんが瞬間移動の呪文を唱えるが、そこにいるままだ。移動できないことに気付いたメリーさんは、憎々しげに俺を睨みつけてきた。怖い。今までで一番怖い顔してる。
「何てことしてくれたのよ貴方……ブッ殺してやる……!」
メリーさんがチェーンソーのスターターを引いた。エンジンが唸りを上げる。
「ゴメン! ほんと、ゴメン! 妖怪ならここから出れると思ったんだが……」
「だからって私を呼ぶな! あと妖怪って言うのやめて!」
「ホントすみません! ごめんなさい!」
「……ああもう! まったく……」
平謝りを繰り返すと、メリーさんはどうにか怒りを鎮めてくれた。
「どうしてこんな所に迷い込んだのよ、貴方」
「わからないんだ。普通に電車に乗ってただけだ」
「そう。被害者ってわけ。ほっとけばよかった……」
「メリーさん、この駅について何か知らないか?」
「ネットで有名でしょ? 自分で調べなさいよ」
「それ以外! 怪異的な視点から!」
少し考えてから、メリーさんは口を開いた。
「私だって全部を知ってるわけじゃないけど……ここは、分かりやすく言うなら異次元空間ね」
ゲームでたまに聞くやつだ。俺は黙って頷いて、メリーさんの話を聞く姿勢を取った。
「条件が揃わないと出入りできない特別な空間よ。その条件は私にはわからないけど……電話やネットが通じるってことは、条件は結構ゆるそうね」
「ってことは、出られるのか?」
「そんな訳ないでしょう。出られるなら私はとっくに出てるわよ。忌々しい……」
「なら、どうすればいい?」
「とりあえず辺りを調べてみましょう。何か見つかるかもしれないわ」
そこで、俺とメリーさんは2人で手分けしてきさらぎ駅周辺を調べてみた。
しかし、小一時間ほど調べてみたが、収穫はなかった。というか、そもそも駅の周りに何もない。
きさらぎ駅の周りは一面森になっていて、細い未舗装道路が伸びているだけだ。コンビニはもちろん、駐車場も駐輪場も、自販機すらない。レベルの高い秘境駅だ。ここと比べれば青梅駅も大都会に見える。
そして、きさらぎ駅そのものは絵に描いたような無人駅だ。一応、木造の駅舎はある。昔は有人駅だったらしく、駅員室や人が立つタイプの古い改札もあった。しかし、今は誰もいない。
「何も無いな」
「無いわね」
改めて確認すると、俺たちはベンチに座った。そろそろ12時を回る。本当だったら今頃風呂に入って寝ているはずだったのに、どうしてこうなった。
「……こうなると、怪談通り線路を歩いてみるしかないわね」
「それ、やって大丈夫なのか?」
ネットの怪談だと、線路を歩いているといろいろと不思議なことが起こり、最後には投稿者が行方不明になっているはずだ。二の舞になりそうだが。
「そうね。何かが出てくるだろうけど、返り討ちにすればいいだけでしょう? むしろ、こっちで遭遇するタイミングを決められるんだから有利じゃない」
そう言って、メリーさんはホームから線路に飛び降りた。俺も後を追おうとしたけど、電話が鳴ったから足を止めた。
電話は後輩からだった。
「もしもし?」
《もしもし。今どこですか?》
「きさらぎ駅だ」
《よーし、オッケー! そこから動かないでください、もう少しで着きます!》
「えっ?」
驚いていると、駅の外から車のエンジン音が聞こえてきた。まさか、来たのか、あいつ。
「何これ。もう車が来たの? 順番飛ばしてない?」
不審げに辺りを見渡すメリーさんに、俺は声をかけた。
「あー、メリーさん。一旦上がってくれ。後輩が来たみたいだ」
「は?」
訝しむメリーさんをホームに引き上げ、一緒に駅の外に行くと、さっきまでは無かった白いワゴン車が停まっていた。ちょうど、ドアから人影が降りてくるところだった。
くせっ毛の女だ。度の強い眼鏡を掛けていて、レンズの向こうのタレ目が大きく見える。フード付きジャケットと長ズボンを着て、背中にはリュックサックを背負っている。そして頭にはヘッドランプと配信用の視点カメラを付けていた。
彼女は俺を見つけると、片手を掲げて挨拶してきた。
「お疲れさまです、大鋸先輩!」
「悪いな、こんな所に迎えに来てもらって」
後輩に挨拶を返す。メリーさんは俺の顔を見上げて聞いてきた。
「……誰?」
「高校のころ、後輩だった奴だ」
後輩は俺の隣にいるメリーさんに気付くと、パアッと顔を輝かせた。
「も、もしかして、メリーさんですか!?」
「へ? え、ええ……」
「はじめまして! 私、
「え、ええ……?」
雁金からの矢継早の質問に、メリーさんは目を回している。こいつ、怪談話になると急に早口になるんだよな。このままだと止まらないから、メリーさんの前に立ってやる。
「落ち着け」
「あ……すみません」
雁金は頭を下げて謝罪する。目がウキウキしてる。あんまり反省してないな、これは。
「えーと、それで、これがきさらぎ駅ですか。本当にきさらぎ駅ですね……看板まである。木造かー。一応、昔は駅員がいた駅って設定ですかね。有人改札がありますし」
雁金は俺たちの後ろにある駅を見て、感動しながらスマホで写真を撮り始めた。
その様子を見て、メリーさんが呟いた。
「なんなのあの人……」
「あいつ怪談マニアなんだよ。全国各地、時々海外まで行って、そういう話を集めてるんだってさ。本物にも何度か遭ってるらしいけど、遭っても怖くないから人の話のほうが面白いらしい。俺の話も楽しそうに聞いてくれるんだよな」
「そう……」
呆然としていたメリーさんだが、ふと気付いた。
「もしかして、私の話もした?」
「ああ。めっちゃ喜んでたぞ」
すると、メリーさんは顔を真っ赤にして、腰のあたりをぽかぽか叩いてきた。
「勝手に教えないでよ、このバカ……!」
地味に痛い。
そのうち、雁金が駅から戻ってきた。
「いやあ、いい取材になりました」
「私の写真は撮らないでね! 人に見せたりしたらブッ殺してやるから!」
「……1枚だけでも?」
「ダメ!」
メリーさんの決死の抵抗に、雁金はしぶしぶ引き下がった。後で隠し撮りしてないかチェックしないといけないな。
ひとまず落ち着いた所で、俺は雁金に質問した。
「なあ、雁金。お前、どうやってここに来たんだ?」
「車です」
「そうじゃなくて、ここの、きさらぎ駅の場所、わかったのか?」
「いえ。私は新宿駅に行くつもりでした」
どういう事だ、と聞く前に、雁金が話し始める。
「先輩のGPSがある場所を確認しようと思いながら、車に乗ったんです。それで東京の入り組んだ道を走ってたら、いつの間にか森の中を走ってました。
おかしいと思ってカーナビをつけたら、新宿のど真ん中だったんですよ。ありえないでしょ、そんな所に舗装もされてない山道があるなんて。不思議に思ってる内に、このきさらぎ駅に着きました。
多分、先輩のGPSと同じですね。私たちは地図上じゃ東京にいるけど、何か次元とか魂とか、そういうのがずれて、このきさらぎ駅に着いたんだと思います」
さっきメリーさんが異次元空間とか言ってたな。雁金の言ってることは的外れじゃなさそうだ。
「メリーさんはどうやってここに来たんですか?」
雁金の質問にメリーさんが答える。
「私? 私は瞬間移動で来たわ。『今、あなたの後ろにいるの』って奴で」
「で、先輩は電車が駅に着かないから、降りようと思ってたらこの駅に着いたんですよね」
「そうだ」
雁金はしばらく考えた後、呟いた。
「縁」
「うん?」
「『きさらぎ駅』に縁があるかどうかが重要なんだと思います。先輩は電車と駅という縁が、『きさらぎ駅』の怪談に巻き込まれる条件を満たしていました。メリーさんは先輩の後ろという縁が、私には新宿駅のGPSという縁がありました。
それに、ここでは電話やネットが通じます。スマートフォンやパソコンなんかの物の縁も有効みたいです。
恐らく、きさらぎ駅か、そこにいる人に縁があると、時空がずれて異次元のきさらぎ駅に辿り着く、という事ではないでしょうか」
「わからん……」
さっぱりわからない。こいつが怪談についてガチで考え出すと、いつもこうだ。本人の頭の中ではスジが通っているんだろうけど、説明が足りないから何を言っているわからないんだ。
「仮説なので。わかってなくても大丈夫なので」
「入り方は何でもいいのよ。知りたいのは脱出方法」
メリーさんが雁金に問いかける。
「出る方法はあるの? まさか、ミイラになりに来たミイラ取りじゃないでしょうね、貴方」
「いくつか考えてますけど……とりあえず、出口との縁は繋いであります」
雁金はさっきから被っている、配信用のヘッドカメラを指し示した。
「今、これの映像を家のパソコンに中継して録画しています。つまり、私と家のパソコンが縁で繋がってるんです。これなら、電池が切れるか車の配信機材がダメにならない限りは大丈夫です。
だから、さっきの仮説が正しければ、このまま車に乗って、外との縁を辿っていけば全員帰れると思います」
「よし、それだ! すぐに帰ろう!」
話はわからないが、帰れるならとにかくさっさと早めに帰りたい。
だが、雁金は困ったように頭を掻いた。
「そうですねー。でも、ちょっとだけヤバいんですよねー」
「何だよ」
「聞こえませんか? 音」
言われて気付いた。さっきまで風の音も無かった夜闇の中から、何かが聞こえてくる。遠くの方で太鼓を鳴らすような音が鳴っている。
「きさらぎ駅の怪談通りですよ。黙って帰す気はなさそうですね、彼女たち」
音は線路の向こう側から聞こえてくる。そこから何かがこちらに近付いてきているのだろう。
「どうするんだ?」
「迎撃しましょう。最初のあいつらはともかく、怪談通りになるなら、最後が厄介ですから」
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