タクシーの幽霊
林業ってのはシーズンがあってな。春の始めからお盆あたりまではオフにすることが多いんだ。その間は別の仕事をやってる。なんの仕事をやるかはその時次第だ。まあ、実入りの良いやつを選ぶが。
で、数年前はタクシー運転手をやっていた。その時に、ちょっとした事件があったんだ。
その時は深夜で、
「どちらまで?」
「多磨霊園まで」
「……少々お待ちください」
わからなかったからカーナビを確認した。立川よりもっと先に行った所、国分寺の辺りだったな。車だと1時間ぐらい、下道だともうちょいかかるか。遠いなあ、って思って客に確認した。
「1時間以上かかりますけど、大丈夫ですか?」
「はい」
「高速道路使いますか?」
「いいえ」
長くなりそうだな、って思いながら俺はタクシーを走らせた。
道路は空いていて、赤信号に引っかかる以外では止まることはなかった。東京の道路だけど田舎だし、しかも深夜だったからな。
ただ、深夜ならではの悩みがあった。眠い。眠気覚ましのガムは噛んでるんだけど、それを差し引いても眠い。こういう時の対処法のひとつに、客に話しかけるってのがある。その時もそうしたんだ。
「お客さん、乗り過ごしちゃったんですか?」
返事はなかった。バックミラーに映った女は俯いているだけだ。
いきなり話しかけられて戸惑ってんのか、って思って、もうちょっと話してみることにした。
「青梅ってね、中央線で乗り過ごしちゃう人が結構多いんですよ。ビジネスホテルは無いし、朝まで過ごせる場所も本当に少ないから、お客さんみたいにタクシーで送られる人、よくいるんですよね。
今日はお仕事ですか? それとも飲み会? どっちにしろここまで来ちゃうなんて、大変だったんでしょうね」
やっぱり反応はなかった。というか身じろぎもしない。嫌な客乗せちゃったなあ、って思いながら黙々とタクシーを走らせた。というか、少し不気味に思ってたな。
いやさ、寝てるわけじゃないんだよ。車に乗ってたら、カーブとかで横に揺れたりするだろ? お客さんが寝てたらそれに合わせて体が揺れたりするんだけど、その女は全然動かないの。起きてるのに身じろぎもせずにジッとしてる。スマホも使わない。
そう思うとちょっと怖くなってきてな。ほら、あるだろ? タクシーに乗せた客が消えるっていう怪談話。あれなんじゃないかって思ったんだ。行き先も多磨霊園だったし、ありえない話じゃない。追い出したくなったけど、普通の客だったらどうしよう、って思って、黙って運転するしかなかった。
緊張しながらも、どうにかこうにか1時間走りきった。カーナビのガイドも終わって、いよいよ多磨霊園が見えてきた。どこにタクシーを停めますか、って聞こうとした時だった。
ドルン、ドルン、とエンジン音が鳴り始めた。車のエンジンじゃない。もっと高い。一発でわかったよ。
チェーンソーの音が、後部座席から聞こえてきた。
おいおいおいマジかよ勘弁してくれ、って思いながらバックミラーを確認した。女はまだ座ってる。足元、膝のあたりに手を伸ばしている。そこにチェーンソーを持っているのかと思ったけど、鏡の範囲外で見えない。
さあヤバい。めっちゃヤバい。チェーンソーの音は確実に聞こえてる。チェーンソーを持った幽霊か、それともタクシー強盗か。どっちにしろロクなもんじゃない。
よし、逃げるか!
俺はブレーキペダルを思いっきり踏んだ。甲高い音がして、タクシーが急停車した。シートベルトが肩に食い込んだ。
車が止まると、俺はカラーボールを片手にタクシーの外に飛び出した。そしてタクシーから少し距離を取って様子を見た。
女が後部座席から降りてくる気配はない。慎重に、ゆっくりとタクシーに近付いて中を確認した。
誰もいなかった。さっきまで女が座っていたはずのシートは、チェーンソーで切り裂かれたかのようにズタズタになっていた。
まさに怪談通りのオチになったわけだ。
怪談そのものはこれで終わりなんだが……。ちょっとだけ続き、というか先があってな。この時は『怪談のその後』っていうのを思い知らされたんだ。
ところで、青梅から多磨霊園までタクシーで行ったら、いくらかかると思う?
……もっとする。いや、そこまではしない。正解は12,000円だ。深夜料金で割増されるから、14,000円ぐらいだと思ってくれ。
これが丸損になった。泣くよ? 眠いの我慢して深夜にタウシー走らせて、怖い思いまでしたっていうのにタダ働きだからな? それにガソリン代だってバカにならないんだぞ。
その上ズタズタにされたシートだ。そんなので客を取る訳にはいかないから当然交換しなくちゃいけないんだけど、これだって結構な金がかかる。
その日1日、いや、2日分の稼ぎが吹っ飛んだよ。あれはもう、本当に勘弁してくれ……。
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