きさらぎ駅 下り線

 雁金の提案で、やってくる何かをきさらぎ駅で待ち構えることになった。

 まず、雁金の配信機材を車から降ろし、駅のホームに並べた。万一車が襲われても、外との縁が切れないようにするためだ。

 次にメリーさんのチェーンソーを使って、線路を塞ぐように木を倒し始めた。木を切り倒すのは人を斬るのとは違う技術がいるのだが、メリーさんは難なくこなしてみせた。流石だ。

 その間に俺は、きさらぎ駅のベンチやドア、看板や掲示板を壊して回り、その残骸で駅舎の入り口にバリケードを作って塞いだ。音は線路から聞こえてくるけど、回り込んでこないとも限らない。

 雁金は周りの森に有刺鉄線やトラバサミを仕掛けていた。森の中から来る相手を食い止めるためらしいが、ちょっと待て。


「何でそんなもの持ってきたんだ?」

「いると思って持ってきたんです」

「なんでいると思った?」

「えー、一度は考えません? きさらぎ駅に迷い込んだら、どうやって化け物どもを迎撃するか」

「出ることを考えなさいよ」


 メリーさん、正論。


 とにかく、きさらぎ駅の要塞化は手早く済んだ。音はもうすぐ側まで迫っている。だが姿が見えない。今更気付いたが、駅から少し離れた線路は真っ暗闇で何も見えず、不気味だ。


「じゃ、先輩、これを」


 雁金は俺にナタを渡してきた。


「後ろはお願いしますね」

「おう」

 

 そう言うと、雁金は車に向かった。そして後部座席のドアを開け、中の荷物を引っ張り出した。それは長い金属の筒を中心に、様々なパーツを組み合わせた物体。ショットガンだ。

 雁金はショットガンのベルトを肩に掛けると、ポンプを引いて弾を込めた。


「よし、準備完了です!」

「待って待って、なんであなた、銃なんて持ってるの!?」


 メリーさんが自分のチェーンソーを差し置いて質問する。


「こいつ、趣味で猟師やってるんだよ」

「勝手に使ったって言われると免許取り消しになっちゃうんで、黙っててくださいね?」

「うわあ……」


 メリーさんがドン引きしていると、じゃり、と音がした。線路の石を踏みしめる音だ。見ると、線路の暗闇から、何かがこっちに向かって歩いてくる。二本足。人間だ。


「来ましたね」

「おう、よく狙え」


 雁金は嬉々として銃を向ける。


「まっ……ちょっと待って!?」


 ところがメリーさんが制止した。


「どうした?」

「いや、人間かもしれないでしょ!? 確認とかしないの!?」

「いや?」

「別に?」


 こんな所に人間が来るとは思えない。仮に人間だったとしてもここはきさらぎ駅だ。その辺に埋めておけば問題ないだろ。


「一応確認とかしなさいよ! 声をかけるとか!」

「そうですか……すいませーん、大丈夫ですかー?」


 雁金が歩いてくる何かに声をかける。


「私はまだ生きてます」


 意外にも返事があった。ハッキリした女性の声だ。


「マジかよ、人間だったのか」

「はすみさんですか!?」


 雁金が名前を呼んだ。名前? おいどうした。知り合いか? そう思っていると、更に返事があった。


「転んだ傷から血も出てるし、折れてしまったヒールもきちんと持っています」


 ……おかしい。返事になっていない。人影はメリーさんが倒した細い木につまづいて転んだ。倒れた人影の頭が顕になった。


「まだ死にたくないよ」


 頭を真っ二つにされた、腐った顔だった。その状態で人影は、いや、『はすみ』の死体は立ち上がろうと両手をついた。だが、真っ二つになった頭が、轟音とともに木っ端微塵に吹き飛ぶ。

 雁金のショットガンだ。頭を失った死体は崩れ落ちて動かなくなった。


「……うん」


 雁金は満面の笑みで頷いた。


「殺せば死ぬみたいですね。これなら全然怖くないですよ」


 お前が怖えよ。

 太鼓の音の音が大きくなった。今ので終わりってわけじゃないらしい。線路の向こうの暗闇で、何かが蠢く気配がある。


「何人来る?」

「わかりません!」


 相当な数なのは間違いない。雁金は銃を持ってるけど、足りるかどうかわからない。


「メリーさん、雁金の援護を頼む」

「……わかったわ。怪異なら遠慮はしないから、任せなさい。その代わり、横と後ろはあなたが何とかしなさいよ」


 メリーさんは雁金の側に寄った。少しすると、雁金が暗闇に向かって銃を撃ち始めた。太鼓を叩いてる連中が見える位置にまで来たんだろう。

 メリーさんが倒した木のお陰で、相手の侵攻スピードは緩まっているようだ。雁金は絶え間なく銃を撃ち続けているが、焦る様子は無い。大丈夫そうだな。

 俺はナタを構えて、横の森と後ろの線路に注意を向けた。さて、何が出てくるか。そう思っていたら、森の中から悲鳴が聞こえた。


「ギイッ!?」


 目を凝らすと、有刺鉄線に引っかかった人影を見つけた。頭が真っ二つになった死体が動いている。さっきの『はすみ』と瓜二つだ。

 俺は駆け寄り、もがく死体の首にナタを振り下ろした。頭が吹っ飛んで動かなくなる。いいナタだ。チェーンソーよりは弱いが、それでも頼りになる威力だ。

 しばらくすると、銃声が止んだ。雁金の方に目を向けると、あいつは弾を込めていた。


「雁金! これで終わりか?」

「まだ第1ウェーブです!」


 ウェーブって何だよ。


「おーい」


 後ろから声がした。片足だけの老人が、ボロボロに錆びた斧を振りながらこっちに近付いてきていた。


「危ないから線路の上歩いちゃ駄目だよ」


 斧を握る老人の腕は腐っていて、骨が見えていた。だけど老人は気に止めることなく、片足でケンケンしながら俺に近付いてくる。


「どいて!」


 メリーさんが老人に飛びかかる。金属同士がぶつかり合う音が響いた。

 老人はメリーさんから一旦バックステップで離れ、斧を振り上げて襲いかかる。


「私、メリーさん。今、2歩前にいるの」


 メリーさんが瞬間移動して、一瞬で老人の間合いに入った。目測を狂わされた老人の喉に、メリーさんのチェーンソーが突き刺さった。


「はす、はすみんタン、落ち着いておにいたんの言うこと……」


 そんな事を老人は言っていたが、やがて動かなくなった。


「案外大したことないわね」


 メリーさんはチェーンソーについた血を振り払った。


「来たァーッ!」


 雁金が叫んだ。


「どうした!?」

「クライマックスですよ!」


 太鼓の音に混じって、大きなエンジン音が急速に近付いてきた。これは……チェーンソーじゃない、車!?


「これが最後だ」


 そんな声が聞こえた。誰の声かはわからない。

 線路の向こうが輝いた。車のヘッドライトだ。黒のセダンが線路の上を爆走してくる。だが、メリーさんが倒した木にぶつかってひっくり返った。

 セダンから男が這い出してくる。


「駅まで送るよ。ビジネスホテルがあるんだ。ここは比奈、比奈比奈ひ……」


 雁金の猟銃が男の胴体に穴を開けた。男は口をパクパクと動かしていたが、それも追撃のショットガンで吹き飛び、動かなくなった。


「……終わりか?」


 俺の問いかけに対して、雁金は銃口を降ろすことで答えた。

 次の瞬間、ひっくり返っていた車がまるで生き物のように跳ね上がり、タイヤから着地した。


「なっ!?」


 車はアクセル全開で俺たちの方に突っ込んでくる。俺とメリーさんは左に、雁金は右に跳んで避けた。

 雁金がライフルを撃つ。だけど銃弾は車体やガラスに弾かれて、傷一つ付けられない。


「防弾!?」


 再びの突進を避ける。轢かれた『はすみ』たちの死体がベキベキと音を立てる。


「メリーさん、中に瞬間移動できるか!? 運転手をやってくれ!」

「わかった、やってみる! ……私、メリーさん。今、助手席にいるの!」


 メリーさんの姿が消えた。だが、車は止まらない。突進を避けると、車は駅のホームに突っ込んだ。フロントガラスにヒビが入るほどの勢いだが、車は平然とバックし始める。


「痛ったあ……!」


 後ろから女の声。振り返ると、メリーさんが頭を抑えて膝をついていた。駆け寄って見てみると、メリーさんは額から血を流していた。


「メリーさん!?」

「あの車……誰も乗ってない……!」


 運転席を見た。暗くてよく見えないが、確かに誰も乗っていないように見える。


「雁金! あの車、誰も乗ってないぞ!」


 雁金は車を避けて叫んだ。 


「マジですか!?」

「どうする!?」

「ぶっ壊すしかないです!」


 雁金の銃が火を吹く。前輪のタイヤがパンクした。ハンドルを誤った車がこっちに突っ込んでくる!

 俺はメリーさんの体を抱えると、ホームの上に投げ上げた。


「きゃっ!?」


 それからチェーンソーを拾い上げる。


「借りるぞ、メリーさん!」


 横に飛び退く。突進が外れた車はブレーキしながら方向転換、こっちに鼻先を向けてくる。俺は減速した車に駆け寄り、フロントガラスにチェーンソーを振り下ろした。


「オラァ!」


 さっきの衝突でヒビの入っていたフロントガラスは、エンジンの掛かっていないチェーンソーでも簡単に砕けた。

 車が加速する。俺は割れたフロントガラスを潜って車の中に転がり込む。確かに誰もいない。ハンドルもアクセルも操作されてないのに、車は勝手に動いている。

 俺は運転席に座り、シートベルトを締めると、ブレーキを踏んだ。減速した手応えがあった。雁金が突進を避けていく。なるほど、これは効くのか。


「だったら!」


 今度はサイドブレーキを引いた。車輪がロックされる。強引に動こうとした車はスリップして横転した。車は生き物のようにランプを点滅させるが、動けない。


「……さあて」


 俺はチェーンソーに手を伸ばし、エンジンを掛けた。ドルン、とエンジンが唸りを上げる。車が怯えたようにクラクションを鳴らした。

 ダッシュボードにチェーンソーの刃を突き入れる。物凄い音がして速度計が破壊され、その奥の機械も破壊される。更にチェーンソーを斜めに、助手席に向けて降ろしていく。ラジオとエアコンが斬り裂かれた。

 更にチェーンソーを下にねじ込む。床を切り裂き、シャーシに刃が届くと、車のエンジンが絶叫するように音を響かせた。フレームが、ドライブシャフトが、サスペンションが千切れていく。流石メリーさんのチェーンソーだ。金属も豆腐のように切ってしまう。


「先輩!」


 フロントの穴から雁金が呼びかけてきた。


「何だ!」

「ボンネット開けてください!」


 ショットガンを掲げて雁金が笑う。なるほど、それはいい。

 俺は椅子の横を探って、ボンネットのロックを開けた。開いたボンネットに、雁金が次々と銃弾を叩き込む。エンジン、つまりは心臓に銃弾を受けて、車は一層激しくライトを明滅させた。

 シャーシを斬り裂いた俺はフロントの穴から外に出て、車の腹に回り込んだ。まだ無事な後輪のシャフトにチェーンソーを突き入れる。シャフトを切り裂くと、タイヤのサスペンションにチェーンソーをねじ込み、全部解体してやった。


「こんなもんでいいでしょう」


 雁金が言った頃には、車は完全に廃車と貸していた。もうエンジンも止まっている。車輪も全て外したので、仮に動いたとしても走れないだろう。


「これで終わりか」

「ええ。きさらぎ駅の話の終わりは、『はすみ』って投稿者が車に乗って音信不通になるところで終わりなんで」


 どうやらあの車がオチだったらしい。


「じゃあ、もう帰れるんだな?」

「はい。いやあ、迎撃して正解でしたよ。他はともかく、この車が帰る途中に追いかけてきたら手こずりました」


 確かに、追突されて配信機材が壊れたら帰れなくなっていただろう。雁金の判断に救われた。


「ありがとうな。今度おごろうか?」

「いやいや、そんな。今日のでお腹いっぱいですよ」


 俺と雁金はホームによじ登る。上ではメリーさんが呆然と座って待っていた。打った頭から血が出ている。


「頭、大丈夫か?」

「……あなたたちこそどうなのよ……」


 俺は別に頭は打っていない。雁金を見るが、向こうも特に傷はない。


「大丈夫だ」

「いや……ああ、もういいわ。帰りましょう。信じられない、まったく……」


 メリーさんは車に向かって歩いていく。雁金は苦笑いを浮かべている。俺は肩をすくめると、メリーさんの後ろについて車に向かっていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る