ムカデ姫

 土曜日。俺は愛車にメリーさんとアケミ、沙也加を乗せてアカツキセキュリティへ向かった。念のため、チェーンソーと防刃作業服のフル装備だ。

 会議室に入ると、陶と吉田、紫苑、雁金が揃って待っていた。俺たちが最後になったけど、それはいい。問題はオマケがいたことだ。


「お前かよ……」

「どうも」


 素知らぬ顔で挨拶してくるのは、九曜院明。以前、広島の『おきつねさま』を退治する時に出くわした、怪異を研究している大学教授だ。

 それだけならいいんだけど、こいつは怪異を連れている。


「吉田、コイツ入れていいのか?」

「まあ……お客さんだから入れるしかないでしょ」

「えへへー」


 椅子に座って足をブラブラさせているのは、管狐の怪異のヤコだ。一応、九曜院の味方らしいが、どうにも腹の底が読めない。たまに頭からかじりつかれそうな気配がして、油断できない。陶も吉田もそういうヤバさは感じ取っているらしく、表情が固い。


 ひとまず顔合わせと挨拶の後、俺はこの前、沙也加が時空のおっさんどもに襲われたことを話した。チェーンソーのプロ的な話は伏せた上で、だ。

 瞬間移動してチェーンソーを振り回す人間が襲いかかってきたことで、いよいよこの事件がただ事じゃないと、みんな思い始めた。沙也加がどうにかされる前に解決しないといけない。

 そこに至る道筋はふたりが探っている。ひとりは雁金。もうひとりは九曜院。こいつらが沙也加を苦しめる呪いの正体を暴いてくれれば、突破口が見つかるはずだ。


「では、まず私からいいか?」


 九曜院がホワイトボードの前に立った。俺たちの手元には資料がある。プリントをホチキスで止めた奴だ。


「はい。九曜院教授、発表をお願いします」


 司会進行はアケミ。なんだか研究の発表会みたいだ。


「准教授だ。結論から言おう。前田くんに取り憑いているムカデの呪いは、『三上山の大ムカデ』の伝説を元にした怪異だ。2ページを見てくれ」


 配られたプリントをめくる。巨大なムカデを橋の上から弓で狙う侍の絵と、それに関する説明文があった。本当に大学のゼミっぽくなってきた。


「平安時代、滋賀県の三上山に巨大なムカデの妖怪が住みついた。ムカデは山を七巻き半もする巨体で、近隣の人々に被害を与えていたそうだ」

「山を……七周半? 大きすぎませんこと?」

「ドラゴンじゃねェか」

「いや、ドラゴンより強力だ。龍神が名のある武者に助太刀を頼んだくらいだからな」

「怪獣じゃねェか」

「武者は見事にムカデを退治し、龍神からさまざまな宝物を授かった。そういう伝説だ」


 あー、なんかソシャゲで聞いたことあるぞ、その話。


「それでおしまい、ですか?」

「この伝説はな。だが続きがある。3ページを見てくれ」


 俺たちはプリントをめくる。お墓の写真と家系図が載っている。


「この武者の子孫が、安土桃山時代に盛岡藩主の下へ嫁いだ」

「……盛岡藩ってどこだ?」

「岩手県です」


 隣の雁金に小声で聞くと、耳打ちしてくれた。東北の方か。ありがとう。


「嫁いだ姫は子宝にも恵まれ、戦火やお家騒動にも……まあ、少しはあったかもしれないが、目立ったものには巻き込まれず、90歳で没した。見事な大往生だ。

 問題は死んだ後だ。姫の遺体を改めると、体にいくつもアザがあった。まるでムカデが這い回ったようなアザだった」


 沙也加がハッとして腕を抑えた。


「姫は嫁いだ時、先祖代々伝わる『大ムカデを退治したやじり』を持ってきたそうだ。だから姫の死因はムカデの祟りではないかと恐れられた。姫はムカデに祟り殺されたという噂が流れ、『ムカデ姫』という不名誉なあだ名がつけられた、という話だ」

「雁金、やじりってなんだ?」

「矢の先っぽについてる、あの金属です」


 あれか。ありがとう。


「ちなみにこの姫の子どもは藩主になったが、家系図の通り男子に恵まれず藩は弟たちが継いだ。だが側室が3人もいる以上、女子が何人か生まれていてもおかしくはない。その家系図には載っていないが、覚えておくように。

 では、次のページだ」


 え、今ので終わりじゃないの? もう決まりじゃないの、これ?

 とりあえずプリントをめくると、どっかの山の写真が載っていた。あと、ムカデの絵がいくつか。


「火熊くんと陶くんには既に話しているが、ムカデは金運を呼び込むとして、山師や商人に信仰されていた。

 そして盛岡藩だが、ムカデ姫が嫁いだ数年後に金山が相次いで発見され、ゴールドラッシュが巻き起こったそうだ。

 ここからは私の推測になるが……盛岡藩主は姫を呪う大ムカデを祀り上げて、一族の福の神としていたのではないだろうか。そして、ムカデ姫の血筋が藩主から離れた後も、その一族は密かにムカデを祀り続け、繁栄を享受した。

 その末裔が、君ではないかと考えている。前田くん、何か心当たりはないか?」


 沙也加は黙っていたが、しばらくするとカバンの中から袋を取り出した。紐を通して首から提げられるようになっている、布の巾着袋だ。


「これ、お守りです。お母さんから、肌身離さず持っていなさいと言われました」

「……中身を拝見しても?」

「いやいや駄目だろそれは」


 九曜院が伸ばした手を掴んで止める。


「お守りだぞ。中身を見たら効果がなくなるだろ」

「しかし現状を解決するには中身を確認しなければ……」

やじりです」


 沙也加が口を開いた。


「中身が何かはお母さんから聞いてます。准教授の言う通り、鏃です」

「確定だな」


 プリントが1ページ残ってる。これは話さないのか、と思って中身を読んでみると、参考文献リストだった。ホントに大学の先生だなあ……。


「では次。雁金さん、よろしくお願いします」

「えっ?」


 アケミの司会進行に、雁金が驚きの声を上げた。


「もう決まりですよね? 私が喋る必要は無いのでは?」

「やだなー。せっかく調べてくれたんですから、発表してくださいよー」

「公開処刑じゃないですかこれ?」

「いや。私が明らかにしたのは、彼女に憑いた形而上エネルギーの定義情報だけだ。どうやって前田くんを助ければ良いかまではわからなかった。

 君の調査が手がかりになるかもしれない。ぜひ、発表してくれ」


 九曜院も雁金を説得する。確かに、九曜院の説明は頭良さそうだったけど、肝心の呪いをどうにかする方法については何も言ってなかった。メリーさんが話の難しさと長さで眠ってしまうくらいだ。こうなったら雁金が頼りだ。


「頼む、雁金」

「でしたら……話しますけど……」


 俺が頼むと、雁金は渋々ホワイトボードの前に立った。


「私が調べてきたのは『男体山と赤城山の争い』の伝説です」


 そう言って、雁金は拡大コピーした写真をホワイトボードに貼り付ける。山の写真だった。


「こちらが栃木県の男体山、こちらが群馬県の赤城山です。この山の神が大ムカデと大蛇に変化して、戦場ヶ原せんじょうがはらという場所で戦ったという伝説があります」

「戦場ヶ原!?」


 思わず、声を上げていた。


「えっ、マジであんのその地名!?」

「はあ……知ってるんですか?」

「いや……ラノベの架空名字かと思ってた……」

「先輩、意外とアニメとかゲームとかお好きですよね」

「あァ、神宮寺が面白がっていろいろ教えたからなァ。全然知らねェんだよ、コイツ」


 そりゃまあ、記憶喪失だったからな。あの名作映画も、あの国民的マンガも、文字通り記憶を無くして楽しめた。しかも神宮寺がそういうのに詳しくて、次から次へとオススメするから止まらなくて……。


「あの、雁金さん、続きを」

「そうですね」


 いかん、脱線した。


「どちらがどちらに化けたかは諸説ありますが、赤城山の神が大ムカデに化けたという話の方が有力だそうです。負けた赤城山の神は山に逃げ帰って、温泉に浸かって傷を癒やしました」


 片方の山の写真の下にバツ印を書き込む。


「ですので、大ムカデを倒した蛇に関するアイテムを身に着けるのがいいと思ったんですけど……そもそも沙也加さんの呪いは違う大ムカデだから意味ありませんよね! 終わり!」

「ひとつ、いいか?」


 さっさと切り上げて引っ込もうとする雁金を、九曜院が止めた。


「初歩的な質問で申し訳ないのだが」

「ひえっ」

「赤城山の神が大ムカデに化けたと判断した根拠は何故だろうか。大蛇に化けたという伝説もあるのだろう?」


 『初歩的な質問』って本当に言うんだ……。


「ええと、現地の神社や観光地などに、ムカデにまつわる意匠が多く、それで大ムカデに化けたと判断しました、はい……」

「私も赤城山の大ムカデ伝説には、調査の過程で少し触れたのだが」

「ひ、ひゃい」


 雁金の顔がみるみる真っ赤になる。


「負けた神が傷を癒やしたという温泉の縁起では、神は大蛇に化けていた。『大蛇まつり』という祭礼も毎年行われているという。こちらの方が情報の出処がハッキリしているから信頼できると思うのだが、どうかな?」

「い、いえ、その……神社とかはムカデ、って言ってるので……」

「どこの神社だ?」

「おーい。おいおい、ちょっと待て教授」

「准教授だ」

「それ以上は勘弁してくれ。短い時間の中で調べられるだけ調べたんだ。雁金だって頑張ったんだから、あんまりいじめないでやってくれ」


 流石にこれ以上は見てられない。ガチの専門家から追求された雁金が、俯いてプルプル震えているじゃないか。


「頑張りよりも分析だ。男体山の神が大ムカデに化けて勝った伝承の場合、蛇に由来する物を持たせるという防御策は通用しないぞ」

「だったら言うけど、お前の説はどうやって呪いを防ぐつもりなんだ? 長々と話してたけど、それについては言ってなかっただろ」

「それは……うむ。時間があれば現地の文献を調査して、祭祀を再現して、呪詛を解こうとしていたのだが……」

「そんな悠長にヤクザが待ってくれると思うか?」


 ただの伝説研究なら、時間を掛けて正確な対処法を見つけたほうがいいだろう。しかし、今回の相手は広域指定されてるような連中だ。今すぐに打てる対策がいる。特にすぐ振るえる暴力とかだと都合がいい。


「……確かに、腰を据えて調べている余裕はない、か」

「そういうことだ。雁金、すまないな」

「い、いえ。ありがとうございます……先輩」


 雁金は一礼して席に着いた。

 調査結果の発表が終わったので、紫苑が口を開いた。


「対策……としては、蛇のグッズを沙也加に持たせればよいのでしょうか?」

「そうだなァ。蛇っつーと……あァ、アレがある。持ち出せるかどうか所長に聞いてみるかァ」


 陶が言うってことは、怪異絡みのアイテムだろう。それなら沙也加の呪いにだって効果があるはず。さすが『四課四班』だ。


「効果があればそれで良し。それでもダメなら……前田くん、神崎准教授を連れて、本家に顔を出してみるといい」

「え?」


 九曜院が提案した意外な解決策に、沙也加が顔を上げる。……神崎って誰だ?


「神崎教授は祭祀の専門家だ。本家の協力を得られれば、キミの大ムカデの呪いを祀り上げる方法も復元できるだろう。そうすれば、キミが呪いに苦しめられることはなくなる……はずだ」


 なんだ。妙に歯切れが悪い。隣のヤコの笑い方もなんだか気になる。陶を見ると、あいつも疑り深い視線を向けている。俺の気のせいってわけじゃなさそうだ。


「何か不安なことでもあるのか、准教授さん?」

「……いや。ここまで調べても、どうして裏社会の人間が前田くんの呪いを手に入れようとしてるのか、わからなくてね」


 確かに。呪いの由来はだいたい絞れたけど、肝心の誘拐される理由がわからない。暴力が必要なら、呪いなんかより銃の方が早いだろうに。


「あー、それなんだけど」


 吉田が手を挙げた。


「どうした?」

「今朝、警察から連絡があってね。御和巳組が、他の組織と一緒に分離独立して新しい組を立ち上げようとしてる、らしいのよ」

「独立!?」


 そういえば、御和巳組は四次会だった。独立ってことは、上の言いなりにはならないし、上納金も払わないってことなんだろうけど……。


「そんな簡単にできるんですかー、独立って」

「簡単ではありませんわ」


 アケミの疑問に、紫苑が答える。


「独立すれば上の威光が使えなくなり、シノギに影響が出ます。それに、独立された側もメンツが潰れますから、親はなんとしても阻止するはずです。

 大体、この前あの組から独立してニュースになったばかりでしょう? 立て続けに下部組織が抜けたら大問題ですわ」

「そ、その通りだけど……詳しいねえ」


 吉田がちょっとビックリしてる。まあ、本職の娘だからそりゃ詳しいよな……。


「しかし、それなら沙也加を攫おうとした理由はハッキリしましたわ!

 抗争! 御和巳組は大ムカデの呪いを使って、親組織を呪い潰そうとしているに違いありません!」

「ええ……? それはちょっと、ぶっ飛び過ぎやしないか? 大体、その筋の人たちなんだから、銃で撃ったほうが早いだろ」

「では、なんなのです!? 沙也加が狙われる理由は!」

「そりゃあ……」


 独立するような下っ端ヤクザの目的といったら。


「金、じゃないのか?」


 任侠だの仁義だの言っても、突き詰めればあいつらは違法な事をしてガッポリ儲ける営利組織だ。沙也加に恨みがないのなら、考えていることは金儲けしかあり得ない。

 ましてやこれから独立しようっていう連中だ。親の威光が使えないと事業だって滞る。それをなんとかするために金が必要だ。いくらあっても足りない。


「ですが、沙也加を誘拐しても身代金は期待できない、とおっしゃってるでしょう?」

「いや、違う違う。呪いを使って金を稼ぐんだよ」

「……どうやって?」

「どうやって、って……」


 どうやってだろう。何も思いつかない。ふと、ホワイトボードに雁金が貼り付けた温泉の写真が目に留まった。


「温泉とか……あ、金山を掘るとか! なんかムカデってそういうのが得意なんだろ!?」

「悠長に過ぎませんこと!?」

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