クモの巣

 東側のエレベーターは動いていた。迷わず乗り込んだ俺は、34階のボタンを押した。途中、般若の面を被った妖怪が乗り込んで来ようとしたが、チェーンソーを突きつけると黙って去っていった。

 そういう訳で、無事に34階へ辿り着いた。部屋からの奇襲に気をつけつつ、廊下を進む。だが、誰も襲ってこない。不審に思っていると、廊下の柵にもたれかかった老人の死体を見つけた。目が4つある。人間じゃない。この階でも妖怪バトルロワイヤルはあったみたいだ。


 曲がり角。この先がメリーさんの部屋だ。曲がると、廊下の先に人影があった。ちょうど、メリーさんの部屋の前で、ガスマスクを被った迷彩服の男2人と、白いブレザーの女子高生がチェーンソーを持って待ち構えていた。

 見覚えがある。前に戦った4人組だ。マイケル、チャイルズ、ウィッティド、その次。ひとり殺したから今は3人組だが……ええと、誰を殺したんだっけ。


「チャイルズの魂よ、宇宙に飛んで永遠に喜びの中に漂いたまえ」


 ガスマスクの男のひとりが呟いた。そうか、チャイルズが死んだのか。わざわざどうも。それはともかく。


「弔い合戦のつもりか、オイ」


 チェーンソーのエンジンをふかしながら問いかける。もうひとりのガスマスクの男が答えた。


「当たり前だ。チャイルズは同じ釜の飯を食った仲間だったんだ。テメエだけは許さねえ……!」

「敵討ちだ! リベンジだ! 正義は私たちにある!」


 その次の女子高生が言葉を継ぐ。俺は溜息をついた。


「バカバカしい」

「何ィ?」

「バカバカしいって言ったんだ。人ひとり死んだぐらいで、ぎゃあぎゃあ騒ぐな」


 殺されたくらいでいちいち弔い合戦をしたり、化けて出てこられたら、時間がいくらあっても足りない。大体お前らが先に襲ってきたんだろうが。


「貴様……!」


 だが、女子高生は顔を真っ赤にして怒り、チェーンソーを構えた。


「その口、斬り裂いてやる! マイケル! ウィッティド! 行くぞ!」

「応!」

「おお!」


 3人がまとめて襲いかかってきた。ジェットストリームアタックじゃない。バラバラにだ。

 マイケルが振り下ろしたチェーンソーを弾き返す。その横からウィッティドがチェーンソーで切りつけてくる。すぐにチェーンソーを振り下ろし、脇腹を狙った刃を防ぐ。

 マイケルが体勢を立て直し、顔を狙ってくる。首を傾けて避け、こっちのチェーンソーでマイケルの手首を狙う。だが、その次が襲いかかってきて、俺は下がって距離を取った。3人がかりはキツい。ジェットストリームアタックよりも大変だ。

 幸いなことに廊下は狭い。チェーンソーを振り回すとなると、2人が並ぶのが精一杯だ。囲まれることは無い。

 それでもひとりを相手している間にもうひとりが襲いかかってくるから、反撃の糸口が掴めない。搦手が要る。

 ウィッティドが首を狙ってきた。身を屈めて避ける。今度はマイケルがチェーンソーを振り下ろす。ここだ。


「ふんっ!」


 踏み込み、足を突き出す。安全靴の前蹴りがマイケルの腹に突き刺さる。マイケルの体は後ろに吹き飛んだ。そこにはその次のやつがいる。


「わっ!?」


 マイケルを切り裂かないよう、その次はチェーンソーを掲げた。ふたりしてもつれ合って倒れた。

 一瞬だけ、敵がウィッティドひとりになる。

 俺はチェーンソーで掬い上げるような斬撃を放った。ウィッティドはチェーンソーでそれを防ぐ。弾かれたチェーンソーを引き戻し、もう一撃。防がれるが、反撃はさせない。連続で斬りかかる。このまま押し切れば……!


「させるかあっ!」


 後ろから叫び声。舌打ちして、攻撃を止める。横に飛び退くと、マイケルのチェーンソーが俺がいた場所を通り過ぎた。

 再び間合いを取っての睨み合いになる。今ので仕留められなかったのは痛い。思ったよりも復帰してくるのが速かった。チームを組んでるだけあって、フォローも速いらしい。さて、どうするか。


「やむを得ん……アレをやるぞ!」


 その次が呟いた。マイケルとウィッティドはやや驚いたようだった。


「いいのか?」

「出し惜しみできる相手じゃないでしょう?」

「わかった。やるぞ!」


 そして3人は縦一列に並んだ。ジェットストリームアタックの体勢だ。こっちもチェーンソーを握りしめる。タネが割れてるなら怖くない。


「行くぞっ!」


 3人が突っ込んできた。

 先頭はマイケル。突き出されたチェーンソーを受け流す。マイケルはそのまま俺の横を走り抜けた。

 2人目はウィッティド。足元から脇腹を狙う、掬い上げるような斬撃。チェーンソーを振り下ろし、それを食い止める。マイケルと同様に横を走り抜けるウィッティド。

 それとすれ違うように、俺も前へ踏み出す。その次が来る前に一歩先んじてチェーンソーを叩き込んでやるつもりだった。

 だが、その次に現れたのは網だった。


「何ィッ!?」


 投げつけられた網が頭から覆い被さった。チェーンソーで斬……斬れない!? 絡まって刃が止まった! どんだけ頑丈な素材で作ったんだよ!?

 いや驚いてる場合じゃない。とにかく、突っ込んでくるはずのその次に対してチェーンソーを構える。刃が止まってても盾と鈍器にはなる。防いでから殴り返してやる。

 と思ったけど、その次は近付いてこなかった。右手にチェーンソーを持って、左手に……なんだあれ。黒い紐を持っている。紐は部屋の中に伸びていた。

 ふと、顔に冷たさを感じた。濡れている。顔だけじゃない。体全体が濡れている。違う。網だ。覆い被さっている網が濡れてるんだ。

 バチッという音がした。その次が持っている黒い紐から、火花が飛び散っていた。


「……おい」


 まさか、電源ケーブル?

 問いかける前に、その次は紐をこっちに投げつけた。


「ハイパーボイルを喰らえぃっ!」


 それはZだろ、と言う前にケーブルが床に落ちた。濡れた網が電気を通し――。


 閃光スパーク。視界と鼓膜が奪われる。衝撃が体に奔る。


 死んだと思った。


 灼けるような熱さ。全身の痺れ。揺れる視界。マンション。暗い空。ひまわり。血の匂い。チョコアイスの味。うだるような夏の暑さ。頭が痛い。白いワンピース。手すり。崩れる足。踏みとどまる。


 ……生きている。まだ生きている。まだ立ってるし体は動く。全身が痛い。頭の中が灼けている。目を開ける。敵がいる。前にひとり。後ろに2人。


「まだ生きてるのかっ!?」


 後ろから声。振り返る。ひとりが驚き、もうひとりはチェーンソーを構えてこっちに向かってきていた。


「トドメだ! 死ねぇっ!」


 編みを被ったままチェーンソーをかざす。振り下ろされたチェーンソーと触れ合うその瞬間、体重を思い切り左に寄せた。相手のチェーンソーが滑り、床を叩く。

 一瞬バランスが崩れた相手の頭を掴み、足払いをかける。床が濡れているから、相手は簡単に倒れた。その先には床を叩いた自分のチェーンソーがある。そこへ首を押し付ける。

 狂ったエンジン音を響かせ、チェーンソーは相手の首を半ばまで斬り裂いた。血と脂が吹き出し、男は痙攣して動かなくなる。


「なっ……!?」

「ウィッティドーッ!?」


 マイケルが叫んで、突進してくる。網を力強く引っ張る。男は踏んでいた網に足を取られてバランスを崩す。

 後ろからエンジン音。その次がチェーンソーを構えて迫っていた。首を狙った一閃。左腕を掲げる。衝撃。みし、と腕の骨が鳴る。だが、折れてもいないし斬られてもいない。頑丈な網と防刃作業服のお陰だ。チェーンソーは繊維を巻き込んで止まった。

 その次のブレザーに右手を伸ばし、襟首を掴む。左手は袖へ。足払いをかけ、背負投げ。その次の体が宙を舞い、後ろから近付いてきていたマイケルにぶつかる。マイケルは寸での所でチェーンソーを下げ、その次が斬られないようにしていた。


 だから、俺が斬る。


 ウィッティドが落としたチェーンソーを掴み、一気に踏み込む。横薙ぎの一閃。ぶつかっていたマイケルとその次の体を纏めて両断した。血の噴水を吹き上げて、2人分の体が倒れる。

 チェーンソーを持ったまま、辺りに視線を配る。誰もいない。奇襲もない。その次のその次、なんてものは無いようだ。大きく息を吐くと、背中に激痛が走った。


「あっ、だ、あだだだ……!」


 火傷したみたいに痛い。手をやると、作業服がボロボロになっているのが感じ取れた。鏡がないから見えないけれど、多分焼け焦げてる。袖や襟元もそうなってるからだ。

 チェーンソーは防げても、電撃はどうしようもない。死ななかっただけマシだと思いたいが……いや待て、なんで死んでないんだ俺。

 確かめてみた感じだと、作業服はボロボロだけど、中のシャツや下着はそんなに焼けてない。体もだ。どうも、外側の作業着にだけ電気が通ったみたいだ。あと靴も酷い。

 まさか、繊維がアースになったのか。それで電気を俺の体にほとんど流さず、地面に追いやったのか? どんな確率だよ……。


 それから俺は被っていた網をどかし始めた。腕が痛い。チェーンソーを受けた左腕だ。その動きを思い出してからゾッとする。防刃作業服は信頼できるけど、万が一って事もある。同じ所や弱った部分を斬られたら、繊維をブチ抜いて肉を斬られる危険だってある。だから、作業服頼りの戦い方はしないようにしてたんだが、さっきの俺はそれを完全に忘れていた。

 というか、体が勝手に動いたけど、あんな技は知らない。なんだあれ。柔道か? ああクソ、頭が痛い。背中の火傷とは違う痛さだ。何がどうなってるんだ。そもそもなんで俺はこんな事をやってるんだっけ?


「……メリーさんだ!」


 そうだよメリーさんだよ。メリーさんを助けに来たんだ。

 網から脱出した俺は、メリーさんの部屋の前に立った。ドアは閉まったまま、誰かが出入りした様子はない。ドアノブを引く。鍵はかかっていない。あっさり開いた。


 中は真っ赤だった。

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