棒の手紙・再走

 このマンションにはエレベーターホールがふたつある。さっき、チェーンソーを持った女の幽霊が乗り込んできた西側のホールと、反対側にある東側のホールだ。

 西側のホールのエレベーターは動いていない。あの女のせいだろう。そこで俺は東側のエレベーターホールへ向かっている。エレベーターが動いていれば、メリーさんがいる最上階まで行ける。ダメなら非常階段を上っていくつもりだ。

 しかし、そこまでの道のりがうんざりするほど騒がしかった。


「ねえ……あなたも吊りましょうよ」

「うるせえっ!」


 首吊り自殺したサラリーマンの幽霊が、俺を部屋の中に引きずり込もうとしてくる。俺はそいつを突き放すと、顔面にチェーンソーをくれてやった。サラリーマンは真っ二つになって倒れた。

 振り返ると、柵の外を落下していく女と目が合った。直後、下からドサリと落下音が聞こえてくる。またか。これで5回目だ。そろそろビビらなくなってきた。

 廊下を先に進む。前のドアが蹴り開けられ、中からランニングシャツを来た中年男性が、血塗れの金属バットを手に飛び出してきた。


「陰謀だぁ! 世界の真実を知った俺を殺そうとする陰謀だぁ!」


 中年男性はわめきながらバットを振り回す。俺はチェーンソーでバットを弾くと、返す刀で中年男性を袈裟懸けに斬り捨てた。中年男性は、げふぅ、と汚い悲鳴をあげて倒れ伏した。見向きもせずに、俺はエレベーターホールへ進む。

 タワマンの中は魑魅魍魎のデスゲーム会場になっていた。全部屋にバケモノが居て、そいつらが殺し合ったり、好き勝手なことやってたり、とにかくメチャクチャしている。俺を狙って殺そうとしてるわけじゃないが、出遭えば5秒で殺しにかかってくるから、邪魔で邪魔でしょうがない。


 ふと、壁の落書きが目に入った。


『ひだりの へやから わたしの あたまが きてるよ うしろ みないでね』


 思わず左の部屋を見る。504号室。扉は開いてるけど、誰もいない。

 違う、後ろっていった。振り返る。両目から血の涙を流す生首が、空を飛んで俺の方に飛んでくる。


「ッ!」


 噛みついてきた生首をチェーンソーで殴りつける。生首はホームランされるかと思ったが、また上から降ってきた女に衝突して、一緒に落下していった。

 俺は深く息を吐き出した。


「多すぎる……!」


 マンションの怪談、多すぎる。団地の怪談とかアパートの怪談とかも混じってるのかもしれないけど、それにしたって多すぎる。そりゃ事故物件とか、得体の知れない人間が住んでるとか、曰く付きの土地に立ってるとか、色々要素はあるんだろうけど……こう、こんなにバラエティ豊かにしなくてもいいと思うんだよなあ!

 心の中で愚痴ってから振り返る。エレベーターホールはすぐそこだ。あと一息、と思ったその時、非常階段のドアが開いて、何かが出てきた。


 丸太だ。


「チェーンソーの怪人討伐RTA、はーじまーるよー」


 物凄い聞き覚えのある棒読み音声……しまった、『棒の手紙』だ! あの野郎、マジで再走しにきやがった!


「まず開幕ダッシュで間合いを詰めて、横吹き飛ばし攻撃をします」


 解説通りに丸太が突っ込んできて、横から殴りかかってくる。チェーンソーで受け止めるが、重い。体ごと吹っ飛ばされ、開いていたドアから504号室の中に放り込まれる。


「あらかじめドアを開けておきましたので、チェーンソー男を部屋の中に入れられました。ここでアイテムを切り替えます」


 丸太はなんらかの解説をしながらこっちに迫ってくる。

 迎え撃つには玄関じゃ狭い。チェーンソーを構えながら、リビングまで下がる。


「チェーンソー男は間合いを取る性質があるので、こういう狭い空間だと移動方向を固定できます。このまま予定の位置まで誘導しましょう」


 なんか相手の予想通りの動きになってるらしいんだが、どうすりゃいいんだこれ。

 考えてるうちに、足がリビングのテーブルにぶつかった。

 すると、丸太が青く輝き、飛びかかってきた!


「テーブルにめり込んだ所で加速の薬を使用。そして弱攻撃を連続で放ちます。連打ではなく、30f間隔でボタンを押しましょう」


 なんか急に丸太の動きが速くなった。幸い、狙いは頭だけだ。チェーンソーを掲げてガードする。単調なリズムの連打を防ぎ続ける。


「攻撃はガードされますが、構わずテンポを維持しましょう。16回攻撃した所でポーズします」


 ポーズ!?


 驚いていると、丸太がいきなり後ろに下がった。


「成功です。これでチェーンソー男は壁の外側に行きました」


 何言ってんだ。とにかく反撃しようとしたが、足が動かない。見ると、体が壁にめり込んでいた。


「うわーっ!?」

「後は最大タメの打ち下ろし攻撃で、エリア外に落下死させるだけです。お疲れさまでした」


 丸太が振り下ろされる。避けたいが、体がハマってるから動けない。チェーンソーで丸太を防ぐが、いきなり足元が抜けて物凄い勢いで落下した。


「がはっ!?」


 床に背中から叩きつけられる。落下死……いや、待て待て、死んでない。全然落ちてない。せいぜい1階分くらいだ。

 辺りを見回すと、上の階と同じような部屋の中だった。すぐ側のソファで黒い肌の男が腰を抜かしている。


「えっ、あなた、どこから入ってきました!?」


 外国人かと思ったけど日本語が流暢だ。というか、妖怪じゃなくて普通の人間か?


「ああ、上から……」

「上……?」

「なんか、壁抜けさせられたらしくて……」

「ええ……?」


 俺と住人はふたりして天井を見上げる。丸太が落ちてくる様子はない。

 我に返った住人が声をかける。


「あー……すみませんが、出ていってくれませんか? ここは私が借りている部屋ですから」

「あっ、そうですね。ごめんなさい」


 怒られたので外に出る。住人は玄関のドアを閉め、鍵をかけた。表札には『404号室』と書かれていた。……あれも何かの幽霊なんだろうけど、襲ってこなかったからいいや。放っておこう。

 今はそれよりも丸太だ。丸太がやってくる気配はない。非常階段を上り、5階を覗き込む。いない。廊下を慎重に歩いて丸太を探す。

 504号室の中から話し声が聞こえる。


「完走した感想ですが、加速の粉のお陰で目押しに余裕ができたので安定性が上がりました」


 丸太が棒立ちになって独り言を呟いている。いや、棒立ちじゃなくて丸太立ちか。

 感想、ってことはコントローラーは置いてるのか?


「次回は……あっ、スパチャありがとうございます」


 配信に夢中の丸太の背後にそっと忍び寄る。間合いに入ったところで、チェーンソーのエンジンを掛け、刃を押し当てた。


「うおおおおお!?」


 棒読みの悲鳴が響く。あっという間に丸太は真っ二つになった。更にチェーンソーを振るい、動かなくなるまでバラバラにする。後は破片をベランダから外に放り捨てれば、討伐完了だ。


「ここでタイマーストップ……いや俺はRTAやってないんだよ」


 つい、独り言を呟いてしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る