エレベーターで異世界に行く方法

 警察はすぐにやってきて、現場検証をしてくれた。そしたら、チェーンソーを持った中年男が部屋に忍び込み俺を殺そうとした、という事件になった。中年男は見つからないけど、部屋での乱闘の跡と、外階段から転げ落ちた俺を隣の住民が見ていたので、俺が疑われるようなことはなかった。

 現場検証と事情聴取が終わった頃には、夜になっていた。本当なら夕飯を食べる時間だけど、あいにく今日は予定ができた。俺は防刃作業服に着替え、チェーンソーを持って車に乗った。


 向かった先は、多摩霊園近くのタワマン。ここの最上階にメリーさんが住んでいる。

 念の為、メリーさんに電話を掛ける。コール音が続く。やっぱり出ない。もうマンションの1階まで来たぞ。いつもと逆なんだが。

 俺は溜息をついて、スマホをズボンのポケットにしまった。もう、返事を待ってはいられない。オオオカタダタカが襲いかかってきた以上、間違いなくメリーさんにも何かが起こっている。いてもたってもいられない。


 ああ、それでか。

 ここ最近、どうにも自分がそわそわしていた理由がようやくわかった。


 身内がどうにかなってるかもしれないっていうのに、無理にじっとしていたからだ。身内に何かあったなら、速攻で助けに行くのが当たり前だ。それをしなかったから、こんなに落ち着かなかったんだ。


 もう我慢はヤメだ。


 タワマンの正面玄関の前に立つ。ドア横の機械に暗証番号を入力すると、正面玄関が開いた。何度も寄ったから暗証番号は覚えている。

 エレベーターホールはLEDの明かりで照らされていた。誰もいない。いたら不審者扱いされるかもしれないから、都合がいい。


 担いだバッグの重みを確かめる。中にはチェーンソーがある。防刃作業服も着てきている。何が待ち受けていても準備は万全だ。

 本当なら雁金を呼びたいとこだけど、今は吉田たちに任せてるから、呼べない。

 それに、万が一メリーさんに何かあったらと思うと、雁金が来るのを待ってはいられない。


「よし」


 俺は気合を入れ直して、エレベーターに乗りんだ。最上階のボタンを押す。エレベーターが昇り始める。

 すぐに止まった。5階。……うん、普通のマンションだから住民はいるよな。


 ドアが開く。外は真っ暗だった。

 ……ちょっと待て。エレベーターホールにはLEDが点いてたのに、ここは真っ暗なのか?

 訝しんでいると、エレベーターの外の空気が鼻を突いた。異臭。血の匂いだ。嫌な予感がして閉じるボタンに手を伸ばす。すると、足音がバタバタと近付いてくるのが聞こえた。

 エレベーターホールに駆け込んできたのは、クリーム色のコートを着た女にだった。両手にはチェーンソーを持っている。二刀流だ。ドアは閉まり始めている。間に合うか?


「乗りまぁぁぁす!!」


 ドアが閉じる寸前に、チェーンソーがねじ込まれた。女はそのまま力任せにドアをこじ開けた。

 やっぱり間に合わないか!


 バッグからチェーンソーを取り出そうとするが、その前に女が乗り込んできた。女が右手のチェーンソーを横薙ぎに振るう。後ろに下がって斬撃を避ける。

 背中がエレベーターの壁にぶつかった。狭い。逃げ場が少ない。


「ヒャアアアッ!」


 女が左手のチェーンソーを振り下ろす。バッグに入ったままのチェーンソーで受け止める。だが、女のもう一本のチェーンソーが脇腹に叩き込まれた。


「ぐっ……!」


 痛い。痛いが、耐えられる。ブン殴られただけだ。防刃作業服の繊維が刃に絡まって、チェーンソーを止めている。


「オラァッ!」


 女を前蹴りで吹き飛ばす。今度は女がエレベーターの壁に叩きつけられた。

 女はすぐに起き上がり、左手のチェーンソーで頭を狙ってくる。エレベーターの中は狭い。避けられない。やむを得ず、チェーンソーを握る手首を抑え込んだ。回転刃が眉間を断ち割る寸前で止まる。

 しかし、とんでもない力だ。少しでも気を抜いたら押し込まれる。見た目は普通の女だが、やっぱり幽霊の類なんだろう。


「てめえ……メリーさんに何をした!?」

「アッハハ! あの子!? 閉じ込めたら狂っちゃった!」


 その答えだけで、殺す理由には十分だ。

 腕の力を抜く。同時に体を反らせてチェーンソーを避ける。高速回転するソーチェーンは、エレベーターの壁とぶつかって火花を散らした。女がチェーンソーを引き戻す前に、顔面を殴りつける。

 女が怯んだ隙を突き、バッグからチェーンソーを取り出す。エンジンを掛けようとしたが、その前に女が体勢を立て直して切りかかってきた。仕方なく、エンジンが掛かっていないチェーンソーで防御する。

 何度か斬撃を防いだ俺は、女から距離を取ろうとチェーンソーを振りかざす。だけど切っ先が壁にあたって振り被れない。そこに女が切りかかってくる。手首を掠めた。血が流れる。


 厄介だ。エレベーターは狭い。チェーンソーを振り回そうにも、あちこち引っかかって上手くいかない。

 逆に女が持っているチェーンソーは小型で、取り回しが利いている。小型チェーンソーは間合いが狭いが、それ以上にエレベーターが狭いからデメリットになっていない。あるいは、こういう場所に相手を引き込んで倒すことを最初から考えていたか。

 今更気付いても遅い。相手の土俵に載せられたのは認めよう。その上で、土俵をぶち壊す。


 女のチェーンソーを防ぎつつ、俺は片足を上げて地面を踏みしめた。衝撃でエレベーターが揺れて、女が踏ん張ろうとした。そこに反対側の足でローキックを放つ。


「ぎっ……!?」


 体重がかかった足に衝撃を叩きつけられ、女が呻いた。その視線が蹴られた足に移った。

 だから、握りしめた俺の拳に気付けない。

 渾身のストレートが、女の鼻を砕いた。吹き飛ばされた女の体が、壁に叩きつけられて跳ね返る。それを頭突きで迎え撃つ。鼻がぐちゃぐちゃに潰れ、前歯も折れた。

 気を失った女の体が、ぐらりと傾ぐ。俺はチェーンソーのエンジンを掛けると、回転刃を首へと振り下ろした。首を刈り取られた胴体から、血が噴水のように湧き出て、エレベーターの中を赤く染め上げた。


 よし、死んだ。

 顔の血を拭った俺は、エレベーターの外へ出た。真っ暗なエレベーターホールから、タワマンの廊下に出る。


 このタワマンは内側が四角い吹き抜けになっていて、廊下はそこに面している。だから、廊下に立てば、タワマンの1階から最上階まで全て見通せる。

 とはいっても面白いものじゃない。普段なら、同じデザインのドアとフェンスがずらりと並んでいるのが見えるだけだ。


 今日は違った。吹き抜けの空から見えるのは、血のような真っ赤な夜空。その下にある階層は、どれも狂っていた。

 ある階からは絶え間なく血が流れ、ある階には赤い服の女がチェーンソーを持ってうろついている。首を吊った男がいる階もあれば、飛び降り続ける女がいる階もある。裸の子供が四つん這いでうろつく階もあれば、瞬間移動し続ける老人がいる階もある。

 要するに、バケモノで溢れかえったタワマンになっていた。


 俺は限界まで息を吸い込むと、腹の底から大声を張り上げた。


「バケモノどもぉっ!」


 吹き抜けには声がよく響く。普段なら近所迷惑だろうが、今は気にしなくて良い。こんなバケモノマンションに、まともな住人などいるわけがない。

 だから遠慮しなくて良い。


「よくも俺の身内に手を出してくれたな! 全員ぶっ殺してやるから、覚悟しろ!」


 メリーさんは俺の身内だ、身内に手を出す奴は許さない。相手は幽霊、法律も人目も関係ない。全員チェーンソーでバラしてやる。

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