オオオカタダタカ

 土曜日。やることが、無い。なのに、何かをやらなくちゃいけない気がして、そわそわしている。


 いつもなら雁金を飲みに誘っているところだ。だけど、この前の『カリガネさま』案件以来、下手に刺激するなって吉田から言われていた。雁金の方から誘われたらどうしようかと思っていたけど、今日はLINEのひとつも来なかった。


 更にメリーさんとも連絡がつかない。昨日、出かけるのに付き合おうかとLINEを送ってみたんだが、未読のままだ。最後に連絡したのは、吉田の仕事で遊びの約束をキャンセルした時か。10日も前だ。

 ほっときすぎた。吉田の仕事や幽霊騒ぎがあったし、雁金の件でも忙しかったし……いや、いやいや。だめだ。言い訳にしかならない。メッセージのひとつも送らなかった俺が悪い。


 謝ろう。いきなり電話すると気まずいから、メールを送ろう。そう思ってメールソフトを開くと、変なメールが届いているのに気付いた。開いてみる。


『突然のメールさぞかし驚かれたことと思います。単刀直入に申し上げますが、やはり私はあなたとはお付き合いできません』


 なんのことだ。全く心当たりがない。とりあえず内容を確認してみる。

 一通り読んでみると、どうやら無職のオッサンが22も年下の女に勝手に片思いをして、勝手に交際をお断りするという内容だった。意味がわからない。迷惑メールにしておいた。

 それよりメリーさんにメールだ。俺が悪いってことにして、なるべく早く連絡してほしいとメールを送った。


 それからしばらくメールを待っていたけど、さっぱり返事が来なかった。そんなに怒ってるのか。メリーさんが一番って言った手前、ちょっと辛い。

 ネットを見たりマンガを読んだりしていると、今日の夕飯の事が気になった。そういえば、冷蔵庫にロクに食材が入っていない。スーパーへ買物に行くことにしよう。


 車でスーパーに行って、肉と野菜をメインに、お惣菜をいくつか買って家に帰る。出来合いのロールケーキを見つけて、それもカゴに入れた。メリーさん、これで機嫌直してくれるかな。

 アパートの裏の駐車場に車を停めて、後部座席から荷物を運び出す。その時、ふと自分の部屋の窓を見上げた。


 誰かが立っていた。

 カーテンを開け放した窓際に、誰かが立って放心したように遠くを眺めていた。中年の男のようだ。緑色のコートを着ている。

 不審者だ。俺は迷わず携帯を取り出し、交番に電話をかけた。以前、部屋に知らない中年男性が忍び込んだ時から何度か世話になっている交番だ。


《もしもし?》

「もしもし、大鋸です」

《ああ、どうも……え、今度はなんですか?》

「また家に知らないおっさんがいます」

《またぁ?》

「また」


 5分くらいすると、パトカーに乗ったおまわりさんがやってきた。いつものふたりだ。その頃には、中年男性は窓から離れ、姿を消していた。だけどアパートの玄関から出ていった様子はない。中にいるはずだ。

 俺はおまわりさんのひとりと一緒に、玄関を開けて部屋の中に入った。もうひとりは窓の外に待機している。窓から逃げようとしても捕まえられるはずだ。

 ところが、部屋の中をくまなく探しても、中年男性はどこにも隠れていなかった。トイレも、押し入れも、天袋の中まで探したけど、誰も隠れていなかった。


「おかしいな……確かにこの辺に立ってたんですけど」


 不思議に思いながら、俺は中年男性が立っていた辺りに立ってみた。

 足の裏に湿った感触。思わず飛び退く。


「どうしました!?」

「……濡れてる」


 フローリングの床がそこだけ水浸しになっていた。まるで、ずぶ濡れの人間がそこに立っていたかのように。

 嫌な予感がして風呂場を覗いた。やっぱり誰もいなかった。けど、使っていないバスタオルとバスマットがずぶ濡れだった。

 誰もいない。けど、誰かがいた痕跡はある。おまわりさんも怪しんでいたが、不法侵入者本人が見つからないことには何もできない。また何かあったらすぐ連絡するように話した後、おまわりさんは帰っていった。

 どうにもスッキリしないものを抱えながら、俺は買ってきた食材を冷蔵庫に入れていった。念のため確かめてみたけど、残っていた食材が減っているようなことはない。前のオッサンみたいに、勝手に上がり込んで飲み食いしているという訳じゃなさそうだ。


 スッキリしないまま夕飯の支度を始めた。しばらくすると、郵便受けに封筒が入っている事に気づいた。手紙か、珍しい。確認してみると、宛名が俺の名前じゃなくて『オオオカタダタカ』になっていた。

 ……普通の名前のはずなんだけど、なんだか引っかかる。カタカナだからか? それに、同じ文字が並んでるから、なんとなく変な印象が強い。

 なんだろうなあ、と思ってたら不意に思い出した。知ってる名前だ。

 『オオオカタダタカ』、こいつは確か、メリーさんが今住んでるタワマンの部屋の、本来の持ち主だ。なんで俺の部屋に手紙が来るんだ。まさか、勝手にカードやアカウントを使ってたことがバレたのか? マズい。懲役刑とかになるのかな。


 とにかく中身が気になって開けてみた。中に入っていたのは、8枚の請求書だった。去年の7月から今年の2月分まで。

 支払内容は、遊園地に百貨店、映画館に動物園、病院、ネット通販などなど。どれもこれも心当たりがある。メリーさんと付き合った時の支払だ。


 その時、背後に人の気配を感じた。ハッとして振り向く。緑色のコートを着た中年の男が立っていた。誰だ、と聞く前に向こうが先に口を開いた。


「勝手に他人のカードを使うな」


 そして男は手にしたチェーンソーを振り下ろしてきた。


「ッ!?」


 飛び退って刃を避ける。チェーンソーは床に当たって跳ね返った。

 男はチェーンソーを構え直し、こっちに迫ってくる。

 俺はハンガーに掛けてあった防刃作業服を左腕に巻きつけると、男に正面から突撃した。

 男がチェーンソーを振り下ろす。それを腕の作業服で受け止める。チェーンソーの刃に特殊繊維が絡みついて、回転が止まった。

 驚く男の腹に蹴りを放つ。男はうめき声を上げて後退する。


「素人がっ!」


 前進して更に男を殴る。男は止まったチェーンソーを闇雲に振り回す。そんなもん、左腕一本で防げる。

 何度も殴られた男は、フラフラと玄関から飛び出して逃げようとした。その背中に追いつき、頭を掴んで手すりに叩きつける。


「ぐえっ!?」

「随分なご挨拶じゃねえかオイ。あの請求書もお前の仕業か?」

「は、離せえっ!」


 もがく男の腕を弾いて、顔面を殴りつける。


「手応えは人間だが、さて、お前はどっちだ?」


 人間か、妖怪か。いつものパターンなら妖怪だが。


「呪いです」


 その声は男のものじゃなかった。

 振り向く。こっちに突進してくるものがある。空飛ぶ丸太だ。……丸太!?

 猛烈な衝撃。ふっ飛ばされる。体が傾く。階段。とっさに頭を腕で守って、背中を丸める。そして階段を転げ落ちる。痛い!

 起き上がる。周りには誰もいない。気を付けながら階段を上ったけど、緑色のコートの男も丸太も見当たらない。

 不審に思ってると、隣の部屋の住人が顔を出してきた。


「大丈夫っすか?」

「ん、ああ、おう」

「なんかすげー音がしましたけど」

「ヤバい。多分、強盗だと思う」

「ひえっ……」


 流石に丸太が襲ってきたのは言えない。


「警察! 警察呼ばないと!」

「そうだ!」


 言われて気付いた。警察沙汰だ。俺は部屋の中に取って返すと、すぐさま交番に電話した。さっきの中年男性が部屋の中に現れたと言うと、すぐに駆けつけると言ってくれた。

 電話を終えて一息つくと、『オオオカタダタカ』の請求書が目に入った。

 今の男が『オオオカタダタカ』だったのか? メリーさんに殺された男が化けて出たのか? だとしたら、メリーさんにも何かあったかもしれない。

 慌ててメリーさんに電話をかける。コール音が続く。出ない。


「オイ、勘弁してくれ……」


 メリーさんが電話に出ないとか、冗談じゃない。

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