Tengu on Fire

 アケミが振り下ろしたチェーンソーは、またしてもカニ型ロボットの装甲に弾かれた。カニ型ロボはアケミに向かって右腕のアームを振り下ろす。慌ててアケミは飛び退る。アスファルトがあっさりと砕け散った。強烈なパワーだ。

 カニ型ロボが左腕をアケミに向けた。とっさにアケミは後ろに下がり、瓦礫の陰に隠れる。銃弾が立て続けに発射され、隠れていた瓦礫が穴だらけになる。アケミはしっかりと伏せていたため、辛うじて直撃を免れることができた。


「なんで、こんな……」


 ロボは強い。装甲は厚いし、火力も高い。だがそれ以上に言いたいことがある。


「なんで私だけこんなイロモノが相手なの!?」


 周りを見ると、皆カッコよかったり、怖かったりする相手と勇敢に戦っている。アケミだけだ。カニ型ロボットという怪異でもない意味不明なSF存在と戦っているのは。

 しかも強い。ビームを撃つ瑠那とどちらが強いかは微妙だが、輝が相手にしているガマガエルや、翡翠が相手にしている月のチェーンソーのプロよりも、このカニ型ロボの方が間違いなく強いだろう。それが余計に納得いかない。

 不幸中の幸いなのは、アケミとカニ型ロボは一対一だということだ。他の月人たちは検非違使や天狗たちとの戦闘にかかりきりで近寄ってこない。あるいは、カニ型ロボの戦いに巻き込まれることを避けているのかもしれない。今の月人は不死身ではないから当然の判断だ。


 良くも悪くも、アケミが一人で倒すしかない。覚悟を決めたアケミは、瓦礫の陰から飛び出した。ロボが反応し、左腕のマシンガンでアケミを狙う。しかし、立ち並ぶ瓦礫の陰を縫うように移動するアケミには狙いを絞りきれない。数十発の銃弾が放たれるが、いずれもアケミを捉えられない。

 アケミは車の陰に飛び込んだ。直後、銃撃が飛来。ガソリンタンクに直撃し、爆発炎上する。炎と黒煙がロボの視界を遮る。アケミを見失ったロボは、左右を見回し姿を探す。


 その時アケミは、瓦礫を伝いロボの後ろに回りこんでいた。辛うじて残っていた電灯の上に登ると、ロボの背中が見えた。

 そこにはハッチらしき部分がある。正面装甲よりも背中の方が柔らかいと思い背後に回ったのだが、思わぬ弱点を見つけた。


「たああああっ!」


 掛け声とともに、アケミは電灯から飛び降りる。落下の勢いを載せて、ハッチにチェーンソーを突き立てる。これで決まるかと思ったが、弱点のはずのハッチすらチェーンソーを弾き返してしまった。

 ロボに飛び乗ったアケミは足の裏に熱さを感じた。装甲が焼けた鉄板のようだ。耐えられない。アケミは顔を歪めてロボから飛び降りた。そこを狙って、ロボがアームを振り回す。


「やばっ」


 避けられない。アケミは腕を掲げて身を守ろうとする。


「ザッケンナコラーッ!」


 突如、怒声が響き渡り、ロボに銃弾が叩きつけられた。横殴りの銃撃に、ロボはバランスを崩す。アケミのすぐ真上をアームが通り過ぎていった。

 アケミの前に何者かが降り立った。黒いスーツをシャープに着こなす角刈りの天狗だ。手には大口径の二丁拳銃を握っている。


「白峰山の使者、相模坊、参上!」

「またイロモノ!?」


 アケミの悲鳴を合図に、ロボと拳銃天狗・相模坊の戦いが始まった。


「スッゾオラー!」


 相模坊が容赦なく拳銃を連射する。約50口径の大型弾の釣瓶撃ちは、コンクリートすら粉砕する威力を秘めている。だが、ロボの装甲はそれすら容易く弾いてしまう。

 ロボがマシンガンを放つ。相模坊は急上昇して回避、更に銃撃を続ける。天狗は飛行の達人だ。空を飛べないロボに対して機動力では有利である。瑠那の弾幕ならともかく、マシンガン程度なら当たることはない。


 相模坊とカニ型ロボの戦いは、互いに決定打が与えられない千日手となった。イロモノの割にレベルが高いので、アケミは戦いの様子を見守ることしかできない。だが、蚊帳の外にされていたからこそ気付けたことがあった。

 ロボが火を避けている。先程の車に限らず、京都タワー倒壊の影響であちこちで火の手が上がっているが、ロボはその火からやけに距離を取ろうとしていた。相模坊の二丁拳銃をものともしない装甲があるというのに。


 ふと、アケミは最初に巨大カニの甲羅を破壊した時の事を思い出す。あのカニの甲羅は中にいるロボットの装甲よりも脆かった。考えてみればおかしな話だ。なぜ、外側よりも中身の方が頑丈なのだろうか?

 おかしな事はもう一つある。カニの甲羅を破ったら、超低温のガスが吹き出してきた。直後、中から出てきたロボに圧倒されていて気が付かなかったが、あれも変だ。今のロボットはあんな冷凍ガス攻撃をしてこない。むしろ、触れば火傷するくらいに熱い。


「まさか」


 アケミの脳裏にある可能性が思い浮かんだ。


「天狗さん! そのロボット、火に弱いかもしれません!」


 アケミの叫びを聞いた相模坊は、僅かに目を見開き、ロボを見た。丁度、燃える屋台を避けて移動しているところだった。


「見よ、火の如く赤いカニを。それは鋼鉄の頭と体を持ち、また偽りの羽衣を纏っていた」


 意味不明な言葉を呟く相模坊。だが、何か閃くものがあったようだ。二丁拳銃を腰のホルスターに収めると、背負ったタンクから伸びるホースを代わりに手にした。ホースの先端を向けると、彼は叫んだ。


天狗火テングオンファイア!」


 火炎放射器である。数千度に達する炎が伸び、カニ型ロボットに襲いかかった。銃弾に怯みもしなかったロボットが、ただの火炎に大きく狼狽えている。


 もしこの光景を、ここにコックリ宇宙大将軍がいれば、力強くガッツポーズをしていたであろう。アンドロメダ銀河連邦軍制式接舷強襲機『ジャア・ルフグン』は、宇宙空間での使用を前提としている。つまり、ほぼ絶対零度の極寒で動かすことを前提とした排熱機構を搭載している。地球という大気圏内、かつ火災現場で稼働させれば、オーバーヒートを起こす。ましてや炎に包まれたとなれば。


 ロボットの動きが目に見えて鈍り、遂には膝をついて倒れた。相模坊はそれでも念入りに炙っていたが、ロボが火花を散らし始めたのを見て、ようやく火炎放射器を収めた。

 あまりにもあまりな光景に、アケミは呆然と立ち尽くすことしかできない。そこに相模坊が近付いてくる。


「天狗火を見たな?」

「えっ、あっ、はい」


 アケミが答えると、相模坊は懐から草履を取り出した。


「これを頭の上に乗せて、念仏を唱えよ。さすれば心の闇は取り払われるであろう」

「こ、心の闇?」


 戸惑うアケミの頭に草履が乗っけられた。意味不明である。

 その時、炎上していたカニ型ロボットが大きな煙を上げた。爆発するのか、とアケミは身構える。頭から草履がずり落ちた。

 思った通り、ロボは爆発した。しかし、思ったほど大きな爆発ではなかった。爆発とともに何かのパーツが吹き飛び、空へ飛んでいく。


「アッコラー!?」


 相模坊が怒声を放ち、拳銃を空に向けて撃った。突然の行動に驚くアケミ。だが、飛んでいくロボのパーツに銃弾は当たらない。アケミは訝しんだ。パーツが落ちてこない?

 目を凝らす。飛んでいったものが何かハッキリする。人だ。十二単を纏っているが、その顔は紛れもなく藤宮瑠那だった。つまり敵のボスだ。


「ザッケンナコラー!」


 天狗が飛翔して追いすがるが、瑠那はとてつもなく早く、あっという間に高空へ飛んでいってしまう。それを目で追っていたアケミは、気付いた。


「なに、あれ」


 月が大きくなっている。



――



 九曜院が目を覚ますと、ヤコが這いつくばってうめき声を上げていた。


「ヤコ……ヤコ!? どうした!?」


 気絶していた九曜院には、ヤコが苦しんでいる理由がわからない。そもそも、彼女がこんな姿を見せること自体が滅多にない。


「あ、あきらぁ……」

「大丈夫か、ヤコ」

「ちょっと、思ってたよりも、ヤバいかなーって」


 言葉が水音でくぐもる。ヤコの首から泉のように血が溢れ出している。畳が瞬く間に血に染まり、なおも赤色は広がり続ける。


「何があった」

「無理矢理外に出られてさあ」


 ヤコが窓の外に目を向ける。


「落ちてくる」


 月が夜空一杯に広がっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る