河童

 鏡に映った顔を見る。俺が鏡を見てるんだから、映ってるのは俺の顔のはず。だけど。


「前より怖い顔になってないか?」


 包帯が取れる前は、ここまでの悪人面じゃなかった気がする。


「変わんないけど?」

「完璧に治ってます」

「だよねー」


 メリーさんたちに一瞬で否定された。

 ……いや、わかってるよ。わかってるけどさあ。ワンチャンあるじゃん。顔面ボコボコにされて骨格が変わって、道を歩けば職務質問される凶悪犯罪者の顔が無くなったとか、ちょっと期待するじゃん。

 それが、包帯を取ってみたらいつもと変わらない悪人面だよ。がっかりで逆に悪く見えたっておかしくないだろ。


「まあいいや。あと1週間で退院だし。自由になれるならなんでもいいや」


 警察に追いかけられて1週間。更に入院して1ヶ月。普通の生活ができなくて本当に大変だったけど、そんな日々がようやく終わる。

 何しろ俺が無罪になった。アジトから持ち出した証拠品を大麦たちが分析して、俺の濡れ衣を晴らしてくれた。悪いのは全部、公安とヤバい活動家連中ってことになったらしい。俺を見張っていた茨城県警の刑事たちも今はいない。これで堂々と外を出歩ける。


「それで雁金。万次郎さんと九曜院の調子はどうだ?」

「凄いですね。あんな訳のわからない資料をどんどん解読してます。私の出る幕はありませんよ」


 大麦がアジトから持ち出した資料は、万次郎さんと九曜院、あと九曜院が連れてきた『第四学群』の研究者たちが分析している。雁金は怪異方面の知識で手伝っているけど、やっぱプロは違うみたいだ。

 ちなみに、そういう捜査資料を警察以外に見せていいのかと思ったけど、大麦が偉い人に相談して許可を貰ったらしい。

 まあ、内容がヤバいからな。東京を吹っ飛ばす爆破テロだ。一刻も早く事件を解決してほしい、ってことで大学の研究者たちに協力を依頼したことになってる。


「しかし、これだけ動いてるのに怪異はちっともこないな?」

「そうだなァ」


 近くにいる陶が頷いた。

 結局、アジトで襲いかかってきたのを最後に、怪異はまったく出てこなくなった。嫌がらせもない。一応、『四課四班』が警備してたけど、病院にも警察にも来なかった。諦めたのかな。


 不意に陶がスマホを取り出した。電話がかかってきたらしい。


「もしもし? オゥ、九段下。……何!?」


 陶が大声を出して立ち上がった。どうした。


「ああ、ああ。おう……? えーと……」


 陶は電話したまま窓際に行って外を見ている。なんだなんだ。


「んー、あー……あれかァ。マジか……わかった、すぐ行く」


 電話を切って、首を傾げる陶。


「どうした?」

「いや……なんか……」

「ホントどうした?」

「河童が来てる」

「おっ、今更来たか」


 メリーさんとアケミがチェーンソーを取り出し、雁金がショットガンを構える。俺は……どうしよう、パイプ椅子でも振り回そうかな。病院はチェーンソー持ち込み禁止なんだよ。


「あー、いや、違う違う」


 違う? 何が?


「河童が白旗振ってる」



――



 五芒星の中心で3匹の河童が正座している。


「それじゃ、改めて自己紹介よろしく」


 吉田に促されて、河童たちが喋りだした。


「利根川の丑松うしまつじゃ」


 1匹目は肌が緑で、頭に皿を乗せた長髪の河童だ。背中に甲羅を背負っていて、くちばしと水かきがある。妖怪っぽい河童だ。


「博多湾の源五郎げんごろうだ」


 2匹目は短髪でくちばしがない。1匹目よりも人間っぽく見える。


「満州のムルタチだサラ」


 3匹目はなんだって?


「ええと、白旗を持ってきた河童が言うことには、アンタたちは降参したいって話なんだけど、それは間違いないの?」

「うむ。間違いない。我々河童はこれ以上、この争いに関わりたくないのじゃ」


 白旗を振りながら病院にやってきた河童は、俺たちに降参したいと伝えてきた。どういう事か理由を聞いてみたら、俺たちに殺されすぎて河童族が存亡の危機らしい。

 しかし、今まで散々殺し合ってきたのをいきなり信じられるわけがない。陶や大麦たちと話し合った結果、リーダーを呼んでこいという話になった。そしたらリーダーの河童たちが本当に来た。妖怪っぽい奴と、人間っぽい奴と、丸っこい奴。3匹目はなんなんだよ……。

 念のため、河童たちを五芒星の結界の中に閉じ込めて、話し合いをすることになった。これがあればいきなり襲いかかられる事はないし、他の河童が襲いかかってきたら人質にもできる。河童たちはそれを承知の上で結界の中に入ったから、結構本気で降参しようとしているみたいだった。

 だけどそうなると、気になることがある。


「戦いたくないって言うなら、わざわざ俺たちに言いに来る必要は無いんじゃないのか? あいつらの命令を無視して、黙って帰ればいいだろ」


 詫びを入れに来る心がけは立派だけど、怪異がそういう気遣いをしてくるのは不思議だ。大体急に出てきて襲いかかってきて、勝手に帰っていくからな。

 そしたら源五郎が悔しそうな顔で理由を言った。


「逆らえないのだ。チェーンソーを持った、あの廃神に」

「廃神?」


 確か、誰にも信じられなくなった神がそう言われるんだっけか。


「黒いチェーンソーの男を見たサラ? あれはただの怪異じゃなカッパ。大陸、それもムルタチの故郷の満州の匂いがしたサラ。多分、あの辺りで昔信じられていた神カッパよ」

「色々言いたいことはあるけど、その喋り方なんとかならねえか!?」

「日本語難しいアルヨ」


 本当に? 実はふざけてるだけじゃない?


「ただ……廃神というだけなら、ワシらも命令を聞く義理はない。あの神はどういう訳か、三種の神器を持っているのだ」

「三種の神器って……あの、草薙剣くさなぎのつるぎと……あとなんだっけ」

八咫鏡やたのかがみ八尺瓊勾玉やさかにのまがたまです」


 雁金が補足してくれた。えらい。そのまま雁金が河童たちと話し始める。


「あの……それ、本当ですか? 本物の三種の神器が?」

「ワシらも信じられん。だが、あの力は確かなのだ。三種の神器を揃えたあの神に、古くからこの国に住む怪異は誰も逆らえんかった。夜刀神も、佐伯兄弟も、八百屋お七も……」

「雁金、三種の神器ってそんな特殊能力を持ってるのか?」


 俺はよくわからないけど、日本中の怪異に命令できる効果は無かったと思う。あったらゲームのネタにされてるだろうし。


「直接そういう話がある、とは聞いたことがありませんけど……できてもおかしくは無いと思います。何しろ三種の神器を持っているということは、この国の霊的な指導者だってことですから」

「でも怪異だぞ? 妖怪だぞ? むしろそういう偉い人に逆らうのが仕事みたいもんじゃないのか?」

「それがそうでもないんですよ。前に沙也加ちゃんが誘拐された時に、『藤原千方の四鬼』が出てきたこと、覚えてますか?」

「ああ、あいつらか」


 昔の妖怪の式神だっけか。体が硬かったり、風を起こしたりの特殊能力持ちの鬼だ。一緒に戦った陶と吉田も頷いている。


「あの鬼たちは、帝の威光を讃える和歌を聞いただけで地底に封じられた、と伝えられているんです」

「マジかよ」

「そもそもこの国の神様のほとんどと関わっている立場ですからね。この国生まれの怪異が逆らえないのも当然だと思います」

「その通りサラ」


 おい満州出身?


「じゃあ、メリーさんとアケミも……」

「なんともなかったわよ?」

「だよねー」


 操られるのかと思ったら、そうでもなかった。そういやこの前のアジトの戦いで、黒いチェーンソーの男に斬りかかってたもんな。


「多分、最近の怪異には通じないんじゃないの?」


 吉田が考えながら呟いた。


「最近っていうと?」

「具体的には戦後さね。ほら、それより前は、今よりずっと敬われてたでしょ?」


 ああ、日本史の授業でやってたな。確かに戦後からはああいうの関係なさそうだ。


「だけどそしたら、俺たちに降参しても意味ないんじゃないのか? 知ったこっちゃねえって感じで、また操られるんじゃないのか?」


 すると、丑松が答えた。


「それを何とかする方法は一応ある。『詫び証文』を書くんじゃ」

「『詫び証文』?」

「悪さをして懲らしめられた河童が、二度とこういう事をしないと約束する契約書じゃ。

 これには強い力がある。三種の神器は天下に広がる威徳じゃが、個人との約束には敵わん。

 現に肥後の九千坊は、せいしょこさんとの詫び証文のお陰で、廃神に従わずに済んでおる」

「……どうなんだ、雁金。マジの話か、これ?」


 どうにも怪しい話な気がする。雁金は少し考えてから話し始めた。


「ありえる話です」

「そうなのか?」

「神や妖怪が条件付きで手を出さないようになる、という話はよくあるんです。

 例えば『疱瘡神』。天然痘の化身なんですが、この神は八丈島に入れないという伝説があります。八丈島に流されていた武将、源為朝みなもとのためともに追い払われて、二度と島に手を出さないと証文を書かされた、という話なんです。

 同じように、地元の武士や猟師に倒されたり、逆に瀕死のところを助けられて、その地域には手を出さないと約束するという話は各地に残っているんです。

 ……そういえば吉田さん。副班長の飯村さんに取り憑いている『ワラズマ』も、飯村さんに助けられたから守っているんですよね?」

「あー、そうね。他の怪異にやられたら面子が立たないから守ってる、って感じ。それと同じ話かー」

「そうですね。ですから河童がこれ以上戦わないために詫び証文を作る、というのはアリだと思います」


 雁金の説明に、河童たちはカッパカッパと頷いている。うーん、よくわからないけど、雁金が大丈夫だって言うなら大丈夫、かな?


「じゃあ、その詫び証文ってのは、もう用意してあるのか?」

「うむ」

「わかった。んじゃくれ。あっちのチェーンソー使いにパクられないように、ちゃんと持っておくから」


 手を差し出す。ところが河童たちが顔を見合わせた。


「いや、アンタに預けるのはちょっと……」

「ああ? おい、そりゃどういう意味だ?」

「お主、自分が何人河童を殺したか覚えておるか?」


 丑松に聞かれて考える。お台場で最初に会った時に何匹か。筑波大学でたくさん。工場の時は……色々いたから覚えてねえや。


「とりあえず、たくさん?」

「そんなおっかない人間に証文は預けられんわ! 生殺与奪を握られるようなものだぞ!」

「贅沢言える立場かオイ?」

「やめとけ大鋸。河童の言う通り、お前に預けるのは、なんかアレだ」


 陶が割り込んできた。


「そういう訳で、詫び証文は俺が預かる。それでいいな?」

「いや、アンタもアンタでおっかないわ」

「何でェ!?」

「その左腕! 河童の腕じゃろうが! 同胞の腕を移植してる人間など、おっかなすぎて近寄りたくもない! 離れてくれ!」

「は? 河童の腕? え……?」


 何だか良くわからないけど、陶は俺以上に嫌われてるらしい。ざまあみろ。


「それじゃあアタシは?」

「違う意味でお近づきになりたくないサラ」


 吉田も速攻で断られた。河童にもコイツのヤバさは伝わるらしい。見境なさそうだもんな、ホント……。


「じゃあ私!」

「いや、怪異に渡しても意味ないんじゃよ。人間に渡さないと」


 メリーさんが元気よく手を上げたけど、違う理由でダメだった。それを聞いて、手を上げようとしていたアケミも、そっと手を下ろした。

 あれ、そうすると、あと残ってるのは……。


「……え、私ですか?」


 全員の視線が雁金に集まっていた。

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